第13話

 露店で適当に野菜や魚を買って、調味料も揃えて家に戻った。諸々買っている間に、様々な料理の話をして、何を作るかはあらかた決まっている。久し振りの手作り料理だし、めっちゃくちゃ楽しみだ。

 とはいえ、そんな大層な料理は出来ないし、単純な煮る焼く位のことしかしない。

 野菜炒めとか、目玉焼きとか、その程度の料理だ。

 

「エル、お前料理上手いのな」


「そうでも無いですよ。趣味程度で作ってただけです」


 普通、趣味でもやらないんだよな。料理は。

 正直、このまま殆どエルに任せていいんじゃないかっていうレベルで包丁さばきが良いし、フライパンも簡単に扱っている。

 あれ、そういやピアノが仕事なら包丁とか余り扱わせない方がいいんじゃ……でもそれは俺も同じか。

 エルがフライパンで料理を炒めている間、俺は本格的にやることがなくなってしまった。

 そして、最終的に俺はスープをじっと見る係になった。俺、使えねぇ……。


「普段どんな料理を作ってたんだ?」


「料理と言っても、普段は専属のシェフが作ってくれるので、簡単なおやつを作ったりすることが多いですね。後はたまに父のおつまみを作ったりするくらいですかね」


 酒のつまみを作らす父親も十分驚きだが、それより専属のシェフってなんなんだよ。

 貴族って言ってたけど、言うてそれなりの金持ちとか、そんなイメージだった。

 でも話を聞くにそれでは収まらなそうだ。これはそのレベルを軽くとびこえている。

 そんなに金持ってる貴族が急に我が子を危険に晒すなんてこと、普通はしないんじゃ……。エルは本当に親の許可を貰ってるのか?

 いや、それは考えすぎか。


「美味しそうな匂いがしますね〜。お腹が空いてきました」


「うん。そうだね。俺はお皿準備しておくよ」


「はい、よろしくお願いします」


 早速、今日買ったお皿を使う時が来た。

 机を壁の端から真ん中へ移動させて、椅子を2つ準備した。

 2人で使うには小さな机だが、問題ない大きさだろう。

 それからコップとお皿とお椀をキッチンに持っていき、軽く水ですすいだ。

 やっぱかわいいお皿だ。何も無い殺風景な枯れ木に、パッと花が咲いたようでインテリアとしてはすごく映えると思う。

 俺の家は枯れ木なのか……。

 そのお皿やお椀を一通りすすぐと、エルがそれによそった。


「師匠。残ったのは明日の朝食べましょうか」


「そうだな」


 机に料理を並べて椅子に座った。

 外食と比べて幾分か質素な料理だが、それでもエルが上手く仕上げてくれた。

 野菜を複数使ったから色とりどりで、見た目は悪くない。

 野菜炒めに、魚を使ったスープ。そして近所のパン屋で買ったパン。

 これで足りるかといえば、正直いって足りないが、それでも良かった。

 家でご飯を食べれるだけで、十分に嬉しかったからな。

 異世界に来てから家でご飯なんて食べたことがなかった。それに、目の前にはエルがいる。1人じゃない。本当に久しぶりだ。


 なんとなく、家族がいた頃を思い出した。俺の家の料理が美味しいからってよく幼馴染が夕ご飯に乱入してきては一緒にご飯を食べたりして、あの頃は本当に楽しかった。

 俺の親は幼馴染との仲を勘違いしていて、うちに泊まっていくかと結構ガチで聞いて、幼馴染が慌てて断っていたのはいい思い出だ。

 そんな家族とも異世界に来てしまいすっかり縁が無くなった訳だが、今も元気にしているだろうか。なんかあいつの事だし号泣してるんだろうな。

 

「「いただきます」」


 スープは透き通っていて温かい。ふんわりと鼻を刺激する香りと、仄かな塩加減で調節されていた。

 正直、1人じゃどれが何の調味料とかスパイスとか分からないし、エルが料理出来る人で助かった。


「師匠。上手く出来ましたね。どれも美味しいです」


「本当だな。俺、このスープめっちゃ好きかもしれない」


「またまたぁ。そんなに特別なことはしませんでしたよ」


「それでも、俺は好きだよ。このスープは美味しい」


「そう……ですか。そう言われると、一緒に作ったのに何だか照れちゃいますね」


 そう言って、エルは少し顔を赤らめた。

 まあ、野菜を切ったり炒めたりしたが、味付けとか重要なところは殆どエルに任せっきりだったし、エルが作ったと言っても過言ではない。

 ……なんか、ちょっと悲しくなってくるな。手伝ったとはいえ俺ヒモみたいじゃん。

 ロリのヒモは流石に救えない。


「あの、師匠」


 突然、エルが真剣な面持ちで話しかけてきた。


「どうした?」


「真面目な質問なんですけど、私って本当にピアニストになれるんでしょうか」


 なんだと思ったらそんな質問か。でも、適当には答えられない難しい質問だ。


「なんで、そう思ったんだ?」


「だって、私の初めての演奏を聞いた時に言ってたじゃないですか。私には音楽の才能がある訳じゃないって。どれだけ練習しても届かないんじゃないかって心配で……」


 才能はそこまでのものじゃないなんて言われたのに何故か弟子入り出来た。確かに、不安になるのも仕方がないかもしれない。


「エルならなれると思う。だから弟子に取ったんだろ。プロになる見込みがなければそもそも取らない。そんなことしたら他人の人生を無駄にすることになる」


「ですけど……」


「それに、プロになれるかどうかは結局のところどれだけ弾き込むかだよ。1万時間の法則とか、よく言うだろ?」


 時間をかけてしっかり正しい練習をする。苦しい時間は続くかもしれない。でとそうすれば、自ずと結果はついてくるものだ。

 というか、才能あるなしに限らず最終的に辿り着くのはそれだ。続けるか、続けないかだけだ。


「1万時間……なんですかそれ?」


「いや、なんでもない。とにかく、今出来ることはとにかく必要な曲を丁寧に弾き込むことだ。それに、ここだからこその抜け道だって存在するし」


「抜け道……ですか?」


「ああ。寧ろそっちの方が俺としても好きだし」


 正直なところ、どう転がるにしても少しは弾かせようと思ってる。どんな音楽がエルに刺さるのか分からない以上、相応の技術を身につけて、色んなジャンルの音楽に触れてみるのもいいかもしれない。

 あくまで視野に入れる程度だけど。


「抜け道って、なんか嫌な言い方ですね」


「でも、ズルをするわけじゃない。近道を通るか、もしくは全く別の道を探すかのどっちかだな。まあ、後者は並行してもできるけど」


「はぁ……?」


 分からない。と言った表情だ。それもしょうがないだろう。俺も曖昧な表現しでしか教えていない。

 でも、それは教えればすぐに分かることだ。何が近道なのか。なんで近道なのか。

 成功する確証はない。でも、俺はこの近道に……いや、近道だからこそ勝機はあると踏んでいる。


「ま、話はここら辺にして、食べよう。スープが冷めるのは勿体ない」


「はい。そうですね。食べちゃいましょう」


 俺は話を切って、スープを啜った。

 本当に美味しい。そういえば、お母さんの作っていた野菜スープもこんな感じだったかな。家では家事を任せっきりで手伝いなんてろくにしなかったから、この世界に来てその大変さは身に染みた。

 1口また1口と食べる度に思い出が蘇ってくる。その度に切ない気持ちになる。

 そして、全て平らげる頃にはぽっかりと穴が空いたような気持ちになる。でも、変わりに別の暖かい何かがの穴を埋めてくれた。


「ふふん。ご馳走様でした」


 満足気で、何故か自慢げなエルを見た。

 俺の胸の中には、確かに家族の元へ帰りたい気持ちはある。

 でもエルの表情を見て、この世界にも家族は出来たんだなと、少しだけ実感した。


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