第3話 平和な日①
「ハル! 起きて!」
上から何かうるさい声が聞こえてくる。俺は一人暮らしをしているので誰かに起こされるなんていうことはあり得ない。じゃあいったい誰だ。
眠い目を擦りながら目を開けると、真上に可愛らしい幼女の顔があった。一人暮らしの男の家にこんな可愛い幼女がいるわけがない。
「なんだ、夢か…」
「夢じゃないって! 起きてよ!」
俺のつぶやきに朝から元気よく突っ込んでくるこの幼女。だんだん昨日あったことを思い出してきた。
「ああ、大和か…。おはよ。どうした?」
「お腹空いた! 朝ごはん食べよーよ」
大和が俺の体を揺さぶってくる。誰かに起こされるのは久しぶりだなあ、と、時計を見ると午前八時だった。
「まだこんな時間じゃねえか。俺はもう少し寝る。あと四時間後くらいに起こして」
「あと四時間ってそれお昼じゃん! お腹空いたよー朝ごはん食べよー」」
「今日は最後の春休みなの。最後くらいダラダラさせてくれ。冷蔵庫の中にあるもの適当に食べてていいから」
「さっき冷蔵庫の中見たけど何も入ってなかったもん!」
大和は涙目になりながら言ってくる。こいつ人の家の冷蔵庫勝手に見たのかよ。別にいいけど。
そういえば昨日の夜は冷蔵庫が空っぽだったからコンビニに行ったんだっけ。そしてその帰り道で大和と出会ったのか。俺は昨日の夜のことを思い出しながら、諦めて素直に起きることにした。
昨日ソファーで寝たせいか体がバキバキである。体の関節を鳴らしながら洗面所へと向かう。洗面所で顔を洗い、適当な服に着替える。
「とりあえず朝ごはんはコンビニで済ませるか」
「うん! ありがと、私もついて行っていい?」
「お前、外に出ていいのか? 追われているんだろ」
「コンビニくらいだったら大丈夫かなって。でも念のため顔隠すものとかある?」
まあ、確かにコンビニまで五百メートルくらいだし大丈夫だろう。それにこの子が何を食べたいか全く分からないし、コンビニで無駄に悩むくらいなら一緒に行った方が楽だ。
「これでいいか? 定番だけど」
俺は大和にマスクを渡した。男性用のマスクは大和が着けるとかなり大きめで、顔のほとんどが隠れてしまっているが逆にちょうどいいだろう。俺たちは靴を履いて外に出た。
コンビニに向かうまでの道のり、たった五百メートルだが俺と大和の歩幅が違いすぎて戸惑った。男子高校生と幼女ではここまで差が出るものなのか。俺はチラチラと隣を確認しながら、なるべく大和と歩く速さが同じになるように努力する。そんな大和は小鳥さんがチュンチュン鳴いているのを真似して自分もチュンチュン言っていた。人があなたに気を遣ってるのも知らないで何やってるんですかね…。
そんなこんなで無事にコンビニまでたどり着き、店内に入る。
「コンビニだー! 何食べようかなあ」
大和は店内に入ったとたん目を輝かせている。
コンビニくらいでこんなにもはしゃげるなんて羨ましいな、と思いつつ俺は適当におにぎりを2つ買うことにした。大和はサンドイッチを選んでいた。相変わらず目がとてもキラキラしている。
レジで二人分の金額を払い、外に出る。三月の朝の空気はとても心地がよかった。その後は他愛無い話をしながら家に帰った。大和はチュンチュン言っていた。
自宅に戻り、二人でご飯を食べながらくつろいでいたとき、俺はふと気になったことを大和に聞いた。
「そういえばお前、俺と会うまでは何してたんだ? さすがにどこか別の場所で寝泊まりしてたんだろ?」
大和はご飯を食べるのをやめ、珍しく真面目な様子で答えた。
「私ね、つい最近まで異能力研究会に監禁されてたの。私って純S能力者でしょ。だから私は生まれてすぐに研究会に送られて、それから毎日が実験の繰り返しだった。でも私にとってそれは普通だったから苦ではなかったの。でもある日、私は研究員の考えを偶然知ってしまったの。そこでやっと私にとっての普通は異常であることを知った。だから私は同じ研究施設にいた子と協力して、脱走した。それが三日前」
「え、じゃあ俺と会うまでずっと研究会の奴らから逃げていたのか?」
「うん、私は体が小さいのを利用して上手く隙間とかに入り込んで逃げていたの」
なるほど、大和と初めて会ったときやたら彼女の体が汚れていた理由がやっと分かった。あの汚れは彼女が必死に逃げ切った証だったのだ。
「その一緒に協力した子はどうしたんだ? 初めて大和に会ったときお前は一人だったけど」
「その子は今はどうなっているか分からない。必死になって逃げているときに気付いたら離れ離れになってたの」
大和は悲し気に下を向く。
もしかしたらその子は再び研究会に捕まっている可能性もあるのだろう。いや、きっとその可能性の方が高いのだ。異能力を封じられた大和はただの幼い女の子に過ぎない。その彼女がたった一人で研究会から逃げ延びれたことがまず奇跡なのだ。普通はそんな簡単に逃げ切れるはずがない。大和もそのことを十分に理解しているのだ。
生まれつき強大な異能力を持っただけで、周りとは違う運命を強いられる。別に驚くべきことではないが、自分の普通が普通ではなかったという事実は幼い彼女にはかなりショックだっただろう。俺は同情の目を大和に向ける。
「これからお世話になっていくから私のこと正直に話そうと思ったけど、気遣わせちゃったみたいだね。私は大丈夫だよ。私が言いたいのは、さっき行ったコンビニも今食べてるこのパンも、私にとっては全部初めてで楽しいことだらけってこと!」
大和は無理やり俺に笑ってみせた。
さっきコンビニにわざわざ着いてきたのも、やたらはしゃいでいたのもこれが理由だったわけか。俺は大和がこの先の人生もっと楽しめるように、今度は同情の目を向ける代わりにこう言った。
「今日は1日暇だし、デパートに行ってショッピングでもするか」
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