第2話

まるで北極や南極に行くための様な準備をして、『無限分岐宇宙』に再び来たのは、1ヶ月ほど後の事だった。


まわりの人々に、ありのままに、本当の事を話して、別の宇宙にある雪の星に行くと言っても、誰も信じてくれなかった…


無理もないことだが…


「もう面倒くさいから、とにかく行きましょ!!」


しびれを切らして、彼女が言った。


結局、私と彼女は、別の宇宙にある雪の星へ旅行に行くと説明して、旅の準備をした。


事実その通りなのだ。


友人達や会社の同僚達は、それを聞いて、驚いた。


女性の手も握った事のない私が、いきなり、そんな事を言い出したのだから、当然だ。


「君の事を紹介しろって、みんなに言われてね。」


待ち合わせた駅で、彼女に話した。


「そんなの、あなたのVRに記録されてる私の映像や写真やプロフィールを少し見せておけば済むでしょ?」


オープンIDは、教えてもらったのだ。


もちろん、名前も、教えてくれた。


新代木星美(しんよぎほしみ)さん、と。


「え、そんなもんでいいの?」

「雪の星に行っちゃえばそれで済むんだから!!」

「…え?」

「もふもふの人が言ってた事、聞いてなかったの?

こっちの世界に戻って来れなくなる可能性が高いって言ってたでしょ?」


彼女は、雪の星の住人を、もふもふの人と呼んでいた。


確かに、もふもふしていた…


「それは...聞いてたけど…」

「戻って来るつもりで行っても、帰れなくなるようなところなのよ!!

帰る気が無くなるような…

スゴく楽しいところなのよ!!」


虹色の瞳をキラキラさせて、夢見るような表情で、彼女は言った。


「こんなチャンス、普通は有り得ないのよ?

奇跡なのよ!!」


上気した顔をドキッとするほど私に近付けて、私の目を見つめながら、虹色の瞳をキラキラさせて、彼女は言い放った。


「この冒険に挑むために、私たちは生まれて来たのね!!」




『無限分岐宇宙』は、前と同じところにあった。

廊下に並んだ3つのドアのひとつめに、迷わず入った。

「いらっしゃいませ。」

マスターが出迎えた。

「こんにちは!!」

相変わらず、もふもふしている。

「今日は、君の星に行く準備をして来たよ!!」

「さようでございますか。」

別段、驚いた風もなく、マスターは、コーヒーを入れ始めた。

「そろそろ、どうすれば君の星に行けるのか、教えてもらえないかな?」

「簡単です。

廊下に出て、2番目のドアを開けて、通ればいいのです。」

あっさりとマスターは答えた。


彼女も、私も、拍子抜けしてしまった…

「ちょっと待ってよ!!

じゃ、私たちが初めてここに来た時、もし、2つ目のドアを開けて通ってたら、雪の星に行ってしまっていたの?」

「そうです。」

平然と、マスターは答えた。


その時着ていた、半袖の姿で雪の星に行ってしまっていたら、すぐに凍え死んでしまったかもしれない…


ゾッとして、彼女と私は身を寄せた。

マスターは、急に体をひねって、毛むくじゃらな顔、と言っても、真っ白い毛に覆われた盛り上がりにしか見えない部分を、私たちに近付けて、こう言った。

「その場合はすぐに私がお助けに参りましたから、ご安心を。」

「あー、そうか、そうだね!!」

「助かるわ!!

ありがとう!!」

笑顔になるふたり。

そして、マスターも、笑っている…ような気がした。

毛に覆われて見えないのに…


「ホットミルク頂いてもいい?」

カウンターの椅子に座りながら、彼女が言った。

「かしこまりました。」

「なんだかもう寒くなって来ちゃった。

私、寒いの苦手ではないんだけど…」

「気のせいだよ。」

そう言いながらも、私も寒気を感じて来た…


実は、私は、寒いのは、大の苦手だったのだ。


なのに、これから雪の星に行こうとしてるなんて…


なぜ、そんな事をする?


もちろん、彼女が雪の星に行くつもりだから…


この、有り得無い…別の宇宙への旅は、彼女と私、ふたりで見つけた、ふたりのための旅なのだ。


ふたりそろって完走し、ゴールインしなければならない。


…ゴール?

ゴールって何だろう?


この旅のゴールって、何だろう?



恋?


私は、とっくの昔に彼女に恋してるのに、彼女のほうは…


今は、旅の事で頭がいっぱいで、恋どころじゃないのか?


彼女も、私に恋をして、両想いになれば、それが、ゴールなのか…?


彼女は、私の事をどう思っているんだろう?


今までにあったいろんな事を、私は、思い出した。


そして、また、同じ結論に達した。


彼女も、私を愛し始めていると。


ふたりの旅は、愛し合う事そのものなのかもしれない。


もしそうなら、ふたりの旅にゴールなどあって欲しくない。


ふたりで愛し合って、いつまでも、無限の宇宙を、旅し続けたい。


永遠に…



フーフーしながら、ホットミルクを美味しそうに飲む彼女を見つめながら、私は、詩を詠んでみた。


もちろん、恥ずかしいから、心の中で…



ふたり

助け合って

無限の宇宙を

旅したい


どこまでも

どこまでも



ふたり

愛し合って

とわの時を

過ごしたい


いつまでも

いつまでも



ふたり

励まし合って

どんな苦難も

越えてゆこう


いつまでも

どこまでも

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