第4話 夜の酒場にて
オーラヘヴンの夜は冷え込む。宿の部屋で休み、長い船旅の疲れが多少癒えたケイトは、夕食を調達するために宿を出た。
一様にレンガの青と漆喰の白で統一された街並みは、ここでしか見ることのできない景観だ。街の灯がほの明るく建物の壁を照らし、昼時よりも通りを幻想的に見せていた。
あまり良い思い出のない街だったが、気分はこれまでの来訪に比べるとずいぶん軽いのだった。やはり、王国が復興しつつあり、背負うものがこれまでとはまるきり違うからだろうと思った。セインベルクには、兄という新国王がいる。これほど心強いことはなかった。
革製のコートの襟を立て帰路を急ぐ通行人を横目に、しばらく歩くと、小さな酒屋を見つけたので、そこで軽く済ませることにした。
軽食をつまみながら、脇に置かれていた地方紙に目を通した。
そこには王都の現状の課題がびっしりと紙面を埋め尽くしており、予想していた通り、市民の声は強かった。人々は改革を求めている。具体的には、従来の軍国主義のシステムを廃し、国民の声を政治に強く反映させるべきだと書き連ねられていた。
知り合いの吟遊詩人も、ケイトと、兄のセシリアにたびたび警告している。
人々は言葉を求めているのだと。いつの時代も同じに。
耳をすますと、その「人々」の声が、あらゆる方向から聞こえてくる。
「王都が陥落寸前のとき、王族は雲隠れしていた」
「貴族出身の元老院を、市民の代表者に置き換えるべきだ」
「それには、新設された市民委員会の代表が妥当だろう」
「行政に市民の声を届ける仕組みを早々に確立させねば」
「新国王なら、のむだろう。なにしろ、まだ若い。おそらく古株どもの息もかかっていないし」
ケイトはため息をつき、新聞をとじた。まったくその通りだと思った。兄のセシリアも、まだ若い。生まれつきの温厚な性格は、誰にとっても愛される反面、御しやすく映るだろう。正しい統治者としての在り方は、王族であれば必修とされる帝王学の教育からは結局学べなかった。しかし、ケイトはずっとそれらの事々を自分には縁遠いことと思っていたため、あまり身を入れていなかったからかと考え直し、苦々しく思った。
―俺は、だからこそセシリアを支えずにはいられないだろうな。
身軽な自分だからこそ、為し得ることがあると考えるようになったことだけでも、以前の自分に比べれば、そこそこの進歩だと感じた。
隣国サルビヤの動きも怪しい。今のところ、セシリアの穏当な外交策により懐柔に成功しているが、いつ攻め込んでくるとも知れない。かつて実際に足を運んだケイトは、かの国こそ実に君主独裁制の国家ではないかと危険視していた。
そして、各地で「獣狩り」が横行している。
現在は、獣の殺生を禁止する法令がある。これは、王都混乱のさなかに一部勢力の思想、信仰上の方針によって土壇場で承認されたものであるため、実際はあまり機能していない。人が野生の獣に襲われるような日常で起こりうる獣害事件を食い止めるすべがないからである。その対策なしでは、国の信頼が失われる。
しかし、獣使いの地位向上のためにも、この法令は意味のあるものであり、ゆくゆくは整備するべき課題のひとつであった。
「獣狩り」の忌むべき点は、人命を守るという大義を盾に、娯楽や金儲けとして行われているという裏の側面である。これに対してケイトは、人間というのはいつも残忍で利己主義な生き物だと、一種の諦めに近い感情を抱いていた。
―でも、あいつの脅威になるものは今後見過ごせないな。
ケイトは宿に戻ると、眠るための身支度を整え、寝台に横になり、まどろんだ。
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