白い灰の街

砂上楼閣

第1話〜足跡の残らない旅路


白いオーロラを見たことはあるだろうか。


こぼれるように流れ落ちて、空気にとけこむように散り、風をはらんで波打つ白いオーロラ。


今まさに空を染め上げるモノ。


音もなく静かに、形を変えてながらそこに在るモノ。


残念ながら、このオーロラは幻想的で無害な存在ではない。


灰。


わずかな風にも灰はたわむように流れ、薄いカーテンが幾重にも重なり合っているようだった。


辺り一面は白く染められ、僅かな起伏のみがそこに何かがあったのだと教えてくれる。


それすらも風と自重でならされ、いずれ砂浜のように大地の起伏を覆い隠すことだろう。


波が残す陰影のように、風が重ねた模様のように。


白いキャンパスに、白い絵具を重ねたような光景。


ゴーグル越しに見える景色は、ただただ白かった。


僅かに届く光が真っ白な世界に濃淡を作っている。


美しく幻想的で、これが死をもたらすと知らなければ、ゴーグルもマスクも外すのに。




一歩踏み出す。


分厚いブーツのつま先に抵抗はない。


膝ほどの高さまで積もった灰も、なんら阻むことなくさらりと形を変える。


溶けない粉雪をかき分けているよう。


さらさらと形を変えて、かき分けた跡すらすぐに無くなる。


灰の下にある地面だけが硬さを伝えてきた。


膝をおり、地面を覆う灰に手を伸ばす。


手袋越しにすくった灰は、指の隙間から水のように消える。


一歩を慎重に踏み出す。


そこに大地がなければ、この灰は地の底まで抵抗なく呑み込むことだろう。


きっと多くがこの地の灰の下で眠っている。


それを私は知っている。




ここは灰の街。


数十年前に滅んだ街。


風が吹き、灰が舞い上がって、それがまた積もる。


その繰り返し。


何年も、何年も灰は街を覆い続けている。


家も、道も、人も、思い出も何もかも。




宙を舞う灰が空を覆い隠し、日差しを遮る。


音もなく無機質に、静かな街。


モノクロの画面。


サイレント映画を観ているよう。


ここは白い灰に覆われて死が眠る。


私の家族もここで眠っている。




雪と違って寒くない。


雪と違って溶けてなくならない。


巻き上げられては積もることの繰り返し。


終わることなく続く灰の世界。


口元を覆うマスク越しにため息をつく。


風が吹き、ローブを揺らした。


それだけで灰は巻き上がり、視界を奪う。


振り向けばもう、ここまでの足取りを示すものは何もない。


すべて灰が隠してしまった。


ここが何処だか、それすら分からない。


同じような景色、曖昧な記憶。


私の住んでいた家はどこだろう。




白いキャンバスに鮮やかな紅が進む。


この街に訪れる人は者は目立つローブを羽織る。


白に埋もれないために。


呑み込まれないために。


見つけてもらえるように。


心まで染まらないように。


紅のローブを着た私は、延々と灰をかき分け続ける。


その進む先に目的地があると願って。


朧げな記憶を頼りに。


白い灰の街を進む。


その行為に意味はないと知りながらも。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

白い灰の街 砂上楼閣 @sagamirokaku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ