英雄譚の始まり 4

 ポケットの中に入れておいた缶ジュースのブルタブを開けることをどうしても躊躇してしまい、俺はレクターの顔面目掛けてプルタブを開けた。

 ジュースの中身が勢いよくレクターの顔面目掛けて解放され、レクターは格納庫前でゴロゴロと転がりながら顔面を押さえている。


「えっと………悪かったな」


 俺は缶ジュースを一旦捨てて、もう一度同じ缶ジュースを購入し、レクターの分も購入してやるが、レクターの方に視線を移すが、ちょうど『立入禁止』のテープが目に入ってしまう。

 格納庫の中では父さんが一人実況見分をしており、先ほどまで母さんがそこにいたのだが一旦部屋に戻っていった。


「そろそろ俺達も部屋に戻ろう」

「良いけど………ここにいなくていいの?」

「………ここにいて俺達が出来ることがあると思うか?それにもうじき飛空艇で応援が来るって話だし……」



 部屋へと戻る道のりの途中、自分達の泊る部屋のある車両へのドアを開けたときの事、唐突に「蛇?」と尋ねてきた。


「突然何の話なんだ?」

「さっきのコンテナの側面に書いてあった絵。帆と蛇?」

「いやウミヘビだ。ひれが付いていたからな。帆とウミヘビのマークだったな。と言っても国旗とか企業のマークで帆とウミヘビとか聞いたこと無いな」


 実際レクターの身に覚えがないようで、二人して頭を捻りながら部屋へのドアをゆっくり開けながら「帆とウミヘビなんてマーク見たこと無いし」と呟きながら部屋に入った。


「海洋同盟のマークがどうかした?」

「は?海洋同盟のマーク?」

「帆とウミヘビでしょ?海洋同盟の国旗のマークだよ。海洋同盟の関連企業は基本的に帆とウミヘビのマークが刻まれているんだよ。でも、それがどうかした?」


 右側の一階のベットに腰掛けて首だけを俺の方へと向け、俺はジュリの右隣にレクターは俺の対面に座りこむ。


「帰りが遅かったけど何かあった?」


 俺は小声で「まあな……」とバツを悪そうにしていると、レクターが面白そうに先ほどの一連の事件を語りだす。

 俺はそれを肩を震わせながら怒りのボルテージを最大値まで登らせていく。


「そもそもお前が格納庫の中に勝手に入っていかなければ俺が問題に首を突っ込むことも無かった!」

「いいじゃん! おかげで貴重な体験ができたわけだし!」

「いらないんだよ! そんな体験! そもそもお前反省しているのか? 一歩間違えたら窓からぶっ飛ばされていたぞ!」


 ジュリが「まあまあ」と俺を止めようとするが、俺の怒りはそんな事で止まることは無い。

 ヘラヘラと笑いながら俺の怒りに対して適当な返事をするレクター、俺は殴ろうと立ち上がるが、レクターはそれよりも早くドアへとかけていった。

 ドアノブを捻り、ドアを開けて外へと出るがその瞬間にレクターの顔面が『何か』にぶつかった。


「何……? この壁のような堅い物体」


 レクターは視線を上へと向け、そこには怒りの表情を浮かべ、質素なTシャツと上着と短パンを着た一人の少女………エリーが見下すような目をしていた。

 レクターはエリーのまっ平と言ってもいい胸部に頭を当て、胸に両手を添えている。

 あれを生き残るのは不可能だろう。

 どうやら俺が直接手を下すまでもないようだ。


「えっと………まっ平だね!」

「死ね」


 おおう。あそこまでストレートな殺意も久しく見ていない。

 エリーはゆっくりとレクターの襟首を逃がさないように掴み、右手をゆっくりと上にあげて強烈なビンタを左右に十回を超える回数がレクターを襲い掛かった。

 レクターの顔面が非常に面白い形になっているので俺からの制裁はしないことにした。


「フン! そこで死んでなさい」

「まあ、最後の一言が余計だったな」



 列車に揺れる事数時間、すっかり夜が更けていき俺は一階のベットに横になって物思いにふけっているが、どうにも目が冴えてしまった。

 飲み物でも買ってこようかと一旦立ち上がり、格納庫前のジュースの販売機にコインを入れてお茶を購入する。

 そのまま一口で飲み干し、ゴミ箱に投げ入れて立ち去ろうとする。


「私もジュースを飲みたい」

「来ていたのか? エアロード。全く、何を飲む?」


 俺は財布からコインを自販機の中に入れ、エアロードは炭酸系のジュースを購入している間、俺は近くのベンチに座って少しだけ休憩することにした。

 俺の隣で缶ジュースのプルタブを開けて飲み始めるエアロード、リュックサックにも満たないような小柄の体、緑色の体色と鱗、大きな竜の羽と細い手足が特徴の体がキラキラと月日に当てられて輝いている。


 この竜と出会ったのはもう三年以上前の話、湖畔の町での出来事だ。

 今思えばあの事件での色々な出会いから色々な人と関わり、ここまでこれたのだと思うと少しだけ思うものがある。

 多くの人を失ったし、多くの国が苦労する結果になったのは事実だ。


 時間は前にしか進まないし、昔を振り返っても過去は変わらない。


「何を想う? 今日一日どうもにぎやかにしていたそうだが?」

「好きでにぎやかにしていたわけじゃない。レクターの奴に巻き込まれただけだ」


 俺は格納庫の方に視線を移動させ、エアロードはジュースを飲む速度を少しだけ上げているのが聞える。


「何か嫌な予感がするのか?」

「どうしてわかる? 俺は誰にも何も言っていないのに」

「実はな聖竜が一つの予言を出した。お前の前にこれから英雄の名を持つ人間が現れるそうだ」

「それだけなら助かるんだがな。その話し方ならそいつと俺はそれ以外の関係になりそうだな」

「ああ、戦う事になるそうだ。それだけはお前自身覚悟しておいてほしいそうだ。最も細かい所は聖竜でも分からないそうだがな」


 戦う事になる。

 その言葉が何を意味するのか俺にはまるで分らなかった。



 目を覚ましたのは対面に寝ているはずの奈美が大きな声を上げて窓を開けたためである。

 俺からすれば寝不足で機能の疲れが一気に襲い掛かっているタイミング、同時に俺はゆっくりカーテンを開けてそっと外を見る。

 はしゃぎまわる奈美、眠たそうに体を起こしている海、ジュリは奈美の後ろで部屋を出る準備をしている。


「奈美ちゃんもそろそろ準備して。ソラ君も、いい加減起きたら? 後一時間で到着」

「分かったよ………クソ眠たい」


 昨日眠れないからとジュースを飲みに行ったのが間違いだった。

 俺の頭の方ではエアロードがすっかり熟睡しており、俺はエアロードの尻尾を掴んで引きずるように起き上がる。

 奈美が見ている窓の外では海の向こう側に海都の街並みがこっそり見えている。


「早くいきたいなぁ……!」

「奈美……少しでもテンションを下げないか? ていうか………なんで朝一番でそんなにテンションが高いんだ?」

「先輩。奈美は昨日からテンションマックスですよ」

「そうなのか………まあ、久しぶりの旅行という事でテンションが上がっているんだろうが……」


 俺からすれば旅行なんて別段テンションが上がらない行事、なんて考えているとレクターのハイテンションな声が俺の元へと届いた。

 どうやら殆どのメンバーが起床しているようで、俺はゆっくりと起き上がりもう一度布団を手に取ろうとする。


「いい加減起きなさい!」


 ジュリの無慈悲むじひな言葉と共に俺の体を温めている布団が奪い去られる。

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