第9話 レオーネ①

四月十六日。火野に襲われた日の翌日、俺は学校を休んだ。


 昨夜、家に帰ってから目を覚ました大和にもう一度俺は異能力研究会を潰すことを宣言した。それを聞いた彼女は即座に反対した。いくら何でも無謀だ、勝ち目がない、と。


 しかし俺はもう自分の中で完全に決めてしまっていた。彼女に何と言われようと自分で口に出して宣言した以上簡単には引き下がれない。


 それに、俺には当てがあった。絶対に無茶なことはしないと大和に約束して、俺はなかば無理やり彼女から許可をもらったのだった。


 しかし、俺がいくらランクA級異能力者だとしても一人で研究会に乗り込んでは勝ち目はないのは分かり切っている。そのためまずは仲間探しから始める必要があった。


 だが俺には一緒に研究会に乗り込んでくれるような友達はいない。仮に親しい友達がいたとしても、研究会を相手にするとなった以上、よほどのバカではない限り引き受けてくれる奴はいないだろう。


 そう考えた俺は学校を休み、一人で人気の無い路地裏まで来ていた。


 建付けの悪いぼろいドアを開けると、そこには懐かしい顔が揃っていた。


「急に訪ねてくるなんてどうした、ハル。驚いたよ」


 俺の顔を見るなり真っ先に話しかけてきたこいつの名前は山川キスケ。俺が昔所属していたチンピラ集団——レオーネの現・副リーダーである。他にもレオーネメンバーの風早翔斗、結城界の姿もあった。


「久しぶり、キスケ。翔斗と結城も。メンバー全員揃ってるな」


「今日は依頼があったからな。たまたまだよ。それで、何の用だ?」


 キスケは自分の金髪をいじりながら尋ねてくる。


「ちょっと頼みたいことがあってな、リンさんに会わせてくれないか?」


 リンさんとはレオーネのリーダーのことだ。


「本来なら部外者を会わせるわけにはいかないんだがな、まあお前は特別だ。リンさんなら奥の部屋にいるよ」


 俺はキスケに礼を言い、奥の部屋へと進んだ。ドアのノックし、扉を開ける。


「リンさん、お久しぶりです。ハルです」


 俺が挨拶をすると、黒髪短髪の好青年がこちらを見やる。


「ハルじゃないか! 急にどうした! 会えて嬉しいよ!」


 この無駄に元気でバカでかい声の男こそがレオーネのリーダー、リンさんである。


 年齢は俺の二個上、大学一年生のどこにでもいそうな好青年だ。リンさんは机にお茶を出し、もてなしてくれる。俺は彼の向かいのソファーに座り、さっそく要件を話した。


「急にすみません、リンさん。実は頼みがあってここに来ました」


「頼み? まあお前は昔仲間だったわけだし、できることなら叶えてやるが」


 リンさんはお茶を飲みながら俺の話を聞いてくれた。


「単刀直入に言いますと、俺と一緒に異能力研究会をぶっ潰してほしいんです」


 俺の突然の告白に彼は飲んでいたお茶を吹き出す。そしてゴホゴホとむせながら詳細を聞いてきた。


「異能力研究会を潰すだと? いきなり来てすごいこと言うなあ。理由はなんだ?」


 俺はリンさんに大和のことをすべて話した。大和奈津という精神系ランクS級異能力者をかくまっていて、その子は異能力研究会に追われていること。大和の自由のために異能力研究会を潰したいこと。


本当なら大和のことはあまり人に話さない方がいいのだが、協力を頼んでいる以上隠し事はできない。もちろん大和にも許可は取っている。


 しかし、どれだけの事情があろうと異能力研究会に喧嘩を売るということに協力してくれるだろうか。


もしレオーネに断られたら俺にはもう他に頼れそうなところがない。そうなった場合俺は一人で国の相手をしなければならない。


 リンさんは黙って俺の話を聞いてくれた。そして、真剣な顔をして何かを考え始めた。


 数分後、やっと彼は口を開いた。


「事情は分かった! 協力しよう!」


 リンさんはいつものバカでかい声で俺の頼みを引き受けたのだった。


「えっ、本当にいいんですか? 頼んだ俺が言うのもなんですけど相手は異能力研究会ですよ?」


 彼が思ったよりもあっさり頼みを引き受けてくれたので、逆に心配になる。


「なに、昔の仲間がこうして助けを求めてきてくれたんだ。断る理由なんかねえよ」


 リンさんの言葉に俺は目がうるっとしてしまう。なんていい人なんだ。やっぱりレオーネのリーダーはこの人しかいない。


「おい、お前らもそこで聞いてるんだろ! みんなハルに協力してくれるよな!」


 リンさんはドアの向こうに向かって叫ぶ。すると、ドアが開きそこにはキスケ、翔斗、結城の三人がいる。


「お前ら、聞いてたのか」


「そりゃ一年前にレオーネを抜けたハルさんが急にアジトにやってきてリンさんと会いたいって言うっすもん。さすがに気になるっすよ」


 翔斗がニシシ、と笑いながら部屋に入ってくる。


「僕は勝手に人の話を聞くのは良くないって翔斗を止めたんですよ。でも全然聞かなくて」


 結城は申し訳なさそうにもじもじとしていた。


「でも結局結城も盗み聞きしてたじゃんかよ! ちゃっかりキスケさんまで! あっもちろん俺たちは賛成っすよ。リンさんがいいって言ったならそれでオッケーっす」


「お前ら…ありがとう」


 やはり最初にリーダーであるリンさんの許可が取れたのが大きかった。今はもうレオーネを抜けた俺の頼みをこんなすぐに承諾してくれるなんて、なんていい奴らなんだ。俺が感動して目をうるうるさせていると、キスケが冷静な口調で話しかけてきた。


「水を差すようで悪いが、俺は反対だ」


「ちょっ、キスケさん。ハルさんの話聞いてなかったんですか? 大和ちゃんっていう子が可哀そうだと思わないっすか?」


 まさかキスケが反対するとは思っていなかったのだろう。翔斗は慌てている。


「ハルの事情は分かったし、確かにその大和ちゃんっていう子のことも助けたいとは思う。でもいくらなんでも俺たちレオーネにメリットがなさすぎる。まさか無償で研究会の相手をしろって言うのか?」


 キスケの言葉に翔斗は黙ってしまう。


 ごもっともな意見だ。もちろん俺だってタダでレオーネの手を借りようだなんて思っちゃいない。レオーネが俺の手助けをしてもいいと思えるような、俺がレオーネに払える対価は一つしかない。


 俺はアジトに来る前から考えていたことをキスケに話す。


「もしレオーネが俺に力を貸してくれるっていうなら、俺はもう一度レオーネの一員として活動することを約束する。悪くない条件だと思うが、どうだ」


「本気で言っているのか? お前は昔のトラウマが原因でレオーネを脱退したじゃないか。そのことについてメンバーの誰もお前のことを責めてはいない。確かにランクA級のお前がレオーネにもう一度加わるってのはかなりありがたい話だが、お前はもう過去のトラウマのことは大丈夫なのか?」


 俺の話にキスケは矢継ぎ早に言葉を口にする。


 俺は昔レオーネの一員だった。ランクA級異能力者の俺は自分で言うのもなんだが、かなりグループに貢献していた。しかしある日、他のグループとの抗争中に俺は能力の加減を誤ってしまったのだ。俺の加減なしの異能力は敵だけではなく無関係の人々まで傷つけてしまった。無関係の人々まで意識不明の重体にしてしまった俺はそれ以来自分の異能力を使うのが怖くなり、リーダーのリンさんと相談した結果グループを抜けることにしたのだった。


「レオーネは少数精鋭のグループだ。結城が守りに徹してキスケが遠距離からサポート、リンさんと翔斗が近距離で敵を倒すっていうバランスのいいチームだ。そこに近距離から遠距離まで幅広く対応できる俺が加わったら、より強くなれる。それはレオーネのみんながいちばんよく知っていることだと思う。俺のトラウマは時間が徐々に解決してくれた。今では普通に異能力を使うことができる。悪くない話だと思う、俺に力を貸してくれないか」


 俺は深く頭を下げた。誰かにこんな真剣に頼み事をすることなんて今までの人生で初めてだ。


 キスケはそんな俺を見て、観念したようにため息をつく。


「頭を上げてくれ。お前にそんな風に頼まれちゃもう断れない」


 そう言ってキスケは俺に手を差し出した。


 本当にレオーネはいいメンバーばかりだ。俺は心の底から感動していた。これで大和を助けるために一歩前進することができた。


 俺がキスケの手を握ると、キスケは小さく微笑みながら言ってきた。


「まさかもう一度ハルとレオーネで行動できる日が来るなんて思ってもいなかったよ。おかえり、元レオーネの副リーダー、一宮春」


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