第6話 敗走

3月9日 2:46 N市 廃墟 屋外

雷鳴轟く戦場。

蒼き稲妻と共に舞い降りたのは一匹の狼。

彼の右腕には以前のような血色の良い肌には非ず。

その右腕は無骨な金属の組み合わせから成っており、その光沢がより一層無機質さを際立たせていた。

「久しぶりだね蒼也。」

「御無沙汰です、先生。」

「君も仇打ちに来たのかい?」

まるで久しく会っていない親戚にかけるかのように話す陣内。

だがその声色には確かに尋常ではないほどの殺気が混じっていた。

「確かに俺にとって貴方は仇になるのでしょうが、今の俺にとっては些事に他ならない。」

「と言うと、もっと重要な事があるのかい?」

「ええ。」

彼は答えると右手にマグナム、左手にナイフを構える。

「その馬鹿達の回収だよ……!!!!」

答えると同時に一気に加速し、一気に斬りかかった。



全身に流される電流。

それぞれが筋繊維を刺激し、身体の瞬発力を向上させる。

ハヌマーンの速さに加え、さらなる機動力を得たそれはもはや人にあらず。

まさに稲妻と同等であった。

「早……っ!!」

「遅い!!」

ガードを固めた陣内。

それは一度の斬撃を受け止めるだけに留まる。

ほぼ同時に放たれたマグナムの弾丸。

それは的確に陣内の関節を撃ち抜き右腕を使えなくさせたのだ。


「流石、どこを穿てば相手を的確に無力化できるかは作一より君の方がよく理解していたね。」

「……最も貴方には気休めでしかないような気もしますがね。」

陣内は刀を鞘に納めると武術の構えに移る。

「ここからは、君達に教えた蹴術で君を斃すとしようか。」

刀を失ってもなおその高い戦闘力は健在である。


そんな事はとうの昔から知っている。

「カマイタチ、目標の回収は終わったか!!」

『ええ、とっくに終わったわよ!!』

彼はそれを聞くと同時にスタングレネードを放り投げた。

「同じ手はそう通用しないよ…!!」

陣内は閃光と爆音を物ともせずに黒鉄との距離を一気に詰めた。

だが黒鉄も動じるどころか迎撃の構えすらしていなかった。

それもその筈だった。

「最初に言っただろう。貴方を倒すのは目的ではないと。」

瞬間、陣内に向けて重い一撃が振り下ろされた。

「ハッハァ!!目と耳がやられてながら反応するとは面白ェ!!!!」

幾度となく振り抜かれるベルセルクの大剣。

「君は邪魔なんだよ……!!」

「ぐっ…!?」

ベルセルクに叩き込まれたソバット。

「そのまま引き付けろ、ベルセルク!!」

「ったく、面白ェ!!」

彼はその攻撃を受けながらも再度立ち上がりその大剣を振り下ろした。

『避けてくださいよ、ベルセルクさん!!』

同時に現れる戦闘ヘリコプター。

それは陣内目掛け無数の弾丸をばらまくが、その雨の中でさえ彼は無傷で立ち回るのだ。


それどころか、

「このまま一気に終わらせるとしようか…!!」

陣内は弾丸を蹴り上がり、キャノピーとの距離を僅か数mまで詰めたのだ。

「う、嘘だろ!?」

ヘリの操縦席で狼狽えるレッドバレット。

だが陣内の蹴りが叩き込まれる前に雷光を纏ったナイフが陣内を弾いたのだ。

同時に一人の少女を抱え飛び乗ってくる黒鉄。

「カマイタチ、こいつの治療を頼む。」

「了解。」

「レッドバレット、お前は必要時以外は上空にて待機。」

「了解しました。」

黒鉄は再度ナイフと拳銃を構え飛び降りる。


「作一より先に天を助けるとは意外だったよ。」

「傷の深い方を優先的に助けるだけだ。それよりも、だ。」

黒鉄は拳銃を構え陣内を睨みつける。

「貴方の目的は何だ…?俺に13の真実を教えたと思えば、あの馬鹿を殺そうとする。今の貴方の行動はあまりにも支離滅裂だが、意味のないことをする人ではないと俺も知っている。だからこそ貴方が分からない。」

「僕達の大切なものを守る為だよ。その為にも作一には全力で僕と戦って貰わなきゃいけなかったからね。」

黒鉄の問いかけに陣内は笑みを絶やさない。

「では貴方の大切なものとは?」

「……ずっと昔から大切にしてきたものだよ。」

一瞬だけその笑みの中に憂いが生まれた。


瞬間、再度大剣が陣内に向けて振り下ろされた。

「人が話をしているときに奇襲を仕掛けるのは良くないよ?」

陣内はそれを回避、再び距離を取る。

「なんて反応速度だよ……えェ!?」

「お前も撤退準備をしろ。俺はあの馬鹿を回収次第合流する。」

「何でだよ!?こんなに楽しいのによ!!」

『隊長の言う通りです!!スカウトが敵部隊を多数確認、このままでは包囲されます!!」

このままでは成すすべもなく全滅、それを回避するにはもう撤退するしかないのだ。

「わーったよ。ただ隊長も死ぬなよ?」

「分かっている。あの馬鹿どもを回収したらすぐに合流する。」

ベルセルクはやや不服そうにしながらもその場から立ち去る。


そして対峙する二人。

「じゃあ、始めようか……!!」

「っ……!!」

瞬間的に距離を詰めると同時に掌底を放つ陣内。

「重い……!!!!」

黒鉄は右腕の義手でガードで受けきるが、その義手すらも軋んだような気がする。

だが黒鉄も負けじとカウンターを叩き込まんとした。


瞬間、二人に割って入るように焔が放たれた。

「今のは……!!」

そして陣内が後方に着地したその瞬間、途轍も無い重力場が彼の足元に形成されたのだ。

「……全く…あんた達はいつもそうやって…一人で全部やろうとするんだから……」

「早く……作一を回収して行け……」

それらを放ったのは死に体のブレイズとクイーンの二人だったのだ。

「クイーン……ブレイズ……」

黒鉄は二人の意思を汲み取ると横たわる稲本を背負う。

「ヌル……その馬鹿をお願い……」

「多分…また無茶するだろうから……な……」

「……分かった。」

黒鉄は振り返ることなく一気に駆ける。


悲しさなんてなかった。

いや、知らなかっただけかもしれない。

けれども今彼の頭の中では仲間達との思い出が繰り返し、掠れたテープのように再生されていた…



走り去っていく黒鉄の背中を見送る地面に伏した二人。

「行った……な……」

「ええ……行ったわね……」

瞬間力が解除され自由となる陣内。

彼は左手に刀を携えゆっくりゆっくりと二人に歩み寄ってくる。

「なあクイーン……作一には想いを伝えなくて良かったのか……?」

「いいのよ……きっと言ったら、また重石になるでしょ?」

陣内は二人の前に立つとその刃を振り上げた。

「……お前、いい絶対いい女になったよ。」

「今更口説いても、遅いわよ?」

「はは、そうだな……」

二人は笑顔で最後の最後まで笑っていた。

その刃が振り下ろされ、胴と首が別れるその瞬間まで……



―――――――――――――――――――――


襖を開けたその先、目の前に拡がる血の海。

『父……さん?』

一つの血溜まりの真ん中、横たわる一人の大人。

部屋には腐臭が漂うがそんなもの気にしてはいられない。

『父さん、父さん!!』

少年は駆け寄りそのひとを揺すり必死に起こそうとする。

だがその人は動かない。いや、彼も内心それは理解していたのかもしれない。それでも、それでも――


『……ごめんよ。』

ふと彼の背後から聞こえるか細い声。

『先生…?』

その声の主は少年を強く抱きしめる。

『僕に…もっと力があればこんなことには……!!』

悔恨に満ちた男の声。

だがそんな声は少年の耳には届かない。

『お願いだ先生……俺に、刀を教えてくれ……!!父さんを殺した奴を、殺す為の……!!』

少年の目はただ怒りに、憎しみに満ちていた。


そして同時にその手には刀が握られていた。

先ほどまで何一つ持っていなかったその手に。

『ああ、分かった…。君に何もかも教えよう。僕の持つ、全てを。』

青年は優しく、そしてどこか悲しげな表情で少年の頭を撫でた……


だがこの時気付いていれば、何も悲しみなどなくここで終わっていたのかもしれない。

彼の、先生の右手には真っ赤に血塗られた月輪刀が握られていたということを……


―――――――――――――――――――――


「先……生…………」

少年は目を覚ます。

見知らぬ天井が彼の視界を支配する。

「目、覚ましたか。」

懐かしい声が聞こえた。

「黒……鉄……?」

「久しぶりだな、稲本。」


稲本の復讐は失敗に終えた。

だがこの時、この二人が出会った瞬間、新たなる復讐劇が幕を開けんとしていた。


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