第9話 憧憬

4:48 H市 UGN支部付近 上空


戦闘ヘリのドアから体を乗り出す少年。

そこは半年前まで彼が属していた組織、そして彼の唯一の居場所。

「カマイタチ、ベルセルクの両名で陽動を。10分で俺が戻らなければそのまま撤退しろ。」

彼はその場所を今度こそ終わらせんと、今再びその場所へと訪れていた。

「隊長、御武運を。」

「また後でな!!」

「ああ。」

全員が飛び降り、己が役割を果たさんと動く。

そして彼は今、

「……今度こそ仇を取るよ、楓。」

再びその瞳に憎悪の炎を宿し、一歩駆けた……


―――――――――――――――――――――


爆炎とともに怒号の響き渡る屋内。

「クソッ、支部長がいない時に!!」

「応戦しろ!!稲本やレイモンドがいれば楽なのに……!!」

主戦力の欠けたH市支部では少数精鋭のルプスの襲撃に対しては数で押すしかなく、だがそれさえも彼らの戦略により徐々に綻びが生まれ始めていた。

「良い陽動だ……。お陰様で難なく中に入れた。」

彼、虚ろなる影は混乱に乗じ地下に通ず扉の前に立っていた。

「さて、ここからは鬼が出るか蛇が出るか……。」

彼は扉の電子ロックを破壊すると一気にその扉を蹴破る。

「……行ってくるよ。」

彼は一言呟くとその闇の中へと一気に駆けて行った……





闇の中、記憶を思い起こしながら廊下を一気に駆け抜ける。

『ねえ、蒼也見てみて!!磁力で浮かせられるようになったよ!!』

『よかったじゃないか。』

『もっと喜んでくれても良いんじゃない?』

『喜ぶと言われてもな……』

『こう、胸がドキドキしてパーっとなる感じ!』

『……よく分からんな。』

感情がなかった自分に感情を教えてくれようとしたその人。


「ギシャァァァッ!!」

「白い仮面の獣……やはり貴様らが元凶かァ!!!!」

怒りと共にそれを撃ち抜く。

乾いた音と共に記憶も消えていく。


『っ…!!あの子、助けなくちゃ!!』

『待て…っ!!楓!!』

誰か困った人がいれば自分の身を案じる事もなく飛び出したその人。

『あの状況で俺がいなければどうするつもりだったんだ……』

『ごめんなさい……』

『……無事でよかった。』

『あれ、蒼也笑った?』

『気のせいだろう。』

死をも恐れない彼女は俺にとってはヒーローだった。

いつしか家族という感情以上に、憧れを彼女に抱いていた。


「クワセロオオオオオッ!!!!」

「次から次へと……邪魔なんだよ!!!!」

両足に雷を宿し次々と現れる獣を薙ぎ払う。

彼女から授かった雷の力。


そう、皮肉にも彼女を殺した俺に芽生えたのは彼女の力だった。

『あー…お前UGNの奴か。』

『今はもう違う……。俺は名もない只の怪物だ……そういうアンタは、FHのルプス隊隊長……狼王ロボ……か。』

『お前、ブラック=ドッグのシンドロームみたいだが、使いこなせてねえみたいだな。』

『悪かったな……!!』

『行く場所がねえなら来い。このまま俺の事をどこかで話されても面倒くせェからな。』

俺達を拾ってくれたのは彼女の正義とは程遠い存在。


それでももう、何もかもがどうでもよくなっていた。


『ねえ、どういうこと蒼也さん……姉さんを殺したって!!』

『そのままの意味だ……。俺がお前の姉を……楓を殺した……!!』

一度罪を背負ったその時から俺は何もかもを捨てようとしていた。

この身体の奥底に宿る、憎しみの炎以外を。


だがそれは否定された。

『お前は名も無き怪物なんかじゃねえ……!!お前は俺達の家族の、黒鉄蒼也だ……!!』

俺が投げ捨てようとした全てを、アイツは俺にもう一度思い起こさせた。

同時に、あの憧れも思い出した。


『義手の調子はどうだ、ヌル。』

『悪くはないです。仕込み武器に、稲妻を武器に宿す機構。どれもこれもまだ能力面で未熟な俺の助けになります。』

『テメエの右腕には相当な金がかかってるからな。壊すんじゃねえぞ。』

対UGN部隊ルプスの隊長となった俺は、もはや憧れていたヒーローとは程遠いものになっていた。


それでも構わなかった。

「グォアアアアアアアアッ!!」

「ワイヤー起動……!!」

そもそも兵器、バケモノである俺に真っ当な正義を語る事など出来ないとわかっていた。


だから俺は、この胸に誓った。

『ダブルクロス、ゼロの回収……か。』

『こんな時間にどこ行くの…?』

『友を、あの馬鹿を助けてくる。』

『分かった……。気をつけてね、兄さん。』

真なる正義の者に討たれるその日まで、彼女の正義を否定する物全てを打ち倒すと。

正義を騙る悪を狩る、狼になると。

かつて何一つ持たないただの兵器だった俺は今、この手に正義を成す為の雷を、この胸に憎しみの炎を宿し、深淵の奥底に立っていた。


「久しぶりだな……ヌル。」

最奥にて彼に語りかける下卑た笑みを浮かべる『13』の長、ディセイン・グラード。

「この日を待ちわびた……お前を……偽りの正義を騙る貴様を殺す、この日を!!!!」

黒鉄は即座に右手に拳銃を構えその照準を目の前の老人に合わせ、引き金を引かんとした。

瞬間、

「なっ……!?」

彼を稲妻が飲み込んだ。

「私が何も対策を立てずにここにいるわけがないだろう。君に御誂え向きの輪廻の獣を用意しておいた。」

「っ……!?」

黒鉄はその光の先に目を向けた。


信じられなかった、いや信じたくなかった。

「ソウ……ヤ……」

「嘘……だろ……?」

彼が愛した人が、彼が殺したはずのその人が立っているという事実に。

「何で……何でお前がそこにいる……楓!!!!」

四ヶ谷楓が、彼の敵として立ち塞がっていた……


―――――――――――――――――――――



同刻 N市 セントラルビル 屋上


彼は誰時の空の下、二人の剣士は再び相対する。

互いに殺意を纏いながらもそれはとても穏やかなもので、波の立たぬ水面のようだった。

「一人で立ち向かうとは。さすが柳一先生の息子さんだ。」

「……もう一度聴く。アンタは、何故親父を殺したんだ?」

「前と答えは変わらないよ。任務での失敗の責任を取らされた、そう言っただろ?」

「だったら……」

稲本は強くその拳を握り、一気に叫ぶ。

「なんで謝った!!あの日、あの時、力があればと……!!」

「…………」

その叫びは虚しくも、ただただ空にこだまする。

彼は答えなかった。

答えられなかったからなのか、その答えを持ち合わせていないからなのか、真相はその人にしかわからない。


ならば、戦うしかない。

二人に残された道はたった一つだった。

「構えろ、稲本作一。」

「ッ……!!」

放たれる殺気。静かなれどそれは津波が如く、稲本はその圧に押し潰されそうになっていた。

それでも彼は左手に鞘を、右手に刀を握り構えを取る。


「我が名は月下天心流十六代目当主、陣内劔。」

「……え?」

一瞬だけ力が抜けた。

その姿に彼は見覚えがあった。

それは彼が憧れた、父と戦っていた兄弟子のその姿。

「応えろ。」

「………我が名は月下天心流第十七代目当主、稲本作一。」

稲本も応えた。

ただ静かに、冷静に。

それでも先ほどまでの強張りはもう消え去っていた。

「さあ行くよ、作一。」

「ああ、始めよう。」

彼の目の前にいるのは仇敵、倒すべき相手だと頭では理解していた。

それでも、今だけは今までのあの鍛錬と同じような気持ちだった。

雑念は研ぎ澄まされた殺意の中に飲み込まれ、静寂が訪れた。


「「月下天心流 一之太刀――」」

今、水面に水滴が落ち、波紋が広がる。

そして二人の姿が消えた次の瞬間、

「「三日月……ッッッ!!!!」」

甲高く鳴り響く音と共に二つの刃が交錯した。


今、月下の剣士による最後の戦いが幕を開けた。


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