第10話
ふたりは、結婚した。
「入籍届けは、地球に戻ってから、出しましょ!!」
「そうだね!!」
灼熱ノ岩流ルル国に着くと、宿泊先のホテルで、結婚式をあげた。
「おめでとうございます。」
マスターが、祝ってくれた。
参列者は、マスター以外、知らない人ばかりだ。
ほんの数時間前に、結婚が決まったのだから、無理もない。
「異世界研究所の関係者や、私の知り合いなどに、急遽集まってもらいました。」
マスターが、式のいろんな手筈を整えてくれた。
式は、雪の星の一般的な結婚式のやり方に倣った。
彼女と私は、指輪を、互いの薬指に嵌め合った。
そして、キスをした。
参列者の皆さんが、歓声をあげて、祝ってくれた。
指輪は、この国のアクセサリーショップで、ふたりで選んで、買った。
衣装は、レンタルで、地球のウェディングドレスとは違って、新郎新婦共に、カラフルで、華やかな、派手な衣装だ。
テーブルに、さまざまな料理が並べられた。
羊肉の料理もある。
お酒は、お米のお酒など、いろんなお酒が並べられた。
結婚式の司会を務めたマスターも、テーブルについた。
「いただきます!!」
「いただきます!!」
「いただきます。」
ボリュームたっぷりの、マトンのステーキだ。
「美味しい!!」
「スゴイ大きさだね!!」
「味付けは塩と胡椒かしら?」
「これだけで、大満足!!」
3人とも、完食した。
「ごちそうさま!!」
「ごちそうさまでした!!」
「ごちそうさまでした。」
お酒をしこたま飲んで、ほろ酔い気分のマスターが、祝ってくれた。
「いつまでもお幸せに!!」
私たちは、地下の街を出て、エレベーターで、地上に上がった。
寒さに備えて、防寒着を重ね着した。
地上に出ると、目の前に、遮るものの無い、氷の世界が広がっている。
見渡す限り、一面の白銀。
雲ひとつ無い夕焼け空が、藍色から紅色へと、境目無くグラデーションを描いて、西の氷平線に接している。
太陽が、みるみる、氷平線に近付いていく。
東側を振り返ると、火山の、黒くギザギザした溶岩大地が、緩やかな傾斜を保ったまま、山頂の火口まで続いている。
火口からは、赤く輝く溶岩が、とろとろと流れ出している。
黒い溶岩大地と白い氷洋の間に挟まれるように、細々と、人間たちの緑の農園が広がっている。
そこだけは、生き物が生きられる暖かさなのだ。
ここは、地球で言えば、ハワイ。
だが、青い海も、白い砂浜も、ヤシの木も無い。
「綺麗だけど…」
「寂しいね。」
「人もいないし…」
「みんな、地下の街にいるから…」
「寒いわ。」
「じゃ、そろそろ、街に戻ろうか?」
「太陽が沈むのを見ましょ。」
「そうだね。」
彼女と私は、体を寄せ合って、互いを暖め合った。
ふたり一緒なら、大丈夫だ。
太陽が沈んで、暗くなっても、私たちは、そこに留まった。
星空が、私たちを釘付けにしたのだ。
「天の川!!」
「綺麗だね!!」
「まるで、目の前にあるみたい…
スゴくクッキリ見える!!」
「大気の透明度が高いんだろうね。
僕たちの地球に比べると…」
「私たちの地球は、火山灰の濃度が高いから、見える星の数も、ずっと少ないのね。」
「天の川なんて、巨大噴火前の写真でしか見たことが無かったね。」
「銀河系が見えてるのね。
すぐそこに…」
「うん。」
私たちは、言葉を無くして、目の前に広がる宇宙を見つめた。
宇宙には、どんな世界が、存在しているのだろう?
星々の周りを回っているはずの惑星も、その上に生きているはずの生命も、ここからは、遠すぎて、見えない。
私たちの目では…
「他の星にも、生き物がいるのかしら?」
「いるところもあるだろうね。
まだ確かめられてはいないけどね。」
「どんな生き物がいるの?」
「液体の水のある惑星や衛星では、地球と同じような生き物が、いるかもしれないね。」
「人間みたいな知能を持った生き物も?」
「いるかもしれないね。」
「どんな?」
「いろんな姿かたちの生き物がいるかもしれない。
ただ、手にあたるものは、たぶん、持っている生き物が多いかもしれない。」
「手?」
「人間の場合、手を使って、いろんな道具を使ったり、いろんな行動をするようになっていく過程で、知能が発達して来たからね。
他の星でも、同じように、手を持つ生き物は、知能を持つように進化するかもしれない。」
「手を持たない生き物は、知能を持てないの?」
「手でなくても、手のような働きが出来るような体、例えば、ゾウの鼻のような器用な器官や、タコの足のような部分があれば、知能を持つように進化するかもしれない。」
「手のような働きをする体を持たない生き物は、知能を持てないの?」
「そうとは限らないよ。
例えば、カラスは、手のような働きをする体の部分を持っていないけれど、知能を進化させつつある過程にあるようだね。」
「カラス?」
「食べ物を得るために、人間のさまざまな鳥害防止策をかいくぐろうとして、試行錯誤を繰り返すうちに、だんだんと知能を発達させているんだろうね。」
「生き延びるために、知能を発達させる必要があれば、知能が発達する可能性が生まれるのね。」
「そうだね。
知能を発達させなくても、生きていけるのなら、カラスも、他の鳥と同じような知能のままで、生き続けていたかもしれない。」
「海の底にいる膜状の単細胞生物も、知能を発達させる必要があるのかしら?」
「その生物の生存環境を考えると、知能を発達させなくても、生きていけるから、知能は必要無いはずなんだけどね…」
マスターの話では、くっついた細胞間で、伝達物質を使って、情報をやり取りしていることがわかったという。
「もし、知能があるとしたら、いったい、
どんなことを考えているのかしら?」
「さあね…
好奇心が強いかもしれないから、どんなことでも知ろうとするかもね。」
「私たち人間のことは、どう思うんだろ?」
「その生物が、人間のことを知っているかどうか、まだ、わからないけど…
もし、知ったなら、きっと、興味を持つだろうね。」
「海の底にいるから、まだ、人間に気付いて無いかもしれないのね。」
「潜水ロボット艇には気付いているかもしれない。
でも、人間は乗ってないからね。」
「…もしかしたら、潜水ロボット艇を、知的生命と思うかもしれないわね。」
「有り得るね!!
潜水ロボット艇には、自立行動のためのAIが搭載されているから、ある意味、人工的な知的生命とも言えるね。」
「じゃ、その潜水ロボット艇も、膜状単細胞生物に興味を持っているかもしれないわね?」
「う~ん…
雪の星のAIについては、まだ、よく知らないんだ。
自立行動で、底引き網漁をして、戻って来れるんだから、かなり高度な知能を持つAIであることは確かだけど…」
彼女は、満天の星を見上げながら、呟いた。
「宇宙は、いろんな生命(いのち)で、いっぱいなんだわ。」
銀河系が、その美しい姿を、惜しげもなく、夜空に晒している。
そこに生きているさまざまな生命も、私たちと同じように、幸せになろうと、毎日、頑張っているのだろう。
遠すぎて、見えないだけなのだ。
近くに行けば、見えるはずだ。
さまざまな生命が、生きている様を…
「生命のいる星って、どれくらいあるのかしら?」
「いっぱいあるとしか、答えようが無いね。
今は…」
「今は?」
「宇宙にある星を全部調べ尽くせば、ようやく、その質問に答えられるようになるだろうね。」
「…
それって、いつ頃までかかりそう?」
「光の速さよりも速く情報を伝えられないとしたら、何百億年もかかるだろうね。」
「そんなに待ってられないわ。
じゃ、概算でいいわ。
だいたいの数で。」
「少なめに見積もって、銀河系だけでも、100万個はあるかもね。」
「100万個?」
「実際は、その10倍、100倍、1000倍あるかもしれない。」
「なんで、そんなに不正確なの?」
「無生物の世界に、生命が誕生する確率が、まだ、わからないんだ。」
「確率?」
「水のある惑星や衛星なら、地球のような生命は、いったん生まれれば、ずっと生き延びる可能性が高い。
いちばん最初の、生命誕生の確率がわかれば、水のある惑星や衛星の数から、生命のいる星の数が概算出来ることになるね。」
「なぜ、生命誕生の確率がわからないの?」
「無生物から生命が誕生する過程が、まだ、わからないんだ。
今まで、原始の地球環境に近い条件で、数多くのさまざまな実験が行われたけど、一度も、無生物から生命が誕生したことは無い。
単純に、確率で言えば、0%ってことになるね。」
「0%だったら、生命が生まれないじゃない!!
私たちが、ここにいるんだから、0%のはずがないわ!!」
「そうだね…
今わかっていることで、いちばん重要なことが、それだね。
無生物から生命が誕生する確率は、0%ではない。
0%~1%の間の確率ってことになるね。」
彼女は、虹色の瞳を、銀河の星々のように輝かせて、言った。
「私たち自身が、その証明なのね!!」
彼女と私は、体を寄せ合って、互いの存在を確かめた。
「こうやって、あなたと私が、生きてること自体が、奇跡なのね?」
「そうだね…
奇跡だね。」
「他の水のある惑星や衛星でも、奇跡が起きたら、生命が生まれるのね?」
「生命に必要な元素が全部揃っている星なら、生まれる可能性があると思う。」
「元素?」
「星によっては、生命に必要な元素が無いか、少なすぎて、生命が誕生しないところもあるだろうね。」
「そうなんだ…」
「生命に必要な元素が全部揃っていて、液体の水がある惑星や衛星なら、地球の生命のような生命が、生存出来るだろうね。」
「あとは、奇跡さえ起こればいいのね。
無生物から生命が生まれる奇跡が…」
「地球では、その奇跡が起きたから、僕たちがいるんだね。」
「地球で奇跡が起きたんだから、他の星でも、奇跡が起きても、不思議じゃないわね。」
彼女は、しばらく、目の前に横たわる銀河系を、黙って見つめていたが、やがて、私に顔を向けて、微笑んだ。
「私たち自身が、証(あかし)なのね。
他の星にも、生命が存在していることの。」
一筋の光が、夜空を駆け抜けた。
「あっ!!」
「流れ星!!」
一瞬で、まばゆい光線は消えた。
「願い事!!
…ダメね。
とても3回も唱えられないわ!!」
「あっという間だもんね。」
「もう…
誰が3回って決めたのかしら?
1回でいいじゃない?
それなら、唱えられそうなのに…」
「ハハッ!!」
私は、思わず、声を出して笑った。
「確かに、1回なら、流れ星が流れてる間に、唱えられる願い事もあるだろうね!!」
彼女は、ぷーっと頬を膨らませた。
「あんな短い間に3回唱えるなんて、あ、ぐらいしか言えないじゃない?
あああ、って。」
「あ、じゃ、意味わかんないね!!
どんな願い事なんだろって…」
「1回なら、言えるのに!!」
「…
なんて、お願いしたかったの?」
「…
秘密!!」
「えーなんで?
教えてよ!!」
「恥ずかしいんだもん…」
「恥ずかしい?」
星明かりに照らされた彼女は、頬を紅く染めているようにも見えた。
「…
わかったよ。
でも、知りたかったなあ…
君の願い事…」
「…
そんなに、知りたい?」
「うん。」
「…
じゃ、あなたの願い事、先に教えて。」
「僕の?」
「あなたが教えてくれたら、私も、教えるわ。」
「僕の願い事は、君を幸せにすること。」
彼女は、じっと、私を見つめた。
「それって、ちょっと、長すぎない?」
「あ…
そうだね。
えーと…
僕の願い事は、君の幸せ。」
彼女は、ニッコリした。
「私の願い事は、愛して。」
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