第19話
大切な存在に、危険が迫っていると知ったら、人間はどうするのだろう?
大切な人に、危険が迫っていると知ったら、人間は、その人を守ろうとするだろう。
大切な物に、危険が迫っていると知ったら、人間は、その物を守ろうとするだろう。
そして、大切な存在を、危険から守ることが出来るかもしれない。
しかし、もしも、危険が迫っていることを知らなかったら、どうなるだろう?
ある日突然、大切な存在が、危険な目に遭って…
大切な存在を、失ってしまうかもしれない。
そうならないためには、危険が迫っていることを知る必要がある。
将来起き得る、ありとあらゆる危険を、人間は、知る必要がある。
大切な存在を守るために…
彼女は、故郷の先輩たちを思い出しながら、言った。
「黄色キ大地ノ国から外国への自給自足維持型移住を、出来るだけ早く進めるためには、どうしたらいいのかしら?」
「約40万人の人口を持つひとつの国の全国民が、食料を自給自足出来る生き物たちと一緒に、外国に移住しようというのですから、本来なら、国民の総意に基づいて、国が、必要な法律を定めて、その法律に基づいて、国の政府の主導で、計画的に移住を進めるべきでしょう。
しかし、今は、黄色キ大地ノ国の全国民の総意はありません。
そして、必要な法律もありません。
したがって、まずは、黄色キ大地ノ国の人たちに、巨大噴火が起きる可能性があることを、知らせるべきでしょう。」
「黄色キ大地ノ国の人たちは、64万年前に起きた巨大噴火のことを知ってるはずだよね?
この星が寒冷化する原因になったのだから…」
「もちろん、ほとんどの人たちが、64万年前の巨大噴火によって、寒冷化が起きたことを知っています。
学校の授業でも、繰返し教えられますし、基本的な教育を受けた人は、常識として、誰もが知っています。」
「私たちの地球で、約40年前に、巨大噴火が、イエローストーンで起きたことを、知ってる人は?」
「…
オーナーがこの星に来て、テレビに登場するようになってから、オーナーの故郷の星、つまり、皆さんの地球で、数十年前に、巨大噴火が起きたことが知られるようになりました。
ただ、オーナーは、自分からは、あまり巨大噴火のことや、その後の地球人口の激減などについては、話したがらないようで…
巨大噴火が起きた正確な場所や時期を知っている人は、多くないと思います。」
「…
オーナーさんは、なぜ、巨大噴火のことを、あまり話さないのかしら?」
「…
オーナーさんは、巨大噴火を自ら経験した世代だからね…
僕たちは、巨大噴火が起きてから、何年も経ってから、生まれたから、平静に巨大噴火のことを話せるけど、オーナーさんは、巨大噴火による大惨禍で、同世代の人たちを、いっぱい亡くしたはずだよ…」
「…
そういえば、私の両親も、巨大噴火や、その後の人口激減時代のことを、あんまり話したがらなかったわ…
みんな、その頃のことを思い出すのが、辛すぎるのね…」
「約80億人いた人たちのほとんどが亡くなって、わずかに生き残った人たちの中に、オーナーさんや、僕たちの親もいたんだ…
みんな、心にどれほどの傷を負っているか、僕には、想像もつかないよ…」
「…
オーナーさんは、この星で、巨大噴火が起きる可能性が高まっていることを、知ってるのかしら?」
「…
どうでしょう…?
最近は、あまり、『無限分岐宇宙』にもお顔を出されないので…」
「旅行でもされてるのかな?」
「…
たぶん、この星のどこかにいると思うのですが…」
「…
オーナーさんに、巨大噴火の可能性が高まっていることを、お知らせして!!」
「…
わかりました。
ただ、オーナーからは、よほどのことが無い限り、連絡するなと言われているのですが…?」
「…
これこそ、よほどのことじゃない?!
これ以上、なにを知らせろっていうの…?」
「…
そうですね…
わかりました。
オーナーに、連絡してみます。」
彼女は、虹色の瞳を、妖しく煌めかせて、言った。
「オーナーさんに、また大暴れしてもらいましょうね!!」
人は、老いていく。
肉体も、心も…
しかし、肉体の老い方に比べて、心の老い方は、個人個人によって、ずいぶんと、違いがあるように思われる。
せめて、心は、いつまでも若々しくいたいものだ…
彼女は、いたずらっぽい微笑みを浮かべて、訊いた。
「黄色キ大地ノ国から外国への自給自足維持型移住を出来るだけ早く進めるために、オーナーさんのお力をお借りするとしたら、何をどうしたらいいのかしら?」
「まずは、オーナーに連絡を取ってみましょう。
この星にいれば、電話がつながるはずです。」
マスターは、カード端末を操作した。
呼び出し音?らしき音が、カード端末から聴こえた。
「つながりました!!」
マスターが、こちらを向いて、言った。
「もしもし?」
カード端末から、女性の声が聴こえた。
彼女と私は、顔を見合わせた。
「日本語だわ!!」
会いたいと思っていた人に、会えた時、感じるあの気持ち…
あれこそが、幸せなのではないだろうか?
彼女は、頬を少し赤らめて、カード端末を見ながら、訊いた。
「その電話は、映像は送れないのかしら?」
「映像も送れますよ。
ただ、今は、オーナーのカード端末からの映像は、オフになっていますね…」
「もしもし?!
マスター?!」
「はい!!」
「どういうこと?
電話は掛けないでって言ったでしょ?
よほどのことが無い限り!!」
「…
申し訳ございません。
よほどのことがありましたので…
お電話させて頂きました。
今は、お話しさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「…
今は、お店の中よ。
また、あとで掛け直してもらえない?」
「あ、さようでございますか…?
え~と…
それでは…」
彼女は、マスターから、カード端末を奪うようにして受け取った。
「もしもし?!
噴火がいつ起きるかわかんないんです!!
オーナーさんのお力を貸して下さい!!」
会いたくても会えない寂しさ…
会いたい人に会えただけで、幸せではないか?
彼女は、ほんのり上気した顔を、カード端末に近付けて、訊いた。
「この星で巨大噴火の可能性が高まっていることを、ご存じですか?」
「…
どなた?」
「葵星美と申します。
ご挨拶が遅れまして申し訳ありません。
…
オーナーさんと同じ地球から、この星に来ました!!」
「…
あおいほしみさん?
…
もしかして、マスターが言ってた、私のお店に来たふたり連れの?」
「そうです!!
『無限分岐宇宙』から来ました!!」
「…
でも、お名前が、違ってたような…?」
彼女は、虹色の瞳をキラキラさせて、言った。
「名字が変わったんです!!
私たち、結婚したんです!!」
会いたい人に会えた幸せ。
でも、会えたら話そうと思っていたことを、話せないこともある…
一緒にしたいと思っていたことを、出来ないこともある…
会いたい人は、自分ではないから…
会いたい人自身の意思で、生きているから…
彼女は、私の顔を見ながら、幸せいっぱいの笑顔で、訊いた。
「オーナーさんは、私たちのことを、マスターからお聞きになっていたんですか?」
「もちろん、聞いていましたよ!!
お店に来て、いきなり、この星のことを言い当ててしまったカップルがいるって…
いつ頃、こちらにいらっしゃったの?」
「
今日で3日目です。」
「来たばっかりね!!
…
もしかして、新婚旅行で?」
「…いえ。
この星に来てみたくて…」
「…
え?
じゃ、結婚ってのは…?」
「…
それは本当です!!
昨日、結婚したんです!!」
「…昨日?!
…
それは、まずは、おめでとうって言わなくちゃね!!
ご結婚おめでとう!!
幸せになってね!!」
「ありがとうございます!!」
「…おふたりさん?
…
え~と、旦那さんも、そちらにいらっしゃっるのかしら?」
「はい!!
いますよ!!」
彼女は、カード端末を、私に渡した。
「はじめまして!!
葵幸星と申します。」
「…
あおいこうせいさん?
マスターから、お話しは伺ってました。
ご結婚されたんですね?!
おめでとう!!」
「ありがとうございます!!」
「おふたりとも、いつまでも、幸せでいて頂戴ね!!」
「はい!!
星美を幸せにします!!」
彼女は、幸せいっぱいの笑顔で、私と見つめ合いながら、言った。
「私たち、もう、宇宙一幸せなんです!!
永遠に、幸せなんです!!」
会いたい人に会えたことだけでも、幸せなのに…
もし、何かをお願いして、それが叶えられたとしたら、どれほど、幸せだろうか…?
彼女は、深々と深呼吸して、決意の表情で、訊いた。
「オーナーさんにお願いしたいことがあります。
聞いて頂けますか?」
「…
もちろん、聞きますよ!!
…
ただし、その前に、ひとつだけ、私から、お願いしたいことがあるの。」
彼女は、唾を飲み込んだ。
「…
何でしょうか?」
カード端末のモニターが、映像を映し出した。
微笑む女性が、こちらを見ている。
年齢は、40代半ばに見える。
きっちりしたメイクに、明るいロングヘアー。
開きかけた花のつぼみのような、カラフルな袖の、ブラウス?を着ている。
映っているのは、上半身だけだ。
女性の背後には、ハンガーに吊るされたさまざまな衣類が、ところ狭しと並んでいる。
どこかの女性用ファッション販売店のようだ。
…
女性を見て、私は、思った。
知っている…
会ったことがある…
いつか…
どこかで…
…
でも、思い出せない。
いつ…?
どこで…?
会ったのか…?
…
それとも、会わなかったのか…?
…
それとも、これから、会うのか…?
未来の、いつか…?
無限に分岐した宇宙の、どこかで…?
女性は、こちらを見ながら、手を振って、呼び掛けた。
「映ってる~?
私?!」
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