第11話
「おっかいっものー。おっかいっものー」
跳ねるような足取りで、エルは俺の周りをちょこちょこと右へ左へ動いていた。
なんか、人懐っこい犬みたいだな。
「お手」
「ふぇ?」
あれ、なんか思った反応と違うな。
「お手」
「もうっ。私は犬じゃないですっ!! でもお手はしておきます」
「……なんで?」
ちょこんと小さくて柔らかい手が俺の手に乗せられた。
あ、何かいいなこれ。可愛い。
「お前妙に上機嫌だな」
「私、1日丸々使ってお買い物するのが初めてなんです。家では習い事ばかりだったので」
「そうなんだ。貴族って大変だな」
「いえ、今の生活に比べたら楽でしたよ。ただ……」
「ただ?」
「なんていうか、幸せって感じじゃなかったです。毎日やることが決められていたので」
ああ。反抗期とかでよく見るあれね。皆と同じ道は歩みたくないみたいなやつ。
俺もあったなぁ。でもたぶん、退屈さで言ったら日じゃないだろうな。つまるところ、結構マジな方の箱入り娘ってことだろ?
よく外に出てこれたな。しかも家出なんて勇気がいるだろう。
「なるほどね。気持ちはわからないでもないな。俺も似たような経験はあるし」
別に俺が箱入り娘なんてわけは断じてないが、学校の授業の経験なんて少し似てるかもしれない。必要なことって分かってるからこそ勉強しなきゃって気持ちにはなるけど、みんなやってる事が同じだし、毎日の授業は面倒くさかった。
「あれ? 師匠って貴族出身なんでしたっけ?」
そんな気持ちはないって分かってるけど、正直ちょっと嫌味に聞こえた。
「いや、全然。何となく、似たようなことがあったと思っただけだよ」
「そうなんですね。あ、師匠。あの店ですか?」
エルが指さしたのは、日当たりのいい場所に建っている雑貨屋だ。
ここに来たのはエルに朝ごはんを食べさせてあげる為だ。
朝ごはんを作ったりするのは良いのだが、それには調理器具や食器が無い。多分コップとか小さいお皿くらいならあると思っている人もいるだろうが、そんなものは無い。
だから、エルが来たのを機に、今日は食器や調理器具を含め日常的に使うものを一通り揃えようと思った。
「そう。欲しいのあったら適当に選んで来い」
「本当ですか!? やったぁ! 見て来ます!」
大袈裟に手を広げてエルは喜んだ。
貴族出身で丁寧な言葉遣いはするけど、嬉しいことがあれば喜んだり、俺が弄ったりすれば怒ったり、放っておくと直ぐに退屈そうにしたり、そういう所ではまだ子供なんだなと思わせる。
あとたまに噛むところとか。
「眠……。流石にあれは厳しかったか……」
寝オチするまで黙々と本を読んだり、記憶から音符を手繰り寄せて楽譜を書いたりしてたので、身体中の糖分を片っ端から食い荒らされれた。お陰で今もろくに頭が回らない。
コーヒー飲みてぇ。もしくは翼をさずけて欲しい。
「よし、そうなればティーカップだな」
言うまでもないが、断じてティーカップで翼をさずけてもらうわけではない。
コーヒーを飲むためのティーカップだ。豆も後で買おう。
今日でよく分かった。夜の作業ってカフェインが必須なんだよ。なんなら、コーヒーじゃなくて茶葉でもいいんだよな。本当なら翼をさずけてもらいたいのが本音だ(強)
っていうのはどうでもいいとして、コーヒーは比較的飲んでいた方だと思う。いつもコンビニでカフェラテを買って、下校中に飲んでいた。
砂糖2つがベストだ。とろけるような甘さがミルクと合う。
「一々探すのは面倒だし、これにするか」
俺が選んだティーカップは真っ白いシンプルなデザインのティーカップだ。
別に、香りを深く楽しむとか、そういうのは知らないし形を選ぶ必要は無い。
この世界は娯楽が少ない。ゲームは出来ないし、遊園地もないし、映画館もない。
退屈な時間を紛らわすには、どうしても趣向品は必要不可欠だ。
これまでは喫茶店に行っていたが、自分で入れるのも悪くような気がする。
やっぱネルドリップは憧れるし、サイフォンも面白そうだな……。
うん……まあ紙で適当に入れるのが楽だけど、紙のフィルターなんてあんのかな。
「お茶、好きなの?」
突然声をかけられたと思ったら……むっちゃ綺麗な女の子がいた。
まっすぐ腰まで伸びる銀色の髪。艶のある柔らかそうな唇。
きめ細かな肌はさぞスベスベなことだろうって俺は変態じゃないからな。
貴族みたいに華やかな服を着て出歩いている訳じゃないが、それでも普通の人と雰囲気が全く違う。なんだろう、ここら辺じゃ結構有名な人だったりするのかな。
同じ空気を吸っているとは思えないようなオーラを感じる。
「いや、別に好きってほどじゃないけど。俺はコーヒー派」
「そうなんだ。紅茶も美味しいよ。華やかな香りで、コーヒーのクールな香りとは少し違う」
「紅茶は華やか、コーヒーはクールか……。面白い考え方だね」
「そう? 皆それを聞くと確かにって納得する。普通の考え方だよ」
イマイチ話のテンポをつか見ずらいやつだな。雰囲気同様、話し方も不思議な人だな。静かに淡々と話すのに、心地よく響く声だ。
それに表情が分からない。俺と話している時に笑顔ひとつ見せようとしない。抑揚のない表情。
謎だ。
「そういえば、ここら辺ってコーヒー豆売ってる店ってあるのか?」
「うん。この通りを真っ直ぐ行けばあるよ。隣には茶葉が売ってるから、そっちとかも」
「ああ、それはそのうちな。ありがとう」
あ、ムスッとした。今ちょっと怒ったな。なんだろ、エルもそうだけど最近面白い人とよく会うな。
レーナはそのまま出口へと向かった。
「もう行くのか?」
「買い物は住んでるから。話し相手になってくれてありがとう」
「そっか。俺は、四条奏太。君は?」
「ソータ……。レーナ。レーナ・クレスツェンツ・アルムガルト」
「れ……なんだって?」
「……レーナでいい」
そっぽを向いてしまった。
「冗談だよ。レーナ。よろしくな」
「うん。よろしく。なんでか分からないけど、近いうちにまた会う気がする。その時は、今度はお茶をゆっくり飲もう」
「コーヒー派だけどな」
そういうと、またムスッとして、でも少しだけ口角が上がった気がした。
初対面だと無愛想なのかと思ったが、よくよく見れば笑う時はちゃんと笑ってるのかもしれない。面白い人だ。
また会えるとしたら、この場所になるのかな。暇な時はここに来るとしよう。
その時には紅茶についてもっと話せるようになれば面白いかもしれない。
「師匠〜!」
「お、決まったか?」
「可愛いお皿とマグカップを見つけました。お揃いにしましょう!」
カゴに入れて持ってきたのは、くまの顔が書かれたお皿と、くじらとボートの絵が書かれたマグカップだった。
「こーれは随分と可愛いもん持ってきたな」
「むっ、子供なんだからいいんですよ。師匠なんて、そのティーカップとか大人ぶっちゃってるじゃないですか」
「師匠にそんなこと言うんじゃありません」
「えへへ。すみませーん」
全く……。反省する気無さそうだな。
でも可愛いから許す。
「師匠。お買い物って楽しいですね」
「なんだよ急に」
「いえ、なんでもありません。コーヒー豆、買うんですよね。早く行きましょう」
「ああ。そうするか」
聞いてたのかよ。それなら早く声かけてくれればよかったのに。
それにしてもお揃いね……。少し恥ずかしいが、まあ折角だし同じのにしておくか。
俺はティーカップをカゴに入れて、エルの選んだ食器も一緒にカウンターへ持っていった。
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