第42話
テレビカメラがパンして、オーナーさんを映し出した。
オーナーさんは、原稿から目を上げると、カメラを見つめて、話し始めた。
「プル、ンケ、ルム、ベズで、近い将来、巨大噴火が起きると予想される根拠について、葵幸星さんからお話し頂きました。
そして、巨大噴火がどのような規模になり、どのような現象が起き、どのような環境の変化を、この星にもたらすか、ということについて、ネー、ベル、プン、ユフからお話し頂きました。
そして、巨大噴火による被害を最小限に食い止めるための備えについて、葵星美さんからお話し頂きました。
…
近い将来、黄色キ大地ノ国の地下にある火山は、64万年の長い眠りから目覚めて、再び、巨大噴火を起こすでしょう。
…
64万年前に起きた巨大噴火は、この星を寒冷化させ、多くの人々の命を奪い、数多くの生き物たちを絶滅させました。
…
巨大噴火は、災いでした。
しかし、皆様のご先祖様方は、叡智の限りを尽くし、奇跡を起こされました。
地熱湧出地で生き物たちを栽培・飼育して、かけがえのない命を、守り続けたのです。
64万年もの間…
…
そして、今の文明を築かれました。
…
今、再び、巨大噴火が、この星に災いをもたらそうとしています。
…
でも、私は、信じます。
皆様は、再び、奇跡を起こして下さると。
…
皆様のご先祖様方が、奇跡を起こされたように…
皆様も、奇跡を起こして下さると…
…
巨大噴火という災いを、幸いに変えて下さると…
…
40年ほど前に、地球で起きた巨大噴火を、地球に住む私たちは、災いから幸いに変えることは、出来ませんでした…
…
私たちは、64万年前の巨大噴火で得たはずの教訓を、忘れ去っていたのです。
64万年の間に…
…
しかし、皆様は、巨大噴火がどのような災いをもたらしたかを、忘れずに、生きて来られたのです。
64万年もの間…
…
だから、皆様は、必ず、奇跡を起こして下さると信じます。
…
黄色キ大地ノ国から、自給自足を維持するための農作物や生き物たちと共に、外国への避難・移住を始めて下さると…
…
地下都市などの居住地の出入り口と通気口を守るための防壁と屋根の建設を始めて下さると…
…
地上の農耕地で栽培しているジャガイモなどの農作物と、養殖施設で飼育している生き物たちを、地下都市などの居住地に移し始めて下さると…
…
地上の地熱発電所を守るための防壁と屋根の建設を始めて下さると…
…
気密性の高いマスクとゴーグルの製造と配付を始めて下さると…
…
そして、この星の皆様が、巨大噴火後も、安全に暮らしていけるという目処が立ったなら、この星の他の全ての生き物たちも、保護して下さると…」
オーナーさんは、泪でいっぱいになった瞳を、紅く潤ませて、言った。
「皆様にお願い申し上げます。
どうか、奇跡を起こして下さい。
巨大噴火という災いを、幸いに変える奇跡を…」
オーナーさんは、テーブルとモニターの間に立って、手を前で揃えて、深々とお辞儀をした。
顔を上げたオーナーさんの瞳から、大粒の泪が、ぽろぽろとこぼれた。
オーナーさんは、テーブルの前に戻ると、瞳に泪を湛えたまま、ニッコリして、言った。
「それでは、これから、記者の皆様方からのご質問にお答えします。
…
では、まず、そちらの方からどうぞ。」
最前列に座っている記者さんたちの1人が、質問した。
「巨大噴火は、いつ頃起こるのですか?」
オーナーさんは、答えた。
「今から88年以内に起こると予想されます。可能性としては、今から1年以内に起きても不思議はありません。」
別の記者さんが、質問した。
「地球では予知出来なかったのですか?」
オーナーさんは、答えた。
「噴火の始まる3日前に、予知出来ました。」
同じ記者さんが、質問した。
「もっと早く予知出来なかったのですか?」
オーナーさんは、答えた。
「地球では、予知出来たのは、噴火の始まる3日前でした。
それより以前には、予知出来ませんでした。」
同じ記者さんが、質問した。
「なぜですか?」
オーナーさんは、答えを探して、しばし口をつぐんだ。
私は、カード端末を自分に近付けて、答えた。
「噴火の始まる3日前に、人間が感じられる有感地震が始まりましたが、それ以前にも、地震計では、少しずつ、地震の回数が増えて、震源地も上昇して来ていることが観測されていました。
しかし、その現象が、噴火につながるかどうかは、わかりませんでした。
その以前にも、同じような現象が観測されたことがあったのですが、その際は、次第に地震が減って、噴火には至らなかったのです。」
別の記者さんが、質問した。
「巨大噴火が起きると、地上の太陽光発電施設はどうなるのですか?」
オーナーさんは、答えた。
「今のままでは、火砕流によって破壊されるでしょう。
可能であれば、太陽光発電パネルを、地下に退避させることが考えられます。
ただ、それには、多くの人手と、運搬のためのエネルギーと、地下の空きスペースが必要になります。
太陽光発電パネルを全て収められる空きスペースは、今のところありません。
地下空間を掘り拡げれば、空きスペースを造れるでしょうが、それには、多大な時間とコストと人手とエネルギーが必要です。
それらのリソースは、まず、この星の皆様の安全を守るための備えに充てるべきです。
この星の皆様が、巨大噴火後も、安全に暮らしていけるという目処が立ったなら、太陽光発電パネルを退避させる地下スペースを新たに掘り拡げられるようになるでしょう。」
別の記者さんが、質問した。
「火山の噴火は、寒冷化の原因となるはずです。
巨大噴火が起きると、本当に温暖化するのですか?
もしそうなら、…」
突然、通訳器が、沈黙して、エラーメッセージを発した。
「翻訳不能です。」
パヌ、シー、レカ、ンネさんが、言った。
「…
プル、ンケ、ルム、ベズの慣用表現です。
方言に近い、まれに使用される比喩です。
…
意味は、この世の
有り得ないことだ、といった意味です。」
オーナーさんは、頷いて、言った。
「巨大噴火後、この星は、温暖化する可能性があります。
詳しくは、ネー、ベル、プン、ユフからお答えさせて頂きます。」
ネー、ベルは、答えた。
「巨大噴火が起きると、この星は、火山灰に覆われます。
火山灰が吸収する太陽エネルギーは、氷が吸収する太陽エネルギーよりも多いので、この星は、今よりも温暖化すると予想されます。」
別の記者さんが、質問した。
「地上で栽培しているジャガイモなどの農作物と養殖している生き物たちを、地下都市などに移す必要があるということですが、地下都市に全て収容出来るのですか?」
オーナーさんは、答えた。
「正確な確認はまだ行っていません。
地下都市の空間の詳細なデータと、地上の農作物と生き物たちの詳細なデータとの比較が必要でしょう。
…
葵星美さんからもお答えさせて頂きます。」
彼女は、答えた。
「地下都市などの居住地の利用可能なあらゆるスペースに、ジャガイモなどの農作物を植えたプランターと、生き物たちを入れた水槽を置けるはずです。
プランターと水槽は、何段も重ねて置けるものを使用します。
もし、スペースが足りないようなら、道路の上の空間に、鋼鉄製の足場のようなスペースを設置して、そこにプランターと水槽を置くことが考えられます。
また、車道の1車線か、必要なら、全ての車線を、プランターと水槽を置くスペースに当てることも出来るでしょう。
…
この星の皆様が必要とされる食料を生産し続けるには、地上の農作物と生き物たちのうちの半分を、地下に移す必要があります。
…
ただ、その場合、皆様が消費される食料を10%ほど減らして頂く必要があります。
そして、潜水ロボット艇さんによる深海での漁も、電源ケーブルと圧送ポンプを用いた新しい漁法に変えて、10%から24%まで、生産力を上げて頂く必要があります。
…
もし、地上の農作物と養殖している生き物たちの全てを、地下に移せれば、100%の食料生産が維持出来ますから、皆様が消費される食料を減らして頂く必要は無くなります。」
彼女は、虹色の瞳をキラキラさせて、答えた。
「地上で栽培しているジャガイモなどの農作物と養殖している生き物たちの全てを、地下都市などの居住地に移せれば、皆様は、今まで通りに、お食事が出来るはずですね!!」
記者さんたちとの質疑応答は、テレビでの生放送が終わった後も、続けられた。
夜中近くになって、記者さんたちからの質問も途絶えたところで、オーナーさんは、訊いた。
「他にご質問のある方はいらっしゃいませんか?」
記者さんたちからの質問は無かった。
オーナーさんは、微笑んで、言った。
「それでは、ここらへんで、今日の会見を終了させて…」
その時、ひとりの記者さんが、手を上げて、訊いた。
「すみません!!
あともうひとつだけ質問させてください!!
…
巨大噴火が予知されたら、中深井さんは、どうされるのですか?」
オーナーさんは、ニッコリして、答えた。
「私は、皆様をお助けします。」
同じ記者さんが、質問した。
「…
地球には、戻られないのですか?」
オーナーさんは、答えた。
「私は、この星で、皆様をお助けします。」
同じ記者さんが、質問した。
「…巨大噴火が起きると、この星は、とても危険な状態になるでしょう?
…
地球のほうが、安全ではないですか?」
オーナーさんは、答えた。
「皆様もご存じの通り、地球では、40年ほど前に、巨大噴火が起きました。
したがって、今しばらくは、地球では、巨大噴火は起きないかもしれません…
…
でも、私は、この星で、皆様をお助けします。
…
皆様が奇跡を起こされる…
そのお手伝いをさせて頂きたいのです。
微力ながら…
…
どうか、皆様のお手伝いをさせてください。
…
この星で…」
その時、私は、あることに気付いて、愕然とした。
彼女が、小声で訊いた。
「…どうしたの?」
私は、彼女を見つめながら、言った。
「…通り道…
…
巨大噴火が起きたら…
…
通り道は…!!」
彼女は、不思議そうな表情で、私を見ていたが、やがて、虹色の瞳を、大きく見開いて、言った。
「…マグマに飲み込まれるのね!!」
オーナーさんは、訊いた。
「他にご質問は…?」
記者さんたちからの質問は無かった。
オーナーさんは、ニッコリして、言った。
「それでは、このへんで、今日の会見を終わらせて頂きます。
本日は、このような遅い時間まで、私共の急なお願いに、皆様方の温かいご協力を頂きまして、誠にありがとうございました。
…
巨大噴火という災いを、幸いに変えるには、皆様方のお力が、ぜひとも必要です。
…
どうか、皆様方のお力を、お貸しください。
そして、どうか、奇跡を起こしてください。
…
大切な存在を守るために…」
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