第13話 訣別

UGN H市支部 地下ホール


迸る閃光、瞬く稲妻。

蒼き稲妻は影と交わり、消えては再度瞬く。

「侵食率も上がって来たか……。だが、ここで止まるわけにはいかない……」

自らを焼き尽くしてしまいそうな雷を纏う。

それでも彼は、黒鉄蒼也は躊躇うことなくその稲妻を体に宿していた。


「電圧最大……」

溢れ出る雷光、彼にとってそれは正義の光。

憧れた蒼き光。

かつてそれは、目の前にいる四ヶ谷楓が行使していた。

その人も今は黒き影を扱い、偽りの正義の為にその力を使う。


ならば今その憧れた正義に代わり、悪を打ち砕くのが自らの役目。

「終わりにしよう……楓……!!!!」

真なる正義を守る為なら悪となっても構わない。

それが、俺の正義だ。


その思いと共に稲妻は部屋を溢れんばかりに一気に吹き出す。

「黙示の獣よ、奴を殺せ!!」

ディセインの掛け声と共に影が稲妻を飲まんと繰り出される。


確かにあの影はレネゲイドを喰らう脅威以外の何者でもない。

だが彼は奴との、獣との戦い方を知っている。

「ロック……!!」

照準の中心に楓を捉えた瞬間、即座に引き金を引く。

その弾丸は1秒にも満たない時間で楓に届くが、やはり電磁バリアにより弾かれる。


だがそれこそが獣を倒す唯一つの術。


奴らには自らレネゲイドを生み出す術はなく、他から奪うことで己のレネゲイドを補給する、

ならばレネゲイドの力を多用させその力を削ぎ、その力を使えなくなったその時が勝利の瞬間であるのだ。


だが、消耗させればさせるほど攻撃は激しさを増していく。

「あれ程、食い意地は張るなと言ったはずなんだがな………!!」

襲いかかる無数の影、黒鉄は掻い潜るようにそれらを回避する。


綿密に襲いかかる影、その隙間を掻い潜るのは最早針に糸を通すが如く。

その中でも彼は次々と弾丸を放ち、徐々に徐々にとその力を削ぎ落とす。

「無駄だ無駄だ!!貴様如きに彼女を倒す事などできない!!彼女を救おうというのならば尚更それもなぁ!」

「黙れ……!!」


一瞬生まれた隙、その瞬間にライフル弾をディセインに叩き込まんと放つがやはり獣により防がれる。

「ソウ…………ヤ……」

その時、楓が口を開いた。

とても人とは思えないような声で、それでもよく知ったその声で彼を呼びかける。

「楓…………。」

彼は静かに答えながらもその照準を楓に合わせる。


躊躇った。けれども――

「ソウ…………ヤァァァァッ!!!!」

「待ってろ――」

引き金を引く。

ただ無情なまでに弾丸は真っ直ぐに飛び、楓の肩を貫いた。

舞う紅い鮮血、それは再度彼女を人だと認識させる。


迷う。躊躇いそうになる。

また同じ過ちを繰り返すのか、そう自身が問いかけてくる。


それでも止まるわけにはいかない。

彼女の力がこの身体に宿る限り、諦めることなど許されるわけがない。

例え己は外道に成り果てても、真なる正義のためにこの身を焦がすことなど厭わない。

『ありがとう…………蒼也…………。』

あの日、全てを憎みこの雷が宿った時にそう誓った筈だ。


タバコに火をつける。

煙を吸い込むと頭の中の雑念、感情、全てが煙の中に呑まれていく。

一息に煙を吐き出すと共に頭の中が空になり、思考が明確になり何をすべきかハッキリと見えた。


『お願い……私を殺して……』

かつて誰かを傷つける事を、悪になる事を拒んだ1人の少女。

その少女は今、仇敵の手によって人々を傷つけるための存在にされている。

だが少女は操られながらもまた口にしたのだ。

『オネ……ガイ…………コロシ…………テ………』

あの日と同じ事を。


ならばやることはただ一つ。

「……今、お前との約束を果たす。」

あの日の約束を果たすのみ。


瞬間、夥しいほどの雷が彼の体から溢れ出す。

両腕でアンチマテリアルライフルを抱え、そろ銃身に稲妻を宿した。

「黙示の獣!!」

その危うさ察知したのかディセインは慌てて黒鉄に影を襲わせた。

だがそれが間に合うことはない。

「穿つは蒼天……砕くは悖徳……この一射は大逆を討つ為に有り……!!!!」

一点に集中する雷。蒼き光が黒鉄の身を焦がしながらも溢れんばかりに瞬く。

照準を楓に合わせそして今、

「『蒼天穿つ雷光の矢』《ライトニング・サジータ》ァァァァァァッ!!!!」

乾いた音と共に雷を纏ったその弾丸が射出された。


放たれた一射は電磁バリアとぶつかると共に地を裂くような轟音が鳴り響く。

「無駄だ無駄だ!!貴様の出力ではこのバリアを超えることは決して叶わん!!」

黒鉄を嘲笑うかのように叫ぶディセイン。


されどそこに黒鉄の姿はもうなく、ただ投げ捨てられたライフルのみがそこに。

そして次の瞬間、彼の姿は電磁バリアに阻まれた弾丸の前に現れる。

「知ってるかディセイン・グラード。」

その男は右手を大きく振りかぶった。

狙うは一点、雷の力を、全ての力を、己が信じる正義をその拳に込めて。

「押してもダメだならな…………」

そして彼は笑みを浮かべる。その勝利を確信して。

「もっと押すんだよ…………!!!!!」

その拳を弾丸に叩き込んだ……




瞬間、光が瞬いた。

静寂が訪れた。

何もかも呑み込んでしまう光球。

2人の姿は光に呑まれ消えて行く。



そして光が止んだ時、2人はそこに立っていた。

1人はただ呆然と立ち尽くし、1人は右腕を失いながらも左手で銃口をもう1人の額に向けていた。

「ソウ…………ヤ…………」

静かに少女は口を開く。

青年は眉ひとつ動かさず、ただ一言口にした。


「安らかに眠れ、楓。」


乾いた音と同時に鮮血が血を舞う。

それは紅落が如く。黒鉄へと降りしきるとともに辺り一面を赤に染めた。



大切な人を、愛した人を殺した。

信じた正義と決別した。

涙一つさえ流さない。

怪物でも大切なものを失えば悲しむのだろう。

ならば俺はあの男の言う通り、感情の一つも持たない兵器なのだろう。

それでも、崩れ落ちるその瞬間、

『アリ……ガトウ…………』

彼女が笑っていた、そんな気もした……

最も、兵器の俺がそんなものを見るはずもないのだがな……



「くっ………来るなあああああああっ!!!!」

背を向け逃げようとしたディセインの脚は黒鉄の弾丸により撃ち抜かれる。

その場に転げる老人。

先程とは一転して怯え、弱々しい表情を見せるディセイン。

命乞いの眼差しを黒鉄に向けるが、黒鉄は淡々とマガジンを変え銃口を向けた。

「き、貴様らにした事なら謝る!!FHに私の黙示の獣を明け渡しても構わん!!どうだ、取引をしないか!?」

必死に黒鉄を止めようとするが、彼は眉どころか指さえも動かさない。


一瞬の静寂が訪れた後、黒鉄の唇が動いた。

「確かにFHに黙示の獣が渡ればうちのリーダーも喜ぶだろうな。」

「だろう!?そうだろう!?」

ディセインは大きく笑みを浮かべ手を差し出した。


その瞬間、

「だが俺は与えられた命令を、"『13』を壊滅させる"という命令を、ただ遂行するのみの兵器だ。お前が言った通り、俺には慈悲も情けもない。」

「ひぎゃっ……!?」

左手の拳銃が火を吹いた。

1発1発の弾丸が老人の身体を抉り、マガジンが空になったところでその音は止んだ。


そこに残ったのはかつて人であったはずの肉片のみ。

「……この姿の方が似合いだ。外道。」

黒鉄は空になった弾倉を投げ捨て、一つの装置をそこに設置した。

「こちらヌル、任務を完了した。これより帰投する。」

仲間に通信を送りそのまま外へ出て行く。


起動のスイッチを押すとともに地下ホールは炎の海に飲まれた。

彼の忌まわしきしがらみも、憎しみも、復讐も。

そして彼が人であったその証さえも。


振り返る事なく、彼は歩いて行く。

偽りの正義を討つ為に、悪で在り続けると言い聞かせながら。


彼は戦い続ける、その身に正義の雷が宿る限り。


真なる正義に討ち滅ぼされるその時まで。


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