アスピディスケ

「痛い、よ。駆」


そんな声に余り耳を傾けずに腕を引き歩く。

いつも無茶苦茶されて、翻弄されてるんだから、これくらい許されるでしょう?

そんなことを考えながら、でもちょっとだけ力を緩める。

それに僕が星奈ちゃんに甘い所が出ている気がして、何だか自分で恥ずかしくなる。


「一気に行くから、気を付けてね。」


俯いたままの星奈ちゃんに声を掛け一瞥し階段を駆け上がる。

屋上の扉に体当たりをする様に勢いに任せて扉を開く。

勢いのせいで雪崩れ込む様に倒れ込めば彼女の柔らかい体が僕にくっつく。

ドコドコと太鼓の様な、心臓の音が聞こえてはまずいと思い僕は彼女の体を起こし座らせる。

自分も隣に腰掛け視線を高くに上げる。


「ねえ、いつまでも俯いてちゃ意味ないよ。見てみてよ。」


僕の声につられるように見上げる彼女。

そこにはキラキラと宝石のように輝く満点の星空が広がっている。

隣から微かに息を呑む音が聞こえ僕は思わずクスリと笑んでしまう。

あの日と逆のこの光景は、きっともう一つの大切な宝物になるだろう。

あぁ、そうだ。僕はこれを伝えるためにここまで彼女をつれてきたんだった。

意識をすれば途端に緊張が体を包み、汗が噴き出す。

ああどうしよう。こんなんじゃまるで昔の自分みたいだ。

やだなぁ。何て頭を左右に振り暗い考えを吹き飛ばす。

息を大きく吸い込み声を喉から絞り出す。


「この景色は君がいたから知れた景色なんだ。」


その声に星奈ちゃんは引かれるように僕を見上げる。

その姿に僕は惹かれてしまう。

星の輝きでキラキラと照る瞳が僕を射貫く。

抱きしめたい。

そんな強い欲求に襲われた僕はその想いのまま彼女に体をくっつけ腰に手を回す

身じろぐことも跳ね除けることもせず星奈ちゃんは僕の肩に頭を乗せる

くっついた体からは星奈ちゃんの体温と鼓動が伝わってくる。

その早さに彼女もちゃんと僕を意識していることを知り嬉しくなる。


「君が辛いなら僕はいつだって君のアスピディスケ(盾)になるよ。」


耳元で消え入りそうな声でそう囁けば彼女は体を離し僕の目を見つめる。


「やっと、約束守ってくれたな……。」


『また、星の綺麗な夜に。』


あの頃の彼女と姿が重なる。

そこには、ヘラヘラと困った風に笑う彼女ではなく、ふにゃりと蕩けたような柔らかい笑みを浮かべる彼女がいた。


「この約束も……」


守ってくれるよな?、と囁く声に頭が取れそうなぐらい大きく振り勢いに任せて唇を重ねた。

カチ、と小さく歯がぶつかる音が鳴る。

これが多分、僕らの、僕らなりのファーストキスだ。

一気に赤く染まる星奈ちゃんの唇から、熱まで伝わって来るようで僕まで赤くなってしまう。

ああ、このまま時が止まれば、なんてちょっと女々しいかな?

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