第8話 伯父と会う
二人は喫茶店を出ると今度は真っ直ぐ伯父さんの家に向かった。もう加納は成り行きに、いや地下鉄の出口で初めて会ったこの男に任せた。彼はここまで伯父と会う段取りを大事な要件だけで済むように頑張ってくれたおかげで知りたい物が増えていった。
その一つで披露宴に来ていた母の友人の麻子さんが気になった。彼女は社内結婚して
「丹波越えの道って雪が多いのですか」
ここは海岸から別な道へ入ると山が迫り降り積もる冬はどうなるのかと思った。
「ここは吹きさらしで雪は少ない方です。九号線なら開けた山間部も多くトラックも通るが百六十二号線周山街道はほとんどが起伏の多く開けた場所が少なく道路際まで樹木が迫るからトラックは避ける道路ですよ」
ここと似た道だが向こうは国道でも山深いから雪もここより多く積もるらしい。
「そんな山道を父は走るのですか」
「たまにね舞鶴に取り引きのあるお店がありました。そこへ寄って京都へ行く場合は周山街道を通ります。九号線は真冬まではノーマルタイヤでも大丈夫ですが百六十二号線は初冬でも日の当たらない場所が結構ありますからそういうところは急カーブが起伏状になってますからそこはチェーンが要りますね」
「そういう道を走ることを町の人は知ってたのですか」
「同業者で走ってる人は知ってるでしょう。……さっきの話が気になってるんですねでも事故ですから」
「確かにでも故意に起こさせた事故ですね、それになぜチェーンが盗難に遭ったのは解らなかったのですか」
「町の古老から
そこで車は町に入り彼は運転に専念してこの話は、もう時効ですよ、で立ち切れた。
町には一本の国道と数本の府道があり、それに絡むように道が繋がってそこに農道もあった。国道には目新しい家やガソリンスタンドやスーパー、府道にはこざっぱりした店がポツンとあり後は民家が軒を並べていた。国道沿いに並ぶ建物だけが現代社会を映してその他はひと昔の明治を想わす佇まいに道沿いは古い家が建ち並び田畑は山裾まで続いていた。
この風景に思わず学童唱歌のうさぎ追いしかの山、小鮒釣りしかの川「ふるさと」を心の中で歌った。
モダンな郵便局と木造から建て直した鉄筋の学校はこの町に溶け込めずによそ者のように風に逆らって建っていた。加納の亡き父もあの学校で育ったのだ。
伯父さんの家は国道から数十メートル入った道の傍にあった。国道からも建物の一部が見えた。道路だけは舗装されていた。舗装されていない砂利道は民家の敷地になっていた。敷地の境目が舗装された道路らしい。草むらに建っている家も有った。どの家も周囲を囲む塀らしきものがない。車はそのまま家の敷地な乗り入れ降りて数歩の玄関に立った。
織物工場と自宅が一緒になった伯父の家は百十坪弱の敷地に四十坪の家が建っていた。周りを見ても広い敷地にポツンと建った家ばかりで見透しが利いて立ち話をすれば遠くからも目立った。ひと昔前なら話し相手に拠っては誤解を招きそうだ。
「気が抜けなくて立ち話も出来ない。これじゃあ身の置き所がないなあ」
こんな閉鎖都市を書いた本を子供の頃に読んで大人になりたくないと昔は思った。
「でしょう、昔は鍵も掛けてなかったそうですよ」
「とするとタイヤチェーンは舞鶴かその出先で抜き取られたのが濃厚だなあ」
波多野は眉を寄せながらも聞き流して玄関から呼び掛けた。直ぐ奥さんが出て二人は応接間へ招き入れられた。
加納の家は敷地一杯に建っていたが、ここは自宅の周りが広々として、別に自動織機が四台備え付けた部屋があった。子供三人にはそれぞれ六畳の部屋があてがわれていた。自宅は隣家が数十センチなのがここでは数メートルも離れて密集してなく気兼ねもいらないようだ。
そこへほとんど入れ替わるように「待たせたねえ」と入って来た人が本家の波多野道幸と名乗った。彼も加納英一と応答した。分家の波多野を労っているあいだ加納は伯父を観察した。
この人がお父さんの兄に当たる人だが、その顔に父の面影をいくらなぞっても何も浮かばなかった。三つまでの記憶はまるで陽炎のように輪郭さえも彼の頭の中には存在していなかった。
「本当に待たせたねぇ、来て直ぐに会えばいいんだけど。訊けば英二くんはお母さんから何も聞かされていなかったそうだから分家の波多野遼次くんに頼んでできる限り亡くなった弟について知らせてもらったけれど私から直接訊きたいものはあるかね」
「伯父さんと亡くなった父は似ているんですか」
「輪郭と目鼻立ちは似てると言われたけど目の形は弟の方が細くてそこが母親似だとこの前に亡くなった親父に良く言われましたよ」
「性格もですか」
ウ〜ンと少し眉を寄せたが直ぐに愁眉を解いて苦笑いをした。
「弟も私も争い事は好まず学校の部活も運動はやらず文化部だったよ。あの頃はギターが人気でねぇ勿論弟はフォークギターだったが私はクラッシックギターだったよ。弟はウォークソングで俺は禁じられた遊びとかアルハンブラの思い出とか
「フォークソングはたまに流れるけれどクラッシックは聴いた事がありません」
「そうだろうなあコンサートはやってるがテレビやラジオではなあ。いずれは照美さんと一緒になればその延長で趣味に没頭してものを……」と伯父は頭の後頭部を手でさすっていた。
ーー俺も親父も井久治は好きにやらせるから工場のことはお前がしっかりまとめろと言われて俺もその気になり、弟も自分の人生を好きなようにやりたいと漏らしていたからしっかり役割分担が出来た矢先に耀子さんと恋仲になってしまった。一緒になってからは一本筋金が入ったみたいに変わり、親父も俺も真剣に弟に任せて仕事の方針も変えようとした時に事故に遭ってしまった」
「伯父さんあれは本当に事故なんですか」
伯父は不意に余計なものを言ったように隣に居る分家の遼次に目をやった。
昔の話ですからと遼次が堪えきれずに目を逸らした。この一連の動きで加納は何か根深いものを感じた。
逸らした遼次が話題を遺産相続に変えた。その変化に加納は何か煮え切らないものを捉えて話を戻しに掛かるが、役所の波多野は山林の利用価値を説明し出すと伯父はそっちに耳を傾けた。
ひととおり説明を終わると親父から聞いた時分よりかなり具体的になっていて興味を覚えた。伯父はまだ祖父の山林には行ってなかった。それで現場を見た甥に意見を求めた。
「あの眼下の景色は見応えあるがただ見るだけで帰らせずそこに滞在して楽しんでもらえるリゾート地として開拓出来れば町は発展するでしょう」
自然を利用したアスレチックで人がどれだ集まるか懐疑的だった。伯父がアウトドア派ではないのも一考していた。伯父の結論は山林に肩入れする気はなかった。
「この町の発展に寄与出来れば父のようなけち臭い考えは持っていなから甥っ子が相続に意義がなければ山林は君の名義にしてあとは役所の遼次くんと話し合ってくれ」
伯父はこのまま
まるで暫くご無沙汰だった実家に一時帰郷した錯覚さえ思わす伯父の歓待に来て良かったと心が和んだ。
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