第6話
車は、駅に着いた。
マスターは、言った。
「ここから大陸間鉄道に乗ります。」
彼女が、訊いた。
「どんな鉄道なの?」
「海を渡るための鉄道です。
我々の星では、海が凍っているので、船というものがありません。
氷洋の上に、鉄道を敷いて、大陸間を結んでいるのです。」
「船が無いのね…」
「海は、最も厚いところで、厚さ数百メートルもの氷に覆われています。
我々の世界には、船という意味の言葉さえ無いのです。」
「氷の下には水があるの?」
「浅いところは、底まで凍っていますが、氷洋では、氷の下に、液体の海が広がっています。」
「どうして凍らないの?」
「海底火山や、熱水噴出口や、地殻などから伝わる地熱によって、温められているので、凍らないのです。」
「その海には、生き物はいるの?」
「太陽光は、氷で遮られて、全く入って来ないので、真っ暗で、葉緑素で光合成するプランクトンはいないのですが、熱水噴出口などの地熱湧出地の近くや、海底などに、さまざまな生物が棲息しています。」
「魚は?
鯨は?
イルカは?
アザラシは?
アシカは?
ペンギンは?」
矢継ぎ早に質問する彼女に、マスターは、タジタジとなった。
「魚は、主に深海にいろんな種類のものが棲息しています。
あとは…
…
すみません。
何でしたっけ?」
「鯨!!
イルカ!!
アザラシ!!
アシカ!!
ペンギン!!」
マスターは、立ち止まって、通訳器の表示を見ていたが、首を傾げながら、彼女に訊いた。
「すみません。
お言葉の意味がわかりません。
クジラって何でしょう?
生き物ですか?」
彼女は、ビックリして、私のほうを振り向いた。
「この星が凍りついた時に、みんな、絶滅してしまったんじゃないかな…
だから、マスターは、たぶん、見たこともないんだよ。
鯨もイルカもアザラシもアシカもペンギンも…」
私は、マスターに非はない事を説明した。
「そんな…
私たちの星でも、巨大噴火で、多くの生き物が絶滅したけど、海に棲む生き物は、比較的、生き延びたものが多かったの。
海の中なら、火山灰を吸わずに済んだから…
鯨もイルカもアザラシもアシカもペンギンも、みんな生き延びたのよ。
数はスゴく減っちゃったけど…」
彼女は、虹色の泪をこぼした。
マスターは、言った。
「我々の星には、無いものがいっぱいあるのです。
皆さんの星にはあるものが…
…
64万年前の巨大噴火によって、そして、その後の全球凍結によって、多くの生き物たちが絶滅したのです…
…
川も、池も、湖も、沼も、滝も…
熱水の湧き出る所…
地熱湧出地にしか無いのです。
…
雪も…雨も…雲も…雷も…
地熱湧出地でしか発生しないのです。
…
そして、台風やハリケーンなどの嵐は、全く発生しないのです。」
駅は、人でごった返していた。
「切符を買いましょう。」
マスターは、彼女と私に、カード型の端末を渡した。
「これで買えます。」
切符の自動販売機らしきものが並んでいる。
しかし、文字が読めない...
結局、マスターに買って貰う事になった。
「切符は、ICカード型です。
改札機に近付けるだけで、改札を通れます。」
改札を通りながら、彼女が言った。
「言葉の勉強しなきゃいけないわね…!!」
ホームには、いかにも速そうな、流線形の列車が停まっていた。
大きな鞄を引っぱった乗客たちが、乗り込んで行く。
列車を見ながら、彼女は、訊いた。
「熱キ水出ル国までどれくらいかかるの?」
「直通なら、1日ほどです。
途中、灼熱ノ岩流ルル国で1泊滞在されると、2日ほどです。」
彼女と私は、思わず、微笑みながら、顔を見合わせた。
「灼熱の…いわゆる国?」
「それって、もしかして…」
マスターは、私の言い間違いをスルーして、列車に乗り込みながら、答えた。
「皆さんの世界では、ハワイと呼ばれている地域です。」
「ハワイ!!」
「椰子の木とか…
生えてないわよね?」
マスターは、済まなさそうに、頭を掻いた。
「ヤシノキって?
通訳器でもわかりません。」
「あ、そっか。
椰子も無いのね。
えーと、南の島の浜辺に生える美味しいジュースの飲める実…
のなる木よ。」
「そうなんですね。
メモメモ…」
マスターは、カード端末にメモした。
「皆さんの世界では、灼熱ノ岩流ルル国…
ハワイの浜辺に、えーと、ヤシノキが生えているのですね?」
「昔はね。
でも、巨大噴火で、ハワイは、火砕流に襲われてしまったの。」
「…」
「イエローストーン火山から噴出した火砕流は、ロッキー山脈を越えて、西海岸から、太平洋の上を、ものすごいスピードで広がって行ったんだ。
そして、ハワイも…」
マスターは、しばらく無言だったが、気を取り直したように、訊いた。
「それでは、ヤシノキも絶滅してしまったのですか?」
「椰子の木は、地球の他の地域の浜辺にも生えてるから、絶滅はしてないわ。
ただ、巨大噴火後、火山灰などで太陽光が遮られて、私たちの星も、寒冷化したから、椰子の木も、減ってしまったと思う…」
「そうですか…」
マスターは、切符を見ながら、言った。
「こちらの席です。」
3人並んで、席に座った。
窓際に彼女、その隣に私、通路側にマスターだ。
しばらくして、チャイムのような音が聴こえた。
「出発です。」
マスターの声と同時に、列車は、滑らかに動き出した。
窓の外に見える駅のホームが、みるみる加速して、後ろに過ぎ去って行く。
突然、窓の外が真っ暗になった。
「トンネルに入りました。」
時折、白い光を放つ照明灯が、一瞬、窓の外を通り過ぎて行く。
客室の照明が、煌々とした白色から、控えめな明るさの少し赤みがかった色に変わった。
軌道を走る車輪の音が、フッと聴こえなくなった。
浮上走行に切り替わったのか?
風切り音だろうか?
微かに、シューッという音が聴こえる以外は、何の音も聴こえない。
「スゴく静かね!!」
窓の外をジッと見ていた彼女が、言った。
「この列車は、浮上式?」
「はい。
超伝導リニアモーターによる浮上式列車です。」
「道理で…
揺れもほとんど無いな。」
「空飛ぶ絨毯に乗ってる感じね!!」
「速さはどれくらい?」
「最高速度は、皆さんの地球の単位で言うと、時速500キロメートルほどです。」
「トンネルはどこまで?」
「皆さんの地球で言うところのロッキー山脈を抜けて、西海岸の平野に出るところまでです。」
「そこからは、地上を走るの?」
「地上を覆う氷河の上を走ります。
海岸線を越えて、氷洋に出ると、氷洋の上を走ります。」
「氷河と氷洋の上を走るんだ…
氷の上では、どれくらいのスピードで?」
「ほぼ最高速度で走ります。」
「500キロで?」
「スゴイな!!
揺れたりしないの?」
「氷は、厚さ100メートル以上もあるので、びくともしないのです。」
「地震があった時は、どうなるの?」
「地震早期警戒システムからの通信を受信して、軌道が揺れる可能性がある場合は、直ちに減速して停車します。」
「震源地が遠い場合は、それで間に合うんだろうね。」
「走ってる時に、すぐそばで地震があったら?」
「その場合は、浮上している車体が、リニアモーターの軌道に接触する可能性があります。しかし、リニアモーターの構造上、軌道に接触出来るのは、低速走行用の車輪だけなので、大丈夫です。」
「車体が、軌道から外れる可能性は?」
「リニアモーターの構造上、軌道が、車体の超伝導磁石の部分を、半ば、包むようにして、左右から挟んでいるので、脱線は起き得ないのです。」
彼女は、虹色の瞳をキラキラさせて、ニッコリしながら、言った。
「なら、安心ね!!」
窓の外を、時折、目にも止まらぬ速さで、灯りが通り過ぎて行く。
彼女は、窓の外を見ながら、訊いた。
「私たちの星も、この星みたいに、凍りついちゃうのかしら?」
「微妙なところなんだ。
凍りつく可能性もあるし、巨大噴火前の気温に戻る可能性もある。」
私は、彼女の横顔を見ながら、答えた。
「巨大噴火後、地球の…私たちの星の平均気温は、15度近くも下がった。
火山灰や煤煙が、地表に降下して、大気中の浮遊物が減って行くに従って、気温は、次第に回復して来た。
でも、ここ数年は、ほぼ横ばいで推移している。
イエローストーン火山で、小規模な噴火が、断続的に続いているので、大気中の火山灰が供給されて、太陽光を遮り続けているんだ。」
「シェルタリングスカイのドームの外は、今も、火山灰が降り続いているのよね…」
「噴火がおさまりさえすれば、元の温かい地球に戻る可能性があるけど、噴火が活発化すれば、大気中の浮遊物が増えて、もっと寒くなってしまうだろうね。」
マスターが、割って入った。
「噴火の規模次第では、皆さんの地球でも、我々の星で起きた全球凍結が、起きるかもしれないのですね?」
「どちらに転ぶのか、今のところ、全く予測がつかないんだ。
温かくなるのか、寒くなるのか…」
「地球さんのご機嫌次第って訳ね?」
立ち上がって、背伸びをしながら、彼女が言った。
「おなかすいちゃった。
食堂車ってある?」
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