第44話

私たち4人は、ゲストハウスのレストランで、早めの夕食を摂った。


日暮れ時のレストランは、大勢の客で賑わっていた。


私たちは、しばしば、周りからの視線を感じた。


この国でも、記者会見の様子が生放送されたのだ。


私たちは、食事の間に、何人もの人たちから、声を掛けられ、巨大噴火について質問された。


そして、私も、彼女も、プル、ンケ、ルム、ベズ風のハグを、何度も体験することになった。


記念写真の求めにも応じて、初めて会ったばかりのこの星の人たちと、笑顔で写真に納まった。


食事を終える頃になって、ようやく、互いに話す余裕が出て来たが、みんな、言葉少なだった。


私は、通り道のことを、口に出そうか出すまいか、迷った。


彼女も、いつもよりも、寡黙だった。


彼女も、きっと、何かを考え込んでいるのだろう…


私は、別の話題を持ち出した。


「…ネー、ベルが、原稿と違うことを話し始めた時は、ビックリしたなあ…」


彼女は、微笑んで、言った。


「ホント!!

私も、ドキドキしたわ!!

でも、おかげで、巨大噴火後の温暖化っていう、スゴく大事なことを、見落とさずに済んだわね!!」


ネー、ベルは、言った。


「申し訳ありません…

もっと早く気付くべきでした。

こんな重大なことを見落とすとは…」


私は、言った。


「無理もないよ。

火山の噴火は、寒冷化の原因になるっていうのが、常識なんだから…

僕も、全く気付かなかった…!!」


彼女も、頷きながら、言った。


「私も…

巨大噴火で、この星は、今より、もっと寒冷化すると思ってたわ…!!」


ネー、ベルは、言った。


「氷に比べて、火山灰は、より多くの太陽エネルギーを吸収しますから、この星は、巨大噴火後、温暖化します。

ただ、気温がどの程度上昇して、平衡状態になるかは、思考実験では、わかりません…

巨大噴火後の気温を予測するには、コンピューターシミュレーションが必要でしょう。」


パヌ、シーさんが、訊いた。


「気温が、氷点下を越える可能性もあるんですか?」


ネー、ベルは、答えた。


「可能性はあります。

ただ、コンピューターシミュレーションでなければ、どの程度、その可能性があるか、わからないでしょう。」


私は、宇宙から見た、プル、ンケ、ルム、ベズを、想像してみた。


今のプル、ンケ、ルム、ベズは、氷に覆われている。


宇宙から見ると、眩しいほど、真っ白に輝く、純白の星だろう。


もし、巨大噴火が起きれば…


この星は、火山灰に覆われる。


火山灰の色は…


灰色から黒…


私は、言った。


「巨大噴火後、この星は、宇宙から見ると、灰色から黒い色に見えるはずだ…

火山灰の色に覆われて…」


彼女が、言った。


「ネー、ベルも、記者会見で、そう言ってたわね…

想像すると、見た目的には、ちょっと残念ね…!!

純白の綺麗な星が、灰色になっちゃうなんて…」


ネー、ベルが、言った。


「見た目的には、そうかもしれませんが…

暗く見える星ほど、より多くの太陽エネルギーを吸収するので、気温は高くなるのです。」


私は、頷いて、言った。


「逆に、より多くの太陽エネルギーを反射して、明るく見える星ほど、気温は低くなる。

プル、ンケ、ルム、ベズは、僕たちの地球よりも、ずっと明るい。

地球よりも、ずっと多くの太陽エネルギーを反射するから、気温は、地球よりも低いんだ。」


彼女が、言った。


「なるほどね…

じゃ、もしも、巨大噴火後のこの星が、地球よりも、暗い星になったら…?」


私たち4人は、顔を見合わせた。


…私の脳裏に、ひとつの星の姿が浮かんだ。


漆黒の宇宙を背景にして浮かぶ、ダークグレーの星が…


地球よりも、暗い星が…


パヌ、シーさんが、あっけらかんと、訊いた。


「地球よりも、暗いってことは、地球よりも、気温が上がるってことですか?」


彼女が、虹色の瞳を、地球のように煌めかせて、言った。


「そうね…!!

巨大噴火後のこの星が、地球よりも暗い星になったら、地球よりも、暖かい星になる可能性があるのね!!」



パヌ、シーさんが、メガネの奥の目を丸くして、訊いた。


「…地球よりも、暖かい…?

じゃ、氷は…?」


ネー、ベルが、呟くように言った。


「…

赤道地帯から、溶け始めるでしょう…」


彼女が、訊いた。


「…地球よりも、暖かいってことは…

北極と南極の氷も溶けてしまうのかしら?」


私は、言った。


「ダークグレーの火山灰が、ずっと氷の上に積もったまま、太陽エネルギーを吸収し続ければね…

実際には、気温の上昇によって、いろんな変化が起きて、火山灰の効果が弱まっていくはずだ…」


ネー、ベルが、言った。


「氷が溶けると、地表では、植物が繁茂するでしょう。

地表に残った火山灰は、植物の葉の下に隠れて、太陽エネルギーを受けられなくなるでしょう。

地表では、火山灰に代わって、植物が、太陽エネルギーを吸収するようになります。」


パヌ、シーさんが、訊いた。


「地球の森林みたいにですね…?

…海は、どうなるんですか?」


私は、頷いて、答えた。


「海を覆っている氷洋が溶けると、それを覆っていた火砕流の残留物と火山灰のうち、水に浮くものだけが、海面に浮いて残る。

水より重い岩や溶岩や噴石や火山灰は、海に沈んでしまう。

噴石や火山灰は、気泡だらけで、軽いので、水に浮くものがあるんだけど…

海面に浮かんで、波に揺られたり、噴石や火山灰同士がぶつかったり、風で風化したりして、次第に、ひびが入ったり、砕けたりして、中に海水が入ってきて、重くなり、やがて、海に沈んでしまう。

つまり、時間が経つにつれて、海面に浮いている噴石や火山灰は減って、太陽エネルギーを吸収する効果も減って行く。

代わりに、海が、太陽エネルギーを吸収するようになるはずだ…」


彼女が、訊いた。


「ダークグレーの火山灰に代わって、海が、太陽エネルギーを吸収するようになると、どうなるのかしら?」


ネー、ベルが、答えた。


「地球の表面は、7割ほどが海で、残りの3割ほどは、森林と、農耕地と、都市などの居住地と、砂漠などの地表と、南北の極地の氷などで覆われていると考えていいでしょう。

これらの場所の太陽エネルギーの吸収率は、それぞれ異なりますが、地球全体の平均的な吸収率は、ほぼ一定で、それが、地球の明るさを決めているのです。

この星が、地球よりも暗い星になったとしたら…

地球よりも、暗い星になるには、海よりも、多くの太陽エネルギーを吸収する火山灰に覆われていなければなりません。

おそらく、かなり黒っぽい、ダークグレーの火山灰ということになりますね…

その火山灰に代わって、海が、太陽エネルギーを吸収するようになると、海の部分では、吸収される太陽エネルギーが、減ることになります。

したがって、海の面積が広がれば広がるほど、この星が吸収する太陽エネルギーは、減っていきます。

したがって、海が広がるにつれて、この星の気温上昇のペースは、ゆるやかになっていくでしょう。」


パヌ、シーさんが、訊いた。


「火山灰に代わって、植物が地表を覆って、太陽エネルギーを吸収するんですよね?

植物と火山灰は、どちらが、吸収率が高いのですか?」


私は、答えた。


「今、仮定している黒い火山灰なら、海よりも、多くの太陽エネルギーを吸収するから、植物についても、同じように、植物よりも多くの太陽エネルギーを吸収するだろうね…

したがって、森林などの植物の面積が増えると、この星の吸収する太陽エネルギーが減って、この星の気温上昇のペースがゆるやかになっていくだろうね…」


彼女が、訊いた。


「…ということは…

赤道地帯から、氷が溶けて、海も、植物に覆われた地表も、面積が増えていくにつれて、この星の気温上昇のペースも、ゆるやかになっていくのね?」


ネー、ベルが、答えた。


「そうなりますね…

そして、気温上昇と、液体の海や、川や、湖や、池などが出現したことによって、この星の気象は、激変するでしょう。

惑星のあらゆる地域で、雨や雪が降るようになります。

火山灰の上にも、雪が降り積もるようになるでしょう…」


パヌ、シーさんが、訊いた。


「今のプル、ンケ、ルム、ベズでは、地熱湧出地でしか、雨も雪も降りません。

他は、ずっと晴れてるのに…

この星でも、地球みたいに、天候の変化が生じるようになるんですか?」


私は、答えた。


「水の大気循環が始まるから、地球と同じように、水が蒸発して、雲になり、雨と雪が降るようになるだろうね。

台風やハリケーンなどの嵐も発生するようになるはずだ…

そして、まだ溶けていない氷の上に積もった火砕流の残留物と火山灰の上にも、雪が降り積もるようになるはずだ…」


彼女が、訊いた。


「…ダークグレーの火山灰の上に、白い雪が積もったら…

太陽エネルギーは…

ほとんど吸収されなくなるんじゃないかしら?」


ネー、ベルが、答えた。


「おっしゃる通りです。

火山灰に代わって、雪が、まだ溶けていない氷の上を覆うと、元の氷の状態に近い太陽エネルギーの吸収率になります。

したがって、雪に覆われた面積が増えるにつれて、この星の吸収する太陽エネルギーが減って、気温上昇ペースが落ちることになります。」


パヌ、シーさんが、訊いた。


「…

氷が溶けた地域では、海が広がって、地表は植物で覆われる…

氷が溶けていない地域では、火山灰の上に雪が積もって、氷が溶けなくなる…

まるで、地球とプル、ンケ、ルム、ベズが、同居しているみたいになっちゃいますね?!」


私は、答えた。


「確かにね…!!

赤道地帯から氷が溶けていった地域の面積と、緯度の高い、まだ氷が溶けていない地域の面積との比率が、この星の太陽エネルギーの吸収率を決めることになるね…

海と植物に覆われた地域は、太陽エネルギーを多く吸収する。

地球と同じようにね…

雪に覆われた地域は、太陽エネルギーをわずかしか吸収しない。

プル、ンケ、ルム、ベズと同じように…

それからどうなるか、予測するのは難しいな…」


彼女が、訊いた。


「…

星の明るさはどうかしら?

地球に比べると、雪に覆われている面積が多ければ、明るく見えるはずね…?

今のプル、ンケ、ルム、ベズに比べると、海や植物に覆われた地域があるから、暗く見えるはずね…?

だから、地球と、今のプル、ンケ、ルム、ベズの中間の明るさになるんじゃないかしら?」


ネー、ベルが、答えた。


「確かに、その時のこの星の明るさは、そう見えるでしょう。


ただ、その状態で、この星の環境が安定するかどうかは、わかりません…


もし、その状態で、この星の環境が安定すれば、この星の気温は、地球と、今のプル、ンケ、ルム、ベズの中間の気温に、落ち着くことになるでしょう。」


パヌ、シーさんが、訊いた。


「星の環境が安定するというのは、どんな場合ですか?」


私は、答えた。


「宇宙から星に入ってくるエネルギーと、星から宇宙に出ていくエネルギーが、同じであれば、星の気温は安定する。

宇宙から星に入ってくるエネルギーの方が多いと、星の気温は上昇し続ける。

星から宇宙に出ていくエネルギーの方が多いと、星の気温は下がり続ける。

今のプル、ンケ、ルム、ベズは、地球よりもマイナス50℃ほどの気温で、安定している。

この星が吸収している太陽エネルギーは、地球に比べて、ずっと少ない。

したがって、この星が宇宙に放出しているエネルギーも、地球に比べて、ずっと少ないはずだ。


地球の場合は、40年ほど前の巨大噴火による寒冷化で、15℃ほど気温が下がった。

大気中の火山灰の濃度が下がるにつれて、次第に元の気温に戻りつつある途中だから、地球は、今のところは、気温が安定しているとは言えない状態だね…」


彼女が、訊いた。


「40年ほど前の巨大噴火が起きる前の地球は、気温が安定していたのね。

今のプル、ンケ、ルム、ベズよりも多くの太陽エネルギーを吸収していたけど、同じ量のエネルギーを、宇宙に放出していたから、気温は安定していたのね…!!

他には、気温が安定した星は無いのかしら?」


ネー、ベルが、答えた。


「太陽系の他の惑星や、大気を持つ衛星は、いずれも、気温が安定していると言えるでしょう。

宇宙とやり取りするエネルギーは、それぞれ、全く違うでしょうが、出るエネルギーと入るエネルギーのバランスが取れているはずです。」


パヌ、シーさんが、訊いた。


「他の惑星や、衛星では、プル、ンケ、ルム、ベズとの比較が大変そうですね…?

地球か、プル、ンケ、ルム、ベズで、他に、気温が安定した時代は無かったのですか?」


私は、突然の認識に、震えながら、答えた。


「氷河期…!!

地球の氷河期は、安定していた…!!」


彼女は、虹色の瞳を輝かせて、言った。


「この星は、巨大噴火後、地球の氷河期のような気温に安定する可能性があるのね!!」



ネー、ベルが、言った。


「…氷河期…?!

確かに、中緯度を境に、氷に覆われた地域と、海や植物に覆われた地域が同居している状態は、地球の氷河期の状態と同じですね…!!

とすると、その状態になれば、数千年間以上、惑星の状態が安定し続ける可能性がありますね…!!」


パヌ、シーさんが、訊いた。


「地球の氷河期というのは、確か、氷河が、北極や南極から拡がって、地球の半分くらいの緯度まで、氷で覆われてしまって、とても寒くなった時代ですね…?」


私は、答えた。


「今から数万年前までの間に、わかっているだけでも、4回の氷河期があったんだ…

そして、今の地球も、40年ほど前の巨大噴火後、寒冷化して、日本などの温帯地域まで、海面が凍結しているから、新たな氷河期に入ったとみなす人もいるね…」


彼女が、訊いた。


「第5氷河期ね…?

もしも、プル、ンケ、ルム、ベズも、巨大噴火後、氷河期に入るとしたら…

地球と一緒に、氷河期に入ることになるわね?」


ネー、ベルが、答えた。


「…

私たちは、今、仮定に基づく予想をしています。

プル、ンケ、ルム、ベズで起きる巨大噴火によって発生する火山灰が、海や植物よりも多くの太陽エネルギーを吸収する、ダークグレーの火山灰であるという仮定の基に…

もし、実際の火山灰が、それに当てはまらなければ、別の結果になるでしょう…」


パヌ、シーさんが、訊いた。


「この星の巨大噴火で発生する火山灰の色は、まだわからないんですか?」


私は、答えた。


「64万年前の巨大噴火で発生した火山灰は、地層から採取されているはずだけど…?」


彼女が、訊いた。


「…40年ほど前の地球の巨大噴火で発生した火山灰なら、もちろん覚えてるわ…

少し明るめのダークグレーの火山灰だったわね…

あれとは違うのかしら?」


ネー、ベルが、頭を掻きながら、答えた。


「…

同じでしょう…!!

地球でも、この星でも、同じ成分のマグマが、マグマだまりから噴き上がって来るはずですから…!!

うっかりしていました…!!」


パヌ、シーさんが、訊いた。


「…同じ…?

なら、地球の火山灰を調べれば…

太陽エネルギーの吸収率がわかるのでは?」


…私の脳裏に、灰色の星の姿が浮かんだ。


人工衛星から撮影された、巨大噴火後の地球の写真が…


私は、答えた。


「…

調べるまでもないよ…

40年ほど前の巨大噴火で、地球は、寒冷化した…

火山灰に、地球全体が覆われて…

元の地球よりも、明るい火山灰に…!!」


彼女は、虹色の瞳をキラキラさせて、言った。


「地球よりも明るいこの星は、巨大噴火後、火山灰に覆われても、火山灰が、地球よりも明るいので、地球よりも明るい星のままなのね!!」



ネー、ベルが、言った。


「40年ほど前の地球での巨大噴火によって、大気中に大量の火山灰が拡散して、滞留しました。

その結果、地球全体が、火山灰を含む不透明な大気に覆われました。

宇宙の人工衛星から見ると、火山灰しか見えなくて、地表が見通せない状態が、半年近く続きました。

火山灰は、巨大噴火前の地球よりも、明るい色だったので、火山灰に覆われた地球は、巨大噴火前の地球よりも、明るい星になりました。

その結果、地球が吸収する太陽エネルギーは、巨大噴火前よりも、少なくなりました。

その結果、地球の気温は下がり続けて、北極や南極から、海面と地表の凍結が拡がって行きました。

巨大噴火から半年ほど過ぎて、大気中の火山灰が次第に地表に沈降して、大気中の火山灰の濃度が下がるにつれて、気温低下のペースは、次第にゆるやかになっていきました。

そして、巨大噴火前の地球よりもマイナス15℃ほど気温が下がったところで、気温低下が止まりました。

極地から拡がった氷は、温帯地域まで拡がったところで、止まりました。

北半球では、日本などの辺り…

南半球では、オーストラリアなどの辺りで…

その地域の平均気温が、0℃ほどになったのです。

その後、大気中の火山灰の濃度が下がるにつれて、少しずつ、気温が上がり始めました。

宇宙からも、次第に地表が見通せるようになって、星の色も、灰色から、次第に、海や地表や氷の色が見えるようになっていきました。

しかし、地球は、巨大噴火前の地球に比べると、氷や雪に覆われた地域が、中緯度辺りまで増えたので、以前よりも明るい星になりました。

そのため、地球が吸収する太陽エネルギーは、巨大噴火前よりも減りました。

そのため、地球の気温は、巨大噴火前の地球に比べると、マイナス12℃ほど低い気温まで上昇したところで、安定しています。

吸収している太陽エネルギーの量と、赤外線などの形で宇宙に放出している熱エネルギーの量が、同じになったので、気温が安定したと思われます。

イエローストーン火山で断続的に続いている小規模な噴火による火山灰の影響で、2~3℃ほど気温が下がる時期もありますが、基本的には、現在の地球は、氷河期の地球と同じような状態にあると言えるでしょう。」


パヌ、シーさんが、訊いた。


「プル、ンケ、ルム、ベズも、巨大噴火が起きると、地球と同じ成分の火山灰によって覆われるんですね?

そのあと、どうなるのですか?」


私は、答えた。


「星全体が火山灰に覆われてしまうことについては、地球と同じだね…

火山灰は、今のプル、ンケ、ルム、ベズよりも、暗いから、火山灰に覆われたこの星は、今のこの星よりも、暗い星になる。

その結果、この星が吸収する太陽エネルギーは、今のこの星よりも、多くなる。

その結果、この星の気温は、上がり続ける。

大気中の火山灰の濃度が高いうちは、大気の上層が主に暖められて、地表近くの気温は、ゆるやかに上がる。

火山灰が地表に沈降するにつれて、地表近くの気温の上昇ペースが上がる。

巨大噴火から半年を過ぎて、大気中の火山灰の濃度が下がった後も、地表に降り積もった火山灰が、太陽エネルギーを吸収し続ける。

宇宙から見ると、火山灰が大気中に滞留していても、地表に降り積もっていても、同じような暗さに見えるはずだ…

赤道地帯から、氷が溶け始めて、地表と、液体の海が姿を現す。

地表には、すぐに、植物が繁茂し始めるはずだね。

地表の火山灰は、次第に、植物の葉の下に隠れてしまう。

海では、海面に浮いている噴石や火山灰が、次第に風化して、海に沈んで行く。

氷が溶けた地域では、火山灰に代わって、海と植物が、太陽エネルギーを吸収するようになる。

この火山灰の色は、地球よりも明るいから、吸収する太陽エネルギーは、地球よりも少ない。

したがって、海と植物は、この火山灰よりも、多くの太陽エネルギーを吸収するようになる。

したがって、海と植物の面積が増えるにつれて、この星は、より多くの太陽エネルギーを吸収して、気温上昇のペースが上がる。

その一方で、水の大気循環が始まって、雲が発生して、雨や雪が降るようになる。

台風やハリケーンなどの嵐も発生する。

まだ氷が溶けていない地域では、氷の上に堆積した火砕流の残留物や火山灰の上に、雪が降り積もるようになる。

雪が積もった地域では、火山灰による太陽エネルギーの吸収が無くなって、ほとんど太陽エネルギーが吸収されなくなる。

したがって、雪が積もった地域では、気温の上昇が止まる。

この結果、この星は、氷が溶けて海と植物に覆われた、暖かい地域と、氷が溶けないまま雪に覆われた、寒い地域が、せめぎあう星になる。」


彼女が、虹色の瞳を輝かせて、言った。


「巨大噴火後、この星は、氷河期の地球のような星になるのね!!」



ネー、ベルが、言った。


「おっしゃる通りです。

ただ、その状態で、この星の気温が安定するかどうかは、まだわかりません。

巨大噴火後、この星の気温が上昇し続けることは、間違いありません。

氷よりも、火山灰のほうが、より多くの太陽エネルギーを吸収するでしょうから…

気温の上昇が止まるのは、ふたつの場合に限られます。

ひとつめは、雪が降り始めて、火山灰の上に雪が積もった地域の面積が増して、この星が吸収する太陽エネルギーが減った場合です。

ふたつめは、この星が吸収する太陽エネルギーと、この星が宇宙に放出する熱エネルギーが同じになって、平衡状態になって、気温が安定した場合です。

ひとつめの場合には、その状態で、気温が安定する可能性もありますが、一転して、気温下降に転じる可能性もあります。

その場合には、この星の気温は、下がり続けて、64万年前の全球凍結を再現することになる可能性もあります。

巨大噴火後、この星の気温が、どれくらい上昇したところで止まるのか…

その時の氷の面積がどれくらいか…

その時の海や植物の面積がどれくらいか…

気温下降に転じるのか…

それとも、気温が安定するのか…

これらを予測するには、コンピューターシミュレーションが必要でしょう。」


パヌ、シーさんが、訊いた。


「巨大噴火後、この星は、再び全球凍結する可能性もあるんですね?

他には、どんな可能性があるんですか?」


私は、答えた。


「巨大噴火後、気温上昇が続いて、赤道地帯から氷が溶けて、液体の海が出現して、雪が降り始める。

もしも、雪が、速やかに火山灰の上に降り積もって、覆い隠してしまうと、この星の状態は、64万年前の巨大噴火後の、亜熱帯地域まで氷が拡がった状態と同じになって、気温下降に転じて、赤道地帯まで再凍結する可能性があるね…

64万年前の地球での巨大噴火では、40年ほど前の地球での巨大噴火と、ほとんど同じ現象が起きたと思う。

つまり、64万年前の地球での巨大噴火後、地球は、氷河期に入ったはずだ…

64万年前のプル、ンケ、ルム、ベズでの巨大噴火後、この星は、地球と違って、全球凍結した。

なぜ、違いが生じたか…?

考えられる原因は…

巨大噴火によって凍結した地域の面積が、地球よりも多かったから…

その結果、この星が吸収する太陽エネルギーは、地球が吸収する太陽エネルギーよりも減って、地球では、氷河期の状態で、気温低下が止まったのに、この星では、気温低下が続いて、氷が拡がり続けて、赤道地帯まで、全部凍ってしまったんだ…!!

40年ほど前の地球での巨大噴火では、温帯地域まで、地表と海が凍結した。

64万年前の地球での巨大噴火でも、同じ地域が凍結したはずだね。

64万年前のプル、ンケ、ルム、ベズでの巨大噴火では、地球で凍結した地域よりも低緯度の地域まで、凍結したはずだ…


とすると、温帯地域よりも低緯度の亜熱帯地域まで、凍結した可能性があるね…!!

プル、ンケ、ルム、ベズで近い将来起きる巨大噴火によって、64万年前と同じ緯度の地域まで氷が溶けたところで、もしも、気温上昇が止まると、この星の状態は、64万年前と同じになる。

とすると、そこから、気温低下に転じて、64万年前と同じ現象が繰り返されて、全球凍結してしまうだろうね…!!

他に考えられる可能性は…

今の地球と同じように、氷河期の地球と同じ状態になって、その気温で安定する可能性があるね。

その状態なら、惑星が吸収する太陽エネルギーと、惑星が放出する熱エネルギーが同じになって、バランスが維持されることがわかっているからね。

別の可能性としては、氷河期の状態になっても、そこで気温上昇が止まらずに、氷が溶け続けて、北極と南極まで、地表と液体の海が拡がって、そこで気温が安定する可能性もあるね。

40年ほど前の巨大噴火が起きる前の地球は、その状態で、気温が安定していたんだ。

温暖な気候で…

その状態も、惑星が吸収する太陽エネルギーと、惑星が放出する熱エネルギーが同じになって、長期間、平衡状態が維持されるんだ。」


彼女が、訊いた。


「64万年前のプル、ンケ、ルム、ベズでの巨大噴火によって凍結した面積が、地球よりも多かった…

64万年前の地球での巨大噴火では、温帯地域まで凍結した…

64万年前のプル、ンケ、ルム、ベズでの巨大噴火では、それよりも低緯度の地域まで凍結した…

そのため、さらに凍結が続いて、全球凍結した…

その違いが生じた原因は…

火山灰が地球よりも多かったからなのね…?!」


ネー、ベルが、答えた。


「そうですね…

他に原因は考えられません…

巨大噴火によって生じた火山灰の量が、地球よりも多かったために、火山灰が大気中に滞留した期間が長くなったことと、大気中の火山灰の濃度が高くなったことによって、凍結した地域の面積が増えたのだと思われます。

その結果、この星では、気温低下が続いて、全球凍結したのでしょう。

火山灰の量の違いが、ふたつの惑星の運命を分けたのです。」


パヌ、シーさんが、訊いた。


「近い将来この星で起きる巨大噴火でも、火山灰は、地球よりも多くなるんですか?

もしそうなら、今度は、どんな違いが生じるんですか?」


私は、答えた。


「近い将来この星で起きる巨大噴火でも、おそらく、火山灰は、地球よりも多くなる可能性が高いね…

64万年前の巨大噴火と同じ量の火山灰が生じる可能性が高いからね。

多いといっても、0.01%以下の違いしか無いはずだけど…

わずかでも、火山灰が多ければ、その分、凍結した地域の面積も増えたはずだね。

64万年前の巨大噴火では…

その凍結した面積の違いによって、地球では、気温低下が止まったのに、この星は、気温低下が止まらなかった…

そして、全球凍結してしまったんだ…!!

64万年前は、火山灰の量の違いで、ふたつの惑星に、大きな違いが生じたけど、今度は…

火山灰の量の違いは、ふたつの惑星に、影響をもたらさないと思う。

なぜなら…

地球は、火山灰によって、寒冷化して、氷河期の状態になった。

この星は、火山灰によって、温暖化して、氷河期の状態になる。

ふたつの惑星の火山灰は、同じ成分で、わずかに量が違うだけだけど、その効果は、ふたつの惑星で、全く逆なんだ!!

だから、わずかな量の違いは、今度は、全く問題にならないんだ。」


彼女は、虹色の瞳をキラキラさせて、言った。


「巨大噴火後、この星は、氷がある程度溶けたあと、再び全球凍結する可能性があるし、今の地球と同じように、氷河期の地球のような状態で、気温が安定する可能性もあるし、北極と南極まで氷が溶け続けて、40年ほど前の巨大噴火が起きる前の地球のような、温暖な星になる可能性もあるけど、火山灰の量の違いは、今回は、この星と地球の運命に、影響をもたらさないのね!!」

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