第20話
会いたい人に会えて、何かお願いされたら…
その願いを叶えたくなるのが、人間というものではないだろうか?
彼女は、目を丸くして、モニターを見ながら、訊いた。
「オーナーさんですか?
映っていらっしゃっるのは?」
「そうですよ~!!
はじめまして~!!
中深井青会子です!!」
「…
なかふかいあえこさん?」
「こんにちは~!!
もしよかったら、そちらのカメラもオンにしてくださらないかしら~?」
「…
あ、わかりました!!
ちょっとお待ち下さい!!」
マスターが、カード端末のモニターに表示されているアイコンをタップした。
モニターの隅に、彼女の自撮り映像が、小さく表示された。
「あっ?!
見えましたよ~!!
…
あなたが、星美さん?」
「はい!!」
オーナーさんは、胸に手を当てて、相好を崩した。
「なんて可愛いの~?!
なんて綺麗なの~?!
…
しかも、新婚ホヤホヤだなんて…
こんな素敵な新婦さん、初めて見たわ~!!」
照れて、頬を紅く染める彼女。
「…
そんな…
ありがとうございます…」
「旦那さんが羨ましくなっちゃうわ~!!
こんな可愛いお嫁さん、貰えるなんて!!」
「…
え?」
「旦那さんも、もしよかったら、お姿見せて頂けないかしら?」
「…
あ、はい。」
彼女は、私に、カード端末を渡した。
私は、なぜかカチンカチンに緊張して、カード端末の自撮りカメラを見つめた。
「あら、カッコいい!!
…
真面目そうな、なかなかのイケメンさんじゃない?!
なんて素敵なカップルなんでしょ?!
…
もう、私、羨ましくって羨ましくって、死んじゃいそう!!」
「…
どうも、ありがとうございます…」
「どこで知り合ったの?」
「…
え?
え~と…
街中で見かけて…」
「それから?」
「…
見失ったんですが、会いたくて、探して…」
「ふんふん。
それで?」
「また見つけて…
お茶に誘って…」
「ナンパしたのね?!
なかなかやりますね!!
旦那さん!!
真面目そうな顔して!!」
「…
ナンパじゃなくて、私は、本気で…」
「…
本気?
それは、最初から、結婚したかったってこと?」
「…
そうですね…」
「スゴイわ!!
純愛ね!!」
「…
はぁ…」
彼女が、私から、カード端末を奪うように受け取った。
「…コホン…
オーナーさん、何かお願いされたいことがあるっておっしゃってましたが…?」
「…
あ、それはもう済んじゃったわ!!
私、自己紹介したかっただけなのよ。
おふたりが名乗って下さったのに、私だけ名乗らないで、お話しを進められないじゃない?」
「…
そうですね。
わかりました!!」
私は、少しホッとして、訊いた。
「オーナーさん、今はお時間大丈夫ですか?」
「…
大丈夫ですよ!!
買い物してたところだから、話しやすいところに移動しますね!!」
「ありがとうございます!!
お手数おかけします。」
お店から出て、どこかの街中を歩くオーナーさん。
彼女が、恐る恐る、訊いた。
「…
オーナーさん、とってもお若く見えるんですが、お肌のお手入れは、どんなふうにされてるんですか?」
「…え?
肌?
普通ですよ。
お化粧毎日落として、保湿して…」
「…
大変失礼なのですが、お生まれは…?」
「東京ですよ!!
今は、シェルタリングスカイに覆われてる…」
「…
40年ほど前の巨大噴火の頃は…?」
オーナーさんは、歩みを緩めた。
「…
私は、保育園にいたの。
先生たちが、テレビを見て、血相を変えて、私たちを家に戻そうとしたわ。
家に戻って、家族みんなで、地下街に避難したわ。
人でぎゅうぎゅうだった。
座ることも出来ないくらい…
大きな音がして、真っ暗になって…
気が付くと、自衛隊の病院船のベッドにいたの。
家族みんな、どこに行ったのか、わからないわ。
今も…」
「…
保育園?
…
おいくつだったんですか?」
「3歳だったわ。」
「…
今は…?
大変失礼で申し訳ないのですが…?」
「…
43歳ですよ。」
彼女と私は、顔を見合わせた。
オーナーさんは、立ち止まって、カメラに顔を近付けて、頬を撫でた。
「…
そんなに老けて見えるのかな?
私…?」
彼女は、慌てて、カメラにお辞儀しながら、言った。
「…
大変申し訳ありません!!
私たち、とんでもない勘違いしてました!!
オーナーさんが、もっと、…
お歳を召しているとばかり…」
「…?
いくつぐらい?」
「…
妙齢のお方と聞いていたので…」
「妙齢?
誰が言ったの?」
「…
マスターが…」
オーナーさんは、少し表情を変えた。
「マスター!!
いるの?!」
ずっと黙って聞いていたマスターが、席から飛び上がるように、背筋を伸ばした。
「はい!!
ここにいます!!」
「…
どういうこと?」
「…
オーナーのことを訊かれて、確かに、妙齢の女性だと、お答えしました…」
「…
妙齢って、どういう意味か知ってるの?!」
「…
申し訳ありません。
つい、この星の感覚で、お答えしてしまいました。」
「…
この星の感覚ですって…?」
「…
オーナーも、ご存知のとおり、我々の星では、平均寿命が、50歳ほどです。
40歳を越えると、高齢と見なされるのが一般的です。
それで、無意識に、オーナーのお歳から、妙齢の女性と言ってしまったのです…」
「…
そうか…
そういう訳なら、もういいわ!!
今後、気を付けてね!!」
「大変申し訳ありません!!」
「もういいって!!」
オーナーさんは、ニッコリして、言った。
「私は、まだ43歳のピチピチ熟女!!
彼氏募集中で~す!!」
人間ひとりでは出来ないことも、力を貸してくれる人がいれば、出来るようになることがある。
そんな人に出会えれば、人は、もっと幸せになれる。
彼女は、オーナーさんにタジタジとなりながらも、ニッコリして、訊いた。
「お力を貸して欲しいことがあるんです!!
聞いて頂けますか?」
「もちろん聞きますよ!!
…
確か、噴火がいつ起きるかわからないとか…?
おっしゃってましたね?」
「そうなんです!!
今起きても不思議じゃないんです!!」
「…
それって、どこの…
星の話?
地球?
それとも、氷の星?」
「…
氷の星…?
この星のことですか?」
「そうですよ。
私が勝手にそう呼んでるだけだから…」
「…
私たちは、雪の星って呼んでるんですが…?」
「…
雪の星?
素敵な名前ね?!
そっちの方がいいかも?」
「…
でも、雪が降ってるのは、地熱で暖まってる地域だけで、他は、ずっと晴れてるんですよね?」
「そうね…
確かに、天気はスゴくいいわね!!
地熱湧出地域以外はね!!」
「とすると、やっぱり、雪の星よりも、氷の星の方がいいような…」
「そうかしら?
私は、どっちでもいいけど…?」
私は、マスターに尋ねた。
「…
この星の人たちは、自分たちの星のことを、なんて呼んでるんだい?」
マスターは、珍しく、少し緊張した様子で、背筋を伸ばしながら、答えた。
「プル、ンケ、ルム、ベズ」
「…
ぷるんけるむべず…?」
「…
どういう意味なのかしら?」
「意味は…
この星という意味です。」
オーナーさんが、微笑みながら、言った。
「この星の人たちの言葉は、地球の言葉とずいぶん違うのよ。
単語の長さは、短いものが多いの。
2音で発音するものが、日常会話では、ほとんどなの。
だから、会話も、そのぶん、短い時間で済むわけね。
たぶん、寒さの中で、会話するのに必要なエネルギーを、出来るだけ少なく済ませるために、そうなったんだと思うわ…」
「…なるほど…」
「プル、ンケ、ルム、ベズ!!
覚えたわ!!」
「覚えるのたいへんなのよね~!!
私は、すぐに、諦めて、通訳器のお世話になってるわ!!」
彼女は、虹色の瞳を、煌めかせて、言った。
「プル、ンケ、ルム、ベズで、巨大噴火の可能性が高まってるんです!!
助けて下さい!!
オーナーさん!!」
わずか3歳で、家族と離れ離れになったオーナーさん…
なぜ、こんなにも、明るく、元気に、話せるのだろう?
彼女は、モニターに映るオーナーさんの姿を見ながら、訊いた。
「黄色キ大地ノ国にイエローストーン火山があることをご存知ですよね?」
「…
もちろん知ってますよ。
私たちの地球では、約40年前に巨大噴火した…」
「その火山が、この…プル、ンケ、ルム、ベズでも、巨大噴火する可能性が高まってるんです!!」
「…」
「…
オーナーさん?」
「…
本当に?」
「本当です!!
明日、噴火しても不思議じゃないんです!!」
「…
またなの…?」
「…
え?」
「…
また、地獄がやってくるの…?」
「…
地獄?」
「…
噴火が始まってすぐ死んだ人たちは、まだ幸運だった…」
「…」
「…
多くの人たちが、火山灰を吸って、息が出来なくなって、死んだわ…」
「…」
「…
ある人は、数分で…
ある人は、何ヵ月も…
ある人は、何年も、呼吸困難と戦って…」
「…」
「…
その地獄を生き残った人たちも、多くの人たちが、食べるものが無くて、死んだわ…」
「…」
「…
みんな、骨と皮だけみたいになって…」
「…」
「…
私も、みんなと一緒に死にたかった…」
「…
え…?」
「…
私が生きるってことは、他のみんなが、飢えるってことだから…」
オーナーさんは、泪を流しながら、ひとり、立ち尽くした。
「あんなこと、二度とゴメンだわ…
死んでも、止めてやる!!」
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