第2話 逃亡

3月8日 23:02 H市 河合邸


静寂が包んでいた住宅街。

そんな中、突如響き渡る一つの悲鳴。

「大丈夫か河合!!」

「っ…!?」

そんな悲鳴を聞きつけドアを蹴破り中へと入る稲本。

その闇の中には一人血の池の中でうずくまる河合椿がいた。

「い、稲本…くん?」

「ああ、俺だ。剣道部副部長の稲本作一だ。大丈夫、一旦外に出ようか。」

稲本は震える彼女の身体を抱きしめる。

「お母さんと、お父さんが…!!」

稲本が目を凝らすと、二人の男女の死体が。


だが残る二つの死体の方が彼には見覚えがあった。

「……これは『13』の制服…?」

一度どころか幾度となく自分も着たことのある制服。

「違うの……殺そうとなんて思ってなかった!!でも、父さんと母さんを殺したそいつらにいきなり影みたいなのが出てきて二人を殺したの!!」

彼女が嘘をつくはずもない。

だがだからこそ訳がわからなかった。

なぜ『13』が彼女の両親を殺したのか。

そして彼女の言う影というのが何か。

まずは彼女を安全な所に連れて行くのが最優先。

そう思い彼女を連れて外へと出た。


その瞬間、炎が二人に向けて襲いかかる。

「危ねえっ…!!」

稲本は咄嗟に壁を生み出し炎を遮る。

「きゃあっ!!」

彼女の悲鳴とともに気づく重力波による一撃。

「っ…!!」

稲本が咄嗟に居合で相殺するが、明らかにこの状況は不利だった。

けれども彼は臆さない。

むしろ彼以上に相手の方が驚いている様子であった。

「なんでここに居るんだよ……ゼロ!!」

「アンタはこの任務から外されてるはずじゃ…」

「そういうお前たちこそなんでここに居る?ブレイズ、クイーン。」

そう、稲本の前に立つ二人はブレイズとクイーン。彼の仲間である。


「任務って何だ?なぜ俺だけ外された?」

「……大人しくそいつを、渡すんだ!!!!」

襲いかかるブレイズ。稲本は炎を切り裂くと牽制と言わんばかりにナイフを二人に向けて放つ。

「ブレイズ、ゼロを制圧して。」

「わかってるよ…!!」

足元から迫る氷。

「凍らせて脚を止める気だろうが…!!」

稲本は咄嗟に河合を背負い一気に後方に飛び上がる。

「半分あたりで半分外れよ、ゼロ。」

刹那、クイーンの狙いが自分に向いてることを悟る。

「少し眠っててちょうだい。」

彼女の言葉とともに稲本の腹部で爆発が起き、一気に二人は地面に叩きつけられた。


「しばらくは起きられないはずよ。今の内に――」

クイーンがそう告げ、二人の拘束を試みんとした、その瞬間だった。

「っ…!?」

「油断したな…!!」

瞬間的に起き上がり居合を放つ稲本。

「早えっ…!!」

ブレイズは咄嗟に氷塊を生み出し稲本の斬撃を受け止めた。

だが次に叩き込まれたのは稲本のソバット。

「ガッ…!?」

脳を揺らす一撃。ブレイズは意識を保てず、即座にその場に崩れ落ちる。

「この…!!」

「しばらく眠っててくれ…!!」

「がはっ…!?」

瞬間的に放たれる抜刀。

稲本は刀の柄でクイーンのみぞおちを的確に突き、二人を制圧したのだ。


「河合、立てるか!?」

「う、うん…」

彼は可愛椿の手を取り、バイクに乗る。

「稲本…あんた、『13』を裏切るってこと…!?」

「……すまない。俺は、組織の為にコイツを裏切れない。」

彼はクイーンにただ一言謝るとフルスロットルで一気にその場を離れる。

「……馬鹿な男。」

クイーンもそう呟くと去っていく彼の後ろ姿を追っていた……





闇夜の中に響き渡るけたたましいエンジン音。

「ねえ、稲本君!!どこに行くの!?」

「まずは安全なところ……!!H市支部の息のかかっていないN市に向かう……!!」

彼はスロットルを全開にする。その甲高いエンジン音が恐ろしいほどに自分の心臓の鼓動と共鳴しているようにも思えた。

「ねぇ…どういう事なの…!?さっきの力は…!?」

「……俺たちはオーヴァード。人の形した人ならざる超能力者さ。そして俺はそのオーヴァードを保護、管理するUGNって組織にいた……筈だった!!」

彼はクラクションを鳴らされる中でも赤信号の中へと突っ込んでいく。

「アイツらは、お前を襲った奴らは俺の仲間だったはずの奴らだ!!」

「どういう事なの!?」

「俺も分からない!!だから、その真実を知る為にまずはお前を安全なところまで送り届ける!!」

全力で走行するがN市までは車でも30分はかかる。どんなに速度を上げようが20分まで縮めるのが関の山である。


そして、UGNが、『13』が二人をそのまま逃すはずもなかった。

「クソッ…戦闘ヘリなんてものまで持ち出しやがって……!!」

二人の正面に現れるは一機の戦闘ヘリ。

稲本を止めんと機銃を乱射してくる。

「しっかり掴まってろよ…!!」

稲本はギアを上げ、より危険速度へと上げていく。

「っ……!!」

「舌噛むなよ……!!」

弾丸が稲本の頭部を幾度か擦り、バイクも限界を迎えようとしてた。


その時、だった。

「サクちゃん!!」

「天……!?」

前方から迫り来る鳥の姿となった飛鳥天。

「部長を頼む…!!」

「わかった…!!」

「え、え、え!?」

銃弾の雨をかいくぐりながら椿を抱えた飛鳥。

「オートドライブ……!!」

二人が離脱したのを確認した瞬間、稲本はハンドルから手を離し、一気に飛び上がる。

そして空中で抜刀。

「月下天心流 五之太刀――」

狙いを定めたその一刀で、

「暁ッッッ!!!!」

黒き空を飛ぶ小舟は火を上げ、霰のように金属を撒き散らし爆散した。


「流石にこれ以上がきたら俺でも手に負えねえな……」

ボロボロになりながら着地する稲本。

「大丈夫サクちゃん!?」

「俺よりもまずは河合の方を…。」

稲本は自身に駆け寄る飛鳥に河合の方を指差しそちらに向かうように声をかける。

「ど、どういうこと……飛鳥さんも……みんな……どういう事なの…!?」

「落ち着いて部長!!って言っても……」

「……すまん。」

混乱した河合の意識を奪う稲本。

今の無防備な状況では危険は免れない。

故に安全な場所への移動を彼は優先する。

「先ずはN市に向かう。それでいいか?」

「うん。でも……」

「話は後だ。俺もまだ何も理解しきれてないからな……」

稲本は意識を失った河合を背負いバイクに乗る。

そして三人はそのままその場を一気に走り去っていった……



同時刻

H市支部 地下

「どういう事だ……何故ゼロがあの現場にいた!!」

怒号を上げるディセイン・グラード。

それを冷静に受け止める陣内劔こと夜叉。

「……彼に関係ある人間の捕獲だったので任務からは外しましたが。」

「チッ……。勘のいいガキはコレだから嫌いなんだ。ゼロ及びブレイズ及びクイーンの処理は貴様に任せた。役に立たん手駒は要らんからな。」

「承知です。」

彼は表情も変えずにそのまま刀を持って彼の前から去った。


「……この時が来たか…」

陣内は一人呟く。

そして今、歪んだ歯車が音を立て、軋ませながら噛み合った。


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