赤いゼラニウム

風が音を立ててふく。

びゅおっと吹き上がるスカートを抑えて吸い込まれるように空を見上げた。

私は今、朔くんの病室に来ていた。

彼が倒れたと噂で聞きつけたのは確か2日ぐらい前だった気がする。

最初はいっぱい泣いていたけれど最近になってそれも落ち着いてきた。

太陽の光が眩しくなり目を伏せれば私をじっと凝視する、薄茶色の瞳と目があった。

じんわりと視界が滲む。

え、うそ、ずっと大丈夫だったのに、


「やっ……!おきっ……たっ!」


声にならない声で言葉を紡ぐ。

やっと目覚めた彼に悲しい顔なんか見せられない、と、私は慌てて口元を緩める。

優しく笑った彼の表情に更に視界が悪くなる。


「そばにおいでよ」


そう呼ばれ、彼のトクントクン、と鳴る胸元に顔を埋める


「うぅっ……!もっ、めざめないかと……っ、思った……!」

「そんなにかい?」


後頭部に触れる柔らかい掌の感触に胸が高くドクン、と鳴った。

痛いぐらいにたくさん鳴る心臓と燃えてるように熱くなる顔。

嗚呼、どうして、あなたは、いつもそんなに甘ったるいの。

私はぐりぐりとおでこを押し付けながら2日程眠っていたこと、とっても不安だったことを話した。


「具合悪くない?大丈夫?気分は?」


私は顔をぐしぐしと擦りパッと上げる。

目があった彼は視線をあちらこちらに流した後、私の後ろを眺めた


「あ、あぁ、大丈夫だよ。」

「よかった!!……ナースコール押さないと、だね!」


私は彼から離れナースコールに手を伸ばす。

それと同時に頰に優しい‘何か’が触れる。

あまりの驚きにナースコールを取り落とせば朔くんの優しい声が耳元からする。


「もうちょっと、二人でいようよ。」


大きく息を吸い込む。ふんわりと香る消毒液の匂い。

それに混じる甘い香りに目を閉じる。

私の幸せはいつだってあなたがいるからなの。

今も昔も、これからだってきっと……。

あなたがいなくなったらそれはもう私の幸福ではなくなってしまう。


「ずーっといなくならないでね?」


私が思わずそう漏らし顔を覗き込めば、あなたは驚いたように笑う。

その笑顔があまりにも儚く見えて私はすぐに目を伏せた。

見ていられない、消えてしまったらどうしよう。

そんな考えが頭を支配する。


「こっち、見てくれる?」


その優しい声にふるふると横に頭を振る。


「ねぇ、いいから」


少し力強い声に変わったのを感じ取り少し顔を上げれば、彼は私のおでこに唇を落とした。

あまりのことに目をまんまるに見開きおでこを押さえて顔を大きく上げ口を開く。

でもその行動は今、無意味に終わった。

ふわりと朔くんの香りが舞えば私の唇が優しい感触に包まれる。

何度も、何度も、自分がいることを示すように。

何度も、何度も、いなくならないって、確信付けるように。


「んっ、、、んーっ、」


私の声を合図にその甘い時間は終わった。

それでよかった、だって、心臓に悪すぎる。


「どれだけ僕が大丈夫だって伝えても、不安はなくならないだろう?でも、抱きしめてあげることだって、この怪我じゃ叶わない。だから、これならどうかな、って」


私の目を真剣に見つめてそう問うた彼に小さく頷く。

そういう、真摯に向き合ってくれるところも変わらない。

私は精一杯の勇気を振り絞り彼の頰に触れるだけのキスをした。

すると彼の唇が優しく弧を描いた。


嗚呼、神様。この幸せがずっと続きますように。

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