第45話

私たちは、少しお酒を飲んだあと、おやすみを言って、それぞれの部屋に戻った。


彼女は、ほろ酔いの上気した頬を赤らめて、言った。


「今日も頑張ったわね。

私たち…!!」


私も、少し酔っぱらって、言った。


「そうだね…」


私は、通り道のことを考えた。


巨大噴火が始まると、通り道は…


私は、言った。


「通り道のことだけど…」


彼女は、私を見つめて、言った。


「…そうね。

私も考えてた。」


私は、訊いた。


「君は、どうしたいの?」


彼女は、虹色の瞳を、トロンとさせて、言った。


「私は、あなたと一緒に行くわ。

どんな宇宙でもね!!」



次の朝、私たちは、寝坊してしまった。


目覚まし時計のアラームはセットしていたのに、止めて、また眠ってしまったらしい…


ふたりとも…!!


カード端末に電話がかかって来て、目が覚めた。


時刻を見ると、もうお昼前だった。


「おはよう!!」


電話は、オーナーさんからだった。


「…おはようございます…!!」


私は、慌てて、ベッドから跳ね起きた。


オーナーさんは、眉を八の字にして、済まなさそうに、微笑みながら、言った。


「ごめんなさいね!!

グッスリお休みのところを起こしちゃって…

こちらは夕方だけど、そちらは、まだお昼前ね?」


私は、寝癖を直そうと焦りながら、答えた。


「はい!!

すいません…!!

アラームセットしてたはずなんですが…

寝坊してしまって…」


オーナーさんは、ニッコリして、言った。


「大丈夫よ!!

今日は、そちらのみんなは、お休みでいいのよ。

昨日、あんなに頑張ってくれたんだから…!!」


私は、心の中で、胸を撫で下ろして、言った。


「ありがとうございます!!

では、お言葉に甘えて、今日は、お休みさせて頂きます。

星美はまだ寝てますが、起こしましょうか?」


オーナーさんは、微笑みながら、イヤリングを揺らして、首を横に振った。


「ダメよ!!

寝かしといてあげなさい。

新婚さんなんだし…」


私は、顔を紅くしながら、頷いた。


オーナーさんは、目を細めて、微笑みながら、言った。


「…フフッ!!

マスターから聞いたんだけど、昨夜ゆうべ、おふたりとパヌ、シーさんの4人で、巨大噴火後のこの星の温暖化などについて、詳しく考えてみてくれたそうね?」


私は、頷いて、答えた。


「はい。

巨大噴火後、この星は、3つの状態のいずれかに落ち着くと思います。

1つめは、ある程度氷が溶けたあと、気温低下に転じて、再び全球凍結した状態です。

2つめは、現在の地球と同じように、凍結した地域と暖かい地域がせめぎ合う、氷河期の地球のような状態です。

3つめは、40年ほど前の巨大噴火が起きる以前の地球のような、極地のみ凍結して、それ以外の地域には、液体の海が広がる、温暖な状態です。

どの状態に落ち着くかを予測するには、コンピューターシミュレーションが必要だと思います。

そして、どの状態に落ち着くにせよ、この星と地球の巨大噴火による火山噴出物の量の違いは、今回は、ふたつの惑星の運命に影響を及ぼしません。」


オーナーさんは、頷いて、言った。


「わかったわ。

巨大噴火後、温暖化しても、再び全球凍結する可能性もあるのね…?」


私は、頷いて、言った。


「はい。

64万年前の巨大噴火後の状態と同じような状態になると、同じ現象が繰り返される可能性があります…」


オーナーさんは、揺るぎ無い瞳で、未来を見据えながら、言った。


「…もしそうなっても、この星の人たちは、大丈夫よ…!!

この星のみんなにとっては、それが、当たり前なんだから…

64万年もの間、ずっと、凍ったこの星で、生き続けて来た人たちなんだから…!!」


私は、頷いて、言った。


「そうですね…!!

プル、ンケ、ルム、ベズの人たちにとっては、それが、普通なんですね…

地球のような、海と植物に覆われた、温暖な星の方がいいと思ってしまうのは、私たちが、地球で生まれ育ったから…

なんですね!!」


オーナーさんは、ニッコリして、頷きながら、言った。


「そうね!!

だから、大丈夫よ。

巨大噴火後、この星が、3つのどの状態になっても、この星の人たちは、必ず、生き続けるわ!!

逞しく…

しぶとく…

力強く…!!」


私は、頷いて、訊いた。


「…オーナーさんも、今日は、お休みですか?」


オーナーさんは、微笑みながら、首を横に振った。


「私は、会わなきゃいけない人がいっぱい出来ちゃったから…

昨日の記者会見のあと、いろんな国の代表者や防災担当責任者の人たちから、協力したいから会ってくれって頼まれてね…!!

今日は、黄色キ大地ノ国の大統領と会って来たわ。」


私は、唖然として、訊いた。


「…黄色キ大地ノ国の大統領…?

今日?!」


オーナーさんは、ケロッとした顔で、言った。


「ついさっきまでね。

大統領と防災担当大臣と会って、いろんなことを話して来たわ。

巨大噴火がいつ始まってもおかしくないことを、ふたりとも、ちゃんとわかってくれたわ!!」


私は、オーナーさんの行動力の半端なさに、圧倒された。


「…じゃ、どうなるんです?

黄色キ大地ノ国は?」


オーナーさんは、揺るぎ無い眼差しで、答えた。


「国を挙げて、外国への移住を始めることになったわ!!」



私は、思わず、訊き直した。


「…移住を…?

国を挙げて?!」


オーナーさんは、頷いて、言った。


「そうよ。

もちろん、40万人もの人たちが、外国に移住するんだから、簡単にはいかないわ…

まず、食料のことを考えると、自給自足維持型移住の一択になる。

他の移住方法では、移住先で食料が不足して、移住先の外国に迷惑をかけてしまうことになるから…

時間的制限が無いのなら、地下農場や植物工場の拡張工事が進んでから、ジャガイモなどを植え替える余地スペースのある外国へ、移住させてもらうところだけど…

そんな悠長なことは言ってられないわね!!

いつ噴火が始まるかわかんないんだから!!」


オーナーさんと私の話が聞こえたのか、彼女が、目を覚まして、そばに来た。


「…おはよう…

オーナーさん!!

おはようございます!!」


オーナーさんは、ニッコリして、言った。


「おはよう!!

星美さん!!

起こしちゃったのかしら?

ごめんなさいね…

今日は、お休みしてていいのよ?」


彼女は、髪を整えながら、言った。


「大丈夫です!!

今日は、どうすればいいですか?」


オーナーさんは、目を細めて、カード端末に映る彼女の姿を見ているようだった。

そして、ニッコリして、言った。


「今日は、一段と可愛くて、綺麗ね…

羨ましいな!!

フフッ…!!

今日は、明日以降の予定をお知らせしたかっただけよ。

明日は、灼熱ノ岩流ルル国に行くつもりなの。首長と会う予定よ。

明後日は、熱キ水出ル国に行くわ!!

首相と会う予定よ。」


彼女は、まだ少し眠そうなまぶたを、しばたたかせて、訊いた。


「…灼熱ノ岩流ルル国…?

…熱キ水出ル国?

…あさって?」


オーナーさんは、ニコニコしながら、言った。


「黄色キ大地ノ国の人たちの移住先についても、世界中のいろんな国の人たちと相談しなきゃいけないでしょ?

灼熱ノ岩流ルル国と熱キ水出ル国にも、移住を受け入れてもらえるよう、頼むつもりよ!!」


私は、訊いた。


「外国の地下都市などに、ジャガイモなどと一緒に移住するんですね?

ジャガイモは、地下都市の空きスペースに、プランターで植えるんですね?!」


オーナーさんは、決然とした眼差しで、頷いて、言った。


「その通り!!

もたもたしてらんないからね…!!

1日も早く、黄色キ大地ノ国の人たちを、ジャガイモや生き物たちと一緒に、外国の地下都市に移住させないといけないの。

火山は、人間の都合なんか、待ってくれないんだからね…!!」


彼女は、目を大きく見開いて、訊いた。


「…わかりました。

…でも、オーナーさん…

黄色キ大地ノ国の人たちのこと以外にも、出来るだけ早くやらなきゃいけないことが、いっぱいありますね?!

世界中の地下都市などの居住地の出入り口と通気口を、防壁と屋根で守ること…

世界中の地上の農耕地で栽培しているジャガイモさんなどの農作物と、地上の養殖施設で飼育している生き物さんたちを、地下都市などの居住地に移すこと…

世界中の地上の地熱発電所を、防壁と屋根で守ること…

十分な数の気密性の高いマスクとゴーグルを作って、世界中の地下都市などの居住地や地熱発電所やご家庭などに備えること…」


オーナーさんは、真っ直ぐな眉を、凛々しく寄せて、言った。


「その通りよ!!

だから、全部頼んで回るわ。

世界中の国の人たちに…

1日も早く、備えて下さいって!!

自然は、人間のやることなんか、知りもしないんだからね…!!」


彼女は、虹色の瞳を、キラキラさせて、言った。


「オーナーさんがいれば、この星の人たちと生き物たちは、大丈夫ね!!」



オーナーさんは、ニッコリして、言った。


「頑張るわ!!

おふたりは、明日はどうする?」


彼女は、私と顔を見合わせて、言った。


「私は…

私たちは、一緒にいます。」


私も、頷いて、言った。


「私たちは、一緒に行きます。

どんな宇宙でも…!!」


オーナーさんは、真剣な表情になって、訊き返した。


「…一緒に…

宇宙?!」


私は、訊いた。


「オーナーさん…

巨大噴火が始まると、通り道は、マグマに飲み込まれてしまうんですね?」


オーナーさんは、一瞬、凍りついたようになった。


そして、幸せそうに、微笑んだ。


そして、寂しそうに、微笑んだ。


そして、哀しそうに、ため息をついた。


そして、悔しそうに、唇を噛んだ。


そして、嬉しそうに、ニッコリした。


そして、楽しそうに、ニコニコした。


そして、眉根をキリッと寄せて、全てを見通すような瞳で、言った。


「そうね。

巨大噴火が始まると、通り道は、通れなくなる。

噴火がおさまって、マグマが冷えて固まるまでは、誰にも通れないでしょうね…

マグマが冷えて、火成岩などの岩石になれば、地上から、通り道までのトンネルを掘って、再び、通り道を利用できるようになるはずだけど…

何年先になるか、わからないわ…!!」


彼女は、言った。


「…私たち、記者さんたちとの質疑応答が終わる頃になって、気付いたんです…

通り道が、マグマに飲み込まれるって…!!

それまで、全然気付かなかった…!!」


オーナーさんは、思いやるような微笑みを湛えて、頷きながら、言った。


「わかってたわ。

みんな、プル、ンケ、ルム、ベズのことを、一生懸命に心配してくれてたから…

通り道のことは、すっかり、忘れてたのよね?!

無理もないわ…!!」


私は、驚きを隠せずに、訊いた。


「お気付きだったんですか?!

通り道が、マグマに飲み込まれるって?」


オーナーさんは、少し得意そうに、微笑んで、答えた。


「おふたりから、いちばん最初に、巨大噴火が起きる恐れがあると、知らされた時にね…

だって、通り道は、私のお店にあるんだもの…!!

『無限分岐宇宙』にね!!」


彼女は、恐る恐る、訊いた。


「…

巨大噴火が始まったら、『無限分岐宇宙』は、どうなるんですか?」


オーナーさんは、真剣な表情になって、答えた。


「…

通り道は、何でも通ってしまうの。

人も…

生き物も…

無生物も…

電磁波も…

素粒子も…

だから、マグマも、通ってしまうわ…!!」


私は、その可能性を、覚悟していたつもりだった…


しかし、本能が、恐怖心という原始の防御メカニズムを起動させたのを、疑いようもなく、感じた。


私は、震えながら、訊いた。


「…通り道は、閉じられないのですか?」


オーナーさんは、イヤリングを揺らしながら、首を横に振った。


「…見つけた時から、ずっと開きっぱなしよ。

どうして出来たのかもわからない…

どうすれば閉じられるのかもわからない…

ただ、通れるということしか、わからないわ…!!」


彼女は、目を丸くして、訊いた。


「…どんなふうに出現したんですか?

通り道は…?!」


オーナーさんは、なぜか照れ臭そうに、頬を少し紅くして、答えた。


「…それが、よくわからないの…

…私が住んでた家(うち)の中に、急に出来ちゃったから…

朝起きて、寝惚けたまま、ドアを開けて部屋に入ったら…

キッチンのはずが、全然知らないところになってたの。

黄色キ大地ノ国の、あのアパートの部屋に…!!

だから、いちばん最初に、通り道を通っちゃったのも、たぶん、私ね…

そのあと、家でやってる喫茶店の名前を『無限分岐宇宙』にしたの。」


私は、恐る恐る、訊いた。


「マグマが通り道を通るのを、止める方法は…?」


オーナーさんは、少し首を傾げて、答えた。


「私には、わからないわ…

部屋のドアは、ただの木製のドアだから、マグマに触れたら、あっという間に燃え尽きちゃうでしょうね…!!」


彼女は、人差し指でこめかみを押さえて、考え込んだ。


そして、やおら顔を上げて、言った。


「…通り道の境目に、熱に耐えられる金属の板で、ふたをすれば…?!」


私は、言った。


「マグマの温度でも固体の状態を保てる物質はあるかもしれない…

でも、その板には、マグマからの熱が伝わり続ける。

たぶん、何年間も…

その膨大な熱エネルギーが、板を介して、『無限分岐宇宙』に流れ込んで来る…!!

板が発する赤外線や、板と接触している物質に、熱伝導で、熱エネルギーが伝わって…

その熱を、何とかしないと、『無限分岐宇宙』はもちろん、東京の…

ジャパンシェルターの街が…

マグマの熱で…

人が住めなくなる…!!」


オーナーさんは、唇をきつく結んで、頷いた。


そして、訊いた。


「…

おふたりは、どうするの?」


私たちは、見つめ合った。


そして、彼女は、虹色の瞳を輝かせて、答えた。


「私たちは、地球に戻ります。

地球の人たちと生き物さんたちを守るために…

大切な存在を守るためにね!!」

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