第24話

星と話せる生き物はいないだろうか?


星と仲良しの生き物はいないだろうか?


彼女は、氷の下の海を見透かすように、窓の外に目をやりながら、訊いた。


「プル、ンケ、ルム、ベズで発生すると想定した火砕流によって、居住地以外の場所が被る被害を、最小限にするには、どうしたらいいのかしら?」

「農耕地と養殖施設を火砕流から守るには、コンクリート製の堤防のような壁で、周りを囲って、火砕流が侵入出来ないようにする方法が考えられます。

技術的には、可能ですが、人手とコストと資源とエネルギーと時間がかかるので、巨大噴火が起きる前に、世界中の農耕地と養殖施設に、このような防壁を建設することが出来るかどうか、わかりません。」

「…

中世ヨーロッパの城塞都市みたいな感じだね!!

高い城壁で、周りを囲って、その中にあるものを守るところが、似てる…」

「…

城塞都市だと、火砕流が来ても、大丈夫じゃない?」


マスターが、訊いた。


「…

城塞都市とは、どういうものでしょうか?」

「都市の周りを、高い城壁で囲って、外敵の侵入を防いだ、何百年も前のヨーロッパの街だよ。

火砕流ではなくて、外国や別の都市国家からの侵略に備えたものだけどね。」

「時間とお金と人手と資源とエネルギーさえあれば、農耕地も養殖施設も地熱発電所も太陽光発電施設も大陸間鉄道の駅も軌道も、コンクリートの防壁で囲って、火砕流から守ることが出来るわね!!」

「…

確かに、火砕流から守ることは出来るでしょうが、火山灰からは、守ることが出来ませんね…」

「…

そうだね…

噴火後は、長期間、火山灰が大気中に滞留して、日光を遮るから、ジャガイモなどの農作物は、光合成がわずかしか出来なくなる。

気温も大幅に下がるはずだ…

おそらく、半年間以上は、地上の農作物は、収穫出来ないだろうね…」

「…

火山灰か…

養殖施設がある湖や池や川も、火山灰に覆われて、収穫出来なくなるわね…」

「…

地熱発電所は、人手で火山灰を取り除けば、発電が続けられるはずですね…!!」

「太陽光発電施設は、農作物と同じように、火山灰によって、日光が遮られて、長期間、発電能力が低下してしまうね…

太陽光発電パネルに降り積もった火山灰を、人手で、おそらく、毎日、取り除かなければならないだろうし…」

「…

大陸間鉄道の駅は、人手で、毎日、火山灰を取り除けば、なんとか機能するでしょうけど…

軌道は…?」

「リニアモーターの列車が、安全に走れるためには、軌道に積もった火山灰を取り除かなければなりません。

あの長さの軌道を、毎日、人手で火山灰を取り除くのは、無理です…!!」

「…

軌道を走りながら、火山灰を取り除ける、専用の車両が必要だね!!」

「…

仮に、その車両で、軌道を綺麗に出来ても、すぐにまた、火山灰が降り積もって来るから、降灰量が多いうちは、列車の走行は無理ね…」

「わずかな火山灰なら、リニアモーターの磁気には影響しないでしょうが、火山灰が降り積もって、車体に触れると、危険ですね…」

「…

もし、火砕流を防ぐ防壁を、全ての軌道の両側面に沿って建設するのなら、その上に切り妻屋根を渡す方法もあるね…」

「…

問題は、時間とお金と人手と資源とエネルギーね!!」

「やはり、噴火後は、長期間、大陸間鉄道は利用出来なくなると考えたほうがいいようですね…」

「…

氷の下の海の中を進む潜水ロボット艇を利用するほうが、現実的だね…」

「潜水ロボット艇には、人は乗れるの?」

「熱キ水出ル国の運用している潜水ロボット艇は、ロボットの訓練のために、有人航行も出来るように、2人分の搭乗席があります。」

「2人乗りか!!

まあ、人が乗れるだけで、ありがたいね!!

元々は、底引き網漁をするロボットなんだから…」


彼女は、ニッコリして、言った。


「潜水ロボット艇さんに、いつか、深海の不思議な世界に、連れて行って欲しいわ!!」



星と共に生きて来た生き物はいないだろうか?


星と同じくらい長生きの生き物はいないだろうか?


彼女は、少しずつ夕焼けに近付いて行く空を見ながら、訊いた。


「プル、ンケ、ルム、ベズで起きると想定した巨大噴火が、今から1年以内に起きると仮定すると、居住地以外の場所が火砕流から被る被害を最小限に食い止めるには、どうしたらいいのかしら?」

「1年以内に巨大噴火が起きるとしたら、先ほど考えたコンクリート製の防壁は、ごく限られた場所でしか、噴火に間に合わないでしょう。

農耕地と養殖施設と太陽光発電施設と大陸間鉄道の軌道は、造るべき防壁の長さが長大で、噴火に間に合わないでしょう。

間に合う可能性があるのは、地熱発電所と、灼熱ノ岩流ルル国にある大陸間鉄道の駅だけです。」

「地熱発電所は、火砕流を防壁で防げば、火山灰は、人手などで取り除けば、発電が続けられるはずだね!!」

「灼熱ノ岩流ルル国の駅は、地下都市から離れた氷洋の上にあるわね。

その周りを囲って、防壁を建設するのね!!」

「氷は、十分厚いので、鋼鉄製の杭を、氷に打ち込んで、それを基礎として、コンクリート製の防壁を建設するのがいいでしょう。」

「…農耕地と養殖施設は、可能な限り、地下農場に移行させたいね…

そして、噴火が予知されたら、出来る限り多く収穫して、食料不足に備えるべきだね…」

「…

太陽光発電施設は、そのままだと、火砕流によって破壊されてしまうわ。

どうしたらいいのかしら?」

「噴火後は、長期間、火山灰によって太陽光発電が出来なくなると考えるべきでしょう。

この星の総発電力の約15%が、太陽光発電によるものです。

地下農場での食料生産を維持するためには、電力が必要です。

地熱発電所は、発電を維持出来ることが期待出来ますから、15%を、別の発電方法で補うことになります。

火力発電所と原子力発電所は、将来的な電力需用の増加に備えて、あらかじめ、発電力に余力があるので、発電量を上げれば、15%を補えるでしょう。」

「仮に、太陽光発電施設が、全て破壊されても、現在の発電力は維持出来るんだね…

もし、人手と、地下のスペースに、余裕があるなら、噴火が起きる前に、太陽光発電パネルを地下に退避させて、大気中の火山灰が減って、太陽光発電が出来るようになったら、また、地上に戻すのが、いいと思うけどね…」

「あとは、大陸間鉄道の軌道ね!!

防壁は間に合わないとしたら、どうしたらいいのかしら?」

「…

まさに、今、我々の乗った列車が、進んでいる軌道ですね…!!

何もしなければ、火砕流によって破壊されて、利用出来なくなるでしょう…

何とかしたいものですが…」

「…

大陸間鉄道は、噴火ギリギリまで、避難する人たちを乗せて、走ることになるだろうね…

丈夫な保護シートのようなものを、ロールから繰り出して、軌道を覆いながら進む、専用の車両も考えられるけど…

保護シートで軌道を覆うと、列車は走れなくなるから、その作業は、いちばん最後になる。

保護シートは、火砕流に襲われても、めくれないように、軌道にしっかりと、固定する必要があるから、車両のスピードは、速くても、時速100キロメートル以下だろうね…

となると、車両が、黄色キ大地ノ国を出発して、灼熱ノ岩流ルル国に着くまで、大陸間鉄道の5倍以上の時間がかかる。

つまり、60地球時間以上かかることになる。

熱キ水出ル国までは、さらに60地球時間かかる。

つまり、合計5日間かかる。

噴火が予知される日を3日前と想定しているから、噴火が予知されてから、保護シートを敷き始めると、途中までしか覆えないことになるね…」

「…

噴火直前の3日間は、避難する人たちを乗せることが、最優先になるでしょう。

保護シートを敷けるのは、大陸間鉄道の最終便が出発してからになりますね…」

「…

じゃ、保護シートを敷けるとしても、全路線のうちの、ごくわずかな距離になるわね…

たぶん、ギリギリまで、避難する人たちを、大陸間鉄道で運ばなければならなくなる可能性があるわ…」

「当然、人命が最優先だからね…

軌道に保護シートを敷くのは、現実的ではないね…」

「…

大陸間鉄道の軌道は、火砕流に襲われるままになりますね…

残念ですが、やむを得ません…」


彼女は、悔しそうに唇を噛んで、言った。


「避難する人たちを、出来るだけ多く運ぶために、噴火ギリギリまで、大陸間鉄道に頑張ってもらいましょ!!」



星の中の様子をつぶさに知れたら…


マグマの様子をつぶさに知れたら…


彼女は、深呼吸して、訊いた。


「プル、ンケ、ルム、ベズで起きると想定した巨大噴火によって生じる火山灰による被害を、最小限に食い止めるには、どうしたらいいのかしら?」

「想定した巨大噴火による火山噴出物は、地球の火山噴出物よりも、0.007%ほど増えると予想されます。

火山灰も、同じように、地球の火山灰よりも、0.007%ほど増えると予想出来ます。」

「地球では、噴火後、半年間以上、世界中に大量の火山灰が、降り続いた。

大気中に、大量の火山灰が滞留して、日光を遮り、昼間でも、日暮れ後のように、暗い日々が続いた。

空気をそのまま吸うと、火山灰が気道や肺に入って、呼吸困難になり、意識を失って、助けが無ければ、亡くなってしまう。

気密性の高いマスクをしなければ、戸外で呼吸も出来なかった。

また、火山灰が目に入ると、眼球の表面の細胞が、傷付けられるので、ゴーグルも必要になった。

しかし、気密性の高いマスクもゴーグルも、必要な数に、全く足りなかった…

屋内に閉じ籠っていれば、火山灰は避けられるけど、それでは、食べ物が得られない。

どの家庭も、食べ物の宅配を依頼したけど…

配達を受けられなかった家庭は、命がけで、食べ物を探しに出なければならなかった…

世界中で、何億人もの人たちが、火山灰による呼吸困難で亡くなった…

その食べ物も、降り積もる火山灰の影響で、生産と輸送が滞り、次第に、手に入らなくなった。

農作物は、日照不足と寒冷化のために、ほとんど生産出来なくなった。

畜産は、餌が無くなって、繁殖が出来なくなって、生産出来なくなった。

漁業は、かろうじて続けられたけど、需要と供給のバランスが崩れて、市場価格がとてつもなく騰がってしまった…

国などの食料の備蓄も底をついて…

世界中で、生き残っていたほとんどの人たちが、餓死した…」


彼女は、虹色の瞳から、泪をこぼして、言った。


「火山灰は、呼吸と、食料生産を妨げる、死の灰なのね!!」



星の中を透かして見れたら…


星の中に潜れたら…


彼女は、泪を浮かべた虹色の瞳を、暮れ始めた空に向けて、訊いた。


「プル、ンケ、ルム、ベズで起きると想定した巨大噴火によって生じる火山灰による健康被害を最小限に食い止めるには、どうしたらいいのかしら?」

「プル、ンケ、ルム、ベズでは、都市などの居住地が、全て地下にあるので、地上に出ない限り、火山灰による健康被害を受ける心配はありません。」

「…

地球とは大違いだね…

地球では、地上に居住地があったから、火山灰によって、信じられないほど大きな被害が出た…」

「前の巨大噴火が、64万年前だったから、その教訓が生かされなかったのね…

当時の人類が、どんな経験を得たのか、後の世代には、なぜか、伝わらなかった!!

地上よりも、地下に居住地を作ったほうがいいのに…

地上に居住地を作ってしまったのね…!!」

「当時の人類も、多くが、巨大噴火によって亡くなってしまったので、後の世代に伝わらなかったのかも知れませんね…」

「…

しかし、絶滅したわけではないよ!!

巨大噴火を生き残った人類がいたから、今、僕たちが、こうして、ここにいるんだから…

当時、洞窟に住んでいた人たちの中には、火砕流による被害を受けずに済んだ人たちもいたはずだ…」

「…

64万年前には、まだ、文字は無かったから…

書き残すことは出来なかったのね…

口伝えでしか、教訓を伝えることが出来なかった…

忘れてはいけない教訓なのに…

いつか、途絶えてしまったのね…

64万年後の私たちには、伝わらなかった!!」

「…

当時の人類には、火砕流や火山灰を見ても、それが、火山の噴火によって生じたものだということが、わからなかったのかも知れませんね…」

「…噴火している火山を見れば…

そうか…

噴火を見れるほど、火山の近くにいた人たちは、みんな、すぐに亡くなってしまったんだ…

火砕流や、降り注ぐ噴石で…」

「…

何十キロメートルも離れたところから噴火を目撃した人たちは、洞窟に逃げ込めば、火砕流が来ても、助かった可能性があるんじゃないかしら?」

「…

巨大噴火は、噴火が始まると、すぐに、大量の火山灰が、巨大な噴煙となって、成層圏まで吹き上がります。

火口から溢れ出る溶岩は、噴煙に隠されて、遠くから見る人たちには、見えなかった可能性が高いと思います。」

「…

遠くからだと、噴煙しか見えなかったのかもしれないね…

当時の人たちには、何が起きたのか、わからなかったのか…?!」

「…

何だかわからないまま、高温の煙や、降り注ぐ灰に、襲われたの…?」

「…

大災害の言い伝えがあったとしても、火山とは関連づけられていなかったのかも知れませんね…」

「…

火山による災害とはわからなくても、洞窟なら助かったという教訓が、ずっと生かされていれば…

地上よりも地下のほうが安全だという、教訓が生かされていれば…」


彼女は、虹色の瞳をキラキラさせて、64万年という、時の長さを感じながら、言った。


「経験から学んだことを、人は、忘れてはいけないのね!!」

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