第32話

私は、ネー、ベルに訊きたいことを、いろいろと思い浮かべた。


君は、プル、ンケ、ルム、ベズに住んでいたころは、どんなふうに暮らしていたの?


オーナーさんとは、いつ、どこで会ったの?


地球へは、どうして来たの?


君は…?


チャイムが再び鳴って、アナウンスが流れた。


ネー、ベルが、壁のモニターを見ながら、言った。


「浮上走行から、車輪走行に移ります。」


列車が、わずかに揺れた。

そして、車体の下から、微かな振動が伝わって来た。


超伝導リニアモーターによる浮上走行から、低速走行用の車輪による走行に、切り替わったのだ。


「もうすぐ、駅に着きますよ!!」


ネー、ベルは、心なしか、ウキウキした様子で、手荷物の用意を始めた。


彼女は、ニッコリして、言った。


「灼熱ノ岩流ルル国で、いっぱいお土産買ってたじゃない?

忘れないでね!!」


ネー、ベルは、お土産の入った袋を数えながら、言った。


「おふたりのお荷物は、列車の荷物用スペースに積まれたのですね?」


私は、カード端末を持って、答えた。


「そうだよ。

だから、手荷物って言っても、このカード端末ぐらいしか無いよ…」


窓の外に見える灯りが、どんどん、大きくなって、数も増えて来た。


私は、灯りを見ながら、訊いた。


「あの灯りは、何の灯りなんだい?

街は、地下にあるはずだから、街の灯りではないよね?」


ネー、ベルは、窓の外を眺めた。


「離れた所にある、地下都市などの居住地の間や、農耕地や養殖施設などの間を結ぶ、氷上ルートの照明です。

屋外を走る氷上車も、自動運転のものが多いのですが、人間が運転するものもまだあるので、夜間は照明されています。」

「なるほどね…

駅は、首都にあるって言ったよね?

首都ってどこなんだい?」

「首都は、皆さんの地球で言うところの、伊豆のあたりにあります。

人口約20万人の、この国最大の都市です。」


彼女と私は、顔を見合わせた。


「…伊豆に首都があるの…?!」

「…

東京は…?」


ネー、ベルは、手荷物をまとめる手を休めて、答えた。


「…

皆さんの地球では、平野に都市が造られている場合が多いようですが、我々の星では、地熱湧出地に都市が生まれたのです。」


列車が、突然、風圧を受けて揺れた。


窓のすぐ外を、目にも止まらない早さで、壁が流れて行く。


時折、白く光る灯りが、通り過ぎて行く。


彼女が、窓の外を見ながら、訊いた。


「トンネルに入ったの?」

「はい。

大陸間鉄道の駅は、首都の南東エリアにあります。」

「…ということは…

限リ無キ氷洋は、もう、渡りきったんだね?!」

「はい。

もう、熱キ水出ル国です!!」


列車は、体で感じられるほど、みるみる減速して行く。


突然、眩しいほどの光が、窓から溢れた。


細めた私の目に、広々としたホームを行き交う、人々の姿が映った。


列車は、滑らかに、速度を落として、音もなく、停車した。


チャイムが鳴り、アナウンスが流れた。


ネー、ベルが、声を弾ませて、言った。


「熱キ水出ル国の首都…

フー、ルン、アイ、リイに着きました!!」



ホームに降り立った私たちは、列車を振り返った。


大きな鞄を引っ張ったり、手荷物を下げた乗客たちが、次々と、乗車口から降りて来る。


列車は、限リ無キ氷洋を渡ることなど、朝飯前だとでも言わんばかりに、澄ました顔をして、ホームに寄り添っている。


お揃いの制服を着た、駅員さんらしき人たちが、車体の側面にある荷物用スペースの扉を開けて、乗客たちの旅行鞄や土産物などを取り出して、ホームの上に並べている。


彼女と私は、荷物の預り証を駅員さんに見せて、預けていた鞄を受け取った。


ネー、ベルが、改札の方を指しながら、言った。


「待合室に、お出迎えの方がいらっしゃっているはずです。」


彼女は、少し驚いた表情で、訊いた。


「お出迎え?

どちら様かしら?」

「異世界研究所の方です。

おふたりのご案内役を担当して下さいます。」

「…

異世界研究所の?

どんな方?」

「…それは…

私の口からご紹介するまでも無いでしょう。

すぐに会えますよ!!」

「…

そうね…

わかったわ!!」


彼女は、微笑みながら、私を振り返った。


「大陸間鉄道の旅、本当に楽しかったわね!!」


私は、ニッコリして、答えた。


「本当だね!!

最高の旅だったね!!

だって、宇宙でいちばん大切な存在を、僕は、手に入れたんだから…!!

この旅で!!」


彼女は、虹色の瞳をキラキラさせながら、ニッコリして、言った。


「私もよ!!

宇宙でいちばん大切な存在と、一緒になったの!!

あなたと!!」



ネー、ベルが、小さく頷いて、言った。


「それでは、参りましょうか?」


彼女と私は、頷いて、改札に向かった。


ネー、ベルが、ICカード切符を持って、言った。


「これで通れます。」


彼女と私も、ICカード切符を取り出した。


乗った時と同じように、切符を改札機に近付けるだけでいいのだろう。


ネー、ベルは、身振りで、改札を指しながら、彼女に言った。


「どうぞ、お先にお通り下さい。」


彼女は、ニッコリして、言った。


「あら!!

私が最初でいいの?

気を使って貰っちゃって…

嬉しいわ!!」


レディファーストという礼儀上の習慣が、プル、ンケ、ルム、ベズにもあるのだろうか?


彼女は、ニコニコしながら、切符を持って、改札機に近付いたが、急に立ち止まって、振り返った。


ホームの方を見て、何かを思い出したかのように、目を見開いた。


「…どうしたの?」


私は、驚いて、尋ねた。


彼女は、私を見て、答えた。


「…

この列車、また、乗れるのかしら…?

巨大噴火が起きたら、半年間以上は、走れなくなってしまう…

噴火が予知されたら、噴火が始まるギリギリまで、黄色キ大地ノ国から避難する人たちを乗せて、走り続けなきゃいけない…!!」


私は、列車を振り返った。


列車は、素知らぬ顔をして、ホームの傍に佇み、乗客たちとその荷物を、ホームへと送り出し続けている。


私は、言った。


「…

きっと大丈夫だよ!!

噴火の前兆現象の有感地震が起きれば、避難を渋っている人たちも、噴火が間近に迫っているとわかって、列車に乗って、避難してくれるはずだ!!」


…でも、噴火が起きる前に、全員避難してくれるだろうか…?


もし、列車が、黄色キ大地ノ国の駅に停まっている時に、噴火が始まったら…


列車は…


私は、その可能性があることを、彼女に言うべきかどうか、迷った。


もしかしたら、この列車が、そうなるかもしれないと…


逃げ遅れた人たちを救うために、危険を犯して、黄色キ大地ノ国に留まって、噴火に巻き込まれる可能性があることを…


今ここで、彼女に話すべきなのか…?


私たちを運んでくれたこの列車に、もう二度と、乗れなくなるかもしれないと…?


…でも、その可能性があることは、彼女にも、十分わかっていたのだ。


彼女は、虹色の瞳に、大陸間鉄道の列車の姿を焼き付けながら、言った。


「私たちを運んでくれてありがとう!!

あなたが、危険を犯さずに済むように…

巨大噴火から、誰一人逃げ遅れずに、みんな避難出来るように…

そして、また、あなたに乗せてもらえるように…

私たち、頑張るわ!!」



改札を出た私たちは、待合室に向かった。


「こちらです。」


ネー、ベルに付いて、待合室に入った。


中には、カラフルな椅子が並べられて、出発時刻を待つ人々の姿が、ちらほら見えた。


どこに座ろうかと、周りを見回していると、ひとりの女性が、近付いて来た。


「こんばんは!!

葵様御一行でいらっしゃいますね?」


その女性は、ニッコリしながら、言った。


…日本語で!!


私は、その女性の胸元を見たが、通訳器は見当たらなかった。


…もしかして、日本人?


私は、その女性を、見つめた。


黒ぶちのメガネをかけて、長い髪の毛を、頭の後ろでひとつにまとめている。


顔は、メイクをしていて、耳には、イヤリングはしていない。


ほとんど黒に見えるが、おそらくダークグレーのスーツを着ている。


ジャケットの下から、白いブラウスが覗いている。


下は、タイトなロングパンツだ。


少しだけヒールのある、黒い靴を履いている。


ジャパンシェルターの街角でもよく見かける、地球の女性と、ほとんど変わらない姿だ…


ただ、唯一、髪の毛を除いては…


夜空に浮かぶ月のように、銀色に輝く長い髪を、胸の前から背中へと隠して、ニコニコしながら、女性は言った。


「異世界研究所からお出迎えに上がりました、パヌ、シー、レカ、ンネと申します。

宜しくお願い申し上げます!!」



…パヌ、シー、レカ、ンネ?


ということは、この星…

プル、ンケ、ルム、ベズの人なのか…?


地球人そっくりに見えるのに…


私は、返事をするのも忘れて、その女性…

パヌ、シー、レカ、ンネさんを、見つめた。


彼女が、前に進み出て、ニコニコしながら、言った。


「こんばんは!!

はじめまして!!

葵星美です!!

異世界研究所様には、この麗しい星…

プル、ンケ、ルム、ベズに、私たちをご招待頂きまして、本当に、言葉に尽くせないほど、感謝し申し上げております。

お出迎え頂きまして、本当に、ありがとうございます!!」


パヌ、シー、レカ、ンネさんは、ニッコリして、手を差し出した。


彼女も、ニッコリして、パヌ、シー、レカ、ンネさんと握手した。


彼女は、私を振り返って、言った。


「…あなた!!

早くご挨拶して!!」


私は、少し緊張しながら、言った。


「…こんばんは!!

はじめまして!!

葵幸星と申します。

異世界研究所様には、このような素晴らしい星への旅にご招待頂きまして、夫婦共々、心より感謝し申し上げております。

このようなお時間にわざわざお出迎え頂きまして、本当に、ありがとうございます!!」


パヌ、シー、レカ、ンネさんは、ニッコリして、手を差し出した。


私も、なんとか笑顔になって、パヌ、シー、レカ、ンネさんの手を握り返した。


…暖かくて柔らかい手だった。


パヌ、シー、レカ、ンネさんは、私と彼女を見比べながら、言った。


「おふたりは、灼熱ノ岩流ルル国で、ご結婚されたのですね?」


彼女は、ニッコリして、答えた。


「そうなんです!!

…本当に、急な話で、大変申し訳なかったんですが、ネー、ベルや、異世界研究所のご関係の方々にお助け頂きまして、本当に、素晴らしい結婚式を開いて頂いて、私たちのような異郷の者を、本当に、暖かく祝福して下さいました!!」


パヌ、シー、レカ、ンネさんは、ニコニコしながら、言った。


「本当に、ご結婚おめでとうございます!!

おふたりとも、本当にお幸せそうで、羨ましいわ!!

新婚ホヤホヤですものね!!」


パヌ、シー、レカ、ンネさんは、ネー、ベルに顔を向けて、微笑みながら、言った。


「お久し振りです!!

ネー、ベル、プン、ユフさん!!」


ネー、ベルは、手に持っていた荷物を床に置くと、前に進み出て、パヌ、シー、レカ、ンネさんに近付いて…


ふたりは、抱き合った…!!

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