第10話
エルとピアノを弾いていると、段々と冒険者が更に騒ぎ始め、エルをここに置いておくのは怖くなって店を出た。
あれを止められるのはおっさん以外いない。俺が何かやろうとしても、冒険者の筋力には絶対に敵うはずがない。
だから、そういう仕事は全ておっさんに投げた方がいい。
だって酔っ払い怖いもん。
「あー、眠た」
ピアノ弾くのってこんなに疲れるんだっけか。なんか体がすっげー重い。
でも、まだ寝ちゃダメなんだよな。貰った本を少しでも読んでおきたいし、楽譜も仕事合間で書かないといけないし、分かる場所は今書かないと時間が無駄になってしまう。
なんだこれ、社畜よりひでぇ生活だな。
おっさんの店でダラダラ過ごしてた時間が尊い。戻りたい……!!
とはいえ、俺は部活でめんどいめんどい言いながら大会で負けたら号泣するパターンの人間っていう自覚はある。だから、後悔しないように動かないといけない。
家に帰って、エルが先に風呂へ入る。その間に俺はユーリに貰った分厚くて古い本を広げた。
概要
空間魔法とは、ご存知の通り物質の移動や収納に役に立つ魔法です。
しかし、全ての物質が転移出来るという訳ではありません。魔力量によって転移出来るものの上限は決まっており、そしてそれらはコストパフォーマンスが非常に悪いです。
例を出しましょう。ネズミ1匹を、隣の家へ転移させるとします。その際、どれほどの魔力量が使われるのでしょう。
実は、王国直属レベルの魔術師が100人ほど集まることによってようやく成し得る魔法なのです。
ですので――
「これ、早々出鼻をくじかれたのでは……?」
まてよ、もしかしてこれって本当に実験したのか?
ネズミ1匹隣の家に飛ばすにはどうすればいいか実験したのか?
凄腕魔術師100人っていうインド人もびっくりな人数で、なんてしょうもない実験をしてるんだよ……。
「そんなん無理に決まってんじゃん。本当に帰れんのかな、俺」
ちょっと急に自信がなくなってきた。これは元の世界に帰るのはかなり難しいのでは……?
「この方法じゃ、無理だろうな」
でも諦めきれない。俺にはまだ、やり残したことがあるから。別にこの方法に固執する必要なんてない。俺がここに来れたのなら、なにか元の世界に戻る方法だってあるはずだ。
そもそも自分だけで元の世界に帰ることがどれだけ難しいのか、最初からわかっているんだ。どんなに難しいことだとしても、勝手に限界を見つけて立ち止まることは出来ない。
目を擦って、眠気を覚ます。もうひと頑張りだ。
俺は――いつか絶対戻ってやる。
◇ ◇ ◇
――駅前のロータリーで、俺は何時間も歌っていた。
たまにお捻りをくれるお陰で、バイト代を殆ど遊びに使って学生生活を送れていた。
正直に、同じ同級生の奴らの誰よりも楽しく充実した生活をしていたと思っている。少なくとも、音楽以外は。
でも、それじゃあ俺は満足が出来なかった。
「人、集まらないね」
ギターを背負ってる少女が話しかけてきた。その人は、同じ中学の友達で、2人してSNSのアカウントのフォロワーがどれだけ増えるか競っていた。
歌を歌って、どっちが先に1万人まで増やせるか勝負しよう。
そんなことを言って、毎日色んな人目に付く場所で歌を歌っていた。
「昨日は結構集まってたんだよ。お陰で、俺のフォロワー一気に8人くらい増えた」
「ふーん……。私昨日誰もいなかったのに。まあでも、今は負けててもデビューする頃には私が勝ってると思うけどね」
俺の隣にいる少女は、音楽のことで直ぐに張り合おうとしてくる。俺に負けていることがあると直ぐに嫉妬心を剥き出しにしてくる。そういう所が面白いやつだ。
でも、その嫉妬心をエネルギーに次似合う頃には直ぐにレベルアップしている。
その努力できる才能に、俺は憧れていた。
「1万人に届いた方が勝ちでしょ。デビューする頃に1万人なんて遅いよ。だから、このままいけば俺の勝ちだよ」
「む……。なんでそういうこと言うかな」
「だって本当のことだろ。悔しかったら俺の歌ばっか聞いてないで自分も歌えよ」
「くぅ〜〜!! 絶対見返してやるぅ! 見てなよ! 絶対に勝ってみせるから!!」
「そんなにやる気にならなくてもいいのに……」
今までできた友達の中で。こうやって軽口言い合って競える友達は今までいなかった。
親友と呼べる友達だった。
そして、その友達といつかドームで対バンやってバチバチ戦うとかだったか。
今思えば、くそ恥ずかしいな。全くビジョンに浮かぶこともないような、途方もなくデカい夢を本当に叶えられると確信してたわけだからな。今じゃそんなこと出来ない。
そして、その約束をしたっきり、異世界に飛んで会えなくなってしまった。
俺が勝手に居なくなって、なんて思っているだろう。多分というか絶対、俺の事を恨んでるんだろう。
俺がしっぽを巻いて逃げたと思っているかもしれない。そうだとしたら、もう俺の事なんて見捨ててるのだろう。
ずっと2人で、音楽の世界で生きていたいと思っていた。でもそれは、一生叶わないのかもしれない。
俺はそれがずっと未練として残っていた。
◇ ◇ ◇
「……夢か」
知らないうちに寝落ちしてしまったらしく、目覚めた場所は机だった。
何故か肩にタオルケットが掛けられていた。どうやら、エルが気を利かせてくれたみたいだ。
気の使える子なんだな。見た目通り優しい子だ。
懐かしい夢を見た。
最近は、冒険者として外の世界に出ていた頃のトラウマばっかりだったし、おっさんの店で仕事をしてからは夢を見なくなってた。
「うみゅ……」
「エル、起きたか」
「あ……師匠。おはようごじゃじゅ……うぅ」
それ何語だよ。
「顔洗ったら着替えな。ボーナス入ったし、買い物に行こう」
「買い物ですか!? すぐ準備します!」
寝ぼけ眼なエルはすぐに覚醒して、洗面所で顔をパシャパシャと洗い始めた。
その間に、俺は楽譜を書くことにした。
勿論、ピアノがないと確証のある場所しか書けないし、どうしても穴が出てしまう。
それでも、時間は少しも無駄に出来ないし、こういうスキマ時間は埋めていかないと勿体ない。
朝日を受けて、万年筆がキラリと光った。結構安いやつで、壊れやすいから大切に使おう。
「ふんふーんふふふーん♪」
エルが別れの曲を口ずさんでいた。んな楽しそうに口ずさむような明るい曲じゃないんだけどな。
でも、エルが歌う別れの曲は何故か明るく希望のある音だった。もしエルがピアノで弾いたのなら、今と同じようになるのだろうか。そうだとしたら聴いてみたい。
それはともかく取り敢えずはそんなに気に入ったんだったら、まずはそれを弾けるように練習させるのがいいか。
まずはモチベーションだな。
「師匠ー! 準備出来ましたよー!」
「え、ちょっと早いな。もう少しゆっくり待ってても良かったのに」
「何言ってるんですか。そんなことしたら時間が……あ、楽譜書いてたんですね」
「まあな。キリのいいところまでやっておきたかったから」
「えー……。早く行きましょうよー。外行きたいです。外〜」
「あーあーあー。はいはい分かった分かったから」
服をつんつん引張ったり、椅子をがたがたさせたり、全力で俺の事を急かしてきた。
ったくわがままだな……。少しくらい待ったっていいのに。まあでも、そんな所も可愛らしいのだが。
俺は筆を置いて、玄関へ向かった。
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