第8話 星野チユ①
同日。俺は大和をおんぶして路地裏を歩いていた。
火野を倒したあと俺はすぐさま大和を病院へ連れて行こうとしたが、大和はそれを拒んだ。異能力研究会は国と大きな繋がりがあるため、病院など個人情報が必要な場所だとすぐに相手に居場所が知られてしまうらしい。だからと言って、俺と大和は放っておいて治るような怪我ではない。銃のようなもので足を撃ち抜かれているのだ。俺とは相性が悪いだけで、火野も十分に強い異能力者なのである。
今は俺の能力で凍らせて止血しているが、傷が完全に癒えるまでずっとこのままというわけにもいかない。どうするか悩んだ俺は昔の知り合いの元へ訪ねることにした。
「ハル、どこに行くの…?」
大和は足から大量出血したことが原因なのか、意識がはっきりしていない。
「知り合いのところだよ。そこなら傷の手当をしてもらえる」
「そっか、なら、安心だね…」
大和はそのまま眠ってしまった。きっと安心して緊張の糸が途切れたのだろう。
無事に目的地に着き扉をノックする。数分後に扉がゆっくりと開いた。
「おや、これは珍しいお客さんじゃないか。久しぶりだね、ハル」
中から白衣を着た黒髪の女性が出てくる。
星野チユ。俺の昔の知り合いであり、闇医者だ。
闇医者なんていう裏の人間とはもう関わりたくなかったが、国の病院が使えない以上こういう裏の組織に頼るしかなかった。
「久しぶり、チユさん。今大丈夫かな、この子の手当をしてほしい」
チユさんは傷だらけの俺の姿を見て驚いた表情を見せる。
「今は暇してたけど、どうしたんだい、その怪我。君は戦闘を好まない人だったはずだけど。そもそも純Aの君に傷を負わせるなんて、いったい相手は何者なの?」
「あとでちゃんと説明するよ。大和を頼みます」
チユさんは部屋の奥へ俺たちを案内し、大和をベッドに寝かせた。大和の足に包帯を巻きながら俺に尋ねる。
「いつからハルはロリコンに目覚めたのさ。それに、普通だったら病院に連れていけばいいものを、わざわざ私のところに来た。何か事情があるんでしょ?」
「その子、訳あって異能力研究会に追われているんです。だから国の病院は使えないんですよ。この怪我もその追手と戦ったときに負ったものでして」
「訳、ねえ。なんか大変そうだからこれ以上詮索するのはやめておくよ」
そう言うとチユさんはそれ以上何も聞いてくることはなかった。
チユさんはこういうとき相手の状況を察してあまりずかずか聞いてこないから助かる。きっと闇医者という職業柄、詳しい事情を聞きたくても聞けないような人間にこれまで何人も会ってきたのだろう。
闇医者のチユさんなら名前以外の個人情報を出さなくてもいいし、国に見つかる心配もない。大和の相手をしてもらうのにはうってつけだった。
俺は昔、少しだけやんちゃしていた。周りの無関係な人に迷惑をかけて楽しむということはしなかったが、少しだけやさぐれていた時期があったのだ。
そのとき裏社会のチンピラ集団に加わり、仲間が怪我をしたときなどはこの闇医者の元を訪ねていたのだ。
あることがきっかけで、高校に進学すると同時にチンピラ集団からも抜けて裏社会に関わることはなくなった。しかし、中学時代にやんちゃしていたことが高校のクラスメイトに知られてしまい、そこから俺の高校のぼっち生活は始まった。
別に一人でいることは嫌いじゃなかったが、自らの意思で一人でいるのと周りから意識的に一人にさせられているのとでは全く違う。高校の最初の一年間はずっと一人で少しだけ孤独を感じながら過ごしてきた。
春休みに入り、もうすぐまた一人ぼっちの高校二年生の生活が始まるというところで俺は大和と出会ったのだった。
「これでよし。大和ちゃんの手当は終わったよ。次はハルの番だね」
チユさんは満足そうに呟いた。
俺はさっきまで大和が寝ていたベッドに座り、チユさんに手当をしてもらう。
彼女が傷口に触れるたびにズキンと痛むが、これくらい我慢できる。大和はあの小さな体でこの痛みに耐えたのだ。俺が泣き言を言っていいわけがない。
今回の件は反省しなければならない。二週間相手が全く来なかったからと言って油断しすぎた。
久しぶりの外出で大和が浮かれるのは仕方ないが、せめて俺だけでも警戒を怠るべきではなかった。火野にはその隙を突かれて、大和に怪我をさせてしまった。
この傷の痛みは自分への戒めとして一生忘れないようにしよう。
「ハルの傷はひどいねえ。背中までやられてるじゃん」
チユさんの呟きに俺は苦笑いをするしかない。本当にひどいざまだ。
「これでハルの手当も終わったよ。しばらくは安静にしといた方がいいね」
「すみません、ありがとうございます。気を付けます」
チユさんに感謝の言葉を言い、俺たちはこの場を去った。
大和は俺の背中で静かに眠っている。彼女の温かい体温を背中に感じる。
大和には本当に申し訳ない。自分の油断の隙を突かれて火野からの攻撃を許してしまい大和に怪我をさせてしまった。今回生き延びれたのは本当に運が良かっただけだ。
なぜこんな幼い少女がここまでひどい目に合わないといけないのか。偶然珍しい能力を持って生まれただけで彼女の自由が奪われるのは絶対に間違っている。こんなことはあってはならないのだ。
俺はこれからどんなことがあっても大和を守り抜くと誓おう。
そして、たった今決めたことを背中で眠っている大和に呟いた。
「俺、異能力研究会をぶっ潰すよ。お前が自由に外に出られるような環境を俺がこの手で作り出してやる」
大和は依然として安らかに眠ったままだった。
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