第5話 火野彰①

 四月一日。学校の始業式が終わり、俺はだらだらと帰路を歩いていた。隣には学校まで俺を迎えに来た大和もいる。


 大和は研究会に追われている身なので、あまり外を出歩かない方がいいのだが、とりあえず大和は外を歩きたいらしい。つい最近まで研究施設に拘束されていたので自由に外を歩けるのがよほど嬉しいのだろう。その気持ちは分からないこともないので、とりあえず俺は大和に大きめのマスクだけ渡して外出することを許可したのだった。


 誰かと一緒に帰宅することなんて今までの人生で初めてだった。俺は昔からあまり人付き合いが得意な方ではなく、友達と呼べる人はいなかった。


 大和は昨日買ったワンピースをさっそく着て、ニコニコしながら隣を歩いている。昨日一日大和と歩き回ったので自然と俺の歩幅は大和と合うようになっていた。


 そのとき、突然後ろから声をかけられた。


「やっと見つけたぞ、大和奈津。俺の名前は火野彰。俺は異能力研究会から依頼を受けてお前を連れ戻しにきた」


 そこには赤い色の髪の毛をした見知らぬ男が立っていた。


 異能力研究会から依頼を受けてきた。大和を連れ戻す。今この男が言ったセリフをそのまま頭の中で繰り返した。


「これは逃げた方がいいな。走るぞ」


 そうして出した結論を大和に言う。大和もこちらを見て頷いた。


 俺と大和はすぐさま逃げ出した。周りの通行人が不思議な目をこちらに向けてくる。


 そりゃそうだ。男子高校生と幼女が全力疾走しているのだ。俺だって他の人の立場だったら気になって見るに違いない。


「くそっ! まあいつかはこうなるかもしれないとは思っていたけど、ほんと突然だな」


「どうしようハル、どうやって逃げよう」


 大和は泣きそうになりながらこちらを見てくる。


 そんなの俺がいちばん聞きたい。後ろを見ると火野もこちらへ走ってきていた。俺はとりあえず大和の手を掴んでただ前に向かって走る。


 そのとき、突然目の前が炎に包まれた。


「おい! なんだこれ!」


 思わず足を止めてしまったのが間違いだった。その間に火野に追いつかれて大和を捕まえられてしまう。大和の悲鳴が聞こえる。


「お前が大和奈津とどういう関係なのかは知らないが、こいつは異能力研究会に返してもらう」


 火野はそう言って、俺との間に炎の壁を作り出した。


こいつは炎を操る異能力者なのか。しかもこれほど強大な炎を操れるとなると、きっとランクA級の能力者だ。並みの能力者であれば火野を相手にするとほとんど手も足も出ずに敗北するだろう。


「ハル、逃げて! 私は大丈夫だから」


大和は泣くのを必死に我慢しながら俺に言ってきた。


大丈夫なわけないだろ。お前今にも泣きだしそうじゃないか。そりゃやっと研究施設から逃げ出せたってのにこんなに早く捕まってしまったんだ。泣きたくもなる。


 それでも大和は最近会ったばかりの俺にこれ以上迷惑をかけないように気を遣って、恐怖に耐えて無理してあんなことを言っているのだ。


 確かに今ここで大和を見捨てれば火野は俺に攻撃してくることはないだろうし、またあの平和でつまらない日常に戻ることができる。


 でも俺は昨日大和と一日遊んだ時間が楽しかったのだ。大和にとっては初めてだらけの経験だったかもしれないが、友達のいない俺にとっても昨日は初めてのことがたくさんあった。俺はまた昨日みたいに楽しいときを過ごしたいと思ってしまったのだ。


 俺は手に力を込め、目の前の炎の壁に大きい穴をあけた。その穴から炎の壁を通り抜け大和の腕を握り、大和をまた自分の元へ連れ戻す。


「お前何者だ! 俺はランクA級異能力者だぞ! 俺の炎はそんな簡単に突破できるものではない!!」


 火野は大きく目を見開いて驚いた顔をしている。無理もない。S級ほどではないものの、A級能力者だってそうそういるものではないのだ。自分の異能力に自信があって当然だ。 


 俺はそんな火野の顔を見ながら、自己紹介することにした。


「俺は一宮春。水を操る“純“A級異能力者だ」


 俺は大和の手を掴み、もう一度家まで全力で走ったのだった。

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