第13話

私たちの地球よりも、ずっと寒いこの星で、互いを暖め合い、助け合って、生きて来た人々…


彼らなら、来(きた)るべき巨大噴火にも、きっと耐えて、生き残り、いつかは、他の星にも、その生活の場を拡げて行く時が来るに違いない。


彼女は、カード端末にメモをとりながら、マスターに尋ねた。


「200年ほど前に産業革命が起きたのね。

それまでは、どんな暮らしをしてたの?」

「64万年前に起きた巨大噴火によって、我々の星は、寒冷化しました。

その直後から、農耕と牧畜と養殖による食料生産が始まりました。

耕作可能な土地は、地熱湧出量の多い地域に限られたので、産業革命が起きるまで、ほとんど増えませんでした。

そのため、人口も、極めて緩やかに増える程度で、ほとんど変化しなかったはずです。」

「64万年間も?」

「食料が限られていたから、増えようが無かったんだね…」

「お家は、どんなところに住んでいたの?」

「住居は、地中や地下がほとんどでした。

天然の洞窟はもちろん、寒冷化直後から、地面に穴を掘って、暮らしました。」

「木を使ったお家は?」

「寒冷化後は、森林は無くなってしまったのです。

そのため、樹木などの植物で住居を作ることは出来ませんでした。」

「地熱湧出量の多い地域には、木が生えていなかったの?」

「植物が生育可能な土地は、全て農耕地にしたので、住居の材料になるような樹木は、ほとんど無かったのです。」

「極寒の気候でも、地中なら、外気から断熱されて、さらに、地熱で暖められて、凍えずに済んだんだろうね…」

「衣類は、どんな物を着てたの?」

「産業革命が起きる前までは、羊の毛を用いた衣類がほとんどでした。」

「ウールだね!!

あったかいもんなあ…」

「綿や麻や絹とかは…

無かったの?」

「植物の繊維を用いた衣類は、麦わらを用いた防寒着や帽子や頭巾や靴や草履などがありますが、それ以外の植物を用いた衣類は、我々の星にはありません。」

「大麦や小麦は、食料として、人間の手によって、生き残れたけど、綿も麻も、植物自体が絶滅してしまったんだろうね。」

「カイコさんは…」

「繭(まゆ)から糸を採る昆虫ですね?

我々の先祖は、そのような製糸方法を、思い付きもしなかったのでしょう。」

「カイコも絶滅してしまったんだろうね…

カイコが食べる桑の葉も…」

「ウールと麦わらか…

合成繊維は?」

「産業革命後、石油から、合成繊維を作る方法が発明されて、今では、衣類の主原料となっています。」

「ウールは今も使われてるの?」

「羊毛は、今も、さまざまな衣類や寝具の素材として、利用されています。

あと、羊の革も…」

「革?」

「そうか!!

羊がいるんだから、革も採れるはずだね!!」

「何回も刈り採れる羊の毛と違って、1頭の羊から1回きりしか採れないので、とても高価なのですが、昔から、衣類や、靴や、かばんなどに用いられています。」

「…

それって、熱キ水出ル国でも売ってるかしら?」

「もちろん、売っていますよ。」


彼女は、虹色の瞳を輝かせて、ニッコリしながら、言った。


「雪の星ブランドのレザー、ぜひとも拝見したいわね!!」



64万年という、長い長い時の流れが、この星の人々を、どんなふうに変えていったのだろう。


彼女は、マスターに尋ねた。


「この星の人たちの歴史を教えて。」

「寒冷化後、農耕と牧畜と養殖が始まると、毎年の食料生産の記録が必要になりました。

そして、文字が発明されました。」

「いつ頃、文字が発明されたの?」

「農耕と牧畜と養殖が始まってから、おそらく、1万年も経たないうちに、原始的な数字や絵文字が使われ始めたようです。」

「そんなに早くから?」

「今まで発見されている最古の文字は、洞窟の壁面に刻まれた、約300年間のジャガイモの収穫量の記録です。」

「300年!!」

「それは、何年前の文字?」

「約60万年ほど前のものと推定されています。」

「60万年!!」

「地球だと、文字を使い始めてから、まだ1万年も経っていないよ…」

「どうして、文字の発明がそんなに早かったのかしら?」

「食料生産の記録が、どうしても必要だったのでしょう。

食料生産量が、生きていける人間の数を決めるので、毎年の食料生産量を減らさないことが、何よりも重要だったはずです。」

「300年間のジャガイモの収穫量の記録は、解読されたの?」

「10進法で書かれた数字がほとんどなので、数値自体は解読されています。

ただ、数値の1単位が、どれほどのジャガイモの量に当たるのかは、まだ、わかっていません。」

「…

ジャガイモの個数ってことは無いかな?」

「…

ジャガイモって、1個1個大きさがまちまちだから、個数だと、正確な量の記録にならないと思うわ。」

「不作な年だと、小ぶりなジャガイモが多くなってしまいますから、個数ではなく、重さを計って、合計重量を記録したものと推測されています。」

「そうだね…

重さだね。

で、数値が、どれほどの重さを意味しているかが、まだ、わからないんだね。」

「ジャガイモじゃなくて、もしかしたら、人口数そのもの、って可能性は無いのかしら?」

「数値の前に、ジャガイモの象形文字が刻まれているので、ジャガイモの量の記録と推測されています。」

「どんな文字?」


マスターは、カード端末を操作して、私たちに見せた。


モニターに、1枚の写真が映し出されていた。


黒い岩石の壁面に、模様のようなものが、刻まれている。

いちばん上の列は、円の中に数個の斑点が刻まれている模様が、写真の端まで、横に並んで写っている。

それらの円の下に、さまざまな個数の斑点の集まりが、間隔を開けて、縦に並んでいる。


「いちばん上の丸い印が、ジャガイモの象形文字なのね?」

「そうです。」

「その下の縦に並んだ斑点が、数字なんだね?」

「はい。

ひとつの列が、ある年のジャガイモの収穫量を意味していると、推測されています。」

「確かに、ジャガイモね!!」

「でも、食料生産量が、人口を決めたはずたから、この数値は、人口の増減も意味しているんじゃないかな?」

「おっしゃる通りです。

この最古の文字で刻まれた数列の数値は、当時の人口数に比例していると、推測されています。」

「何人ぐらいだったの?」

「それも、ジャガイモの単位が不明なので、絶対値は、まだ、わかっていません。」

「数値の相対的な変動しか、まだ、わかっていないんだね…」

「はい。

数値は、多少のゆらぎはありますが、年を経るごとに、毎年、僅かずつ、増えています。

約300年間で、約15%ほど、増えたのです。」

「300年で15%ということは…

1年で0.05%増えたんだね…

2000人につき毎年1人増えた概算になるね…

本当に、ゆっくり、ゆっくり、増えていったんだなあ…」


彼女は、虹色の瞳を、泪に潤ませて、言った。


「昔の人たちも、頑張ってたのね!!」



文字が発明されたということは、さまざまな出来事の記録、つまり、歴史が、書き残せるようになった事を意味する。


彼女は、質問を続けた。


「文字は、どんな物に書かれていたの?」

「古代の文字が書かれていたのは、現在残っているものは、洞窟の壁面や、岩石や、石板や、粘土を焼き固めた物などや、土器や陶磁器や青銅器や鉄器など、無機質の物が、ほとんどです。」

「植物の繊維や木や動物の骨や皮などの有機物は、微生物によって分解されてしまうので、何十万年も残らないから、仮に、当時、書かれていたとしても、今は残っていないんだろうね。」

「何が書かれていたの?」

「当時の社会のさまざまな出来事の記録や歴史がほとんどです。

さまざまな国や民族の歴史が記されています。」

「紙は無かったの?」

「麦わらから作る紙がありますが、いちばん古いものでも、千年ほど前のものになります。」

「千年!!

十分古いよ!!」

「紙はあるのね…

他には?」

「羊の革に書かれたものもあります。」

「…

羊皮紙!!」

「何年前の?」

「いちばん古いもので、5000年ほど前のものが残っています。」

「5000年!!」

「どんな本なの?」

「神話が書かれている本です。」

「どんな神話?」

「『美神びじん』のお話です。」


彼女は、虹色の瞳を輝かせて、身を乗り出して、訊いた。


「そのお話、詳しく聞きたいわ!!」



マスターは、彼女に訊き返した。


「詳しく、ですか?」

「そうよ!!」

「う~ん…」

「どうしたの?」

「とても長いお話なのです。」

「長い?」

「はい。

詳しくお話すると、どれくらい時間がかかるか、わかりません。」

「そんなに長いの?」

「熱キ水出ル国に着くまで、話し終えられそうかな?」


マスターは、少し考えていたが、答えた。


「たぶん無理です。」

「…」


彼女と私は、顔を見合わせた。


「じゃ、あらすじでいいわ。」

「あらすじ、ですか?」

「そうよ。

それなら、時間かからないでしょ?」

「…

でも、それでは、お読みになったときのお楽しみを、減らしてしまうことになって…」

「地球ふうに言うと、ネタバレだね。」

「…

そういえばそうね…

う~ん…」


彼女は、少し悩んでいたが、意を決して、訊いた。


「じゃ、一言でいうと、どんな話?」

「一言で、ですか?

美しい女神が、人間の男と恋に落ちるお話です。」


彼女は、虹色の瞳を輝かせて、夢見るように微笑んだ。


「絶対読んでみたいわ!!

そのお話!!」



マスターは、カード端末を持って、私たちに見せた。


「これで読めます。」

「その端末で?」

「はい。」

「…

でも、私たち、あなた方の言葉の文字は、全然読めないのよ?」

「そうだよ。

雪の星の話し言葉も、文字も、まだ、読めないんだ。

勉強しなきゃいけないとは、思ってるんだけど…」


マスターは、首に掛けた通訳器を持って、言った。


「この通訳器と同じように、皆さんの言葉と、我々の言葉を、相互に翻訳する機能が、カード端末にも付いています。

『美神』のお話も、皆さんの言葉の文字に翻訳させて、読めます。」

「やったー!!」


彼女は、小躍りして、喜んだ。


「…

あ、でも、読む時間があるかしら?

私たち、何よりも最優先でやらなきゃいけないことがあるから…」


この星の人たちと生き物たちを、巨大噴火から守ること…


私は、彼女に言った。


「たまには休まないと、ダメだよ。

一週間に1日ぐらいはお休みにして、その日に、読めばいいんじゃないかな?」


彼女は、虹色の瞳をキラキラさせて、ニッコリしながら、言った。


「あなたの言う通りね…

お休みの日に、読んでみるわね!!」

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