ネタバレ注意(最終話後に読んでください)

外伝 夜叉の記憶

これは僕、陣内劔という最低最悪のエゴイストの一生を綴った物語だ。

大して面白味もない人生ではあるけれでも、これを見た人が少しでも反面教師にしてくれれば本望だ。


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僕、という人間はどこで生まれ、誰に育てられたかなんて覚えてはいなかった。

『撃て……撃てぇ!!』

ただはっきりと覚えているのは、物心ついた時から戦場で命のやり取りをしていたという事。

右手に持ったナイフで数多もの大人達を屠り、そして生き延びてきた。


そう、これまでの僕の人生は血に塗れたものであった。

『おお、強いなクソガキ!!』

『うおっ!?』

この時、この男性に出会うまでは。


彼は強かった。

勝ち目など一つもなく、ただ文字通りその人は赤子の手を捻るように僕という少年を倒したのだ。

『んーー、そうだな、お前少年兵だろ?』

『…………』

『俺の家に来い!!俺の後継者にしてやる!!』

その人は僕の返答など聞くこともなく、半ば無理矢理僕を彼の養子にしたのだ。


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「よし、修行始めるぞ劔!!」

「はい、先生!!」

大きな庭と道場のある屋敷のような家。

"稲本柳一"と名乗るその人の家で剣を学ぶようになった。

そしてその人は僕に『稲本劔』という名前を与えてくれた。


今まで番号や指示語でしか呼ばれてこなかった僕にとって、『劔』という名前を与えられたのは子供ながらとても嬉しいものであった。

「どんどんブレ始めてるぞ!!」

「は、はい!!」

とは言っても先生の修行はとてもとても厳しいものであったが。


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先生の下で修行を始めてから数年の時が経った。

「劔、江戸幕府第三代将軍は。」

「徳川家光、ですね。」

「よし、よく覚えてた!!」

戸籍のない僕は先生に様々な事を教わり、そして多くの知識を身につけていった。


同時に、彼から新たな剣を授かることとなった。

「俺がお前に教えるのは『月下天心流』の剣術。いわゆる暗殺剣だ。」

「……なぜ、僕にそれを?」

「本来は血縁のせがれに引き継ぐのが家の習わしなんだが、あいにく俺には嫁もいねえし家族はお前しかいねえ。だから悪いが形だけでも覚えてもらうぞ。」

「はい。」

「……思ったより、躊躇わないんだな?」

「だって、覚えなければならないんでしょう?それに強くなれるなら僕は嬉しいです。」

僕は何一つ疑問を持っていなかった。


人を殺す、という事に。


倫理や道徳などは学んだ。

だが、だからどうしたという事だ?

倫理や道徳などで人が死なないのか?殺された人が生き返るのか?

違う。そう思いたいと倫理や道徳にすがってるだけだ。

だから僕は生き残るため、強くなることを選んだのだ。


でもこの時、柳一先生は少しだけ悲しそうな顔をしていたのを今でも覚えている。



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数年の時が経ち、12歳となった僕は『六之太刀 十六夜』を習得するまでに至った。

けれども、そこからは未知の領域だった。

「お前に秘伝書を見せる。だが、正直読んだところで何が何だかと言ったところだ。」

「…………」

恐る恐る秘伝書とやらを開いた。


そこに記されていたのは何ともまあ、至極単純なものだったか。


だが、単純さと技の難易度は一致しないのだ。


「この技……難易度云々の話じゃない……!!」

「ああ。速すぎて見えないんだよ。」

そう、己の動きが早過ぎるせいで弱点を見抜くことはおろか、刀の制御すらもままならないというのが現実だった。


ただ僕は打ちのめされていた。

決して超えられない壁の存在に。


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「お前のコードネームは『夜叉』。しばらくは俺と共に行動してもらうからな。」

与えられた2つ目の名前。

同時にオーヴァードと呼ばれる異能力者達を保護し戦う組織『UGN』の一員となった。

その中でも汚れ仕事を担う『13』の一員となったのだ。

「お前をこんなことに巻き込みたくはなかったんだけどな……」

「構いませんよ先生。僕のこの命は先生にもらったんですから。」

「……そうか。」

先生は僕の頭をわしゃわしゃと掻き毟るように撫でた。


大きな手だった。

手の皮も厚く傷だらけで、この日改めて僕はこの人の強さを、優しさを思い知らされたのだ。


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ある任務の帰りだった。

「ん……赤ん坊?」

「おいおいおい、うちは孤児院じゃねえんだぞ……」

邸宅の前に捨てられていた赤ん坊。

まだ生まれて数ヶ月なのだろうか、髪もまだ生え切らず、今にもその命の灯火が消え去らんとしていた。

「先生、この子……」

「…………ったく仕方ねえな。劔、粉ミルクとオムツ買ってこい。あと子供が喜びそうなおもちゃだ。」

「……!!はい、先生!!」


そう、これがあの子との出会いだった。


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「うーーあーー」

「可愛いですね、先生。」

「うちはもうお前一人で十分だっつーのに……」

そんな事を言いながらも柳一先生はその子につきっきりで面倒を見ているのだ。

「……そうだ。」

思いついたようにその人は声を発した。

「劔、お前がこの子に名前をつけてやれ。」

「……はいい!?」

「どうせお前が今後面倒見るんだ。そっちの方がいいだろ?」

「…………わかりました。」


名前をつけろ、と言われてとっさに付けられる人間はそうそういない。

けれども、この時はすぐに思いついたのだ。

「『作一』、とかどうでしょうか。」

「ちなみにどういう意味を込めてそんな名前にしたんだ?」


「この子は名前も、何も持たずゼロで僕らのもとに来た。だからいつか、新しい"一"を"作れる"子に育って欲しい、って願いから作一にしました。」

「……お前、結構考えてつけたんだな。俺なんかお前が両刃ナイフ使ってたから『劔』ってつけたんだぞ?」

「先生らしくていいじゃないですか。それに剣士って感じがして僕は結構この名前気に入ってますし。」

「それならいいんだが。さて、俺らも飯を作らねえとな。俺たちは粉ミルクじゃ腹が膨れねえしよ。」

「そうですね。とりあえずご飯にしましょうか。」

この日から、僕達と作一の共同生活が始まったのだ。


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「おう作一、劔に遊んでもらってるのか!」

5年ほど経ち、彼と僕らは家族同然、僕にとって作一は弟同然になっていた。

「うん!!先生、遊んでくれるの!!父さんも一緒に遊ぼ!!」

「先生、か。お前さんが俺を呼ぶ時と同じとは面白いな、先生!」

「やめてくださいよ柳一先生……。僕はまだ実力も無いんですから。」

揶揄う柳一先生にはしゃぎながら僕に寄っかかってくる作一。

この時はただただ平和な時を過ごしていたのだ。


けれども、同時に焦りが募り始めていた。


僕はまだ、終之太刀を習得するには至っていなかった。


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"四之太刀が如く歩を進め、五之太刀が如く弱きを突き、一之太刀が如く刃を振り抜け"


文字に起こせばなんともまあ単純明快な技だろうか。

目にも留まらぬ速さで相手の弱きところを斬れば確実に殺すことが出来る、酷くシンプルな理論だ。


けれども、この技は僕はおろか、柳一先生でさえも習得するに至らなかったのだ。


「……先生、立会いありがとうございました。」

「ったく、終之太刀が出来ねえからって六之太刀と四之太刀を組み合わせるなんて想像できるわけねえだろ……。」


故に編み出された『六之太刀改 朧月』。

四之太刀が如く歩を進め、六之太刀が如くその刃を振り抜く。

究極の一に至らなかった己が編み出した最強の技。


「すっげーーー!!」

「おう、凄いだろ!!父ちゃんも先生も強いんだぞ!!」

「はは、僕はまだまだですけど……」


平和な時は続いていた。

けれども、徐々に崩れ始めていた。


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「蒼也、今日は蹴術を君に授ける。」

「了解。」

黒鉄蒼也、という少年を保護した。

作一と歳も近いという事もあり我が家で保護をしたけれども、彼はあまり心を開いてはくれなかった。


「先生、あの子は……」

「次期にヌルというコードネームで実戦投入される。その時はお前がフォローしてやるんだ。」

「承知しました。」

利用できるものはなんでも利用する、それが『13』の方針だというのはわかっていた。

それでも、何かが腑に落ちなかった。

「先生……」

「劔、俺たちは所詮歯車でしかない。せめてあの子達が平穏無事に過ごせるように戦うのが俺たちの仕事だ……」

「……分かってます。」

納得しようとした。

けれどもどうやっても結論は出ず。


そして、崩壊の時は訪れた。


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「夜叉、お前が朧を始末しろ。」

「…………」

『13』の最高指揮官、ディセインから命じられたのは師であり、親でもある稲本柳一の殺害であった。

FHチルドレンを殺せず、部隊に被害を出した為にその責任を取らされるとのことだった。


「…………できません。」

だが受け入れることができるはずもなかった。当たり前だ、柳一先生は僕にとっては親同然の人。親を殺すことなどできるわけがなかった。

「そうか。なら貴様の弟弟子がどうなっても構わない、という事だな?」

「…………」

けれども背に腹は変えられなかった。

弟同然の作一を、蒼也を人質に取られてしまった今、選択肢などなかった。

だが、まだ守る事もできると思えた。


家まで駆けた。

1秒でも早くあの人に伝えねば、その一心で全力で走った。


そして、その人は道場にて僕を待ち構えていた。


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「劔、お前に全てを捨てる覚悟はあるか?」

突然の問いかけだった。

「どういう……」

「『零の極致』、それは人としての全てを捨て刀と一体化する構え。お前にこれを受け継ぐ覚悟はあるかと聞いている。」

意味がわからなかった。

その人にいつものような優しい雰囲気などなく、ただ厳かで、鋭い殺気が彼を包んでいたのだ。

「ぼ、僕には答えなんて……」

「答えろ!!!!お前がディセインの命でここに来たことくらいは分かっている……」

その人は刀を抜いた。

黒い刀身の一振りの刀。

月下の太刀の継承者が代々譲り受ける、『月輪刀』だ。

「劔、抜け。」

「嫌です先生……!!みんなで逃げましょう……!!」

「……そうか。」

その人は刀を鞘に納めた。

胸をなでおろしたその瞬間、

「ならば死ぬがいい。」

「っ……!!!!」

一気にその刃は振り抜かれたのだ。


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ぶつかり合う刃と刃。

キュマイラによるパワーとハヌマーンによるスピード、それらを掛け合わせた暗殺剣術は一撃一撃が致命になりうる攻撃でしかない。

「守ってるだけか?」

「……っ!!貴方を殺したくないんだ!!」

「はっ、攻撃に転じれば俺を殺せると。」

瞬間、先生の刃が頬をかすめた。

見えなかった。

一瞬でも反応が遅れればおそらくこの頭と胴は離れていた。

「守ると言って、何一つ捨てる覚悟を持たねえテメエにやられるほど俺は甘くねえよ。」

「っ………」

事実だった。

僕は何一つ捨てることができない、甘い人間だった。

故にそれ以上の追撃はできない、そう思ってしまった時だった。

「テメエが俺を殺さねえなら構わねえさ。お前の次は蒼也、その次は作一が俺を殺しに来るんだろうな。けど誰が来ようと構わねえ。俺は誰を殺してでも生き残ってやるよ。」


思考が止まった。

いや、一気に回転したのかもしれない。

「……二人が来ても、殺すんですね?」

「ああ、今言っただろう?」

「…………なら、貴方を放っては置けない……!!!!」

「ああ、それでいいんだよ劔。始めようじゃないか、最後の授業を……!!!!」

今一気に刃を引き抜いた。


そして、決着は一瞬だった。


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「ふっ……うごっ……」

「はぁ…………はぁ…………」

先生が放った暁、それを弾くように放った朧月。

一瞬の攻防の末、僕の握った刀が柳一先生の体を切り裂いたのだ。

「……ハハッ、やっぱ強くなってたんだな。」

「…………まさか」

その人は、笑ったのだ。

それも、満面の笑みで。

「ああ、そのまさかだよ。俺を殺しておかないと、お前も作一も蒼也もみんなが危険な目にあっちまうだろ?」

「っ……!!」

取り返しのつかないことをしてしまった。

この人は自分達を守る為に己が命を捨てていたのだ。

今ならまだ間に合うかもしれない。


手当をしようとしたその瞬間、その人からその刀を渡された。

「お前が時期当主だ。受け取りな。」

「そんな事より……!!」

「もとより潮時だったんだよ。あいつらに歳が近いからってだけで子供の敵を殺せなくなっちまった。そんなの、暗殺者として失格だろ?」

「それでも、あなたは……!!」

必死に手当をしようとする。

だが間に合わない。

もう手遅れだ。

オーヴァードとしての力すら持たない僕では彼を救うことなどできなかった。


「劔、最後に頼んでいいか?」

「何ですか……!!」

「あの子を、お前が13の呪縛から連れ出してやってくれ。こんなクソみたいな組織にいてもあの子のためにはならねえからな。」

「分かりました……ちゃんと、あの子を育てます……そして、月下天心流の後継者として育て上げます……!!」

「言ってくれるじゃねえかよ…………でも、お前が愛弟子でよかった…………。」

「僕も先生が、先生でよかったです…………!!」

「お前は十分強い……」

その人は終始笑顔だった。

「俺の……誇りだ…………」

最後にその一言を残すまで、笑みを絶やす事なくその生涯を終えたのだ。



「ただいまーー!!」

その時、作一の声が聞こえた。

咄嗟に隠れる。

受け取った月輪刀を手に。

瞬間、襖が開けられる。

「父……さん?」

作一はあまりの光景に信じられないという様子で先生に駆け寄った。

「父さん、父さん!!」

必死に身体を揺する。けれどもその人はもう死んでいる。


僕が、殺してしまったのだから。


「ごめんよ……」

「先生……?」

「僕に…もっと力があればこんなことには……!!」

彼を強く抱きしめる。

本当は分かっていた。こんな事をしてはダメだと。

僕は、彼の父親を殺したのだから。


『お願いだ先生……俺に、刀を教えてくれ……!!父さんを殺した奴を、殺す為の……!!』

その時作一が懇願してきたのだ。

涙を堪えながら、強くその拳を握りしめて。


そして、発現してしまったモルフェウスの力で作られた刀を手にして。

「ああ、分かった…。君に何もかも教えよう。僕の持つ、全てを。」

彼の頭を撫でた。

優しくこの手で。


かつてあの人が、僕にそうしてくれたように。

そして僕はこの日を境に多くのものを捨てた。


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名前を捨てた。

稲本という名を捨て、『陣内 劔』と名乗るようになった。

『仁』、即ち愛情や慈しみのない男。

これ以上僕に適した名前もないと思えた。

実の親とも言えるその人を殺し、弟に嘘をつき続ける、正に外道以外の何者でもない僕にはピッタリだ。

けれども、劔という名前だけは捨てられなかった。

あの人が、僕に最初にくれた物だったから。


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次に誇りと正義を捨てた。


月下の剣士として多くの人間を切り捨てた。


罪なき人も、オーヴァードも、同胞さえも。

けれどももうどうでもいい事だった。

『13』という下衆の中で信頼を勝ち取り、そしてディセインの懐に潜り込むには必要だったと思えばなんて事なかった。


そして戦闘隊長として、H市支部長という地位を僕は得ていたのだ。


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最後に……いや、これは今は言わなくてもいいだろう。

結末などしれているのだから。


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作一と二人で月を眺めていた。

二人だけになってしまった家で、久々の平穏を過ごしていた。


彼にも『ゼロ』というコードネームを与えられ、共に任務を遂行して5年の時が経っていた。

「なあ、先生は何で刀を振るうんだ…?」

突然の問いかけ。

思わず言葉に詰まってしまうが、思い返せば理由は一つだけだった。

「あまり考えた事はなかったけど……大切なものの為に戦ってる、かな。」

「大切なもの……?」

「いつか、作一にもできるよ。命を賭してでも、一生をかけてでも守りたいものってのが。」

全てを捨てようと思った僕にもたった一つだけ捨てきれないものがあったのだ。

「や、やめろよ先生。」

頭を撫でる。

バレないように。

己の迷いを、この子に悟らせないように。


「作一、必ず君を僕より強い剣士へと育てるよ。」

「………いきなりどうしたんだよ。」

きっと、ひどい顔をしていたんだと思う。

泣きそうで、でも必死で堪えて、それでも涙が溢れそうで。

「柳一先生……君のお父さんと約束したんだ。君を必ず月下天心流の十七代目当主として、一人の剣士としてしっかりと育て上げるって。」

「じゃあ約束してくれ先生。俺に全部授けるまでは死なないって。」

「……ああ、約束だ。」

約束を交わした。大切な大切な約束を。

かつて先生と交わした約束を、またこの子とも交わしたのだ……


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あの日から8年が経った。

「作一、今日は『零の極致』を授ける。」

ある日の夜、運命の日の夜、僕は彼に先生の遺した最後の奥義を彼に授ける決意をした。


人としての全てを捨てる。

あの人が最後にした行為であり、そして同時に人としての限界を超えることができる。


きっとこれが最後だから。

次は、超えられない壁として立ち塞がらなければならないと知っていたから。

それでもせめて、最後くらいは先生でいたかったのだ。


そして僕は、作一に13を裏切らせた。


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同時に始まる僕にとっての最後の戦い。


一人で13に立ち向かうのは不可能、それは僕が一番よく知っている。

だからこそ彼には頼れる仲間が必要だった。


一人は飛鳥天。8年もの間、表の世界とはいえ共に戦ってきた彼女であれば裏切ることはないだろう。

彼女の家にUSBを置いておいた。


もう一人はアッシュ・レドリック議員。

黒い噂の絶えない議員だが、僕は彼に託すこととした。

例え彼が作一を利用しようとしても、作一が彼ごときにその一生を縛られることはないってことくらい、分かっていたから。


そしてもう一人。

「今夜、N市に向けてダブルクロスが動き出す。」

「…………ボイスチェンジャーで声を変えてるようだが、アンタだろう?先生。」

「…………流石、蒼也だね。」

愛する者を13に奪われFHに寝返った僕のもう一人の弟弟子、黒鉄蒼也。


彼が味方してくれる保証はなかった。

けれども、可能性も、その有用性も高いと判断したのだ。

「…………どうせ、あの馬鹿のためだろうが俺を頼るのは間違いじゃないのか?」

「君だからだ。13に恨みを持ち、そして作一と深い信頼を寄せている君だから協力してくれると思ったんだ。」

「…………悪いが俺は俺で勝手にやらせてもらう。」

「そう……だよね……」

賭けだということは分かっていた。

だが、やはり戦力としては大きな——

「その過程であの馬鹿を救うかもしれんし、アンタと戦うかもしれない。それが俺の答えだ。」

「…………君がいて良かった。」

「何の話だ?」

「いや、君がいれば作一は孤独にはならない、と思ってさ。」

「…………残念だがあいつはそれでも孤独を選ぶだろう。俺たちはそういう人間だからな。」

「そうかい……。」

それでも、僕は安心していた。

彼という存在が、作一を人に保ってくれると思えたからだ。


「蒼也、君にも最後に一つだけ。」

「……手短に頼む。」

「君が人として、人間として生きていきたいと思える人を探して、その人と生きるんだ。」

「……生憎、俺は兵器なんでな。欲望も感情もないんだよ先生。」

「きっと、その人は君のその考えも否定してくれる。」

「アンタが、親父を殺した人がそんなことを言うとはな。」

「……気づいていたんだね」

「大切な人を殺した人間の目は鏡の中で何度も見ていたのでな。あの日を境に気づいたよ。」

「……そっか。」

「じゃあまた。」

「ああ、また。」

電話を切る。

これが恐らく最後の電話だろう。


そして僕は刀を抜く。

人ではなく、夜の鬼、『夜叉』として支部を後にする。


…………きっと、作一は怒るだろう。

これから彼の大切なものを全て奪う。

仲間も、彼の妹とも言える飛鳥も、誰も彼も。

けれどもそれでいい。


僕は仇だ。

彼はそれでも優しいから、きっと最後の最後まで信じないだろう。

だから、容赦なく、確実に彼の大切な物を——


「夜叉、出る。」


潰す。


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思惑通りだった。

彼は最後の最後で僕を仇として憎しみの目で見ていた。

少しだけ誤算だったのは蒼也の弾丸で関節をやられたことだ。

「夜叉隊長。治療は終わりましたが——」

「分かってる。朧月は放てて2回だろ?」

「ええ。13のためにも貴方は必要な人間です。無理はしないでください。」

「……そうだね。」

刀を取り、再び戦場へと赴く。

今度こそ決着をつけに。きっと彼は憎しみだけではなく、更なる想いを持って剣を振るうのだろう。


そんなことを考えると、どこか心が踊った。


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朝日が昇る赤光の下、今僕は再び一番弟子と相対する。

「アンタにだけは…………負けられない…………」

彼は憎しみを持って、けれどもそれ以上に意志を持って僕の前に立ち塞がる。


けれども知っていた。

今の彼にはまだ、足りない。

「僕も君ごときに負けるつもりはない。大切な物の為に、何一つ捨てることのできない君ごときにね。」

全てを捨てでも戦う、覚悟というものが。


だからこそぶつけなければならない。

僕の覚悟を。あの人の覚悟を。

僕が、あの人が全てを捨ててでも守りたかったものが目の前にあるから。

「負けられない、守りたい、そんな想いだけで僕に勝てると思ったら大間違いだ。少なくとも、僕の刀は多くの者を斬り捨てた。大切な物のために、何もかもをだ。そんな想いだけなんて言う君に、そして何のためにその刀を握っているかを忘れた君だけに負けるつもりはない。」

彼を斬り捨てる用に、同時に自らに再度言い聞かせるように言い放つ。


あの日、あの人が僕に言い放った言葉。

僕を一人の剣士にした言葉。

きっともう、体も心もボロボロだろう。

それでも——


瞬間、彼の気配が変わった。

「……ようやっと覚悟が決まったみたいだね、作一。」

心配は無用だった。

流石柳一先生の息子さんだ、そう思っていた。


「一之太刀――」

「っ……速い!!」

不意をつかれた。

反応するのがギリギリだった。

この時に悟った。

今はまだ天元に至らずとも、この子は僕よりも遥か上に辿り着けるだけの才能があると。

「やっぱり、僕の見込みは間違ってなかったみたいだ……」


……ならば、最後くらい導かねばならない。

それが、"先生"として僕が最後にできることだったから。

「始めようか、最後の授業を。」

再度刀を振り抜く。


そして、最後の戦いが幕を開けた。


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幾度となく交えた刃と刃。

互いの身体は傷だらけになり、どちらもまだ立っている方が不思議なくらいだった。

全てを捨て、核の想いのみで動く目の前の少年。

彼の戦意は揺らぐことなく、その目は水面に映る僕の殺意と剣気を捉え続けていた。

そして彼は折れた刀を投げ捨て、右手に一振りの黒き刀を生み出したのだ。


『月輪刀』、即ち月下の剣士が代々授かる最強の一刀。

彼はそれを自らの能力で作り出したのだ。

そして同時に、彼の覚悟が垣間見えたのだ。

「…………ああ、僕はこの日のために生きて来たんだね。」

思わず、口からこぼれてしまった。

僕があの人に拾われたのも、あの人に生かされたのも、そして今ここで彼と刃を交えているのも、全てこの瞬間の為だと確信することができた。

「作一。君は何の為に、全てを捨てた?」

問いかける。

覚悟を決めた彼に。

「守る……為だ……!!」

「……そうか、それが君の核なんだね。」

このままの僕じゃ勝てないのだろう。

分かっていた。けれども僕も剣士の端くれだったからただ負けるのは癪だった。


「っ…………!?」

「ここからは本気だ。」

だから、僕も全てを捨てた。

核さえも、なにもかも。

「始めようか。」

「……ええ。」

そして、ここからの記憶は定かではない。


それでももう、結末は見えていた。


—————————————————————


次に意識がはっきりとしたときには、月輪刀が僕の心臓を貫いていた。


敗けた、のだ。

全身全霊、全力で刃を交えた結果、僕は敗れたのだ。

「強くなったね……作一……」

賞賛の言葉を送る。

「……え?」

気の抜けたような声を出す愛弟子。

刀から手を離すとは流石に油断しすぎだとは思ったけれども、最後にそこを叱るのも野暮だと思った。


意識が途切れ始める。

呼吸が苦しくなる。

それでも、最後に伝えなければならない。

必死に最後の力を振り絞り、今声を放つ。

「たった一つ、たった一つでいい……。君がその刀を振るう理由を、たった一つの誇れる正義を見つけなさい……」

「っ…………!!」

「そして、君が信じるべき正義を貫きなさい……。誰に何と言われようとも、君のその正義を護りなさい……」

「先生…………!!」

彼の顔は不安そうで、今にも泣き出しそうだ。


だからこそ送り出さなければならなかった。

「僕がいなくてももう大丈夫…………君なら、新たに一を作ることも出来るから…………。」

彼の名前に込めた願いと共に。

「そんなこと言うなよ……まだ俺は……!!」

「君は化け物でも、心なき暗殺者でもない……。一人の人間として、月下天心流の17代目として、強く生きなさい……。」


ああ、もっと話したかった。

もっと剣を交えたかった。


けれどもそんな後悔よりも、彼が僕を超えた。

その事実だけで僕は安堵し、そして————



—————————————————————


「そんなとこで何してるんだ劔。」

「あ、先生。生きてた時のことを少し。」

「ったく……そんなことより稽古するぞ。」

「…………そうですね。今日も僕が勝ちますよ?」

「生意気な口きくようになったじゃねえか。今日ではっきりとさせてやるよ。」

「ええ、お願いします。」


これが僕という人間の、僕という一人の剣士の末路である。


そして、全ての想いは暁の剣士に引き継がれた…………


fin……

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暁の記憶 芋メガネ @imo_megane

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