第50話 孤立の力

 夕刻が近づく。 日が落ちる迄、猶予2時間。


 数分で、三人は管理事務所に到着した。

 既に、大半の剣匠は集合済だ。着装も完了している。

 というか活動中はいつでも着装している。


 残りの数名の剣匠も港と海岸の灯台から戻ってくるのが事務所の窓から見える。

 恐らく、街外の敵軍の進行を監視してくれていた模様。


 1分も経たず全員が揃う。事務所内に全員入れる。要はその程度の人員しか居ない。カーテンも閉じ、中の様子は外には見えない。

 総員19名。それだけしか居ない。

 受付前に6人が並んでいる。その6人は昨晩の戦闘で街に配備されず、独自で行動していた者達。アリーもその一人。整列した6人は3人目と4人目の間が一人分空いている。アリーの横だ。

 ローレンは中央、アリーの横に立つ。そう言えば、アリー以外の5人を見るのは初めてだった。

 ……陽光の下で見る彼らは皆、アリーより20歳以上は年上だった。ともすれば、ローレン大将より年上。ヤーンの見立てが間違っていなければ、ほぼ全員が60歳以上……下手すれば70歳目前、壮年とは言えず老年、好好爺、縁側で猫を抱いて座っていそう。腰が曲がり杖を突いている人までいる。

 そう言えば、トスカへの行軍中も見ていない。ヤーン自身が初陣に慄く民間兵に気を取られていた事もあるが、それでも彼らをまじまじと見たのは今初めて、思えば彼らは意図的に姿を消していた。昨日の作戦前も見ていない。アリーすら偶々、管理事務所で共闘する事に成った為に見知っただけで、それまでは存在すら知らなかった。


 前列の隊員


 禿げ頭の小男。

 こけた頬が印象的な長身の男。

 木製義足の老人。

 ローレン大将。

 文筆家の如き小柄な男(←アリーである)

 肥満した体を外套で覆った男。

 杖を突いて腰が曲がった老人。


 この様な構成。5人は名乗らず、そのまま無言で立っている。ローレン大将が魔石に触れる。カーテンが「キンッ」と鳴る。遮音した。作戦内容が外に漏れるのを防ぐ為だ。そして話始める。皆が聞き耳を立てる。


「恐らく深夜から翌朝に掛けて、トスカには敵軍による攻撃に晒される。その際には、小型の投石機による砲撃により、この脆弱なトスカの外壁は粉々なる事が予想されよう」ローレン大将は恐ろしい事を事も無げに話す。

「その状況下で我らはこの港を守らねばならん。前提条件は2つ。1つ目は投石による攻撃、2つ目はこの要所を守らねばならんという事」言い終えた大将は、全員を見る。

「その為に、私は今の組織を変更する。今後は独立行動する人員を更に増加する」

 そして、大将は隊員の名前を言う。

「ヤーン、レオン、ケビン、コナーを独立行動とする。そして我が横に居並ぶ、前列の人員は変わらず独立行動のままだ」

「今後、ツーマンセルは以下の人員で再編成とする。ヴィンスとカシム、オズとアイン、ラースとフィリ、キーロイとシュレーンとする」大将は一気に言うと隊列の変更を促す。


 ■ⅰ独立行動部隊

 前列6名+ローレン大将

 ヤーン

 レオン

 ケビン

 コナー


 ■ⅱツーマンセル(二人一組)

 ヴィンスとカシム、

 オズとアイン、

 ラースとフィリ、

 キーロイとシュレーン


 一気に独立行動の人員が増えた。

「今以降、私からの指示命令は無い。連絡用魔石は返却願う。独立行動者は自身で、ツーマンセルは年長者の指示に従い行動する様に」ローレン大将の言葉の意味を理解して、カシム達年少の剣匠に緊張が走る。

 

「俺達も働けます!」突然大きな声で叫んだのはカシムだった。自身達がツーマンセルに配属された理由は、先輩剣匠が自分達を守らせる為と感じたのだ。

「カシム、まぁまぁ良く聞くがよい」ローレン大将はカシムに笑いかける。

「先ず、私の言った事をよく聞くのだ。私は子守の為にツーマンセルにした訳では無い。」

「先ほど言った様に、連絡用魔石は回収する。つまり、ツーマンセルであろうが、独立行動であろうが、私の管理下から離れ独立して行動してもらうのは変わらん。これから話す作戦で、ツーマンセルは敵に発見される可能性が非常に高い。敵軍との混戦は必須、360度索敵しなければならぬ。眼は四つ有った方が良い」ローレン大将はそう言い。カシム達、若年剣匠の頭をごしごし撫でた。岩から削り出した様な拳に撫でられて、皆顔を顰めている。なのにとても嬉しそう。

「しばらくお前達を見る事は出来ぬ、幸運を祈る」それだけ言った。

 そして18名の剣匠に向き直り良く通る声で話す。

「今から言う事をよく聞くが良い。我らはトスカを護る。トスカとは何だ?この街か?この港か?何なのだ?我らは何を守るのだ?我らが、守るのはこの街の機能だ!この街が物流上の要所で有る事は議論の余地が無い。それを奪いに彼らは来るのだ!我らは今からこの街を離れる。独立行動者は敵軍の駐屯先の山中に潜伏。ツーマンセル班は街外のロス川上流周辺に潜伏しろ。先ほど言ったツーマンセルの方が視認され易いのは、現地は平地が多く隠密行動に不利だからだ。適切な地形効果が得られん。山に隠れる事が出来る独立行動の隊員とは危険度が違う」若い剣匠に困惑の色が浮かぶ。

 この地を離れる?

 この地を守らない?

 確かに、港の機能が大事なのは判る……しかし……若い剣匠は皆怪訝。


「我らがこの地を守る事、それは相手からすれば容易に予測可能だ。この地を守る為に配属されているのだから、そして、そのつもりでいると昨晩の戦闘で思い込ませたのだから……」

「思い込ませた??」

「我らは先兵を排除した。それも民兵では無い。あの技能、恐らく職業軍人達だろう。それをほぼ完ぺきに排除した。相手からすれば、我らは駐屯して街を守る気満々だ。だからココを捨てる」

「守るべきは、この港の機能。それならば一時的に、街を明け渡しても何の問題も無いだろう。今は戦時下、外国との海路もほぼ機能せん。ついでに船の付与魔法も無い。まぁ、これはガゼイラの王なら同じモノを創りかねんが、それでも時間は掛かる」

「そうか!タナトの港リュズとの海路上に王都が在る」俺は思わず言う。ローレン大将の視線がヤーンを刺す。

「聡いなヤーン。普通の最短航路なら王都から丸見えの海岸沿いを航行する。故に航路上かなり迂回を計れば、王都に気づかれない可能性も有るが、それだとワザワザ北上して港を奪取した意味が無い。現行のガゼイラの港ホゼと似たような航路距離になる」大将の言。その通りだった。折角大陸に近い港を占領するのに、航路が長くなれば意味が無い。

「しかし、戦時下という条件下では別の利点がある。それはホゼ⇔トスカ間の航路利用だ。これは兵站において有利な事著しい。陸路では山を越えねばならんからな。船ならば多量の物資を迅速に運べる」ローレン大将の補足。周りの剣匠がヤーンと大将を交互に見て感心する。

「結論を言うが、ガゼイラはトスカを戦時中は兵站の中継地、平時はタナトとの貿易港として利用したいのだ。これがフォーセリアとの貿易ならアルテア方面の航路もあり得るが、元の宗主国と対等の関係を創るなど、面倒しか無いだろう。なら宗主国の敵国の方が御しやすい」ヤーンは出兵前にクライスと話した大陸と北ラナ島の位置関係を思い出す。

『師匠の読み通りだった』そして今後の計画は自分の勘が当たった事に嬉しくも有り、悲しくも有り。

 ヴィンスとの賭けは俺が勝った様だ。しかしヴィンスを見ると、相手もヤーンも見返してニコリと笑いサムズアップした。

 もしかしたらヴィンスも同じ事を考えていたのか??多分そうだ。

 これじゃ賭けに成らない……ヤーンは落胆した。

「では今後の説明に戻る」音量が上がる。

 剣匠全員が「応ッ!」と答える。

「この街、郊外には即席だが複数の罠を仕掛けた。皆に手伝って貰った罠も有るので、ご存じかと思う」大将はそう言うと罠の種類を指折り数え始めた。大半は事前に説明を受けた内容で重複していたが、一部追加事項が有った。


 1:敵兵の死体を大まかに解体し、街の外周囲に捨ててくる。


 2:トスカの外を流れる河川(ロス川)の橋を落とし、キルシュナ側上流に死体を捨ててくる事。


 3:街外の畑用の肥溜めの糞尿を、畑用の用水池(2ヶ所)に撒く事。


 4:残りの3体分の死体は、街周囲の常緑樹の葉に隠す様に吊り下げる事。

 

 以下は大将とアリーとで行った対策


 5:トスカ外構 柵周囲に棘を持つ植物と毒を持つ植物を植えた事。


 6:食堂の寸胴の飯と街井戸に薬剤を入れた事。


 以上の説明をローレン大将は続けざまに話した。





 そのまま今後の計画を話す。


 ・我等19名は罠を仕掛けたトスカから離れ、トスカは敵軍に預ける。


 ・離れる際には、敵軍の即席投石機でトスカの城壁を破壊して貰う。


 ・故に我らは投石が行われるギリギリまで街を出ない。


 ・可能な限り城壁を滅茶苦茶にして貰った上でこの街を後にする。


 ・独立行動隊は森に、ツーマンセル隊は河川上流に潜み、敵援軍とトスカ駐屯部隊を断絶する。(出来れば駐屯部隊との近距離通信が不可能な5㎞以上離す)



「まぁ、ガゼイラの皆さんには、城壁やら兵站やらがボロボロになったトスカに駐屯して頂き、我らとガルバで眠れぬ夜を過ごしてもらおうか」

「そなたらは歴戦の剣匠。老婆心から言うが、敵は殺すな!戦えず、死なず、介護が必要な程度の怪我がこの上なし。宜しく頼む」何やらややこしい事を言う。

「フフフ」ラースが嗤う。

「コレが大将の本質よ」ヤーンの横のレオンが呟く。

 ヤーンには薄々判る。カシム以下の若者はやはり意味が判っていない。

「死ねば何も必要も無し。生きているなら治療も介護も食料も時間も人員も全てが必要……まぁ、何処で見捨てるかが肝要。ガゼイラとして初めての大規模戦争、恐らく民間兵達、見捨てられるかな?また見捨てる事は戦意の低下にも繋がる」ローレン大将の言葉を要約するキーロイ。その言葉を聞いて意味が判った若者達が血の気が引いた顔でキーロイ見る。

「後ろが助けてくれるから前線を張れる。怪我をしても万が一拾って貰える。そういう繋がりが、兵の戦意向上を助ける。自分が怪我をしたら見捨てられると理解した兵は戦わない」キーロイの言葉をローレン大将が継ぐ。

「我らは、敵軍の心理を揺さぶるのだ。そしてそのお膳立ては完了した。飲めば死肉混じり、嵌れば糞尿混じり、喰えば下剤混じり、城壁周囲には触れば棘と毒でかぶれる植物。唯一の体力回復方法としての睡眠はガルバと我らに邪魔される。まともに戦闘できるか?彼等はガゼイラ建国後、初の大規模戦争だ。今まで狩猟や畑を耕していた民兵に、その環境は如何許りか?耐えれるのか?」

「我らがトスカを、この世の地獄にして差し上げろ」どうして丁寧に言ったのかは大将本人にしか分からない事だが、それが余計怖かった。

「再度言うが殺す必要は無い。苦しめろ!手間を掛けさせろ!疲弊させろ!どうしてこの港街に来てしまったのかを散々後悔する様に!」相手にとって酷い話だ……しかし19人で戦う、こっちは相手以上に酷いモノだ。

「自壊させるのだよ……自ずから気持ちが萎え、身体が弱り、命令系統が途切れ、指示命令を守らない隊員が出てくる……そうなる様に仕向けろ!」

 ローレン大将は最後にこう言った。

「コレが私が君達に送る最後の言葉かもしれん。言葉の力を私は信じる、今からの言葉、肝に銘じよ!」

「私は君達を信用はするが、信頼はせん!自身で考え行動せよ!常に仲間の動きを予測せよ!」

「君達にはソレが出来る。そう!今こそ我らの仕事の時間だ!剣匠たる我らの時間。暗く、汚く、醜い、我らの時間……善も悪も無い!効果が有るか否か!が全て……」

「戦え!何が有っても!敵からの攻撃は言わずもがな、味方からの攻撃で有ったとしても……」恐ろしい事をサラッと言う。

「故に、有効打になるなら私諸共、鏖にしても全く構わん。私は相手からすれば指揮官だ。囮に丁度良かろう。そうでは無いか?」更にゾッとする事を言う。18人は無言で頷く。

「そして、無論逆のパターンも有る」ヴィンスが補足する。

「そうだ!故に自身で考えて、最適解を求めよ!」

「判断を他人に委ねるな!ハギにも委ねるな!全ては自分!掌握できるモノは全て掌握せよ!」

「頼むのは知識ではなく知性。知るは必然。十分に咀嚼し、己がモノとして使う事こそが、君達を生き残らせる術」

 大将はそう言うと暫し、俯いて顔を上げた。

「もし……もし、戦に一段落したら……またこの地に……集まり……皆でこの美しき海原を観よう。旨いモノを喰い。酒を呑もう。そうでもなければこれからの地獄と釣り合わぬ」そう言いハハハと笑った。

 大将の言葉を聴いていた皆もつられて笑う。

 ラースは「では大将の驕りでお願いいたします」と言いだす始末。

 ローレン大将はウインクして応え「ではラース……」と言い出すと……

「判っております……必ずや、全力で……」とラースが被せる。

「よろしく頼む……」


 最後、大将は具体的な事は言わなかった。

 手段でも無く。

 目的でも無く。

 想いを伝えた。



 ヤーンは想う『師匠と同じだ。目の前の問題解決策などでは無く。何か行動の指針となる様な言葉。これは大将の願いなのだろう』


 想いを通す。


 否が応でも、

 何としても、


 我意 を通す。


 お前らもそうであれ……と大将は言っている。

 我意を通す為に考える事が必要だと言っている。


 そう先程話した計画も外的要因で如何様にも変わるのだ。

 敵兵の状況、街の状況、相手士官の思考力、味方人員の欠損、

 様々な、可変する条件が混じる。

 一つ一つは単純で二者択一程度の内容だが、条件が複数混じれば、最適解を求めるには、正確な判断が求められる。それも早急に。

 だから漏れなく考えろ!

 その為に情報を、

 収集し、

 分析し、

 考察し、


 知識として蓄え、

 惜しみ無く知性とする。


 今まで散々、

 肉体を酷使し、

 身体の精度を上げ、

 剣を自分の身体の延長とすべく鍛え上げる。

 そんな事を常々求めてきた我等。

 そんな我等、剣匠なのに……


 大将の要求は知性。

 考える続けろ。

 思考を止めるな。


 そうでしか生き残れぬと。


 全力で戦う。それは簡単で難し。


 悔やまぬ事を求めるなら、須らく全力であれ。


 それでも後悔は在る。


 それでもほんの少しの満足を得る為に全身全霊で立ち向かえ。



 敵軍はもう直ぐ、そこまで……

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