第7話 第一職員発見

 あれから3ヶ月に一回のペースでお城へ届け物をするようになった。働く女性の服を扱っているお店が多くないのと、老舗のお店ということで信頼があるため王宮で働く女性の仕事着や小物の発注は大体アーキュエイトに来ている。

 そうして荷物を届ける度に楓は少しずつ図書館を掃除していくようになった。本の配置も本当は気になるけれど、ルールがあって決められた配置だったら後々怒られてしまうので手をつけないようにしていた。


「カエデ、いつものお使いお願いね」

「はい。いってきます」


 この日もいつも通り自転車に荷物を乗せてお城へ向かう。慣れた道を進み、門番に挨拶して城内へ入る。図書館の前を通ると女官係へ荷物を届け、帰り道にいつも通り図書館に入ると今日は1人男性がいる。金髪でダークグリーンの瞳をした文官らしきその人は、資料をめくりながら書類を作成しているようだった。今まで2、3回来ていて図書館で人と出会すのは初めてのことだ。たまたま会わなかっただけで本当は常駐の人がいたんだと楓は少し安心した。

 男性は作業に集中している様子で、今なら気づいていないだろうと静かに退出しようとすると、顔も上げないまま呼び止められてしまった。流石に扉の開いた音に気づいていたようだ。


「最近ここを片付けているのは君か」

「へ・・・?」


 お叱りの言葉を頂くと思って構えていると、そうではなく情けない声が出てしまう。男性は気に留めていないようで、楓の返答を待っていた。


「他にいらっしゃらなければ、そうです」

「そうか。ありがとう」

「どう、いたしまして・・・」


 そこから2人とも沈黙してしまった。


「あの、それでは私は失礼します」


 特に用がないならとくるっと踵を返し帰ろうとする楓を、再び男性が呼び止める。


「待ちなさい」

「はい」

「なぜここを片付けようと?」

「なぜって・・・。体が勝手に動いてしまって」

「そうか」


 特に会話が弾む様子もなくなんで質問してきたのだろうかという疑問だけが残ったが、質問に答えたのだからもういいだろうと楓はもう一度帰ろうと試みる。


「それでは」

「待ちなさい」


 出来ませんでした。返そうとした踵を止めるとこれ以上引き止められても困ると意を決して口を開いた。


「あの、勝手に入ったことは謝ります。こんなにひどい状態の図書館見たことがなかったので思わず掃除してしまいました。埃も凄かったし、虫喰いしてる本があるかもしれないからちゃんと曝書したほうがいいですよ」


 謝罪になっていない謝罪と、コレっきりだと思い切って言いたいことは伝える。こんな勢いで言われるとは予想もしてなかったんだろう。男は面食らってパチパチと瞬きをしていた。


「”ばくしょ“とはなんだ」

「え?」


 この人図書館の担当者じゃなくて利用者さんだったのだろうか。そうなら謂れのない指摘をしてしまったのではないかという、一抹の不安を覚えた。


「すみません。もしかして図書館の管理はあなたには関係のないことでしたか」

「いや、関係はある。図書館を管理する部署のものだ」


 今度は楓の方が予想外でパチパチと瞬きをしてしまった。


「なら、もっとちゃんと管理なさったほうがいいです。これでは倉庫同然ですから」

「そうか」

「はい。それでは今度こそ失礼します」


 楓は今度こそ男性が声をかける間もなく退出し、アーキュエイトへ向かった。


 ⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘


「“ばくしょ”とは何か知っているか」


 先ほど楓と話していた男性は担当部署の事務所に帰ると同僚に尋ねた。


「“ばくしょ”?知りませんね。新しい部署ですか?」

「いや、虫喰いしている本があるかもしれないから、“ばくしょ”をしろと言われたんだ」

「本?ちっとも見当がつきませんね」


 同僚は心当たりがないと首を傾げる。やはり知らないか、と零すと自席に戻る。


「誰そう言っていたんですか」

「掃除をしていたという女性だ」


 楓に会ったというと同僚は驚いた様子で振り返る。


「やっぱり女性だったんですか。いままで一度も誰も会えなかったのに会えたんですね」

「ああ。さて、念の為予算要求しておくか」

「上手くいくといいですよね〜。俺たちじゃ図書館の管理出来ないですからね」

「ねじ込むさ」


 男性は軽快にペンを走らせて書類を作成していた。図書館への専門職員配置のための補正予算案を。


 ⌘⌘⌘⌘⌘⌘


 また3ヶ月後、楓はお城に来ていた。女中係に届け物をして帰ろうとする楓に女官係の女性が、珍しく話しかけてきた。


「文書管理担当があなたのこと探してるみたいよ」

「文書管理担当ですか・・・?」

「そう。黒髪で女性の出入り業者を探してるって噂になってるのよ。あなたのことだと思ってたわ」


 レフェラル王国は黒髪の人が全くと言っていいほどいない。楓もあれだけ来客のあるアーキュエイトで働いていて同じ髪の色をした人は見た事がない。一番暗くて紺色の髪をした人を見たことがあるくらいだった。女官係の彼女が楓のことだと思ったのも無理はない。


「文書管理の人が私になんの用なんですかね」

「さあ、私は知らない。とりあえず図書館に行ってごらんなさい」

「わかりました」


 言われるがまま図書館へ行くと数人の男性が待ち構えていた。その中には3ヶ月前に会った図書館担当の人も混じっていて、図書館に入ってきた楓に気づき隣の男性に目配せする。


「あの子ですか!」

「やっときたー!」


 あっという間に2人の男性に取り囲まれてしまい、逃げるタイミングを逃してしまった。その後ろから図書館担当の人がグイッと一歩前に出てくる。


「な、なんですか」

「この図書館の問題点は何だと思う」

「は?たくさんありますけど」

「聞こう」


 平民の話を聞こうなんて変な貴族だとは思ったが、それでこの図書館が改善するならといくつか感じていたことを思い出しながら話す。


「まず、本が棚に収まっておらず、プア状態になっています。書庫があるなら資料を選別して移動させる必要があります。それから、本が分類されておらず並び方に法則性がありません。公文書と一般図書がぐちゃぐちゃの状態で本を探すのが困難な状態にあります。これでは利用者が本を探せません。そして、故障本が修理されておらずカウンターに平積み状態されたままで資料としての役割を果たせていません。早急に修理をするべきだと思います。それから、」

「まだあるの!?」


 矢継ぎ早に問題点を挙げる楓に、グレーの髪の男性が驚く。


「たくさんあると言ったではありませんか」

「そうだけど・・・」

「それから、掃除されてなさすぎます。埃を好む本食い虫もいますし、利用者さんも埃ぽいような図書館なんて使いたくありません」

「ここの埃っぽさ最悪だよね」


 グレーの髪の男性が今度は思わず同意してしまう。余程埃っぽさを感じていたのだろう。じゃあ掃除して!と言いたいのを堪える。


「今見てわかるのはそんなところですかね」

「なるほど。参考になった」

「それはよかったです。では!」


 男性たちがふむふむと感心しているうちに、楓はダッシュで逃げだした。


 ※曝書とは

 書物の虫干しのこと。本を書棚から出して陽の光や風にさらす虫害対策。

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