第16話

この星の生き物たちは、64万年前の巨大噴火による寒冷化によって、地上と浅い海に棲む多くの種が、絶滅した。


新たな巨大噴火が起きれば、今、この星に生き残っている生き物たちも、生命の危険にさらされ、絶滅するおそれがある。


生物の多様性が、いったん失われれば、自然がそれを回復するのに、どれほどの時間がかかるか、わからない。


たとえば、人間以外の哺乳類がいない世界を想像してみて欲しい。


そんな世界で、爬虫類から進化した生き物が、さまざまな哺乳類に分化するまで、どれほどの時間がかかるか、想像も難しい。


一千万年か、五千万年か、一億年か…


目に見える生き物たちだけではなく、小さすぎて見えないような生き物たちも、そのひとつひとつが、長い長い時間をかけて造られた、傑作マスターピースなのだ。


自然という、気まぐれな芸術家の造り出した…


彼女は、希望に満ちた笑顔で、言った。


「黄色キ大地ノ国の人たちを助ける方法は、もうわかったわ。

そこに棲んでる、人間以外の生き物たちも、なんとか、助けられないかしら?」

「黄色キ大地ノ国に生息している、人間以外の生物は、大きくふたつのグループに分けられます。

ひとつは、人間が飼育、栽培、養殖、培養などしている生物です。

もうひとつは、自然に生息、繁茂などしている生物です。」

「人間が飼育等している生き物って?」

「まず、我々の食料となるジャガイモなどの農作物や、温泉などの地熱を利用した、魚や貝やエビやカニなどの養殖生物があります。

そして、地下都市の動物園や植物園や水族館で飼育等されているさまざまな希少動植物がいます。」

「希少動植物って、たとえば、どんな生き物がいるの?」

「64万年前の巨大噴火と、その後の寒冷化で、自然界では、絶滅してしまった、さまざまな生き物を、人間が飼育等して、種を保存しているのです。

たとえば、牛、馬、熊、狼、山羊、ライオン、虎、山猫、狐、狸、アナグマ、イタチ、テン、猿、ゴリラ、オランウータン、テナガザル、チンパンジー、鹿、シマウマ、キリン、カバ、象、マンモス、サイ、カワウソ、ビーバー、猪、蛇、トカゲ、亀、サンショウウオ、カエル、雀、燕、カラス、鴨、鷺、コウノトリ、鶴、カモメ、ウグイス、カッコウ、鳩、雉、孔雀、キウイ、ダチョウ、ドードー、ウミネコ、白鳥、アホウドリ、鷲、鷹、トンビ、隼、フクロウ、ムクドリ、鵺、ハチドリ、蝙蝠、ムササビ、モモンガ、そして、さまざまな魚類、無脊椎動物、昆虫、微生物、さまざまな植物、菌類、細菌、ウイルスなどです。」

「…

訊きたいことが多すぎて、困っちゃうわ!!」

「…

どうしても訊きたいことだけ、今は、訊こうよ。

生き物たちを救う方法を、まず見つけなきゃ…」

「そうね…

じゃ、いちばん訊きたいことから。

そんないろんな生き物さんたちを、いつから、どうやって、飼育等したの?」

「64万年前から、世界中のさまざま場所で、動物ならペットとして、植物なら観賞用に、主に飼育等されたようです。」

「他の国にも、動物園や植物園や水族館があるのかい?」

「多くの国に、同じような動物園や植物園や水族館があります。

これらの希少動植物は、我々にとって、生きた宝物とされています。」

「あと、何訊こうかしら…

悩んじゃうわ…」

「じゃ、僕から訊いとくよ。

マンモスとドードーがいるのかい?」

「います。」

「…

僕たちの地球では、どちらも、大昔に絶滅してしまったんだ。

おそらく、人間が獲りすぎたせいで…」

「そうだったのですか。

それは存じませんでした…」

「不思議ね…

地球では、いっぱいいた生き物を、人間が絶滅させて…

この星では、同じ生き物が、絶滅しそうになったのを、人間が助けて、生き長らえるなんて…」

「時間が出来たら、見に行こう!!」

「熱キ水出ル国にもありますよ。

動物園も植物園も水族館も…」


彼女は、虹色の瞳をキラキラさせて、ニッコリしながら、言った。


「お休みの予定がひとつ増えたわ!!

お弁当作って行きましょうね!!」



この星の人たちは、自らが、厳しい環境に耐えて、生き延びて来たからこそ、彼らの手助け無しには生き延びられない生き物たちの命に、他の何物にも代えがたい価値を見出していたのかもしれない。


彼女は、思案顔で、訊いた。


「動物園や植物園や水族館の生き物たちは、どうしたらいいかしら?」

「希少動植物は、その国の宝物でもあります。できれば、首都に置いておきたいと、黄色キ大地ノ国の人々は、思うでしょう。」

「…黄色キ大地ノ国は、巨大噴火が起きれば、国土が無くなってしまうから、首都も、外国に置かせてもらうことになるだろうね。

自らの新しい国土を手に入れるまでは…」

「とすると、首都の移転先を決めてから、動物園や植物園や水族館を移転させることになるわね…」

「それが理想的なのですが、世界中のどの国の動物園や植物園や水族館も、黄色キ大地ノ国の動物園と植物園と水族館の生き物たちを、まるごと受け入れられるようなキャパシティの余地は無いでしょうから、まずは、世界中の動物園や植物園や水族館に、分散して、受け入れてもらうことになるでしょうね。」

「新しい首都の移転先が決まったら、新しい動物園と植物園と水族館の施設を作って、そこに、みんな集めて、戻せばいいね!!」


彼女は、虹色の瞳を輝かせて、微笑みながら、頷いた。


「巨大噴火が起きる前に、動物園と植物園と水族館の全ての生き物たちを、外国の動物園と植物園と水族館に預けて、守ってもらうのね!!」



私たちの地球と雪の星の違いは、思いもかけない事にも及んでいる。


彼女は、首を傾げながら、訊いた。


「さっき、マスターが言ってた希少動植物に入って無かった動物が、いくつかあるの。

ワンちゃんや猫ちゃんは、いないの?」

「犬は、我々の星にはいません。

猫も、我々の星にはいません。」

「犬は、狼を手なずけて、しだいに、さまざまな種類に増えて来たんだよね。

この星では、狼を手なずけはしなかったのかな?」

「我々の星では、狼を手なずける必要が

無かったのではないでしょうか?

狩猟の対象となる獣は、人間が飼育していたもの以外、ほとんど絶滅してしまったので…」

「山猫は、今も動物園にいるのね。

ペットにはしなかったの?」

「猫が地球でペットになったのは、ネズミを減らすために飼われた山猫が、次第に変化したんだね。

ネズミがいないのかな?」

「ネズミはいますが、そのために山猫を飼うという者がいなかったのかもしれません…」


彼女は、ため息をついて、言った。


「ワンちゃんや猫ちゃんがいないのは残念ね…

地球のワンちゃんや猫ちゃんを、この星の人たちに、見せてあげたいわ!!」



ネズミは、哺乳類の最も原始的な姿を、今も伝えてくれる。


彼女は、微笑みながら、訊いた。


「私たちの地球には、十二支という生き物たちを、1年ごとに割り当てる慣習があったの。

その最初の年の生き物が、ネズミさんだったわ。

ネズミさんは、この星で、どんなふうに生きてるの?」

「ネズミは、我々が住んでいる地下の都市や街や村や地下農場などに、棲息しています。

また、地上の農耕地や養殖施設などにも、棲息しています。」

「それは、人間が飼育しているんじゃなくて、ネズミが勝手に、繁殖して、棲み付いているのかい?」

「そうです。

ネズミなどのげっし類は、我々にとって、害獣の代名詞なのです。

地下では、食品を食い荒らしたり、地下農場の農作物をかじってダメにしたり、地上の農耕地でも、ジャガイモや麦などを食い荒らしたり、養殖施設では、魚や貝やエビやカニなどを捕まえて食べたりして、我々の食料生産に被害を及ぼしています。」

「ネズミなどって、他にもげっし類がいるの?」

「ウサギやモグラやヌートリアやカピバラなどがいます。」

「ウサギがいるのかい?

どこに?」

「主に地上の農耕地に棲息しています。」

「モグラさんは、どこにいるの?」

「地上の農耕地と地下農場に棲息しています。」

「ヌートリアは?」

「地上の養殖施設のある池や湖や川に棲息しています。」

「カピバラさんは、温泉地にいるのね?」


マスターは、不思議そうに、彼女のほうを向いて、答えた。


「おっしゃる通り、カピバラは、温泉地の養殖施設の周辺に棲息しています。

よくご存知ですね?!」


彼女は、ニッコリして、答えた。


「カピバラさんと一緒に、温泉に入って、ホッコリしたいわぁ~。

足湯でもいいから!!」



巨大噴火と寒冷化、そして、厳しく限られた生存可能な環境、さらには、人間たちからは、害獣として敵視されながらも、たくましく、しぶとく、自分たちの力で生き延びて来た、げっし類たち…


たとえ害獣であっても、その種を滅ぼしてはならないと、私は思う。


いつか、彼らげっし類が、人間に不利益をもたらさないような世界に、私たち人間が、世界を変えて行けば、彼らは、もはや、害獣ではなくなり、私たちにさまざまな利益をもたらす「益獣」となってくれるはずだ。


彼女は、ニッコリしながら、言った。


「げっし類の動物たちも助けてあげたいわ。

どうしたら助けられるかしら?」

「これらげっし類は、我々にとって害獣です。我々が飼育しているのではなく、地上と地下の我々のそばで、我々が生産した食料を奪い取って、生き延びています。

すべての個体を捕獲することすら不可能です。」

「野性の獣なんだよね。

小さいけど…

保護しようとしても必死で逃げるだろうね。」

「全部助けることは出来ないのね…

じゃ、どうしたらいいの?」

「動物園の動物たちと同じように、種の保存に必要な頭数を捕獲して、動物園に預けることなら、可能だと思います。」

「黄色キ大地ノ国に棲んでいるげっし類の動物たちに出来るのは、それぐらいが精一杯だと思う…」

「…

保護したげっし類さんたち以外のげっし類さんたちは、見捨てなきゃいけないの?

巨大噴火が起きれば、黄色キ大地ノ国にいる生き物は、全部死んでしまうのに…」

「…

げっし類は、世界中に棲息しています。

ほとんどあらゆる地下都市、街、村、地下農場、地上の農耕地、養殖施設などに…

黄色キ大地ノ国に棲んでいるのは、そのごく一部です。」

「僕たち人間には、出来ることに限りがあるよ。

巨大噴火から、全ての生き物を一匹残らず救うことは、出来ない。

全ての種を保存することすら、出来るかどうか、わからないんだ。」


彼女は、虹色のつぶらな瞳を、泪でいっぱいにした。


「私たち、人間だものね…

もし、女神に生まれてたら、みんな助けてあげられたかしら!!」



人間の助けを借りずに、生き延びて来た生き物たちは、他にもいる。


小さな生き物たちだ。


人間が居ようが居まいが、彼らは、この星で、ずっと生き続けて行くことだろう。


彼女は、泪を拭いて、訊いた。


「黄色キ大地ノ国には、どんな虫さんたちがいるのかしら?」

「いろんな昆虫がいます。

蟻、蜂、ハエ、蚊、アブ、蝶、甲虫、バッタ、トンボ、カゲロウ、蝉、カマキリ、クモ、百足、サソリ、アリジゴク、アブラムシ、蛾、ノミ、ダニ、ゴキブリ、シラミ、タガメ、アメンボ、ゲンゴロウ、ダンゴムシ、オケラなどがいます。」

「昆虫は、しぶといなあ…」

「蚊、いるのね…」

「無脊椎動物もいます。

ミミズ、ゴカイ、ヒル、ナメクジ、カタツムリ、プラナリア、アメーバ、そして、ある意味、いちばん身近な動物である、サナダムシなどの寄生虫がいます。」

「…寄生虫いるのかい?」

「ミミズは、土壌を良くしてくれる益虫さんなのよね?!」

「これら昆虫や無脊椎動物は、すでに、世界中のさまざまな施設や、個人の飼育するペットとして、種の保存は、されていると思われます。」

「そうだろうけど、一応、みんな保護しておきたいね。

人間にとっては、害しかもたらさなさそうな虫たちも…」

「そうね…

自分の好き嫌いとは別のことよね…」

「僕も、嫌いな虫がいるけど、保護してあげなきゃいけないね…」


彼女は、複雑な笑みを浮かべて、言った。


「虫さんたちがいなかったら、地球って感じがしないもの…

みんな助けてあげましょ!!」



人間の目には見えないほど小さな生き物たち。

雪の星よりも、さらに厳しい環境でも、生きられる微生物たち。

極限環境微生物と呼ばれる彼らの強さの秘密を知れば、私たち人間も、いつか、彼らのように、高温、高圧、低温、低圧、さらには、真空、酸素の無い環境など、極めて厳しい環境でも、生きられるようになる存在に、進化する日が来るかも知れない。


彼女は、考え深げに、なにごとかを心に思い巡らせながら、言った。


「黄色キ大地ノ国にいる天然の生き物は、他に何がいるのかしら?」

「地上と地下の農場に、いろんな種類の雑草が生えています。

養殖施設と、それがある池や湖や川などに、さまざまな水草類と、淡水性の魚類、甲殻類、サンショウウオ、カエル、トカゲ、ヘビ、亀などがいます。

そして、カビやキノコなどの菌類が、どちらの場所にもいます。

カビは、人間の住んでいる地下都市や街や村にもいます。

そして、地中の深い地層には、さまざまな極限環境微生物たちがいます。

そして、さまざまな細菌やウイルスが、ほとんどの場所にいると考えられています。」

「トカゲやヘビが生き残ってたのかい?」

「エサとなる動物のいるところにいます。

ヘビは、農場にもいます。」

「淡水性の魚類って、どんなお魚がいるの?」

「メダカ、フナ、鯉、ナマズ、ドジョウ、バス、イワナ、鮎、そして、天然のウナギとオオウナギなどがいます。」

「ナマズが、巨大噴火を予知してくれたら、楽なんだけどな…」

「この星のウナギは、淡水性なのよね!!

繁殖も淡水でしちゃう頑張り屋さん!!」

「いずれの生物も、世界中の国の多くに、天然の生き物として、棲息しています。

飼育や栽培なども、多くの人たちによって、行われています。

種の保存は、すでにされていると思われます。」

「…

そうなんだ。

でも、やっぱり、一応、みんな保護しておきたいね。」

「どの生き物も、ワンカップルはね…」

「地下の深い地層にいる極限環境微生物は、再採取するのは、とてもコストと時間がかかるので、以前採取したものを培養して、増やしたものを保存するのでもよろしいですか?」

「そうだね。

それでいいと思う。」

「カビの中に、もしかして、麹菌はいないかしら?」

「…

そうだ!!

もしかしたら、いるかもしれないね!!」


彼女は、虹色の瞳をキラキラさせて、ニッコリしながら、言った。


「麹菌が見つかったら、お醤油も作りたいけど、お味噌も作らなきゃね!!」



人間は、いろんなことが出来る。

しかし、それらの「行動」のうちのどれを優先させるのか、どれを先に行うのか、どんな順序で行うのか、どんなタイミングで行うのか、いつ、どんな状況で行うのか、よく考えてから、実行しないと、望んだ結果が得られない場合がある。


同じ「行動」でも、それを実行するタイミングによって、結果は、全く違って来る。


どんな「行動」にも、いちばんいいタイミングがあるはずだ。


彼女は、ワクワクした表情で、訊いた。


「麹菌は、いつ、どうやって探したらいいのかしら?」

「黄色キ大地ノ国にいるカビを、可能な限り、多種類採取して、種類ごとに分けて、培養して、DNAを調べて、種の特定をして、保存することになります。」

「僕たちの地球にいる麹菌のDNAと同じDNAのカビが見つかれば、それが、この星の麹菌だろうね!!」

「地球の麹菌のDNAデータが必要ね!!」

「地球の皆さんの同意が得られれば、その方法で、我々の星にいる麹菌が見つかる可能性がありますね。」

「…

僕たちの地球と、この星の存在する、ふたつの宇宙は、64万年前の巨大噴火が起きた時には、もうすでに、ふたつの宇宙に分岐していた。

おそらく、ふたつの宇宙で、巨大噴火による噴出物の量が、わずかに違っていたために、僕たちの地球は、凍りつかなかったのに、この星は、凍りついてしまった。

ということは、麹菌も、少なくとも、64万年前に、ふたつに分かれて、それぞれが、別の宇宙で、生き続けて来たことになる。

とすると、64万年の間に、それぞれが、進化して、DNAも、変化した可能性があるね…」

「…

もしそうなら、DNAの一致するカビは、見つからないことになるのね…」

「我々自身も、地球の皆さんとは、64万年以上前に、別の宇宙に分かれて、時を過ごして来たので、DNAも、違っている部分があるでしょうね。」

「DNAに頼らなくても、麹菌は探せるよ。

たんぱく質をアミノ酸に分解する発酵作用があるかどうか、ひとつひとつ、試せばいいんだ。」

「培養したカビにたんぱく質を与えて、アミノ酸に分解していれば、地球の麹菌と同じように、大豆を発酵させて、お醤油やお味噌を作れるかもしれないのね!!」

「なるほど…

では、カビを培養したあと、培養基にたんぱく質を加えて、アミノ酸が生じているかどうかを調べる作業を追加するよう、培養担当者に依頼しましょう。」

「…

でも、その作業を追加すると、本来の種の保存の作業が、その分、遅れてしまうことになるね?」

「…

そうね…

種の保存が、最優先ね!!

カビさんたちを、一種類でも多く、保護して、守ってから、発酵作用のあるカビさんを探すべきね!!」

「…

わかりました。

では、麹菌のような発酵作用のあるカビを探すのは、いつ頃に…?」

「この星の生き物たちを巨大噴火から守ることが、最優先ですべきことだから、その後になるかもしれないね…」


悩ましげな表情で考えていた彼女が、はたと膝を叩いて、愁眉を開いた。


「自分で探せばいいんだわ!!

カビさんを採取して、たんぱく質をアミノ酸に分解するかどうか、ひとつひとつ…

お休みの日に!!」

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