第9話

「おはよ!!」


誰かが、私の腕を掴んで、優しく揺さぶっている…


「…おはよう!!」


目を開けると、キラキラした笑顔の彼女が、私に顔を近付けて…


私にキスした。


「眠れた?」

「…うん。」

「私もグッスリ寝たわ。」


ドギマギしている私を、悪戯っぽい目で見ながら、彼女は、窓のカーテンを開けた。


「眩しっ!!」


明るすぎて、すぐには目が慣れなかった。


「真っ白!!」


窓の外には、見渡す限り、白く輝く氷の世界が、広がっている。


地平線?

水平線?


いや、氷平線と呼ぶべきか?


端から端まで、まっすぐだ。


その上には、雲ひとつない、真っ青な青空が、広がっている。


私は、車両の反対側の窓を見た。

カーテンの降りていない窓の外に、同じような、白と青の風景が見える。


「どっちだろ?

海か、陸か、わかんない…」

「もう太平洋…限リ無キ氷洋に出たって、マスターが言ってたわ。」

「海の上か!!」

「綺麗だけど、なんにも無いわね。

見渡す限り、まったいら!!」

「ハワイまでは、ずっと、こうだろうね…」

「お腹すいて来ちゃった。

朝御飯食べに行きましょ!!」



食堂車に向かうと、隣の客車の通路に、乗客たちが並んでいる。


その横を通り抜けて、食堂車に入ったが、満席のようだ。


並んでいる乗客たちは、食堂車の順番待ちだったのだ。


「困ったな…

どうする?」

「別に待っててもいいけど…」


引き返して、列のいちばん後ろに並んだ。


「ところで、マスターの姿が見えないけど?」

「あなたが起きる前に、ちょっと失礼しますって言って、どっか行ったわよ。」

「ふーん。

トイレかな?」

「さあ?

私に訊かれても…」


噂をすれば影である。


マスターが、食堂車のほうからやって来た。


「おはようございます。」

「おはよ!!」

「おはよう!!」

「どこに行ってたの?」

「ちょっと、用事がありまして…」

「用事?

どんな?」

「…ちょっと、私用で…」

「私用?」


マスターは、落ち着きを無くして、頭を掻いた。


彼女が、訊ねた。


「どんな用事なの?

差し支えなければ…」


マスターは、少し考えて、ため息をついた。


「シャワーを浴びに。」

「シャワー?」

「食堂車のひとつ向こう側の車両に、シャワールームがあります。

そこで、シャワーを浴びました。」

「ふ~ん。」

「少し汗をかいたもので。」

「汗?」

「私には、少し暑かったのです。

この列車の暖房が…」

「…あー…」

「寒さに慣れた体なので、汗をかいてしまって、シャワーを浴びて参りました。」


マスターは、自分の体を覆う白い毛を見下ろした。


「もふもふだもんね。

マスターは!!」


彼女は、アッケラカンと言った。


「申し訳ありません。」

「謝るようなことじゃないでしょ?

誰だって、暑かったら、汗をかくわよ。」

「そうだよ。

マスターは、なにも悪くないよ。」

「ありがとうございます…」


彼女は、ニッコリして、訊いた。


「席で食べれる朝食無いかしら?

食堂車の席が空くのだいぶかかりそうだし…

パンとかコーヒーとかベーコンエッグとか。」


マスターは、ペコリと頭を下げた。


「申し訳ございません。

パンは、文明開化後、我々の星でも作られるようになったのですが、大陸間鉄道の車内メニューには、まだ加えられていません…

そして、我々の星には、コーヒーもベーコンエッグもありません。」


私は、訊き直さずにはいられなかった。


「コーヒー無いの?」


コーヒー無しで、やっていけるのだろうか…


「コーヒー豆の木は、我々の星では、絶滅してしまったのです。」

「暑い土地でしか生えないもんね…」


予想していたことではあるが…


「お茶はございますよ。

緑茶も、紅茶も、ウーロン茶に近いものも。

ワゴンサービスが巡回して来るので、お席で頂けます。」


私は、心の中で、胸を撫で下ろした。


お茶なら、カフェインも入ってるから、なんとかなるな…


彼女が、訊いた。


「そば茶は?」

「ございますよ。」

「よかった!!」


そば茶も、彼女の大好物なのである。


「お茶はそれでいいわ!!」


腕を組み、顎(あご)に手を添えて、考え込む彼女。


「フム…

問題は、パンね。」

「ワゴンサービスでも売ってないんだね?」

「はい。

ナンやパパドのようなものはあるのですが…」

「パパド!!」


パパドも、彼女の大好物なのである。


「朝食はどんな料理を食べるの?」

「ジャガイモ料理が主です。」

「主食だもんね。

やっぱりポトフ?」

「それもありますが、油で揚げたものや、焼いたものもあります。」

「フライドポテトだ!!」


フライドポテトも、彼女の大好物なのである。


「パパドとフライドポテトって、お席で食べれる?」

「もちろん。

ワゴンサービスで買えますよ。」


聞くが早いか、彼女は、踵(きびす)を返して、席に向かって歩き出した。


慌てて、私とマスターも、席に向かう。


席に戻ると、ニコニコしている彼女。


「楽しみね。

パパドとフライドポテト!!」


しばらくすると、ワゴンを押しながら、女性の売り子さんがやって来た。


乗客たちの注文に応えて、食べ物や飲み物を売っている。


私たちの座席の真横に、ワゴンが来た。


マスターが、売り子さんに注文を出した。


通訳器が通訳した。


「パパド3つとフライドポテト3つとそば茶3つ下さい。」


売り子さんは、ワゴンから注文された物を出して、マスターに渡した。


私は、マスターから、パパド2つとフライドポテト2つとそば茶2つを受け取った。


そして、彼女に、パパドとフライドポテトとそば茶をひとつずつ渡した。


マスターは、カード端末を使って、売り子さんに代金を払った。


「いただきます!!」

「いただきます!!」

「いただきます。」


パパドは、豆の粉をおせんべいのような形にして、油で揚げたもののようだ。


「美味しい!!」

「サクサク!!」

「野菜を載せて食べても美味しそうね!!」


フライドポテトは、ジャガイモをスティック状に細く切って、油で揚げたもののようだ。


「美味しい!!」

「地球のとソックリだね!!」

「バターみたいな味がするわ!!」

「牛乳は無いからバターは作れないはずだけど…」


マスターが、説明した。


「植物性油脂を使っています。」

「そば茶も、地球のと変わらない味ね!!」

「ほんのり香ばしいね!!」


3人とも、完食した。


「ごちそうさま!!」

「ごちそうさまでした!!」

「ごちそうさまでした。」


灼熱ノ岩流ルル国まで、しばらく時間がある。

私は、これからどうすべきか、彼女と相談したいと思った。


「すべきことを考えてみようよ。」

「そうね。」

「オーナーさんに会うこと。

雪の星の生命を巨大噴火から守ること。

雪の星の麹菌を見つけて、お醤油を作り、雪の星の食材だけでお寿司を作ること。

君を幸せにすること。」

「私を幸せにすることが、いちばん後回しなの?」

「違うよ!!

いちばん大切なことだよ!!」

「他の3つのことよりも、私を幸せにすることのほうが、大切なの?」

「そうだよ。」


彼女は、じっと私を見つめた。


「雪の星の麹菌を見つけて、お醤油を作り、雪の星の食材だけでお寿司を作ることよりも、私を幸せにすることのほうが、大切なの?」

「そうだよ。」

「オーナーさんに会うことよりも、私を幸せにすることのほうが、大切なの?」

「そうだよ。」

「雪の星の生命を巨大噴火から守ることよりも、私を幸せにすることのほうが、大切なの?」

「そうだよ。」


彼女は、じっと私を見つめている。


「君を幸せにすることが、いちばん大切だよ。」


彼女は、言った。


「じゃ、早く、私を幸せにしてよ。」

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