第7話 傷痕
17:06 N市 セントラルホテル 504号室
ベッドの上で目を覚ます少年。
「痛っ……!!」
体を起こそうとしたが全身に痛みが走りまともに体を動かすことすらままならない。
「やめておけ。16回も致命傷になる斬撃を受けたんだ。それに心停止になった時に相当な電圧を身体にかけたからな。あと5時間は動かさない方がいい。」
「何で……お前が……?」
ただただ疑問であった。
FHに寝返ったはずの彼が自らの命を助けたという事に。
「上手くいけばこちらの戦力増強にも繋がるからな。」
「どういう……?」
「UGNからダブルクロスが出たというリークがあってな。俺たちルプスはその情報を元に動いた結果、お前に辿り着いたというわけだ。」
「……そういう事、だったのか…」
黒鉄は立ち上がるとそのまま部屋を出て行こうとする。
「天と椿は……!?」
その問いかけに黒鉄は足を止める。
「椿はまだ動揺しているが命に別状はない。今はゆっくりと寝ているよ。天は――」
彼が一瞬躊躇いながらも続けようとしたその時、
「ぐぉっ!?」
「サクちゃん!!!!」
「天!!」
黒鉄を吹き飛ばしながら飛鳥天は稲本の部屋に入ってきたのだ。
「生きてたんだ……良かった……」
「それはこっちのセリフだよ……。私が目覚めた時には危篤状態って聞いて……どんなに心配したと思ってるの……」
今にも泣き出しそうな飛鳥。
稲本はその人の、大切な家族の頭を優しく撫でる。
激痛から一瞬だけ笑みを崩しそうになったが。
「全く……薬を持ってきたらイチャついてるなんて、見てて吐き気がして来たわ。」
悪態と共に部屋に入ってくる一人の女性。
「そう言ってやるな麗華。」
「正直私としてはUGNの人間を助けること自体に納得がいってないんですからね。隊長の命令だったから助けましたが。」
稲本はその声にどこか聞き覚えがあった。
「あんた……カマイタチか?」
「ええ、ルプス2ことカマイタチよ。宜しく、ゼロさん。」
「本名は夕波麗華(ゆうなみ れいか)。うちのメディック兼アタッカーだ。お前の治療はほとんどコイツがしてくれたんだ。後で礼を言っておけ。」
「……本名明かす必要ありました?」
「この後俺たちは共同戦線を組むんだ。明かしておいた方が連帯感が強まるだろう。なあ、稲本。」
「……俺にFHに与しろって言うのか?」
稲本の声は瞬間、冷たく重いものへと変貌する。
「それはお前次第だ。だがまずは、目下の障害を排除する方が優先だ。天、すまんが暫く出ていてくれないか。」
「……ソウちゃん。お願いだからサクちゃんに無理はさせないでね。」
天は不安そうな表情を隠す事なく黒鉄に伝えると部屋を後にする。
「で、俺に何をさせるつもりだ?」
「お前と俺の二人で、全ての因縁にカタを付ける。」
黒鉄はUGNの通信記録を見せてくる。
「お前が寝ている12時間の間に傍受した情報だ。」
そこには、『裏切り者のゼロが一般人を誘拐し逃走中。至急操作に協力されたし。』と記されていた。
「……あのクソ議員。」
「お前は今このままN市支部に行ってもただの裏切り者として扱われる訳だ。」
「俺達にはもうFHしか居場所がないってことか。」
「そう早まるな。椿と天の証言が潰されなければ、お前は無罪放免だ。」
「……お前、本気で言っているのか?」
稲本は黒鉄の言葉から全てを察した。
「13を本気で潰す気か……!?」
「ああ、その通りだ。」
それはあまりにも無謀すぎる作戦。
少なくとも、特務部隊相手に一個小隊で敵うはずもない。
だがそんな考えも払拭される。
「俺がディセインを討つ。その間に天と椿はN市に向かわせろ。」
「……その間俺が先生の足止め、か。」
「話が早くて助かる。」
黒鉄は地図を広げる。
「ここからヘリが出る。その間に先生をお前とルプスの数名で足止めを行い、その間に俺がH市支部に襲撃を仕掛ける。」
「天と椿がN市支部に到着と同時にお前が13を壊滅させる……と。」
納得したような、納得できないような、途轍もなく微妙な表情を浮かべていた。
「……正直、お前をこの作戦に巻き込みたくはない。」
黒鉄は重々しく口を開いた。
「正直な話、お前が無罪放免になる可能性はゼロだ。」
「そりゃそうだろうな……。まず、生きて帰れる可能性が途轍も無く低いからな。」
そう、そもそもこの作戦は稲本の生存率が明らかに低いのだ。
だが、それでもやるしかない。
やらなければ――
「決行は明日の朝5時だ。それまで身体を休めておけ。」
「言われなくても……」
稲本は夕波ことカマイタチに渡された薬を服用する。
それと共に痛みが和らいでいく。
だが、どうやっても拭えぬ痛みが胸の奥底にあった。
「なあ……黒鉄。」
「どうした?」
「俺がもっと強ければ……躊躇わず殺せるだけの強靭な心があれば……あいつらは死なずに済んだのかな……」
後悔などしてもどうにもならない。
分かってはいる。それでも問わずにはいられなかった。
「後悔など無意味だ。少なくとも俺たちのような生と死の狭間に生きる者にとってはな。」
「……そうだったな。」
「だから俺たちは目的の為に、後悔なんてしないように、ただ全力で前を向いて生きていくしかないんだ。」
「…………」
稲本は思わず唖然としてしまった。
「……なんだアホ面晒して。」
「いや、楓みたいな事言うなって。」
「……多少は影響を受けたんだろうな。特に、この雷の力が宿ってからは。」
「あいつはお前の中でまだ、生きてるんだな。」
「そうであるなら、きっと彼奴は泣いてるだろうがな。」
彼は淡々と口にするとそのまま外へと出て行った。
「俺も、少し休むとするか…」
稲本も目を閉じる。
そして静かに、闇の中へと落ちていった……
―――――――――――――――――――――
その人は、俺が物心ついた頃からそこにいた。
『おう作一、劔に遊んでもらってるのか!』
『うん!!先生、遊んでくれるの!!父さんも一緒に遊ぼ!!』
『先生、か。お前さんが俺を呼ぶ時と同じとは面白いな、先生!』
『やめてくださいよ柳一先生……。僕はまだ実力も無いんですから。』
俺と親父とその人はもはや家族同然だった。
血の繋がりはない、けれどもその人は俺にとっては少し歳の離れた兄のような人だと思っていた。
ただ、少なくともあの6年間は楽しかった。
『くらえ!げっかてんしんりゅう!』
『うわああぁ!やられたぁ!!』
親父と先生と3人で楽しく過ごしていた時。
『行くぞ劔。』
『はい、先生。』
『すげぇ……』
二人の立会いを傍から見ていた時。
そして、
『今日も月が綺麗だなぁ!』
『うん、きれいだね!』
『ええ、綺麗ですね……』
3人で月を眺めていた時。
『俺たちが使うのは人殺しの剣だ。でもな二人とも、俺たちは己が誇りを、正義をこの刀に乗せて戦うんだ。』
『誇りと……正義……。』
『んー、むずかしくてなにいってるかわかんない!でも、ぼくもつよくなりたい!!』
『何でだ?』
『だって強くなれば――』
そこから先は記憶が掠れて思い出せない。
何で強くなりたいと思ったのか、俺の強さの根幹は消え去っていた。
そしてあの日、
『……ごめんよ。』
全てが崩れ去った。
続
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