第9話
「くぅー!! 今日は大繁盛だ! ソータ、いい仕事したな」
「いや、別に俺は大層なことはしてないですよ」
「何言ってんだよ。全部お前のお陰だろ? ヒーローだよお前は!」
「はぁ……まあ、別にそれでいいですけど」
日が傾くと、おっさんの店は飲み屋と化していた。
冒険者は皆が皆酒を手にして、出された料理を少しずつツマミながら騒がしく話していた。
そう、ピアノ弾くんだったらこのくらい騒がしくしていて欲しい。
シーンとしてる中で弾くのはこっちが緊張して仕方ないし、演奏も一苦労だからな。
こうやって気楽に弾くのが1番だ。
「ちょっと早いが、前払いでボーナスだ。お前ん家、確かにまともな家具が置いてなかったよな。弟子も出来たんだし、これで一通り揃えておけ」
「家具は必要ないから置いてないだけですけど、そうですね、明日休みだし買ってきます」
「そうしておけ」
やっほー!! ここで働き始めて初のボーナスだ!
これで布団一つ買えるし、コーヒーとか、趣向品を揃えたりするのも良いかもしれない。
へっ!! 外面は平然とクールにしてるけど、流石に内心は踊り狂ってるぜ。
これで困窮してた生活も少しは楽になるか……ピアノ様々だなぁ。
「奏太」
「ユーリか。演奏はどうだった?」
「悔しいけど、上手だったわ。あんた、本当にピアノ弾けたのね。何時からやってたの?」
「4歳の頃から、中学2年まで。受験でやめた。俺、言ってなかったっけ?」
「聞いてないわ。聞いたのは高校の頃の話だけよ。路上ライブをしてたくらいのことは話してくれた気がするけど、音楽の話は一切聞いてない」
そう言われてみれば、確かに話していない気がする。
そう、異世界転移してしまったのは、なにも俺だけではない。ユーリやおっさんも俺と同じ被害者だ。
違う点といえば、向こうに未練を残していて帰ることを望んでいるのか、向こうには満足していてここで生きることを決めたかのどちらかだ。
「コウコウ……? 師匠、何の話ですか?」
「いや、こっちの話だよ。気にしなくていい」
「そうですか。ちょっと気になるんですが……」
そうか、こっちじゃ高校なんてないのか?
「あ、そうだ。奏太、頼まれてたもの持ってきたわよ」
ユーリがカバンの中から取り出したのは、一冊の分厚い本だ。
表紙には大きく空間魔法大全と書いてある。
意味はそのまま、空間魔法についてこれでもかと書かれている本で、収納魔法や転移魔法がこの魔法の分類に入る。
俺は、何としてでも元の世界へ帰るつもりだ。
もう一度会いたい人がいる。だから、帰ることを諦めてここで生きるなんてことは出来ない。
そのわがままを叶えるために、冒険者であるユーリに手伝ってもらっている。どうすれば帰れるのかなんて全く分からない。ほとんど机上の空論状態で資料を探してるだけだ。
「空間魔法ですか……。師匠は魔法が使えるんですか?」
「いや、全く」
「え? じゃあなんで……」
「うーん。まあ、特に深い意味は無いかな。何となく、魔法の世界が気になったって言うか……」
なんでと聞かれても、答えられない。
弟子を放って帰りたいなんて、言えるわけないからな。
だから、ユーリは俺を試した。帰りたい帰りたいなんてガキみたいなこと言って、その癖に弟子を取るのか? と問いかけられた。
俺は、それに対してピアノで黙れよ、としか言えなかった。子供のレベルの低い反抗だ。
答えを誤魔化したんだ。
「エルは魔法を使えるのか?」
「全くって訳では無いですけど、でもそんなに上手くないですね」
そう言って、手をかざすとちょっとだけちりちりと火花が舞った。しかし、エルは手を下ろすと直ぐに溜息を吐いた。今はこれが限界らしい。
ていうか馬鹿野郎。家の中でやるんじゃねえよ。
「あんたそれ、どうするつもり?」
「……最善の道を探すだけだよ。選択して1番いい選択をするだけだ」
「身近な人に不幸が訪れても?」
「言ってるだろ。自分にとって最善の道を探すんだよ。他人は関係ない」
「そう。ま、どんな選択肢になろうと、私はこれまで通り支援するわ。だから、あんた自身も頑張りなさいよ」
「ああ。分かってる」
「それと……ごめん」
「なにが?」
「私の事怒ってたでしょ。ピアノ、ちょっと怖かった」
なんだ、急にしおらしくなったな。
確かに怒ってるんだってことは知って欲しかったけど、そういうことされると調子狂うんだよな。
「怒ってたのは確かだけど。そんなに気にされるとちょっとな……。まあだけど、楽して生きてきたわけじゃないってことは知ってて欲しい」
おい、そこのおっさん。どの口が言ってんだって目をしてんじゃねぇ。
「そうね、それは訂正するわ。また聞かせてちょうだい。私……奏太のピアノは好きだから」
「ああ」
ユーリは冒険者仲間と話をしに行った。
俺は、エルとピアノの前で二人きりになってしまった。
人はいっぱいいるのに、不思議と俺の方には集まらないんだな。
「ユーリさん。なんかおかしくないですか? 優しかったんですけど」
「なんもおかしくないよ。あれが本来のユーリだ。人が不幸になりそうな時にはとことん厳しくて、頑張ろうとする人には全力で手を差し伸べる。でも、たまに素直になれない時がある。不器用な人だよな」
なんか、ブーメランな気がしてきた。
「じゃあ、面白い人なんですね」
「そうだな。面白い人だ」
話が合わないことも結構あるが、なんだかんだであいつがいる方が安心感がある。
ま、俺もそれだけ信頼しているってう事だ。
「あ、そうだエル。今の時間でちょっとピアノの練習するか」
「いいんですか!?」
「ああ、丁度楽譜もあるしな」
引っ張り出してきたのはソナチネの楽譜。
この曲は結構みんな知ってるような曲だし、ピアノの練習をする上で大事な曲なはずだ。多分良い経験になる。
俺も曲自体よく覚えていたし、仕事を放って全ての時間を当てたら一日で書くことが出来た。
「むぅ……なるほど。結構ちゃんと出来てるんですね」
偉そうな言い方をして、ポロポロとピアノを弾き始めた。
音を確認しながら少しずつ曲を進めていく。
感覚を掴むとスラスラと弾けるようになる。
相変わらず粒はよくズレるけど、それでもピアノの表現力はかなりのものだし、それに楽しそうに弾いている。
これなら、1段階は直ぐに飛べる。
「どうですか?」
「うーん。細かいとこ弾いた後のトリルかな少しタメを作るようにして弾いてみたら?」
「タメ……?」
分かりにくくてすまんな。何せ、ほっとんどこっちも独学に近くて、ピアノ教室でも大したこと教わってないからな。
「最初はタメを作ってゆっくり入るみたいな。最初からはっきり音を鳴らすからバランスがおかしくなってる」
「なるほど。こうとかどうでしょう?」
「そうだね。あとはなんだろ……所々手が固くなるんだよね。もう少し方の力を抜いて、手首も柔らかく使った方がいいと思う。今の時点では覚えるのはこれだけでいいよ。後は少しテンポがズレるくらいか。まあ、そんな感じ」
「はい、わかりました!」
「じゃあ、もう1回やってみて」
気付けば、このピアノは完全に俺たちだけの空間になっていた。
話に夢中なだけかもしれないが、他の人は誰一人近づこうとしなかった。
それにしても、エルは飲み込みが早い。若い間はスポンジみたいに物事を吸収するって言うもんな。
「右手、そこ絶対走るよね」
「そうですか?」
「そう。メトロノーム……は無いし。手拍子も無理か。じゃあ、俺が左弾くから」
「はわぁ!?」
「ん? どうした?」
「ち……近いです。近いですよ師匠!」
「ああ、そうだな」
「平然としないでぇ!!」
もしかして、男慣れしてなかったりするのか……?
よくもまあそれで俺に弟子入りしようとしたなぁ。
「あの……もうちょっと離れたりは?」
「ダメだ。ちゃんと弾け」
「無慈悲!! 鬼! 悪魔!」
「え? 酷くない? 泣くんだけど」
そう言いつつも、俺は構わず左手を弾き始める。
そして、それに合わせるようにしてエルは右手で弾いた。
グチグチうるさかったが、まあ、それなりに弾けるようになってたし、良しとするか。
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