第7話 火野彰③
四月十五日。俺と大和は二人で夜道を歩いていた。
異能力研究会に追われている大和はあまり外を出歩かない方がいいのだが、二週間前に火野に襲われて以来大和はずっと家に引きこもって本を読んでいた。俺の家にはゲーム機がないので、それくらいしかやることがなかったのだ。
大和は元々本を読むのが好きなようで、それほど苦ではなかったようだがさすがにこのままずっと家に引きこもっているわけにもいかない。それだと大和が研究施設を抜け出してきた意味がなくなってしまうのだ。
そう思った俺は、二週間ぶりに大和を外出させることにしたのだ。太陽の出ていない夜なら多少は見つかりにくいだろうと思い、出かけるのは日が沈んでからにした。
どうせ本を読むなら俺が元々持っているのより自分で選んだ方が大和ももっと楽しめるだろうということで、今日は大和と二人で本屋に行った。今はその帰り道だ。
「今日は久しぶりに外に出れてよかった! ありがとねハル」
大和は俺に買ってもらった本を大事そうに胸に抱えてニコニコしている。その笑顔を見れただけでも大和を外出させてよかったと思う。
「明るいときは厳しいけど、こうやってたまには外出した方がいいからな」
そうだね!と大和は元気に答える。
そのとき、突然足に激痛が走った。見ると、俺の太ももから大量の血が流れていた。
「きゃあ!」
横から悲鳴が聞こえる。大和も俺と同じように足から血を流して地面に倒れていた。
「油断したな、一宮。今日こそ大和奈津を異能力研究会に返してもらう」
声のした方向を見てみると、そこには火野彰の姿があった。
どうやって俺たちを攻撃したのかはわからないが、ずっと様子を伺って確実に攻撃できるチャンスを狙っていたのだろう。
俺も大和も足を怪我しただけなので命に別状はないが、この状況で火野から逃げるのは困難だ。
足を怪我した状態で大和を抱えて逃げるか? 絶対に不可能だ。
「ハルだけでも逃げて。研究会は私の能力を利用したいから絶対に私を殺すことはしない。だから私は大丈夫」
大和は血で濡れた足を抑えながら言う。
「馬鹿言うな! お前を見捨てて逃げれるわけないだろ」
「いくらハルの異能力が相手に相性が良かったとしても、負傷した状態で戦うのは不利だよ! 今火野がハルの足だけ攻撃したのはただの情けだよ。これ以上抵抗したら本当に殺されちゃうよ」
大和が言っていることは正しい。異能力と言うものはメンタルに大きく左右されるのだ。傷を負った状態や焦っている状態など、精神が不安定なときは自分の理想通りに異能力が使えないこともよくある。
だけど俺には大和を見捨てて逃げることなどできなかった。
「一宮春、といったっけ。お前逃げないのか? 不意打ちという少しずるい手を使ったから情けで足だけを攻撃したっていうのに」
火野は周りに炎をまといながら俺を睨んでくる。この前は俺がランクA級と知らなかったから少し油断していてその隙を突くことができたが、今日の火野は完全に俺のことを警戒していた。
「さすがにこんな小さな女の子見捨てて逃げるほどダサい男にはなりたくないんでね」
「ただのカッコつけか? その判断後悔することになるぞ」
火野は無数の炎弾を飛ばしてきた。俺は水の壁を作り出しそのすべてを防ぎきる。よし、とりあえずこれくらいの防御ならなんとかできそうだ。
「足を怪我してるくせに意外とやるなあ。ならこれならどうだ!」
突如、大地が揺れる。下を見ると地面にひびが入りそこから大きな火柱が噴き出してきた。
予想外の地面からの攻撃に水の防御が間に合わない。俺は足の痛みを必死にこらえて横に転がり込んだ。背中に熱を感じる。
「ハル! 大丈夫!?」
遠くから大和の叫び声が聞こえる。火柱が直撃するのは防げたが、背中を少しかすってしまったようだ。ひりひりと痛みを感じる。
「大丈夫だ、大和。安心しろ。純Sのお前からしたら俺は頼りないかもしれないが、世間一般的に見れば俺も結構強い方なんだ」
「無理だよ! 足からたくさん血が出てる! 背中だって! そんな状態でまともに異能力が使えるわけないよ!」
大和が心配そうな顔をしてこちらを見てくる。
そんなに俺って頼りないですかね、一応俺も国内では珍しい方の純A級能力者なんだけど。まあ、そんなどうでもいいことを考えている暇はない。とりあえず今は目の前の相手のことだけを考えよう。
「俺は無関係の人間を殺すことはしたくないんだ。今からでも大和奈津をこちらに渡してくれればお前の命を取ることはない」
火野は俺を見下しながら言ってくる。完全に自分が優位だと思っているのだろう。
くそ、シンプルにいらついてきた。何が無関係の人間を殺すことはしたくないだ。今の火柱攻撃、俺がギリギリ避けれたからよかったものの直撃してたら俺普通に死んでるぞ。頭おかしいんじゃねえのかこいつ。
「うるせえよ馬鹿。俺は大和を見捨てないって言ってるだろうが」
「そうか。なら、死ね」
火野はもう一度炎弾を飛ばしてくる。
それと同時に、俺は手に最大限力を込めた。異能力を発動する。
俺の異能力と火野の炎弾が衝突し、その衝撃で大量の煙が舞った。俺たちの視界は大量の煙が占領し真っ白になる。
数十秒後、視界が晴れる。俺の瞳に映った火野は驚いた表情で自分の両足を見つめていた。
「どうやらお前の周りに水を操るA級異能力者はいないらしいな。ランクA級っていうのはこんなこともできるんだ」
火野が飛ばした無数の炎弾と彼の足は分厚い氷で覆われていた。
「な、なんだこれは!?」
火野は状況に頭が追いつかないといった様子で叫ぶ。
「俺の異能力だ。俺がお前の炎も足もすべて凍らせた」
「そ、そんな…。ランクA級はそんなこともできたのか…」
火野は絶望した表情で下を向く。さっきまで完全に自分が優位だと思っていたのにそれが一気に逆転されたのだ。ざまあない。
「俺は人を殺すことはしないけどよ、さすがにさっきやられた分のお返しはしてもらうぜ!」
俺は足を凍らされ一歩も動けない火野の顔面を思いっきり殴った。その勢いで足の氷は砕け火野は後方へ吹っ飛ぶ。
「今日は俺の負けだ。最初に情けをかけたのが間違いだった。だが、俺は生きてる限り絶対に大和奈津を追い続けるぞ」
火野は地面に仰向けに倒れながら言ってくる。なんて執念だ。何がそこまで彼を動かすのだろうか。
「お前が来るたび返り討ちにしてやるよ。あと、さっきのパンチは俺がやられた分だ。まだ大和がやられた分が残ってる」
「な、なにをする気だ」
火野は少しおびえた表情で俺を見上げる。
「最初にお前が俺たちにしたことだよ!」
俺は何もない空間から水を発生させ、それを凍らせた。俺は手に先端が鋭く尖った巨大な氷柱を握る。
そしてその氷柱を躊躇なく火野の太ももに突き刺したのだった。
太陽がとっくに沈んだ時間帯、誰もいない夜道で火野の叫び声が響いた。
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