第17話
人間は、他の生き物の体や、他の生き物が作り出すものを食べて、生きている。
ひとりの人間が、命をつなぐために、どれほどの数の生き物を犠牲にしなければならないのか、わからない。
それらの生き物の一匹たりとも、人間に命を奪われることを、自ら認めたり、自ら許したものなど、いないのでは無いだろうか?
人間が、力ずくで、他の生き物の体や、生き物が作り出すものを、奪い取って、食べているのだ。
「弱肉強食」の理通りに…
人間は、生まれたときから、そうやって生きて来た。
ずっと…
自分たちよりも弱い生き物たちを食べて、生きて来た。
そうしなければ、生きられなかったから…
生きるためには、そうするしか無かったから…
他の生き物たちを犠牲にするしか、生きる方法が無かったから…
…つい最近までは。
テクノロジーの進歩によって、人間は、今や、必要な栄養素を、水や二酸化炭素と、エネルギーによって、合成出来るようになった。
糖質、脂質、たんぱく質、ビタミン、など…
人間の生命維持に必要なミネラルは、無生物の鉱物などから得ることが出来る。
人間は、もはや、他の生き物を犠牲にしなくても、生きていけるのだ。
ただし、今のところは、莫大なコストと、人手が必要なために、その方法で、食べ物を作ることは、まだ行われていない。
テクノロジーが進歩すれば、いつかは、そのような人工合成の食べ物が、一般的に食べられるようになるかもしれない。
そんな時代が来れば、他の生き物たちを犠牲にする必要は、無くなるだろう。
人間が、生きるために…
そんな時代が来るまでは、今まで通り、生き物たちを犠牲にして、生きて行かなければならないだろう。
まだ、しばらくは…
生き物たちに感謝しながら…
せめて、生き物たちの生命を絶やさないようにしながら…
犠牲になった生き物たちのために、せめて…
彼女は、決意のまなざしで、訊いた。
「黄色キ大地ノ国で栽培や飼育や養殖している生き物たちを助けるには、どうしたらいいのかしら?」
「地上の農場では、ジャガイモや麦などが、主に栽培されています。
地下農場と、野菜工場では、それ以外にも、さまざまな農作物が生産されています。
地下の牧場で、羊が飼育されています。
地上の養殖施設で、さまざまな魚や貝やエビやカニや水草などが養殖されています。」
「それらの場所で生産されている食べ物は、外国に輸出されているのかな?」
「ほとんどが、黄色キ大地ノ国の国内で消費されています。
羊やウナギなどは、外国にも輸出されています。」
「ということは、自給自足なのね?
黄色キ大地ノ国は…?」
「そうです。
我々の星では、全ての国で、食料を自給自足しています。
輸出入で取り引きされるのは、羊やウナギなどの希少で高価なものと、ワサビなどの特産品などと、深海底引き網漁で採れる海産物などです。」
「とすると、黄色キ大地ノ国から外国に移住する人たちの食べる物を、なんとかしないといけないね…」
「巨大噴火が起きるまでは、今ある農場や養殖施設で、食べ物の生産が続けられるんでしょ?」
「約40万人の人口のうち、3日で避難できる99000人の人たちは、国内に留まるとしたら、食料の生産が続けられるはずだね。」
「なら、巨大噴火が起きるまでは、必要な食料を、移住先の外国に輸出すれば、足りるはずね。」
「たしかに、巨大噴火が起きることが予知されるまでは、今ある農場や養殖施設で、食べ物の生産を続けられるでしょう。
ただ、最大で400000-99000=301000人分もの食料を、大陸間鉄道だけで、継続して輸出出来るかどうか、正確に計算してみないと、わかりません。」
「…そうだったね…
僕たちの地球だと、輸送船で大量の食料を運べるけど、この星には、船が無いんだったね…」
「…
食べ物が足りなかったら、外国に移住しても、食べる物が無くて、飢えてしまうわ!!」
「どの国も、残念ながら、生産する食料のほとんどを、国内で消費しているので、黄色キ大地ノ国の人たちの食べる物を、輸出出来る国は、今はありません。」
「…
巨大噴火が起きたあとのことを、まず考えてみようよ。
噴火後は、黄色キ大地ノ国は、国土自体が無くなってしまうから、食料ももちろん、全く生産出来なくなる。
火山灰などの火山噴出物が、世界中の大気中に滞留して、日光を遮り、日射量が減って、気温が大幅に下がる。
火山噴出物は、ゆっくりと地上に落ちて、減っていくけど、少なくとも、半年間は、日光を遮り、この星を、今よりもさらに、寒冷化させる。
そのため、地上の農場や養殖施設は、地熱のおかげで、生産は続けられるとしても、寒冷化と日射量の減少で、食べ物の生産量は、大幅に減る。
1000万人を越える世界の人口を支えるためには、なんとしても、新たな食料源が必要なんだ!!」
彼女は、口をきつく結んで、言った。
「必ず見つけましょ!!
新たな食料源を!!」
人間の生活を衣食住の3つに分けて考えると、最初に人工の素材で作られた物が登場したのは、住、すなわち、住居だ。
コンクリートで作られた住居が、それまでの木材や石材、天然の洞窟や、地中に掘った穴などを利用した住居に加わった。
次に、衣、すなわち、衣類の素材に、それまでの毛皮や革や羊などの動物の毛や綿や麻などの植物の繊維や絹などの天然の素材に加えて、石油から化学的に合成した合成繊維が、加わった。
食、すなわち、食料についても、人工の素材を用いたものが、加わって来るはずだ。
彼女は、揺るぎ無いまなざしで、訊いた。
「今から巨大噴火までの間と、巨大噴火から地上の環境が回復するまでの間の、食料生産は、どうしたらいいのかしら?」
「世界中のいずれの国も、自給自足を維持することを目指して、それぞれ、食料の増産に取り組んでいます。
地上の農場や養殖施設では、増産はほとんど不可能なので、地下農場や野菜工場を、拡充させるために、地下を掘り拡げています。
深海での底引き網漁を行っている国々では、潜水ロボット艇を増やして、漁獲量を増やしています。」
「噴火が起きるまでは、必要な食料は生産出来るはずだけど、黄色キ大地ノ国の人たちの食べる物が、足りなくなる恐れがまだあるね…」
「巨大噴火が予知されるまでは、黄色キ大地ノ国に居残った人たちに、食料生産を続けてもらって、外国に移住した人たちの食べる物を、大陸間鉄道で輸出して、可能な限り、自給自足を続けて欲しいわ!!」
「移住した人たちの数が少ないうちは、自給自足を続けられるでしょうが、大陸間鉄道の輸送力の限界に達すると、しだいに増える移住者の全ての人たちの食べる物を、輸出出来なくなる恐れがあります。」
「もし、そうなると、移住者が増えれば増えるほど、食料も不足することになるね…」
「不足する食料は、外国になんとかしてもらうしか無いわね…
さっきマスターが言ってた、国々が取り組んでる食料増産による食料を、移住した人たちに割り当ててもらうよう、頼みましょう!!」
「それは可能だと思います。
国々が増産した食料は、基本的に、将来の食料不足に備えて、備蓄されることになっています。
まだ、少ないですが、すでに、備蓄された食料もあります。
備蓄分はもちろん、これから増産される食料も、移住者の人たちの食べる物に充ててもらえるでしょう。
まさに、そういった人々のための食料増産なのですから…」
「黄色キ大地ノ国から外国に移住する人たちの食べる物については、これで、一応、目処が立ったね。
次は、巨大噴火が予知されてから、噴火が起きるまでの間に、何が出来るか、考えてみようよ。
一応、噴火の3日前に、予知出来ると仮定しよう。
僕たちの地球では、そうだったから…」
「3日間で最大99000人の人たちを、大陸間鉄道で、灼熱ノ岩流ルル国に避難させるのね。
ギリギリまで、食料生産を続けて欲しいんだけど…?」
「大陸間鉄道に最大限乗客を乗せるので、乗客以外に運べるのは、乗客一人あたり100キログラム以下の手荷物と、食堂車の食料保存庫ぐらいです。」
「とすると、3日間に食料を収穫しても、一緒に持って行けるのは…
一人あたり100キログラムの食料とすると、99000×100=9900000キログラム=9900トンになるね…」
「…
運べない食料…ジャガイモさんや麦さんやお魚さんや貝さんやエビさんやカニさんたちは、どうなるの…?」
「大陸間鉄道の輸送力を越えて輸出出来なかった食料は、全て、放棄するしかないでしょう…」
「…
仮定で、3日間に99000人を避難させると考えたけど、実際には、予知が早まって、日数が増えるかもしれないし、黄色キ大地ノ国に居残っている人たちも、外国に移住する人たちが増えて、99000人よりも少くなるかもしれないよ。
もしそうなったら、大陸間鉄道に載せられる食料も増えるから、ギリギリまで、収穫出来るかもしれない…」
彼女は、虹色の瞳を潤ませて、言った。
「生き物たちの命を貰って、私たちは生きているの。
生き物たちを見捨てるなんて、してはいけないの。
生き物たちが、私たちの命を、支えてくれているんだからね!!」
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