第11話 覚悟

4:53 UGN H市支部 地下ホール


光が瞬く。

閃光と閃光がぶつかり合い、その度に唸りが轟く。

「くそッ……!!」

青年は咄嗟にナイフを投擲するがそれらはいとも容易く雷の中に飲まれ、跡形もなく消え去った。

「どうだいヌル?私の作り上げた『黙示の獣』は。」

「貴様……ッ!!」

ディセインのいう『黙示の獣』、きっとそれは目の前に立つ楓のことを指しているのだろう。


だが彼女は決してそんな人間ではない。

誰かの為に、誰かを救いたいという思いだけで戦い散った少女。

億が一にもこの様な卑劣な、下劣な男に加担するはずないと分かっていた。


だからこそ力を発揮しきれないのだ。

「やめろ楓……お前はそんな男に手を貸す筈では……!!」

「…………」

「無駄だよヌル。彼女の肉体はとうに死んでいる。彼女の身体に埋め込んだレネゲイドビーイングが彼女の体を操っているに過ぎないんだ。」

ディセインのその言葉の通り、楓は一切の躊躇いなく黒鉄に雷を放つ。

「この外道が……ッ!!」

放たれた雷を相殺するように黒鉄は弾丸を射出、だがそれを上回る稲妻が弾丸を飲み込み、そして今まさに黒鉄の身体を飲み込んだ。


「兵器ならばさっさとその女を殺し、そして私を討てばいいだろうに。まさか人の心が芽生えたとでも言うわけではないだろうな?」

膝をつく黒鉄に向けて言葉を放つディセイン。

「黙れ……!!」

黒鉄は右手で口元の血を拭いながら再度立ち上がる。


刹那、彼を搦めとらんと楓の影の腕が襲いかかる。

「チィッ!!」

身体の隅々に電流を流し一気に加速する。

この腕に搦めとられれば死は免れない。そう彼の本能と経験が危険信号を出し続ける。

だがそれらに対しては弾丸も電撃も、何もかもが効果をなさないのだ。

「無駄だ無駄だァ!!全てのレネゲイドを喰らい尽くすウロボロスの力、お前の様な只の戦闘マシーンには対抗できんよ。最も、影の主人を殺せばいいだけのことだけだがな!!」

黒鉄は影ではなく、楓へと照準を合わせた。


だが――

『誰かのためならこんな傷へっちゃらへっちゃら!!』

「クソっ……」

引き金を引くことは能わず。

その間に再び襲いかかった黒い影。

黒鉄はワイヤーを使った立体機動でギリギリを抜け生き延びる。


「流石戦闘マシーン、ヌルと言ったところか。貴様がこちら側に残っていれば、貴様も黙示の獣にしてやったと言うのに。」

「ハナから俺を黙示の獣にする為にFHから回収したんだろうが……この外道……」

「感情だけでなくその様なことを考える知恵まで付けたか……。この様なことになるならさっさと殺しておくべきだったな……」

ディセインは黒鉄の変わり果てた、いや成長した姿に呆れた様な、落胆した様子を見せる。

黒鉄は未だその目にドス黒い炎を宿しはするが、それでも楓に対する意識を変えることはできず。


「やはりお前に私は殺せないよ。少なくともお前が再び非情な、いや無機質な兵器にでも戻らない限りはな。」

嘲笑うように放たれた一言、黒鉄はその言葉を払いのけようとするが、否定できなかった。

今の、情を持ったままの自分では楓を殺すことはできない。

それは即ち、ディセインを殺せないと同義。


その時、だった。

「――――」

彼女の唇が微かに動いた。

雷にやられ幻覚を見ているのかと思えた。

「楓……?」

再び動いた。疑念は確信へと変わった。

言葉は発せずとも、彼女は何かを言おうとしている。

「どうしたヌル。もう諦めたのか?」

「……ハハッ、辞めてくれよ、楓……またお前はそういう事を言うのか……」


それもそのはずだ。

彼女はそういう人間だった、だから命を落とした。

だから俺は生き残った。

ならば腹を括るしか無い、あの日アイツがそうした様に。


四肢に雷を宿す。

自らの身を焦がしてしまいそうに散る火花。

溢れんばかりに迸る蒼い閃光。

「……始めようか、楓。」

その瞳に黒き炎はなく、

「あの日の、続きを。」

今の彼の眼は澄んだ蒼に染まりきっていた。


そして稲妻は再度瞬く。

今は、その手に宿った正義の為に。


―――――――――――――――――――――


4:54 セントラルビル 屋上


朝日が昇り始め、闇で覆われていたその空間を徐々に徐々に赤く染めて行く。

その中一人の男が地面に伏し、そしてもう一人は赤光に照らされながら堂々と立っていた。

「やっぱり、迷いだらけの太刀では届かないよ。少なくとも今の君ではね。」

「ま……だ…………だ…………!!!!」

立ち上がる稲本。

全身から溢れんばかりの赤。

赤に塗れながらも彼は折れた刀を手に再度得物を構える。


「オーヴァード故に……というわけでもなく、君の意志の力のようだね。」

陣内もそれに呼応するように構える。

だが誰から見てもこの状況であれば稲本の負けは必至。

「アンタにだけは…………負けられない…………」

「僕も君ごときに負けるつもりはない。大切な物の為に、何一つ捨てることのできない君ごときにね。」

冷たく、吐き捨てるように放たれた言葉。

それは稲本の体に深く突き刺さる。


「負けられない、守りたい、そんな想いだけで僕に勝てると思ったら大間違いだ。少なくとも、僕の刀は多くの者を斬り捨てた。大切な物のために、何もかもをだ。そんな想いだけなんて言う君に、そして何のためにその刀を握っているかを忘れた君だけに負けるつもりはない。」

一矢乱れることのない陣内の構えから、そして今まで見てきた彼の背中からそれが嘘でもない事を、全身でヒリヒリと感じていた。


それでも負けられない。

たとえ想いだけと言われようとも、負けられない。


でも、何で――――


その時、記憶が蘇る。

『作一は、どうしてそこまで強くなりたいんだい?』

『やっぱ親父を殺した奴に復讐したい、ってのもあるんだけどさ――』

先生と交わした会話。

『自分の大切な人くらい、自分の手で守れるようになりたいんだ。もう二度と誰も失いたくないから、さ。』


――ああ、そうか。


何で強くなりたかったか、何でこの手に刃を持つ覚悟を決めたか、忘れていただけだった。


とっくに答えは出ていたんだ。



――守りたい



俺にとって大切な人を



あいつらが生きる、大切な日常を



なら、やる事はただ一つだ


――もう、何もいらない


視界は澄んでいて、赤光に照らされた仇敵の輪郭もはっきりとこの眼に映る。

「……ようやっと覚悟が決まったみたいだね、作一。」

声が聞こえた。

けれども、もう己にとって言葉は何も意味を成さなかった。

思考など捨て置いたから。

いや、もはや思考だけではない。

記憶、感情、信条、今この戦い置ける不要な物は全て斬り捨てた。

ただ偏に、目の前の男に勝つためだけに。


「一之太刀――」

「っ……速い!!」

瞬間にして陣内を間合いに捉え、一気にその太刀を振り抜いた。


辿り着いた『零の極致』。

全てを捨て、全身全霊を戦いに投じる。

足取りは軽く、思考の全ては戦いのために存在し、無駄ひとつなくなったその身体。

刀が身体の一部に、いやむしろ自身が一振りの刀になったようにも思えた。



「やっぱり、僕の見込みは間違ってなかったみたいだ……」

陣内も再度殺気を際立たせ、今その刃を構える。

「始めようか、最後の授業を。」

瞬間、二つの影が地を蹴り刃が交錯する。


決着まであと3分。


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