第10話 開戦

4:52 UGN N市支部 支部長室


早朝であろうがあるまいが例外なく事件は起きるもの。

それと共に彼らは早期事件解決のためにこの場に呼び出される。

「この時間に叩き起こされるこっちの身にもなってよね、雲井。」

「すまないね、今うちの支部でも戦闘できる人間が君と私くらいしか居なくてね。」

「全く、人手不足を早くどうにかしてほしいところだわ。」

作戦司令室を仕切るのはN市支部長『雲井 相模(くもい さがみ)』、そして眠たげな目を擦りながら彼に文句を言うのはN市のUGNチルドレン『紫月 奏乃(しづき かの)』。

この支部の要となっている二人はH市の襲撃、及びN市に現れたダブルクロスの対処に向けて動き出す。

「紫月、君はH市の援軍に向かってくれ。」

「私は戦闘力は高くないと何度も言っているのだけれども?」

「N市に現れたダブルクロスの方が戦闘力が高く、尚且つ今それの対処に当たっているのはH市支部長の夜叉のみだ。私がそちらに行くのが戦力的にもいいだろう。」

「……分かったわ。私はH市に向かう。」

渋々引き受ける紫月。

「助かるよ。迎えのヘリが5分後に来るからそれに乗って向かってくれ。」

「ええ。貴方も気をつけてね、雲井。」

「分かっている。私も君に心配されるほどはまだ落ちぶれていないさ。」

「そう。お互い怪我しないことを祈ってるわ。」

髪をなびかせながら部屋を出て行く紫月。

そしてそれをうっすらとした笑顔で見送る雲井。

「さて、私も行かなければ……」

彼は重い腰を上げ、コートを羽織り支部長室を後にしようとした。


その時だった。

「……なんだ?」

何かが落ちる音が屋上から聞こえた。

まるで鳥が着陸に失敗したかのような間抜けな音。

そんな音に気を回す暇もないとはわかっていたが、それでも雲井はその音が鳴った方へと足を運んだ。

それが、彼を運命の歯車に組み込んでしまうとも知らずに。


―――――――――――――――――――――


同刻 N市 セントラルビル 屋上


まだ日の昇り切っていない暁闇の空の下。

闇の中では互いの姿など見えない。

二人は水面に映る互いの研ぎ澄まされた殺意を頼りにその姿を認識する。

「一之太刀……ッ!!」

二人の剣士は幾度となく刃を交え、その度に水滴は落ち水面に波紋が生まれていく。

一撃一撃が水面に波紋を呼ぶが、決して掻き乱されることはなく波は互いに重なり合い、その波面を大きくしていった。

「この間よりもいい太刀筋だ。憎しみ以上に強い想いでその一刀を振るう。正に君の理想は今君が体現しているようだね。」

鍔迫り合いの中、陣内は稲本の瞳を覗き込み、いつもの様な落ち着いた声で彼に語りかける。

「黙れ……俺はまだ憎しみを捨ててはいない……!!」

稲本は一度重心を背方へと移しその体勢から逃れると同時に右足でソバットを放つ。

蹴りに反応、いやバランスの崩れから次の行動を予測した陣内は右腕でそれを受け止める。


瞬間、稲本の顔面が柄で殴られた。

「ガッ……!!」

吹き飛ばされ地を転がるが受け身によりすぐ立ち上がる。

「ただ、憎しみを捨てきれてないと言う割には動きが緩慢としている。」

しかし陣内は既に稲本の眼前に迫っていた。

「三日月……ッ!!」

「ぐっ……!!」

咄嗟に陣内の一撃を受け止めた。

だが月輪刀の居合を受けた稲本の刀は、その瞬間に折れてしまう。

「距離を……!!」

振り抜いたその隙を突き一歩下がろうとした。


「ッ……!!」

それよりも早く、稲本の目許を鋭い刃が斬り裂いた。

それは陣内の左腰に添えられた脇差によりつけられた傷。

彼は左手で逆手でそれを持ち、一気に振り抜いたのだ。

傷口からは赤が滴り、より痛みを明確化する。

「よく反応しきれたね。正面からの仕込み刀を回避したのは君が初めてだ。」

視覚的に反応しきれないその一撃。

稲本は一瞬の水面の揺らぎを逃さなかった。

だからこそ眼を失わずには済んだのだ。


「あんたが……仕込み武器を使うとは思わなかったよ……」

「僕はオーヴァードではないからね。こういう搦め手を使って生き残ったことは何度もあるさ。」

完全に忘れてしまっていた。この男は今、かつて自身に剣を教えてくれた『陣内劔』ではない。

今目の前にいるのは、"13"における最強のエージェント、『夜叉』であるという事を。

頭ではそう理解していても、陣内の太刀はあまりにも今までと同じだったのだ。


だが彼がそうあるならばこちらも『稲本作一』ではなく、『ゼロ』として立ち向かうのみ。

「喰らえ……!!」

稲本も咄嗟にナイフを3本創り出し、陣内に向けて一気に投射する。

「その手はもう食わないよ……!!」

陣内は撃ち落とす事なくそれを回避し稲本に接近する。

「俺も同じ手は二度も使わん……!!」

稲本の合図とともに陣内の背後で爆散するナイフ。

小型ナイフからとは思えぬほどの爆風。

「くっ……!?」

陣内は思わずバランスを崩すがそのまま一気に加速し居合の構えへと移る。


「月下天心流六之太刀――」

陣内の動きに合わせてカウンターの構えを取る稲本、

「月下天心流五之太刀――」

構えるは必殺の太刀。

二つの刃は再度交える。

暁闇の空の下、無数の金属音が闇の中で鳴り響いた……


―――――――――――――――――――――


N市 上空


黒く塗装された戦闘ヘリコプターに乗り込む二人の少女。

バラバラと鳴るヘリのローター音がくっきりと聞こえ、その一つ一つが心臓の鼓動と重なるような気がした。

「全く隊長も何考えてるのか……。UGNを潰すならまだしもUGNのメンバーを助けるなんて……」

「本当、私も貴方達が、それもうちの支部を襲撃した貴方達が私達を助けるなんて思いもしなかったわ。」

「安心してください。隊長の命令通りお二人はちゃんとN支持部に運びますよ。」

レッドバレットと飛鳥の二人の間に不穏な空気がひしひしと満ちていた。


だがそんな空気も次の瞬間には打ち砕かれてしまった。

「っ!!あんた達のお仲間さんがやってきましたよ!!」

突如衝撃が走り、機体が大きく揺れる。

河合と飛鳥が外を見れば、そこには空を飛行しヘリを攻撃する5人の『13』のオーヴァードたちが。

「くそっ……僕は狙撃とヘリの操縦くらいしか無理なんだよ……!!」

レッドバレットは機首をとっさに向き変え敵に攻撃を仕掛けるが的が小さく弾丸が捉えることは叶わず。


「二人は早く脱出しろ!!N市支部まではここから100mだから!!」

「で、でも今出たら狙われて……!!それに飛鳥さんはまだ怪我が!!」

「部長、腹括るしないみたい……掴まって!!」

飛鳥は怪我だらけの体を引きずるように翼を広げドアを開き一気に羽ばたく。


「っ……!!」

やはりまだ怪我が治りきっていないからか、動きは緩慢とし、高度も徐々に徐々に落ちていく。

「死ね裏切り者!!!!」

13のメンバーから放たれる炎の一撃。

「まだ死ねない……!!」

飛鳥は回避はするがやはりそれでも回避が精一杯。

「今度こそ死ねェ!!!!」

再度放たれた一撃。

飛鳥を捉え、その焔は二人を焼き尽くさんと蛇が如く襲いかからんとした。


瞬間、もう一匹の黒き蛇が炎を飲み込む。

「ぶ、部長……!?」

「飛鳥さんは……そのまま飛んで……!!」

その蛇を生み出したのは河合椿。

彼女の体を中心として蛇が如くその影は焔を飲み込んだのだ。

「うっ……ウアアアアアアアッ!!」

「部長!?」

突如苦しみだす少女。

彼女の額は白い仮面で覆われ、今まさに人から逸脱しようともしていた。


「行かせるかぁ!!!!」

再度現れた3名の13のエージェント。

万事休すと思ったその瞬間、後方のヘリから3発の弾丸が放たれた。

それらは全て13のエージェントの頭部を貫き、それ以上の追撃を妨げたのだ。

「早く行け!!手遅れになる前に!!」

燃え上がるヘリから叫ぶレッドバレット。

彼はヘリから飛び降りながらも再度敵に銃口を向け、引き金を引いた。

「飛鳥……サん……!!」

苦しみながらも影で翼を生み出す椿。

「うん……分かってる……!!」

飛鳥も弱々しい声で、それでも力強く羽ばたく事で一気に加速した。


距離は残り20m。

追っ手はなく、目標の屋根の上に障害物はなし。

あとはただ着陸するのみ。

痛む身体を必死に操り、目標に狙いを定める。


残り10m、態勢はできた。

あとはただその場所に下り着くのみ。

衝撃が最小限になるように、そして椿にダメージが無いように。


そして今、彼女は自身の羽根をクッションにするように着陸を果たしたのだ。

「大丈夫、部長怪我してない!?」

「うン……」

二人とも大きな怪我はない。

早くN市支部長に伝えなければ――


不意にドアが開く。

現れたのは中年の男性。

「君たち……は?」

この顔は知っている。

N市支部長、『雲井相模』だ。

ならば伝えなければ。

「雲井支部長、サクちゃんを――!!」

「稲本君を助けて……!!!!」

大切な人の、窮地を――


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