第5話 憎悪

3月9日 2:21 N市 廃墟


闇夜の中にこだまする幾つもの金属音。

その一つ一つが悲しみに満ち溢れ、夜の闇に沈んでいくような気がした。


「さっきよりも数段動きが早くなっている…!!」

「ウオアァァァァァァァッ!!!!」

放たれる神速の刃。

稲本作一、いやかつてそう呼ばれていたはずの獣はもはや人ならざる刃を振るっていた。


「あんたが…あんたが憎い……!!!!」

鍔迫り合いの状態で睨む稲本。

対して陣内はただただいつものように笑みを浮かべていた。

「人を辞めてまで僕を倒そうっていうのかい。やはり、ここまで育ててきた甲斐があったよ!!!」

弾き飛ばされる稲本。

されどそのまま彼は着地の瞬間に脚力のバネを使い再度接近する。

「何故…何故親父を殺した!!」

「簡単なことだ。あの人は任務に失敗し、その責任を取らされた…それだけの事だよ…!!」

鈍い金属音を打ち鳴らしながらぶつかり合う刃と刃。


殺意に満ちた刃は幾度となく互いの皮膚を切り裂き、幾度となくその刀身に血を纏う。

「ならば……何故、俺を……復讐者として育てた…!!」

「面白いと、君ならば僕を楽しませてくれると思ったからさ。復讐者として力をつけた君ならば、ずっと退屈だった僕を楽しませてくれると思ったんだよ!!」

弾かれる稲本の刃。

胴がガラ空きになり、今陣内の刃がとっさに振り下ろされる。

だが稲本はとっさに刃を逆手に持ち替え、その一撃を受け切った。


ガードと同時に稲本の左手から陣内に向けて放たれる2本のナイフ。

「くっ…!!」

陣内は咄嗟に斬りはらうが、同時に炸裂する閃光。

視界は閉ざされ、聴覚さえも無効化される。

次の瞬間放たれる稲本のソバット。

「目と耳は潰したはずだろうが……!!」

だがそれさえも陣内は経験と勘を駆使して防ぎ切ったのだ。

「化け物かよ……!!」

「伊達に、非オーヴァードで『13』の隊長を務めたわけじゃないんだよ…!!」

次の瞬間、稲本の抜刀より早く陣内の蹴りが叩き込まれた。


「クソッ…速え!!」

急速に接近する陣内。

「五之太刀――」

ガードはできない、ならば回避するのみ。

放たれる刺突。それは稲本の側頭部を掠める。

「終わりだと思ったかい?」

瞬間90°回転する刀身。

「チィッ!!」

とっさに身を捻らせる事でその斬撃は回避するが一瞬死を覚悟した。

「さすがの反応速度だね…でも!!」

逆手に持ち替え、突きを放つ陣内。

「クソッ…!!」

それを顔面の直前で受け止めた稲本。

そのまま距離をとるが劣勢は変わらない。


ここまで劣勢になるのは目の前の剣士の腕が自分より遥か上にいるから。

固い意志と共にその刀を振るってきたから。

だからこそわからなかった。

幾度となく刃を交えたからこそ拭えぬ疑念があった。

それは――

「何故……あの男に、ディセインに従う……!!あんたのような……そんな太刀を扱えるアンタが!!」

師の理念が、彼の信じる刀というものだった。


だがそれこそは、聞くべきではなかった。

これさえ聞かなければ、何一つ崩れなかった。

「あのお方は、僕を愉しませてくれる敵を与えてくれる。君のお父上や、君みたいなね。」

彼は笑顔で答えた。

瞬間、稲本の中でドス黒い炎が産声をあげた。

そして彼の視界はもう、

「アンタ……いや、貴様だけは……貴様だけはァ……ッ!!!!」

真っ赤に染まりきっていた。


「貴様だけは……殺す……ッ!!!!」

構えるは彼の必殺の構え。

許せなかった。

何もかもが。

自身を育ててくれたその人が。

そしてその人を信じきっていた、自分自信さえも。

だからこそ、この太刀で全てを終わらせよう。

そんな想いとともに右手に強く刀を握った。


「それが君の全力か。ならば僕も応えるとしようか……っ!!」

同時に抜刀の構えに入る陣内劔。

速い。

今まで幾度となくこの人と刃を交えてきた。

だがそのどれよりも速く感じられた。

「月下天心流 五之太刀――」

「月下天心流 六之太刀改――」

互いに一歩踏み込む。

最大最速の刃を持って、互いを斃さんと一気に加速した。

そして互いの刀身が互いの体を交差したその瞬間、勝負は決したのだ。



一瞬だった。

1秒にも満たない時間のうちに交差した二人の身体と刃。

「朧月。」

「そん……な……」

その一瞬の間に稲本作一は16回の連撃をその身に受け、今彼は地面に倒れこんだのだ。


「まだ……だ……まだ……負けて……ない……」

「いいや、君の負けだよ作一。最もまだ意識がある方が驚きだけどね。」

傷だらけになり、血塗れになった稲本にゆっくりとゆっくりと歩み寄る陣内。

その足はまさに死神の歩みそのものにも思えた。


――まだ死ねない。


だが立ち上がることもできない――


ここで、俺は終わるのか――?


そんな思考が頭を駆け巡った、次の瞬間。

「チィッ!?」

けたたましい轟音と共に蒼き落雷が陣内劔に襲いかかったのだ。

だが今は雨雲どころか空には雲一つない。

満点の星空だけが空を支配している。

そんな中に落雷などはあり得ない。

薄れゆく意識の中、一瞬だけその蒼き瞳が彼の視界を支配した。





数分前 N市上空

「目標ポイント到達まであと30秒。各員、いつでも降りれるようにしておけ。」

愛用のライフルを構えながらドア前に待機する少年。

集中する彼にとってはヘリのローター音さえも聞こえず、まさに静寂の中にいるようであった。

「隊長、本当に助けるんですか…?」

「ああ、ダブルクロスであれば尚更だ。敵の敵は味方と言うだろ?」

「隊長は物好きだと思っていましたが、まさかここまでとは思いませんでしたよ。」

「全くだ!!まあだからこそ面白いの一言に尽きるんだがな!!」

いつも通りの騒がしい機内。

いつも通り咥えられたタバコと煙の臭い。


いつもと違ったのは、その右腕に正義が宿っていた事。

「ポイント到達。俺は初弾を撃ち次第ダブルクロスの回収に移る。カマイタチは少女の回収を、ベルセルク、レッドバレットの両名は俺の援護だ。」

「「「了解。」」」

ハッチが開き、全員が戦闘態勢に入る。

「力を借りるぞ……楓。」

彼のつぶやきと共に右腕に宿る雷光。

スコープの中心にその人を捉え、引き金に指をかける。


「お前にはまだ借りを返してないからな。死ぬんじゃないぞ……馬鹿野郎が。」

少年は引き金を引く。

それと共に闇夜に轟く咆哮が如き炸裂音。

「行くぞ狼共……狩りの時間だ。」

死神は戦場へと舞い降りる。


少年の復讐劇は再度幕を開ける…


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