第12話

列車は、熱キ水出ル国に向けて出発した。


遠くに見える火山が、みるみる遠ざかって行く。


「ふたりでまた来ようね。」

「うん。

必ず来るわ。」


私たちは、見えなくなるまで、火山を見送った。


「熱キ水出ル国までどれくらい?」


車窓からこちらに向き直って、彼女が訊いた。


「半日ほどです。

皆さんの地球での時間で言うと、12時間くらいです。」

「…

その言い方長いから、12地球時間って言うことにしましょ。

で、この星の時間で言うと?」

「えーと…

我々の星の時間で言うと、5時間くらいです。」

「5時間?」

「半日が、5時間に当たるのかい?」

「そうです。

我々の星の時間で言うと、1日は、10時間です。」


彼女と私は、顔を見合わせた。


「でも、1日の長さは、地球と同じでしょ?」

「この星が自転して、一周する時間だから、地球と同じ時間のはずだよ?」

「もちろん、1日の物理的な時間は、我々の星も、皆さんの地球も、同じです。

我々と皆さんとでは、時間の単位が違うのです。」

「単位か…」

「どんな単位なの?」

「我々の星の単位では、1日は、10時間です。」

「…

その言い方も、長いから、変えない?

雪の星の時間だから、雪星時間っていうのはどうかしら?」

「いいね!!

わかりやすいと思うよ。」

「わかりました。

えーと…

1日は、10雪星時間です。」

「1日は、24地球時間だね。」


彼女は、虹色の瞳を輝かせて、微笑んだ。


「いいわね。

じゃ、分は?」

「えーと…

1…雪星時間は、10…雪星分です。」

「1…地球時間は、60…地球分だね。」


彼女は、つぶらな目を、大きく見開いて、尋ねた。


「10…雪星分なの?」

「はい。

我々の星の時間の単位は、ほとんど、10倍ごとに単位を決めています。」

「そうなんだ…

じゃ、次の秒も?」

「はい。

えーと…

1雪星分は、10雪星秒です。」

「えーと…

1地球分は、60地球秒だね。」

「ふーん…

だとすると、地球とは、ずいぶん違うわね…」

「1000雪星秒が、1日に当たるんだね?」

「はい。」

「地球だと、えーと…24×60×60地球秒が、1日だね。

…86400地球秒だね。」

「とすると…

1雪星秒は、86.4地球秒に当たるわね。

大雑把に言うと、地球の1分半ぐらいね。」

「ずいぶん違うね。

1地球秒とかの、短い時間を計る必要が無いのかな?

雪の星では…?」

「我々の星には、まだ単位があるのです。

えーと…

1雪星秒は、10…雪星…?」

「地球には、秒より短い時間の単位の名前が無いからね。

ミリ秒、マイクロ秒という単位を使うしかないかなあ…」

「では…

1雪星秒は、10雪星…ミリ秒です。」

「1地球秒は、えーと…

1000地球ミリ秒だね。」

「えーと…

1雪星ミリ秒は、8.64地球秒に当たるわね。」

「もうひとつ単位があります。

えーと…

1雪星…ミリ秒は、10…雪星…マイクロ秒…でしたっけ?」

「そうだよ。

えーと、

1地球ミリ秒は、1000…地球…マイクロ秒だね。」

「となると…

1…雪星…マイクロ秒は、0.864…地球秒に当たるわね。」


マスターは、フーッと、長い息を吐いた。


「短い時間の単位は、ここまでです。」


私も、ホッと一息ついた。


彼女は、虹色の瞳をキラキラさせて、微笑みながら、言った。


「大雑把に言うと、1雪星マイクロ秒が、地球の1秒弱に当たるのね!!」



窓の外には、雲ひとつない、抜けるような蒼空と、白銀の氷洋が、見渡す限り続いている。


風景に全く変化が無いので、列車が停まっているのではと、錯覚しそうになるほどだ。


「時間の単位は、他にはどんなのがあるの?」


彼女が、カード端末に、なにごとかメモしながら、訊いた。


地球で使っていたスマホは、持って来ているが、電源の規格が違うため、この星では、充電出来ないので、ほとんど、電源をオフにしたままだ。


そういうわけで、彼女は、マスターが貸してくれたカード端末に、メモをとっている。


「1日よりも長い時間の単位がいくつかあります。

10…雪星日が、1雪星…週です。」

「7…地球日が、1…地球…週だね。」


私も、カード端末にメモしながら、答えた。


「雪の星では、1週が10日なのね!!

ということは、曜日も10あるのね?」

「はい。

1曜日から10曜日まであります。

10曜日は、休日になる場合が多いです。」

「9勤1休!!

雪の星の人たちは、働き者だね。」

「地球よりも環境が厳しいからね、きっと…

必要な食料を得るために、がむしゃらに働かなきゃならなかったのね…」

「休日は、みんな、どんな風に過ごすんだい?」

「自宅で休む人が多いです。

ただ、文明開化後は、行楽に出掛ける人もずいぶん増えて来ました。」

「オーナーさんの功績ね!!

…じゃ、1ヶ月は何日?」

「えーと…

3…雪星週が、1…雪星月です。」

「…

う~ん…

地球の場合、週と月は、無関係に決められているから、何週が1ヶ月とは言えないなあ…

ほぼ30日が、1ヶ月だね。」

「雪の星では、1ヶ月は、必ず3雪星週なのね?」

「はい。」

「じゃ、1年は?」

「12雪星…月が、1雪星…年です。」

「12…地球月が、1…地球年だね。」

「1年は、雪の星も、地球と同じ12ヶ月なのね!!」

「そうです。

1年の日数も、皆さんの地球と同じ、365日です。

4年ごとに366日になることも、同じです。」

「惑星が太陽の周りを一周する時間が、1年の元になってるから、地球も、雪の星も、1年の物理的な時間は、同じだね。」

「地球が自転して、一周する時間が、1日の元になってるから、1日の物理的な時間も同じで、1年の日数も、地球と雪の星は、同じになるのね!!」

「惑星が太陽の周りを一周する間に、何回自転するかってことだからね。

当然、同じになるね!!」

「1雪星年が、12雪星月ですが、365日を12ヶ月で分けると、1ヶ月30日とすると、12×30=360日となり、5日余るので、1月、3月、5月、7月、9月は、31日間と定めています。

これらの月は、3週目が11日間になります。

31日は、休日になる場合が多いので、30日に続いて連休になる場合が多いです。

閏(うるう)年の4年ごとに11月が31日間になります。」

「地球では、2月だけ28日間で、8月は31日間、9月は30日間、10月は31日間、12月も31日間だね。

1月と3月~7月と、閏年以外の年の11月は、地球と雪の星は、同じ日数だね。

閏年の4年ごとに2月が29日間になるね。

1月1日~2月28日までは、どちらの星も、同じ日になるけど、地球の3月1日は、雪の星では、2月29日になるね。

閏年には、雪の星では、2月30日になるね。

つまり、地球の3月以降の日付は、雪の星の日付と、ずれてしまうね…!!」

「どちらの星も、1年が12ヶ月なのは、なぜかしら?」


私とマスターは、顔を見合わせた。


だが、マスターの表情は、やっぱり、うかがい知れなかった…


「これも、天体の回転周期が、元になってるから、どちらも同じ物理的な時間になってるんだね。」

「天体って?」

「名前の通り…」

「あ、わかった!!

月ね!!」

「地球が太陽の周りを一周する間に、月は、地球の周りを約12回回るからね。」

「雪の星も、地球も、当然、同じになるのね!!」


マスターが、なんとなく、もじもじしながら、言った。


「女性の体調の変化の周期も、皆さんの地球と、我々の星とは、同じなんです。」


彼女は、しばらく、黙っていたが、頬を赤らめながら、自分の体を見下ろして、呟いた。


「不思議ね…」




窓の外を見ていた彼女が、こちらに振り返って、訊いた。


「全然風景が変わらないわね。

ずっとこんな感じなの?」

「熱キ水出ル国までずっとこんな感じです。」

「真っ白い氷ばかりで、なんにも無いから、走ってる感じがしないわ。」

「ほぼ最高速度で走っていますよ。」

「確か時速500キロメートルぐらいだったよね?

揺れもほとんど無いし、音も風切り音しか聴こえないから、そんなにスピードが出てる気がしないね。」

「この大陸間鉄道って、いつ頃出来たの?」

「10…雪星年ほど前です。」


彼女は、マスターに微笑んだ。


「年は、雪の星も地球も同じなんだから、年だけでいいわよ!!」

「あ、そうですね…

えーと…

10年ほど前です。」

「鉄道って、他の大陸間にもあるの?」

「黄色キ大地ノ国と引キ裂カレル大地ノ国の間で、2本目の路線が敷設工事中です。」

「2本目?

てことは、ここが1本目なの?」

「引き裂かれる…恋人たち?」


マスターは、私のボケをスルーして、答えた。


「黄色キ大地ノ国と熱キ水出ル国を結ぶこの路線が、史上最初の大陸間鉄道です。

2本目の路線も、あと半年ほどで、開通する予定です。」

「ここが最初なのね。

えーと…

引き裂かれる…恋人たちの国?」


彼女までボケなくていいのに…


「引キ裂カレル大地ノ国です。」


あくまでも真面目に答えるマスター。


雪の星には、ボケとツッコミというコミュニケーションのパターンが無いのだろうか…


「引キ裂カレル大地ノ国、ね。

それって、どこの国?」

「皆さんの地球では、アイスランドと呼ばれている国です。」

「アイスランド!!」

「アイスの美味しそうな国だね?!」


彼女は、煙たそうな顔をして、私を見た。


「なに、さっきから冗談言ってるの?

あなたらしくもない…」

「あれ、面白くなかった?」

「面白い面白くないじゃなくて、なんで冗談言ってるのか、訊いてるの。」

「ちょっとテンションが高くて…」

「テンション?

なんで?」

「なんでって…」


私は、赤くなった。


「もう、なに考えてんのよ!!

スケベ!!」



彼女も少し赤くなりながら、私を諌(いさ)めた。


「雪の星の生命を巨大噴火から守らなきゃいけないんでしょ?

そのためには、この星のことをよく知っておかなきゃ。

巨大噴火は、いつ起こるかわからないのよ。

明日にも、起こるかもしれない。

冗談言ってる場合じゃないでしょ?」


私は、うなだれて、答えた。


「君の言う通りだよ。

ごめんね…」


彼女は、プーッとふくれて、ため息をついた。


「どこまでいったかしら?

アイスランドだったわね。」

「火山の多い島国です。

地殻のプレートが引き裂かれている真上に位置しているので、この星の内部の熱によって暖められて、世界でも最も温暖な地域のひとつとなっています。」

「人も多く住んでるの?」

「皆さんの地球で言うところのヨーロッパでは、いちばん人口の多い国です。」

「アイスランドは、地球では、北極圏に近くて、名前の通り、とても寒いところね。」

「地球だと、南北の緯度、つまり、太陽からの日射量で、気温がほぼ決まるけど、この星では、緯度は、あんまり関係無いのかな?」

「日射量のいちばん多い赤道地域でも、氷点下を下回る気温が続くので、農作物は生産出来ません。

農作物の耕作地は、地熱の湧出量の多い地域に限られるのです。」


彼女は、虹色の瞳を輝かせて、微笑みながら、言った。


「つまり、簡単に言うと、地熱で人口が決まるのね!!」




カード端末から視線を上げて、彼女が訊いた。


「この星の人口はどのくらいなの?」

「約1000万人ほどです。」

「そんなにいるんだ!!

僕たちの地球の総人口は、最近、ようやく、200万人を越えたところだよ。」

「巨大噴火前は、約80億人もいたのに…

ほとんどみんな亡くなって、100万人ほどしか生き残れなかったの。」

「巨大噴火から40年が過ぎて、僕たちのような、噴火後に生まれた世代が、結婚して…」


私は、彼女を見た。


彼女は、おずおずと、微笑んだ。


私も、彼女に微笑んだ。


「…子供を産み、育てるようになって、これから、どんどん、増えていくよ!!」

「私たちの星でも、200年ほど前に、地熱蒸気機関の発明による産業革命が起きる前までは、ずっと100万人に満たない総人口だったのです。

産業革命後、食料生産の増加と共に、人口も次第に増えていきました。

50年ほど前の太陽光発電の発明による第二次産業革命後、食料生産が地下でも行えるようになって、さらに人口が増加しました。

30年ほど前の原子力発電の発明による第三次産業革命後、利用出来るエネルギーが大幅に増えて、人口増加率がアップしました。

10年ほど前の潜水ロボット艇による深海での底引き網漁の開始によって、食料が大幅に増えて、人口も急増しました。

そして、異世界からのオーナーの到来による文明開化によって、結婚するカップルが急増し、ベビーブームが起きて、ついに、1000万人を越えたのです。」


彼女は、寄りかかっていたシートの背もたれから、やおら身を起こして、虹色の瞳をキラキラさせて、言った。


「オーナーさんスゴイわあ!!

早く会いたいね!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る