第4話 激突

3月9日 1:24 N市 市境の廃墟

静寂に包まれていたはずの廃墟には鋭い金属同士の打ち鳴らす音が鳴り響く。

「クソッ…二之太刀――」

「遅いよ。」

容赦も慈悲もなく稲本に襲いかかる連撃。

カウンターを放つ間すらも与えられず、稲本はただただ防戦一方になってしまう。

「ゼロ!!」

ブレイズはとっさに炎を繰り出し稲本と陣内の間に挟み込む。


「ちゃんと戦って!!あの人は私たちの知ってる夜叉隊長じゃない!!」

「お前たちにとってはそうなのかもしれないけど……俺には、俺には――!!」

稲本は刀を握るが明らかに動きがぎこちない。

まだ信じられないのだ。

今まで誰よりも優しかった先生が――

今まで俺たちの面倒を見てくれた先生が――

今まで父の代わりに自分を大切に育ててきてくれた先生が――

俺たちに夜叉として牙を剥くなんて――


そんな思いと裏腹に、陣内の一太刀が稲本に襲いかかる。

「三日月」

「ぐっ…!!」

切り裂かれる稲本の刀身。

陣内の持つ光さえも吸い込みそうなその黒い刃が一瞬にして切り落としたのだ。

この時気づく、彼の持っているその一振りが稲本にも見覚えのあるものだと。

「『月輪刀(がちりんとう)』……!?」

それは彼の父が扱いし一刀、月下天心流の継承者に受け継がれていく黒の刀。

父が死んでからは陣内が受け継いでいたのは知っている。

だが陣内がそれを使うということは本気である、明確な殺意がそこにあるということである。


「何で…何でだよ先生!!」

「何でも何も簡単だよ。これが任務だからさ。」

陣内はかつての弟子であろうが容赦なくその刃を振り下ろす。

「くっ…!!」

「ゼロ!!」

援護に現れるブレイズ。

だが陣内はそれさえも読みきっていた。

「君はもっと上手く間合い管理をすべきだった。少なくとも、僕に近づくべきではなかった。」

「なっ…!?」

一気に振り抜かれる陣内の一刀。

「させない…!!」

稲本は咄嗟に壁を作り出しその一撃を妨げる。

されどその刃は今度は彼に向いていた。

「三日月ッ!!」

稲本の三日月は空を切る。

フェイントだ。完全に焦りから判断を間違えた。

「月影——」

振り下ろされる一刀。

稲本はギリギリでそれを食い止め、食い下がった。

「稲本!!」

陣内めがけて放たれる炎。

掛け声とともに離脱した稲本。

一度仕切り直さんと距離を取ったが、それさえもあまり意味をなさない。


「来る…っ!!」

即座に放たれる四之太刀。

目にも留まらぬ速さで切り抜ける陣内。

「ガッ……!!」

稲本のガードは間に合わず。

彼の脇腹を切り裂き鮮血がそこから滲み溢れる。

「クイーン、援護を!!」

「速すぎて……援護が間に合わないのよ!!」

クイーンは重力場を発生させ陣内の動きを鈍らせる。

「さっさとやるわよ二人共!!畳み掛けるには今しかないわ!!」

「お前に言われなくても分かってるよ!!」

「やるしか…ないのか…!!」

稲本も自らを奮い立たせ今その刃を手に取った。


「隊長、あんたに恨みはないけどよ……俺たちも生きるためなんでな!!」

全力で熱波を放つブレイズ。それは範囲外の稲本たちですら皮膚がただれるような痛みに襲われる。

「流石、サラマンダーのピュアブリードの中でも突出した君というべきか。」

その人は涼しい顔をしながらもその刃を構え、今にもその一歩を踏み出さんとしている。

「クイーン!!ゼロを!!」

「わかってるわよ…!!」

瞬間稲本の体が黒いゲートに吸われる。

「作一を逃したところで君たちは……!!」

「ブレイズ!!」

「分かってるよ……!!」

瞬間氷の壁が彼を囲んだ。

こんなのは所詮まやかしだ。

彼の前では分厚い氷の壁なんて足止めにすらならない。


だが、足止めなどではない。

「……不確定要素を殆ど全て消した…。つまり僕を確実に仕留めるつもりかい、君たちは…!!」

陣内はカウンターの構えを取る。

殺気を感じ取らんと全神経を集中させた。

その研ぎ澄まされた集中力はオーヴァードさえも凌駕する。

次の瞬間、飛来する刃が彼に襲いかかる。

そして陣内の一刀が今それを弾いたのだ。



「クイーン!!」

刀を二本生み出す稲本。

「貴方、二刀流だったかしら?」

「あの人の集中力を一度削がないと俺の太刀は通らない。だから、面倒だとは思うが頼む。」

彼は一本を鞘に納め、一本を投擲の構えで持つ。

「他でもない貴方の頼みなら構わないわ。」

「……ありがとう。」

「戯言はいいわ。さっさと行きなさい。」

「ああ。」

稲本は今その刃を投げ、クイーンの作り出したゲートをくぐった。



弾かれる一刀。

だがそれは布石。

「しまっ——」

「月下天心流 五之太刀——」

投擲した刃と180°反対方向から飛び出した稲本。

構えるは必殺の太刀、狙うは心の臓。

その人は今こちらを向いていない。

ならば、今ならばこの一太刀で終わらせられる。


『君に何もかも教えよう。僕の持つ、全てを。』

脳裏に浮かんだかつての陣内の言葉。

そして彼との思い出の数々。

その時、一瞬だけ手元が揺らいだ。


「確かにこの間は焦りすぎだとは言ったよ。けど——」

振り向く陣内、目と目が、剣先と剣先が合う。

「躊躇いもダメだよ、作一。」

瞬間、背筋が凍る。

ダメだ、ここで躊躇ったら——

そんな考えもとうに無用の長物。


焦りから放った五之太刀。

そんなものが命中するはずもなく、いなされ、一発の蹴りが叩き込まれる。

「アガッ…!!」

通ってきたゲートの向こう側へと飛ばされる。

「クイーン、今すぐゲートを——!」

即座に叫んだ。

自身が立ち上がる前に。

取り返しがつかなくなる前に。

「っ…遅い…わよ……」

だがそれも虚しい叫びだった。

「久遠……!!」

久遠を貫く黒い刀。

それは的確に久遠の命の源を貫いていたのだ。

「君が躊躇ったことにより一つ、命が失われた。」

投げ捨てられる彼女の肢体。

咄嗟に刀を握り再び立ち上がる。


しかしそれよりも早く陣内の刃が稲本に振り下ろされる。

「させるかぁ!!!!」

咄嗟に彼の前に立ち塞がるブレイズ。

持ち前の炎で一度だけ陣内を退ける。

「クイーンを……よくも!!!!」

「ダメだ、レイモンド!!」

炎を纏い突撃するブレイズ。

怒りに任せたその業火は全てを焼き尽くさんとしていた。

「君の炎は確かに強いよ。けどね——」

放たれる六之太刀。

それが焔の全てを搔き消し、ブレイズの体を切り裂いたのだ。

「嘘…だろ…!?」

「酸素の無いところで火は燃えない。僕の太刀の前で、君の焔は文字通り風前の灯火だ。」

その場に崩れ落ちる仲間たち。


今稲本の目の前には二人の仲間の死体が、それも自分の師によって殺された仲間たちの亡骸がただ横たわっていた。

「君で最後だよ作一。あの子を渡すなら君だけは見逃してもいいけど。」

迫り来る脅威。

今彼の目の前にいるのはまさしく夜叉そのものであった。

だが、負けられない。

今負ければ仲間の死を無駄にしてしまう。

全てを失ってしまう。


——まだ、倒れられない。


そんな想いと共に稲本は再度居合の構えに移る。

「今俺が出せる、最大で貴方を倒す…!!」

「戦うかい…ならば、」

音も立てず踏み出す一歩。

必殺の間合いに捉えた。

放つは己が持つ最強の連撃。


「「六の太刀——」」

刹那、互いにぶつけ合う16連撃。

同速でぶつかり合う二つの刃。

無数の金属音が鳴り響き、虚空にこだました。


だが、それさえも無情なる響きだった。

最後の一つで稲本の刃は砕け散り、彼の腕は弾き飛ばされ、ノーガードとなった。

「終わりだよ、作一。」

振りかざされる一刀。

「っ…!!」

避けきれない。喰らうしかない。

オーヴァードの力を持ってしてもこの人には勝てないのか。


その時だった。

「サクちゃんは……やらせない!!」

彼を庇い吹き飛ばす一人の少女。

「天…!?」

「邪魔だよ。」

容赦無く少女に振り下ろされる刃。

その刃は小さき体躯を切り裂き、鮮血が宙を舞った。

「天…天ぁ!!」

稲本は彼女に駆け寄る。

「サク…ちゃん…は、逃げ……て。」

息も絶え絶えの中彼を心配するその少女。

「何で……何でこんなことできるんだよ先生!!」

叫ぶ。

怒り、悲しみ、疑念から。

もはや分からなかった。

本当に目の前にいるのがあの陣内劔なのか、そんな想いで頭の中がぐちゃぐちゃになる。


だが、彼は、陣内は淡々と答えた。

「それが僕の任務だから殺せるんだよ。久遠も、レイモンドも、天も——」

一瞬の息継ぎを終え、

「君の父親もね。」

「今、何て……?」

何もかもが信じられなくなった。

全てが、今まで築いてきた全てが彼の中で崩れた。

「何度でも言うさ。君の父親を殺したのは、君がずっと探し続けてきた仇は僕だよ。」

「嘘だ………嘘だっ!!」

もう分からない。何もかもが分からない。

「さあ、君も殺してあげるよ。みんなと同じように。」


だが、同時に怒りが込み上げていた。

何もかもが嘘だった。

あのずっと自分の面倒を見てくれたあの人の優しさも、鍛えてくれた厳しさも、


そしてこの刀さえも。


「ウ……ウァ……ウオあああああああああっ!!!!」

声にならない、もはや雄叫びに等しい叫びと共に駆ける。

今はもう、もう一人の己に委ねよう。

笑みと共に何もかも殺し尽くす、もう一人の自分に。

今だけは、もう何も考えたくないから。

「じゃあ、始めようか……作一。」


彼の復讐劇が、今終わりを迎える。


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