第39話

オーナーさんは、テーブルとモニターの間に立って、手を前で揃えて、深々とお辞儀をした。


そして、そばのモニターを指し示して、言った。


「葵様ご夫婦と、ネー、ベル、プン、ユフと、通訳者のパヌ、シー、レカ、ンネさんです。」


モニターに、私たち4人の姿が映った。


私は、深呼吸して、言った。


「こんばんは!!

はじめまして!!

地球から参りました、葵幸星と申します。

よろしくお願い申し上げます。」


私は、お辞儀をした。


彼女は、虹色の瞳をキラキラさせて、言った。


「こんばんは!!

はじめまして!!

地球から参りました、葵星美と申します。

よろしくお願い申し上げます!!」


彼女も、お辞儀をした。


ネー、ベルは、言った。


「パウ!!

ラカ。

チキュウ、ネイ、ガラ、メー、ネー、ベル、プン、ユフ。

ヤー。」


私の通訳器のイヤホーンから、合成音声が聞こえた。


「こんばんは!!

はじめまして。

地球に留学していたネー、ベル、プン、ユフです。

よろしくお願い申し上げます。」


ネー、ベルも、プル、ンケ、ルム、ベズ風に、少し反り返ってから、お辞儀をした。


パヌ、シー、レカ、ンネさんは、ニッコリして、言った。


「こんばんは!!

はじめまして!!

通訳器の訳が正しいかどうかを確認させて頂きます、パヌ、シー、レカ、ンネです。

よろしくお願い申し上げます!!」


パヌ、シー、レカ、ンネさんも、プル、ンケ、ルム、ベズ風に、お辞儀をした。


私は、テーブルに置いているカード端末を少し動かして、自分の姿をアップにした。


そして、深呼吸して、話し始めた。


「このプル、ンケ、ルム、ベズで、約64万年前に起きた巨大噴火のことを、皆様は、よくご存知のことと思います。

その巨大噴火によって、この星は、寒冷化して、地熱湧出地以外の全ての場所が、氷に覆われてしまったのです。

私たちの地球でも、約64万年前に、同じ場所で、巨大噴火が起きました。

私たちの地球では、イエローストーン…

皆様の星では、黄色キ大地ノ国と呼ばれている場所です。

しかし、その噴火後の地球では、この星のように、惑星全体が氷に覆われてしまうことは、ありませんでした。

プル、ンケ、ルム、ベズと地球…

ふたつの惑星は、とてもよく似ています。

しかし、ほんの僅かに、違うところがある…

その、僅かな違いが、ふたつの惑星の運命を分けたのです。

プル、ンケ、ルム、ベズが存在している宇宙と、地球が存在している宇宙は、別の宇宙です。

これらのふたつの宇宙は、おそらく、64万年以上前に、それまでは同じひとつの宇宙だったものが、物理現象の不確定性がもたらす宇宙の分岐…

枝分かれによって、別の宇宙に分岐したものではないかと思います。

宇宙は、137億年ほど前に、誕生したあと、無限に分岐を繰り返しているという考え方があります。

分岐した宇宙のひとつの中にいる人間は、その宇宙の事しか感知出来ないので、宇宙はひとつしか無いと感じるのではないか、という考えです。

しかし、プル、ンケ、ルム、ベズと地球を結ぶ、通り道が見つかったことで、宇宙は、ひとつではない事が、確かめられました。

プル、ンケ、ルム、ベズのある宇宙と、地球のある宇宙の、少なくとも、ふたつの宇宙が、確かに存在しているのです。

だとすれば、おそらく、他にも、宇宙は、存在しているのではないか…

おそらく、無限に分岐した宇宙が…

無限の数の宇宙が…

それぞれが、少しずつ違う、無限の宇宙が…

その無限の宇宙のうち、64万年以上前に枝分かれした、ふたつの宇宙が、この、プル、ンケ、ルム、ベズがある宇宙と、地球がある宇宙なのではないか、と思います。

このふたつの宇宙が、なぜ、通り道によって、繋がったのかは、全くわかりません。

通り道について、私たちがはっきり言えることは、それが、私たちに災いをもたらすものではない、という事です。

通り道を通ることで、私たちは、別の宇宙が存在していることを知り、言葉に尽くせないほど、多くの知識を得ることが出来たのですから…

そして、こうやって、私たちが、この星の皆様とお話すること、そして、互いに、幸せを分かち合うことが出来るのですから…」



私は、話を続けた。


「通り道を通って、この星に来るまで、私は、この星のことをよく知りませんでした。

とても寒い気候の星だということぐらいしか…

この星に来て初めて、この星が、地球にとてもよく似ていること、その一方で、寒冷化によって、地球とはずいぶん違う気候、自然環境、生態系を持っていることを知りました。

そして、地球では、40年ほど前に起きた巨大噴火が、この星では、まだ起きていないことを知りました。

プル、ンケ、ルム、ベズと地球は、とてもよく似ているけれど、違うところもある…

ふたつの惑星が、全く同じであれば、64万年前に起きた巨大噴火によって、この星だけが寒冷化するはずはありません。

何か違いがあったからこそ、この星では寒冷化し、地球では寒冷化しなかったのです。

いったいどんな違いがあったのか…?

考えられるのは、巨大噴火によって放出された火山噴出物の量が、違っていたのではないか、という可能性です。

もし、この星での巨大噴火による火山噴出物の量が、地球での巨大噴火による火山噴出物よりも、多かったとしたら…

大気中に滞留する火山灰が、より多くの太陽光を遮り、火山灰が大気中に留まる日数も増えて、より長い期間、太陽光が遮られ続けたはずです。

そして、おそらく、この星では、ついに、気温が氷点下よりも低くなって、水が、液体から、固体へと変わり始めたのでしょう。

水は、固体、すなわち、氷に変わると、液体の状態よりも、ずっと多くの太陽光を反射するようになります。

液体の状態の水は、太陽光を吸収するので、透明に見えますが、氷は、太陽光の多くを反射するので、白く見えます。

液体の状態の水が、氷に変わったことで、それまでよりもずっと多くの太陽光が、地表から反射されて、宇宙空間に放出されて、この星は、さらに寒冷化して行ったのです。

そして、最も気温の高い赤道直下でさえも、海が氷に覆われてしまったのです。

そして、地球では、40年ほど前に起きた巨大噴火が、この星では、まだ起きていないのも、ふたつの惑星に、何らかの違いがあるからです。

地球では、古い地層の研究から、過去何回も、イエローストーンで、巨大噴火が起きたことが、明らかになっています。

この星でも、同じような巨大噴火が、繰り返されたことが、古い地層に残る火砕流と火山灰の研究からわかっていると、ネー、ベル、プン、ユフから知らされました。

この星の全ての地熱湧出地も、地球の同じ場所に、存在しています。

地表を覆う氷を除いて考えれば、この星の地形は、地球の地形と、瓜二つです。

大陸の形も…

海岸線も…

火山の位置や高さも…

山脈の高さも…

海底の深さも…

海底火山の位置や高さも…

地溝帯の形も…

プル、ンケ、ルム、ベズと地球は、大地については、一卵性双生児のように、そっくりなのです。

そして、おそらく、地中深くの地殻やマントルの状態も…

とても似ているはずです。」



私は、話を続けた。


「この記者会見に先だって、私は、ネー、ベル、プン、ユフの協力で、プル、ンケ、ルム、ベズの詳細な地形データをお借りすることが出来ました。

そして、地球の地形データと比較しました。

そして、ふたつの惑星の地形は、99.99%まで、一致していることがわかりました。

ふたつの惑星の地形の違いは、わずか0.01%以下に過ぎないのです。

プル、ンケ、ルム、ベズと地球の気象の違いによって生じたと思われる地形の違い…

たとえば、雨によって生まれた河や湖や池や湿地などは、地球にはあっても、この星にはありません。

そのような違いも含めて、ふたつの惑星の地形の違いは、0.01%以下に収まっているのです。

それでは、ふたつの惑星の内部は、どれくらい似ているのか?

残念ながら、今の私たち…

この星に住む皆様のテクノロジーでも、地球に住む私たちのテクノロジーでも、地下深くの地殻やマントルや惑星中心部の核の状態を、十分に詳しく、リアルタイムに知る方法はありません。

現在、いちばん優れている方法は、惑星の内部を伝わる地震波を分析して、内部構造を推測する方法ですが、地殻やマントルの状態を十分に詳細に知ることは、出来ていません。

したがって、今のところ、惑星の内部の違いについては、地表の地形の違いから、推測するしかありません。

惑星の内部では、気象の影響は、地表からごく浅い深さの地下までしか、及ばないと思われます。

したがって、ふたつの惑星の内部では、気象の違いによる影響は、地表に比べて、小さいと思われます。

したがって、ふたつの惑星の内部の違いは、0.01%よりも、さらに小さいと思われます。

したがって、黄色キ大地ノ国にある火山と、イエローストーンにある火山も、違いは、0.01%よりもさらに小さいと思われます。

では、ほとんど同じこれらふたつの火山は、どちらが大きいのか?

もし、黄色キ大地ノ国の火山が、イエローストーンの火山よりも、わずかに小さいのであれば、64万年前に起きた巨大噴火の際に放出された火山噴出物は、地球のそれに比べると、少なくなったはずです。

もしそうなら、この星は、寒冷化しなかったはずです。

そして、地球と同じような、温暖な気候の星のままでいたはずです。

しかし、実際には、この星は、寒冷化したのですから…

黄色キ大地ノ国にある火山は、イエローストーンの火山よりも、わずかに大きいと思われます。

これらふたつの火山は、過去何回も、周期的に巨大噴火を繰り返しています。

なぜ、これらふたつの火山は、周期的に噴火を繰り返すのか?

これらの火山の構造を、物に例えると、圧力鍋に例えることが出来ます。

火山の地下深くには、マグマ溜まりと呼ばれる巨大な空間が、岩石の地殻の中にあります。

そこには、常にマグマが溜まっています。

マグマ溜まりが、圧力鍋にあたります。

マグマが、圧力鍋の中の液体…たとえば、お湯にあたります。

惑星の中心核で発生した熱エネルギーが、マントル対流によって、地殻の下面に伝わります。

熱エネルギーは、マグマ溜まりに伝わって、中のマグマの温度と圧力が、次第に上がります。

熱エネルギーは、圧力鍋を温めるコンロの熱にあたります。

加熱を続けると、圧力鍋の中のお湯の温度と圧力が、次第に上がります。

そして、ある圧力に達すると、バルブが開いて、お湯が外に噴き出します。

マグマ溜まりも、ある圧力に達すると、休眠していた火山の通り道が、再びマグマによって押し開けられて、マグマが地表に噴き出します。

これが噴火です。

圧力鍋のバルブからお湯が噴き出して、圧力が下がると、バルブが閉じます。

火山も、マグマが噴き出して、マグマ溜まりの中の圧力が下がると、噴火が止まります。

噴火が止まると、火山の火口と、その下にあるマグマの通り道は、冷えて固まった溶岩…マグマによって、閉じられます。

マグマ溜まりには、マントルから、新たにマグマが供給されます。

マントルから伝わる熱エネルギーが、一定のペースで、マグマ溜まりに伝わるとすると、同じ時間を経過するたびに、この噴火が繰り返されることになります。

圧力鍋で例えると、噴き出して減った分の水を、圧力鍋に新たに加えて、再び、同じように加熱することにあたります。

コンロの火力が同じであれば、前回と同じ時間で、バルブからお湯が噴き出すことになります。

こうして、ほぼ同じ年月を経るたびに、噴火が繰り返されるのです。

では、黄色キ大地ノ国の火山は、いつ噴火するのか?

地球では、イエローストーンの火山が、40年ほど前に、噴火しました。

黄色キ大地ノ国の火山は、イエローストーンの火山に比べて、わずかに大きい…

つまり、マグマ溜まりも、わずかに大きいと思われます。

そのため、噴火に必要な圧力に達する時間も、わずかに、長くなると思われます。

その分、地球に比べて、噴火が遅れることになります。

もし、マグマ溜まりの大きさと、再噴火に要する年月とが、比例するとすると、黄色キ大地ノ国の火山は、イエローストーン火山の再噴火に要する年月よりも、0.01%以下の年月だけ、再噴火に要する年月が長くなると思われます。

イエローストーン火山が再噴火したのは、前回の噴火の64万年後ですから、その0.01%…

すなわち、1万分の1…

つまり、最大でも64年、再噴火に要する年月が長くなると思われます。」



私は、話を続けた。


「黄色キ大地ノ国にある火山と、イエローストーンにある火山の違いは、0.01%よりも、さらに小さいと思われますから、再噴火に要する年月の違いも、0.01%よりも、さらに小さいと思われます。

つまり、最も長くても、64年…

可能性としては、64年よりも短い年月、たとえば、20年~50年といった年月だけ、再噴火に要する年月が長くなっている可能性が高いと思われます。

地球での巨大噴火から40年経っても、まだこの星では、巨大噴火が起きていないのだから、再噴火に要する年月は、40年以上長くなっていると思われる方がいらっしゃるかもしれません。

ここで注意して頂きたいことがひとつあります。

64万年前に起きた巨大噴火についても、おそらく、ふたつの惑星では、噴火時期がわずかにずれていた可能性が高いということです。

64万年前の噴火では、地球での火山噴出物に比べて、この星での火山噴出物が、おそらく、0.01%よりもさらに小さな値だけ、わずかに多かったために、この星は、寒冷化したと思われます。

したがって、再噴火に要する年月も、わずかに長くなったはずです。

したがって、前々回の巨大噴火から考えると、この星で前回の巨大噴火が起きた時期は、地球で前回の巨大噴火が起きた時期よりも、わずかに、遅れたはずです。

その遅れに、さらに、今回の遅れが加わることになるので、たとえば、再噴火のたびに20年間ずつ遅れるとすると、今回は、40年遅れるということになります。

では、前々回の噴火では、噴火時期の遅れはあったのか?

という疑問が浮かびます。

前々回の噴火について、ひとつはっきり言えることは、その巨大噴火では、この星で、寒冷化は起きなかったということです。

したがって、前々回の噴火の際は、火山噴出物の量の違いが無かったか、あるいは、前回の噴火での火山噴出物の量の違いよりも少ない違いだったと思われます。

したがって、噴火の時期も、同時だったか、あるいは、わずかな遅れだった可能性が高いと思われます。

したがって、噴火時期の遅れについては、前回の噴火以降についてのみ考えて、差し支えないと思われます。

前回の噴火時期の遅れは、最も長くても、64年…

今回の噴火時期の遅れも、最も長くても、64年と思われます。

したがって、この星で、巨大噴火が起きるのは、64+64-40=88年以内ということになります。

ただ、この予測は、ふたつの惑星の火山の違いが、0.01%である場合です。

実際には、ふたつの火山は、0.01%よりもさらに小さな違いしか無いと思われます。

たとえば、ふたつの火山の違いが0.005%であった場合は、32+32-40=24となり、今から24年後に噴火する可能性があるということになります。

ふたつの火山の違いが0.003%であった場合は、19.2+19.2-40=-1.6年後となり、今から1年半ほど前に噴火している可能性があるはずです。

実際にはまだ噴火していないので、ふたつの火山の違いは、0.003%よりも大きいと思われます。

ふたつの火山の違いが0.00315%であった場合は、20.16+20.16-40=0.32年後となり、今から4ヶ月ほどで噴火する可能性があるということになります。

したがって、可能性としては、今から1年以内~88年以内に噴火すると予想出来ます。」


私は、結論を話した。


「プル、ンケ、ルム、ベズの黄色キ大地ノ国にある火山は、遅くとも、今から88年以内に、地球での巨大噴火と同じような巨大噴火を起こす可能性が、きわめて高いと思われます。

そして、可能性としては、今から1年以内に噴火しても、何の不思議も無いと思われます。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る