第3話 思惑
3月9日 00:34 N市 市境にある廃墟
日付も変わり、寒さは増し、その震えが恐怖か気温のものかも分からなくなってきた。
「先輩、これ……」
「ありがとう、飛鳥さん。」
毛布に包まりながら暖かなココアを受け取る河合椿。
「サクちゃんもこれ……」
「ああ、ありがとう。」
稲本作一もパソコンをいじりながら彼女からコーヒーを受け取った。
「何か分かった?」
「……まあ、少しずつだけどな。」
彼がいじるのは飛鳥天が持ってきたPC。
「これは誰が……?」
「わからない。家に帰ったらそのUSBとPCが入ってて、稲本作一を助けろって……」
「……そうか。」
謎は深まるばかり。
そこに記されているのはただの人が、いやただのエージェントが知り得ないだろう情報だらけ。
「……ねえサクちゃん。答えて欲しいことがあるの。」
神妙な態度で飛鳥は稲本に問いかける。
「……聞くだけ聞いてやる。」
普段は飄々とした態度で聞く稲本も今だけは違った。
「『13』って何?サクちゃんは、誰なの…?」
その問いは、今まで信頼していた、家族のように共に過ごしてきた彼に向けられるにはあまりにも重すぎた。
それでも、稲本はゆっくりと口を開いた。
「『13』、それは死を意味する忌数。俺は、いや俺達はオーヴァードを抹殺する為に作られた特務部隊。そして俺はその『13』の戦闘エージェントだ。」
「……何で、何でそんなこと黙ってたの…!?」
「言えるわけないだろ……。俺達はオーヴァードを裏切る、ダブルクロスそのものなんだから……」
彼の言葉にはどこか悔いのような、諦めのようなそんな溜息が混じっていた。
「稲本君は……人殺しなの?」
唐突に投げられた問い。
それは無理もない。
河合椿という一人の少女からすれば今まで共に過ごしてきた友人が、人殺しなのかもしれない。
そう思ったら問わずにはいられなかった。
「……前に、何で俺が刀を学び始めたか、って聞かれたよな。」
「……うん。」
「俺は、復讐の為にこの腕を磨いた。親父を殺した名も知らぬ誰かを殺す為だけに戦い続けてきた。そしてその為に、何人も何人も殺してきた……」
「……嘘、よね?こんなの全部夢で…ドッキリで…本当は……!!」
「嘘じゃないんだこれは……。そうでなければ俺たちがこんなところにいるのはおかしいんだ……」
「じゃあ、お父さんもお母さんも……!!」
「…………」
稲本はそれ以上答えられない。
彼は知っているから、失う辛さを、そして奪うことの辛さも。
その時、彼は重要な文献をPCから見つけ出した。
「……レネゲイドビーング、及びジャームを支配下に置く計画?」
そこに記されていたのはレネゲイドビーングと人間としての理性を失ったジャームを支配に置くという『13』の計画であった。
そしてこの瞬間、
『予定通りじゃないか。』
『先生から聞いた。』
今の今まで違和感として残っていた二つの言葉が確信へと近づいた。
「こんなの……人がする事じゃない……」
同時に彼の目に入ったのはディセインが死体を集め、それにレネゲイドビーングを宿らせ私兵を作る計画を立てていることも記されていた。
「ねえ、どういう事なの…?」
「このままH市に戻ったところで俺もお前も、河合も殺されかねない。そういう事だこれは。」
「……全くわかんないよ!!何で、何で私がこんな目に会わなきゃいけないの…!!」
泣き叫ぶ河合、それもそのはずだ。
彼女は今の今までただの一般人だった。
少なくとも、こんな血みどろの運命に巻き込まれるべきではなかったのだ。
だが、奴らは、『13』は明確に彼女を狙っていた。
その理由があるはずなのだ。
「……さっき、影が出た、と言っていたよな?」
「う、うん……。何かそれが関係あるの……?」
「今からそれを調べる。」
彼は何処かで聞いたことのある話だった。
その言葉、影、そしてあの時のテロ事件の記憶をもとにデータを漁った。
その時、『ウロボロス』という単語が目に留まった。
「シンドローム……『ウロボロス』…?」
シンドローム、それは言わばオーヴァードの分類みたいなものである。
光を操るエンジェルハイロゥ、重力を操るバロール、血を操るブラム=ストーカー、雷を操るブラックドッグ、獣の力を得るキュマイラ、身体を自在に操るエグザイル、物を産み出すモルフェウス、熱を操るサラマンダー、領域を支配するオルクス、化学物質を産み出すソラリスの12種が存在する。
だが輪廻の蛇、『ウロボロス』の名を冠するシンドロームには稲本も聞き覚えはなかった。
それでも、そこにある記述から大まかな事は察することが出来た。
ウロボロスは影のような何かを操ることのできる事、そしてありとあらゆるシンドロームのエフェクト、即ち能力をコピーできるというのだ。
「……そういう事なのか。」
「な、何か分かったのサクちゃん……?」
そして真実にたどり着いた彼。
「奴らの狙いは河合、お前でありお前じゃない。」
「どういう事……?」
彼は『輪廻の獣(アルマレグナム)』と記された記述。
それは白い仮面をつけた獣であり、人に宿るオーヴァードの化身というものだった。
そして、更に記されていたのはディセインはこの力を複製、最強のオーヴァードの軍隊を作り上げんとしていたのだ。
「つまり、やつらはお前のうちに眠る獣を目覚めさせるためにお前の両親を殺し、お前の力で軍隊を作るつもりって訳だ……。」
彼の言葉を理解できず、河合はただ唖然とすることしかできなかった。
「つまり、お父さんもお母さんも、私の日常もそんな物のために奪われたっていうの……」
「……そういう事になるな。」
稲本はこれ以上は何も言えなかった。
これ以上は彼女を傷つけるだけだと分かっていたから。
その時、物音が聞こえる。
「……天、俺が外に出て確認してくる。いざという時は――」
「分かってる。部長を連れて逃げろ?よね。」
「ああ。」
彼はそう言うと全身を黒ずくめのスーツに着替え、刀を携え外へと出て行く。
「……お前達とは戦いたくないんだ。」
彼は外へと出るとそう呟く。
言葉とは裏腹に彼は既に臨戦態勢である。
「俺たちも戦うつもりはないよゼロ。」
「私達は私達で帰っても殺されるだけだって分かってるからこっちにつく事にしたのよ。」
そんな彼に戦闘の意思がないことを示しながら現れるブレイズとクイーンの二人。
「証拠はあるか……?」
「これでどうだ?」
ブレイズは通信機を彼に投げ渡す。
そこには何一つ音が入らない。
つまり、彼らは組織から切られたということなのだ。
「これで信用してもらえたか?」
「……ああ。」
二人は握手を交わす。
それが彼らの再びの友好の証でもあった。
「ここに居たんだね、作一。」
その時、一人の聞き覚えのある声が響いた。
「先生……!!」
「やあ、作一。さっきぶりだね。」
そこに立っていたのは稲本の師である陣内劔。
いつものように優しげな雰囲気で彼はゆっくりとゆっくりと歩み寄ってきた。
「先生も、助けに来てくれたんですね…!!」
「うん、その事なんだけど――」
その瞬間、ブレイズとクイーンが身構えた。
「ゼロ、こいつは!!!!」
「遅い。」
陣内はもう先ほどのところに立ってなど居ない。
既にその身体は稲本の目の前、それも抜刀体制に入ったその状態で。
「くっ…!?」
「よく反応したね。けど、油断しすぎにも程があるんじゃないのかな?」
彼のその光さえも飲み込みそうな黒き刃は稲本の刀をへし折り、彼を一気に後方まで吹き飛ばしたのだ。
「僕は『13』戦闘部隊隊長、"夜叉"。君達を狩に来た。」
「嘘……だろ……先生!?」
相対する彼ら。今戦闘は幕を開けんとしている。
だがこれはあくまでも悲劇の序章でしかなかった……
続
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