第12話 死闘

深い、深い闇の中。

ソレは8年前から不敵な笑みを浮かべながらずっとそこにいた。

「なあ、お前は何の為に戦うんだ?」

昔から俺が誰かを殺すとき、人ならざる者として戦うときにそいつは俺の身体を支配し、俺の代わりに刃を振るっていた。


そいつは答えない。

昔から何度同じ問いかけをしてもそいつが答えることはなかった。

そう思っていた。

『……お前こそ、何の為にその刀を振るっている?』

「っ……!?」

初めてだった。それが声を発したのは。

『俺はお前が嫌いだ。守る為とその刀を振るうが、その実お前は誰よりも臆病で、俺の様な歪な存在を作り出さなければまともに戦う事も出来ない。』

ソレは核心をついてきた。

自分が目を逸らし続けてきた事実。

『改めて聞かせてもらおう。お前は何の為に戦う?』

ソレは知っていた。

俺自身がいかに弱く、脆い存在であるか。

いや、寧ろそれ自体が弱さの象徴だったのかもしれない。


だが、だからこそ尚更答えなければならない。

「守る為、だ。命に代えても守りたい人たちがいるから、俺はこの刀を振るう。例え、死んでしまったとしてもな。」

奴は何も言わず、ただただゆっくりと眼前まで近づいてきた。

『ハッ、そこまで臆さずに言えるなら力は貸してやる。だが忘れるなよ、』

ソレの姿は徐々に薄れていく。不敵な笑みを残したまま。

『俺は、お前だ。』

決して消えない言葉を俺に残したまま。


そして視覚は再び闇の中へと放り投げられた。


―――――――――――――――――――――

4時55分


幾度と無く打ち鳴らし合う二つの刃。

繰り出されるは必殺の太刀。

「「三日月ッッ……!!」」

躊躇いも容赦もない。

ただそこには互いの命を掠める一撃一撃が存在するのみ。

ぶつかり合ったその一撃とともに距離を取り、互いに再度中立の位置で構えた。


「無駄のない動きに加え、確実に一手一手で僕を追い詰めに来ている……。流石だよ作一――!!」

瞬間、陣内が一気に距離を詰める。

稲本はとっさに壁を生み出し陣内の行く手を阻む。

「視界を遮ったつもりかもしれないけど――」

陣内は暁の構えを取り壁を砕きにかかる。

だがそれよりも早く砕け散った壁の破片が陣内に襲いかかった。

「自ら砕いた………!?」

咄嗟に十六夜の構えを取り直し破片を撃ち落とすが、それにより隙が生まれた。

僅か0.1秒、されどそれは二人の剣士の前では決定的な間である。


回避は可能であれどガードは不可、ならば稲本が繰り出す太刀は一つのみ。

「四之太刀――」

「させない……っ!!」

放たれる神速の太刀、それに合わせて繰り出されたミドルキック。

稲本の刃は陣内の胴体を掠めはしたものの、叩き込まれた蹴りにより彼の体は吹き飛んだ。

だが浅い一撃故に彼は即座に次の手に移る。


「喰らえ……っ!!」

稲本はナイフを放つと同時に一気に地を蹴る。

ナイフは陣内の動きを縫う軌道で彼に迫る。

「左右によければ直撃は免れない……ならば!!」

迎撃に打って出る陣内。

稲本が放つは彼が得意とする必殺の平突き。

だがそれは予想できていた。

故に構えるのは反撃の太刀、『月詠』。

刀の柄で刃をいなし一撃を稲本に叩き込まんとする。


「それこそが狙いだ」

そう、聞こえた気がした。

次の瞬間、平突の構えを解きローリングソバットを叩き込む稲本。

「くっ……!?」

右腕に叩き込まれた蹴り、それは陣内の抜刀を阻み、稲本は一方的な攻勢に躍り出た。

されど陣内もそのままやられなどはしない。

重心を崩す陣内。

バランスを崩した稲本の顔面に蹴りを一撃を叩き込んだ。

揺らぐ身体、畳み掛ける陣内。

「一之太刀――ッ!!」

放つ一閃、だが稲本も呼応するようにほぼ同時にその刃を引き抜いた。


砕け散る刃、舞い落ちる鉄の雪。

冷たく肌を切る静止した時の中で赤光に照らされる。

「チィッ!!」

とっさに蹴りを放つ稲本、これ以上の追撃を避けるために今一度距離を取った。



身体は軽く、脳も最大限にこの戦いだけのことを考えている。

なによりも暗闇の中であの人の輪郭がはっきりと、そして水面に映る殺意がはっきりとこの眼に映る。


だからこそ、もどかしい。

あの人の太刀筋は見える。ありとあらゆる搦め手で幾度となく一寸まで追い詰めた。

だが届かない。

月輪刀の前では自身が作る刀など棒切れも良いところだ。


ならば全神経、全ての感覚をこの右手に集中させる。

自身が月輪刀を持たぬのであれば、"創れば"いい。

今一度だけ折れぬ一刀を創り出す。

最強の贋作を今、この手に――



少年は折れた刀を投げ捨て、傷ついた右腕を前に掲げる。

「ハァァァァァァァァ…………ッ!!」

創り出される一振りの刀。

光すら飲まん漆黒の刃から成るソレは稲本の右手に納められ、その刀身は闇の中で赤光を浴び輝いていた。


「…………ああ、僕はこの日のために生きて来たんだね。」

その光景を見た陣内は呟くとともに、剣先を下ろし稲本を見つめる。

「作一。君は何の為に、全てを捨てた?」

「守る……為だ……!!」

「……そうか、それが君の核なんだね。」


一瞬だけ微笑んだ、次の瞬間。

「っ…………!?」

「ここからは本気だ。」

彼を纏う空気そのものが変わった。

彼もまた『零の極致』を行使したのだ、稲本はそう確信した。


だが、それでも負けるわけにはいけない。

この正義を、護りたいという想いだけは譲れない。

だから立ち向かう、相手が例え最強の剣聖であろうとも。


例え、敬愛していた先生が相手であろうとも。


そんな想いで再び居合の構えを取る。

「始めようか。」

「……ええ。」

タンッ、という子気味のいい音が空に響き渡る。

瞬間、二人の姿が中央に現れる。

「「月下天心流 一之太刀――」」

引き抜く一刀、現れる黒き刃。

「「三日月ッッッッッ!!!!」」

二つの黒が交わるとともに甲高い音が空に響き渡る。


決着の時まで あと2分


―――――――――――――――――――――


そしてまたこちらも、

「電圧最大……もう終わりにしよう……楓……!!」

決着の時が訪れようとしていた……


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る