第14話
おっさんの店で、俺は今日もピアノを弾いていた。
ユーリの一件からを終えて、この店も賑やかになってきた。あいつのお陰で店も潰れなくて済みそうだ。
初めこそ冒険者ばかり集まっていたのだが、そのうちピアノを演奏してくれる面白い店があるのだと広がり、様々な人が見に来てくれるようになった。ちょっとした貴族とか、後はいつも通りユーリみたいな冒険者来るし、普段音楽を聞かないような人でもリピーターになってくれていた。ここ周辺だとちょっとしたブームになったんじゃないか?
その分俺は大忙しだ。ほぼ毎日延々と弾かされて、人が少ない時間はピアノを弾かないが、その代わりエルにピアノをひたすら教える。
弾ける時間が限られている分、その時間をとにかく充実させて教える。
休む時間なんてどこにもない。マジでピアノで食っていこうとするやつは四六時中弾いてるんだ。1分たりとも無駄には出来ない。
それでも、弾けば弾くほど演奏は洗練されていくし、弾く体力も日に日に増してきている。
決して、良くない事ばかりではない。
客足が引いてきて、そこでこの時間最後の曲を弾いて、俺は席を立った。
今日はノーミスで弾けた。調子は良かった方じゃないだろうか。まあ、相変わらずあの無機質な弟との戦いは続いているが。
「やっべぇ。めっちゃ疲れるな」
水を一気に飲み干して、裏で息をついた。
でも長い休憩は無しだ。俺の休憩なんて時間の無駄でしかない。
さて、今度はエルの練習練習。
「おい、お前この酒持ってってくれ」
エルにピアノを教えようとすると、大きな紙袋を持っていた。タイミングが悪いな……。しかも酒、ねぇ……。その時点で察した。
あの中にはきっと大きな酒瓶が入っているのだろう。しかも結構いいやつ。
「ああ、あのエセ教祖にですか」
「お前を拾った本人になんてこと言うんだよ。まあでも、その通りなんだけどな。お前も、ピアノの仕事見つかったって報告した方がいいと思ってな。丁度いいだろ」
「そうっすね」
「返事が適当だな」
最近全然会ってないし、向こうの慈善活動も殆ど参加してないからな。そろそろ顔だした方がいいかもしれない。
だけど、タイミングが悪いんだよ。そういうのは仕事終わってからだろ。まずあいつも仕事中……なはずだし。多分。
「エル、ピアノの練習しておけよ。俺はちょっと外行ってくるから」
「あ、私も行きます」
「今日はダメだ。練習する時間を無駄にするなよ」
「え〜でも……」
「――練習しろ」
「……はい。分かりました。しゅん」
声が出るくらいしょんぼりとしてしまったが、これくらい厳しくいかないとな。
絶対にエルをあんな場所に連れて行くわけにはいかない。
いくら向かう場所が教会とはいえ、エルには教育に悪い。教育に悪い宗教って絶対胡散臭いじゃん。まあ、事実胡散臭いんだが。
「それじゃ、持ってきますね」
「よろしく頼む」
俺は瓶が2本入った袋を持って、店の外へ出た。
向かう場所は教会。教会とはいっても、昔からここにある宗教っていうわけじゃない。
だが、比較的宗教には寛容なこともあり、割と少数派の宗教も認められている。
俺が今行く教会は建物自体小さくまとまっているが、庭もあって外装も真っ白で綺麗だ。正直見た目だけなら正統派なクリスチャンといった所か。
本当に、このクソ野郎には似合わない教会だ。
◇ ◇ ◇
「おう、来たか。今回の酒はなんだ?」
「酒くっせぇな。まさか仕事中に飲んでるわけじゃないだろうな」
「ちげぇよ。昨日飲みすぎただけだ」
「なんだよ。アル中の司祭ってお前マジで最悪だよ」
「そうかもな。まあでも、慈善活動はそれなりにしてる。こう見えても人助けやってるし、神様もちょっとくらい多めに見てくれるだろ」
とか抜かしている適当なクソ野郎である。またの名をダニエル・ジョンソン。
確かに、この人は慈善活動をしているし、手は抜かないし、根はいい人なのは確かだが、それ以前の問題だ。
「なんだよお前。まあいいや。これは渡しとくからな」
「サンキュー。なるほど、珍しくいい酒が入ってるな。あんな金のない店なのに……。なんだ? あいつ事業でも成功させたのか?」
「当たらずも遠からずってところか。そんな大層なことはしてないよ。店にピアノを置いただけ」
「ピアノ? 誰が弾いてんだよ」
「俺」
「……なるほどな。お前、そういえば音楽やってたって言ってたもんな」
そう、こいつはガサツなところはあるが、ちゃんと他人に気を使えて人に優しくできる。
俺の過去を知っているからこそ、こうして声をかけられると何も言えなくなってしまう。根はいい人だと知っているからだ。
嫌いではないけど、だからこそタチが悪い。
「音楽って言っても大したことはしてないよ。まだデビューだってしてなかったわけだし」
「それでも、今は仕事に出来たわけだろ。十分じゃねぇか」
「まあな。でも、ここじゃ駄目なんだよ。元の世界じゃなきゃ」
この世界にいたところで、楽しいものなんてないんだ。
病気になったら治療ができない。保険もまともに無い。
法律だって曖昧だし、いつ殺されるかわかったもんじゃない。なんなら、いつこの国が無くなるかだって分からない。
そして、ここにはあの時約束した人はいない。
そんな所で成功しても、それは一時の夢に過ぎないんだ。
「俺はもったいないと思うけどな。その考えは。それに、お前にも大切なものくらい出来ただろ」
「……弟子のこと知ってたのかよ」
「弟子? お前その歳でもう弟子がいるのか?」
「ああ。なんか、貴族なんだとか言ってた」
「――なんだと?」
貴族という言葉に、何故かダニエルは反応した。
少し嫌な予感がした。
「因みに、そいつの名前は?」
「名前……? エルネスティーヌ・フランソワ。俺はエルって呼んでる」
「やっぱりか……」
「やっぱり……? 意味わかんないんだけど」
話が見えない。エルに一体なんの関係があるというのだろうか。
「ソータ。そいつは家出だ。その子になんて言われたのかはしれないが、事が大袈裟にならないうちに返した方がいい」
「家出? あいつ、普通に嘘ついてたわけだな」
「嘘も何も、まずは許可を取りに行くべきだったろ。そもそも、お前は単なる平民で、そうそう貴族と関わりなんて持てねぇんだから」
「……でも、おっさんには何も言われなかったし」
くそ。よくよく考えたらなんでおっさんはエルの言葉を信じて俺に預けたんだよ。
おっさんだって、エルを放っておくことのリスクくらい分かるはずなのに。
「おっさん? ああ、あいつのことか。ま、大方お前を試そうとでもしたんだろうな」
「……分かんねぇ」
「分かんなくてもいい。そもそも、あいつの考えなんて読むだけ無駄だ。それより、今はそのエルってやつのことを何とかしないとな。本当なら今すぐにでも俺が預かりたいところだが、あいつの考えもくまないといけないしな。お前なりに何か考えてみろ」
「いや、流石にキツイって。普通に考えて、おっさんの考えを汲む場所じゃないだろ」
相手は貴族なんだ。何かの手違いで誘拐犯と間違われたら首はね待ったなしだ。
それだけはマジ勘弁。
「安心しろ。お前がそうヘマをするとは思えないからな。ま、それなりに頑張ってみろ。多分、最高の結果になるぜ。さて、酒を開けたいからさっさと消えろ」
しっし、と手をフラフラと振って、俺を協会から追い出した。
教会に尋ねてきた人をこうも雑に追い払うって……マジで地獄に落とされても俺は知らんからな。
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