第51話 芥
ローレン大将のブリーフィング後、各自各々は再度自身の装備品の最終確認や食事の時間に充てた。
ヤーンも装備品の再確認の後、ベッドに横になり休息した。
既に太陽は隠れ、我等の視界を塞ぐ。横に視線をやるとベッドの小窓に切り取られた夜空が見える。星空が美しい。青や赤の星を数えながら今後の作戦を反芻する。
襲撃は恐らく日の出前、深夜~早朝の可能性が高いと説明を受けた。
本来、投石の効果の最大化を求める為に敵軍がしそうな事は2つ。
①投石機の命中率を上げる為に、日の出後、トスカの位置を視認した上で精緻な投石を行う。
②我等が投石の軌道、タイミングを視認出来ぬ深夜、日の出前に投石する。
この2つの可能性でローレン大将は②になると推察した。
理由は簡単。
・敵軍は民兵
・即席の投石機
・我等が職業軍人
以上から判断出来る事がある。
①投石精度の向上は見込めない事。
(民兵の練度不足、その場で造った投石機で有る事)
②職業軍人である我等を強襲するなら視界の効かない夜間の方が良い事
(先発の暗殺部隊がほぼ全滅させられた為、敵軍は我等を手強い職業軍人と理解したと思われる)
故に敵軍が馬鹿で無ければ、我等を襲うなら夜襲であり、精度の悪い簡易投石器で方角だけ合わせて投石しまくる。外壁をぶっ壊せるだけで重畳。追加で視界を塞がれた我らが投石に巻き込まれれば尚好し。なにせ自軍の消費は岩石だけなのだから……
「私ならそう考える……」ローレン大将はニヤニヤ嗤う。
「……そろそろ逃げる算段だな」ヤーンは、ベッドから起き上がる。もう少し美しい夜空を観ていたかったが……夜空は漆黒では無い。少なくともヤーンの目にはそう見えた。
濃い、とても濃い蒼から漆黒の濃淡。そこに青く、赤く、金色に輝く星々が散りばめられている夜空。
日の光を浴び、白雲に彩られた賑やかな青空とは違う、其処は彼と無い精緻な美しさ。
ユナを想う。
無意識にユナの音声人形の頭を触る。
『ユナは夜だ……』
彼女に派手な美しさは無かった。こんな事を言えばユナに怒られるかも……
……いやユナならば『ふーん。そうなの?』と顔を覗き込んでニヤニヤするだろう。
俺が惚れている事などお見通しなのだ。
彼女には親不孝通りの娼館の女性達の如く『狩りの時間だ!』と云うような化粧は微塵も無かった。
王都アーカイムでの婚姻届の騒動。涙と鼻水でびちょびちょの顔でさえ、何時もと何も変わらない。何とも愛おしい。
人形を見る。雑な造形だが、何故がユナの特徴を捉えていた。
長身に丸い小さな顔。
小さいが通った鼻。
二重の大きな瞳。
人形を胸ポケットに戻し、ベッドから立ち上がる。
時間だ。
仲間達も動き始めている。
音が聞こえる。
ベッドの隅に腰掛け、考える……
積まれた投石 5㎏~大きくて20㎏程度。
着弾の精度も低いだろう、飛距離は良くて200m程度。
正式な投石機ならば投石重量は70㎏ 飛距離は300mは優に超える。
しかしこの簡易投石機は俺達が昨晩落とした橋の向こう側、ロス川対岸の約200m程度に位置。
簡易な塹壕を盾に兵は隠れている。
1m程度の土豪だが、トスカより高度がある小高い丘の為、それでも十分に身体が隠せる。更に投石機の位置が高位だ。故に飛距離が稼げる。
……戦を判っている人材がこの計画を指導している。
そんなトコか……これはあくまで自分の妄想だ。
ベッドから立ち上がる。
「早めに仕掛けるつもりかな……」ヤーンの独り言。
「……そうらしいな」椅子に座って休憩していたヴィンスはブーツを履きながら答える。
「逃げるに徹した方が良いだろう」
「そうですね」ヤーンは同意する。
「斥候による情報漏洩の可能性はどう思います?」ヤーンの質問。先日の黒豹の様な人物も居るのだ。
「我等の逃走が敵軍に把握されているかな?」ヴィンスに質問を質問で返される。
「無いとは限らんが、こちらにも同業の者が居る。陰の仕事は彼らに任せよう」
各自の推察を話しながら管理事務所を二人で出る。
事務所前の広場には既に他の剣匠が揃っていた。
皆が二人を見る。
「漸く、来たか……お前ら豪胆よな」ラースが嗤う。
「投石が落ちても寝てるかもな」オズが嗤う。皆がクスクス笑う。
ヤーンは頭をポリポリ。ヴィンスは微笑し、意に介さず。
ローレン大将へ話しかける。「そろそろですか?」
「ああ、投石機への岩石の搭載が終わった所だ」
「試打を2.3回、距離を測り、その後に本番という所かな……」壮年で柔らかい声色のキーロイが説明。この人も剣匠には見えない。髪結いの亭主の如く。優男。手の届きそうな美男。
ローレン大将が広場の中心に立つ「そろそろだ……」小さな声。
そう言えば、あの名乗りもしなかったアリー以外の5名は既に居ない。
剣匠達は皆、準備をしながらそれを聴く。聞こえて居ないかの様に……
ローレン大将は準備をする皆の周りを歩きながら声を掛ける。
「ヴィンス、オズ、ラース、キーロイ 彼等を何卒宜しく頼む」ローレン大将は彼等の祖父の様に頼む。
四人は静かに頷く。
「ドゴッ!」大きな音が街の外から鳴る。
「来た!来た!」嬉しそうにラースが言う。
「では暫しのお別れ」ヴィンスが皆に頭を垂れる。そしてカシムに目配せ、カシムはヴィンスの後を追う。
他の剣匠も、各々小走りで街の外、繁華街横の出入口から出る者、船か泳ぐか港へと向う数名、
ヤーンも繁華街の出入口へ足早に向う。前にヴィンスとカシムが走っている。後を追う。ラースも呑気に小走り。
「ゴガッ!」外壁に投石が当たった。投石が小さかったのか、音はしたものの、街側から見る分には穴は空いていない。
そこから投石の頻度が上がる。
1秒毎に、どこかで着弾音、破壊音が鳴る。
「おおぅ、賑やかなのは良いが、すこし多すぎるわい」ラースの小言。
「仕方御座らん、恐らく敵軍は周囲の岩石の殆どを投石する筈」ラースの後ろからコナーが答える。
「ワシ等の分は残して置いてくれない様だな」ラースは愚痴る。
「そりゃ~玉切れにしとかないと、敵が使うと困りますから」コナーは判っているでしょ!と言わんばかり。
「投げるモノは他にも沢山出来るぞ」ラースはコナーに告げる。傍で聞いていたヤーンにはラースの言葉の意味が判らなかった。
ラースの相棒のフィリ(まぁほぼ引率状態だが……)においては、二人の呑気さに目を白黒させて話す事も出来ないでいる。フィリの心臓は爆発しそう。歯がガタガタ。満足に喋る事も出来ていない。
「ドガッ、ドス」相変わらず外壁の上部を投石が破壊しながら街へ落ちる。
外壁の上に、U字型の穴が開いたのが月明かりに浮かび上がる。
外壁に当たり始めた。どうやら命中精度が上がっている様だ。
数発が外壁の上を通り抜け、街に直撃する音がする。投石の破壊力だけでは無い。投石により破壊され飛散された街の一部が飛び、倒れ、散る、物によれば、それでも当たれば即死。
月明かりは仄か。投石は何処に落ちるかは視認出来ず、音で飛来して来たのが分かる程度。
『自分で、自分の生命を左右出来ない』ヤーンは想う。
音が聴こえたとして、着弾を避ける事など出来よう筈も無い。
自身の技量でどうにも出来ない。剣でどの様に投石を避けるというのだ!
その様な事、出来る訳もない。
『運』
ほぼ『運』
当たらぬ様に……それで当たらぬかは『運』だが、
必死に遮蔽物に身を隠し出口へ急ぐ。
『皆、無事で……』
『死んでたまるか!』ヤーンは心の中で叫ぶ。
かれこれ、8つ程度が近くの民家落ちている。
着弾音はもっとしている。絶え間ない。
メイン通りを横切る。外壁が所々崩れ、正面の門は歪に歪んでいる。
遠くに繁華街が見える。
もう出入口が見える。正面の門とは比較にならぬ小ささ。幅約900㎜、鎧を着た二人横並びでは通れない。
『あと10m程度で入口に出れる』
心臓が跳ねる。走ったからでは無い。自分でどうしようも無い死を、直ぐ傍に感じたから……そして逃げおおせると甘い期待を感じたから……
ヴィンスが閂を外して、カシムを押し出す。ヤーンも後を追う。
ラースが小石に躓きながら街を出る。
数日前に王都からトスカに来た道。その道だ。
投石は街を狙っている筈だが、逸れた投石が街の外にも着弾して、木をなぎ倒している。
『もう少し離れないと、投石の危険性から逃れられない』ヤーンは夜眼を効かせて走るスピードを上げる。目の前はうっそうとした森林。
林の中に逃げ込んで、倒木の下敷きになる可能性を鑑みたが、やはり遮蔽となる効果の方が上かと思い、結果、ヤーンは林に飛び込んだ。
投石目標のトスカから離れた為に、投石の頻度が下がる。
その時「ドッ!」という音の後、「ゴッ!」と小さな音が鳴り、後ろから「ウグッ」と小さな呻き声。
恐らくラースだった。
ヤーンは振り返る。
ラースの方へ一歩。
下を向き片膝付いたラースが右腕を抑えている。
フィリがあたふたしてラースの周りで動き回るが、結局何も手につかない。
「捨て置け!!!」今までの呑気なラースの声から想像つかない怒声。
ヤーンの足が止まる。フィリが固まる。ラースの右側に投石の破片が落ちている。
破片と言っても10センチ程度の岩石の破片。
着弾時の破砕で鋭利に尖っている。
ラースの前腕にもう一つ関節が増えた様だ。
表面上、それ以上の損傷は不明。
だがヤーンは見た。
鎧の右脇、鋼板の歪み。
肋骨が折れている。
内臓に刺さって、
いるか?いないか?
「……ほおっておけ、コナー、頼む」ラースが眉間に皺を刻んで言葉を吐く。
「承知……フィリ」コナーは走り出す。フィリが「ええっ?」と困惑しながらラースを見続ける。
「フィリ!!ぼさっとするな!早く行け!!行ね!!」いつも飄々としたラースに珍しい腹から出た声。
「はっ!はい!!」フィリはビクンと身体を震わせ走り出す。
「ラースさん、ではまた」ヤーンはそれだけ言うと走り始めた。
ラースをおいて走る。
「良き、良き……」ラースは嗤う。
闇夜と若い脚力で三人は直ぐに見えなくなる。
ラースは皆が視界から消えるのを見守る。
コナーとヤーンの夜目の効いた走りの後ろ。
木の根に注意し、それでも奔るフィリ……
「古き良きキルシュナ人よ……」
「若人を教える事も赦されぬか……」
ラースは座り一息つく。呼吸する度、痛みが刺さる。
その間にも、大きな音を立てて投石が落ちる。しかし大物は減り、サイズが小さくなる。
ラースは意にも介さず手当を行う。木の枝で右腕の添え木を作り、適当に切った蔦で前腕に添え木を固定する。
前腕を固定後、ラースは自身を診断する。
前腕は甘く診て尺骨、橈骨共に折れている。
脇腹は手甲と胴鎧のお陰で開放骨折に成らなかったのは不幸中の幸い。
肋骨は前腕で衝撃を吸収したお陰で、恐らくひび程度か?或いは軽度の気胸の可能性?軽度なら自然治癒も期待出来るが……いずれにせよ高負荷の運動は気胸を悪化させる可能性を孕む……肋骨のヒビも同様だ。
投石の頻度が落ちる。
『そろそろ集めた岩石が底を突いたか?』
「うーん……これからどうするかの?」脇腹を抑え、ラースは立ち上がる。
月明かりに照らされたトスカ外壁は、チーズの様に至る所に穴が開いて瓦礫の山。
「あっ!」まだまだ投石が飛んでくる中、破顔するラース。
月明かりの中、そろそろと歩きだす。
『いつも通り……独り……』
ラースは月明かりから逃げる。
慣れた暗闇へ還る。
「いや……独りではないか?」
「天より我を観測するがいい……」
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