英雄譚の始まり 3

 食堂で簡単な昼食を食べ終えた後、俺とレクターはその奥にあるコンテナを入れてある格納庫かくのうこ前の自販機でジュースを買おうとコルコインを自販機の中に入れていく。

 ガバルジュースというコーラ味の缶ジュースを購入し、ふとレクターは何を購入するのかと見ていると、格納庫のドアを開けようとしている瞬間だった。


「おい! 格納庫なんて何の用事があるんだ? 聞いているのか?」

「さっきから耳鳴りみたいな音が聞こえるんだもん。間違いなくここからだって、食堂からでも十分聞えたもん」

「そんな事の為に……」


 俺の制止を全く聞かずドアを開けてしまう。

 薄暗い格納庫の先へと歩き出すレクターについて行くように俺も入っていく、出入り口が階段になっていることに足を踏み出してから気が付き、急いで薄暗い足元を確認して格納庫の中へと入っていく。

 複数山済みになっているコンテナ、その中にある一番奥のコンテナから確かに聞こえてくる耳鳴りのような音。


(帆に………蛇? いや、ウミヘビだな。ひれがあるし)


 帆にウミヘビのマークのコンテナ、その周りに立ち蓋を開ける為に二人で上の蓋を開けて中を確認する。

 コンテナの中は腕輪のような物がビッチリと詰められていて、レクターがその内の1つを右手で持ち上げる。


「何なんだ?これが耳鳴りのような音の正体?嘘だろ」


 俺は正直半信半疑の気持ちで腕輪を持ち上げようと手に取るが、その瞬間俺が持っていた腕輪が真っ二つになってしまった。

 俺は慌てた気持ちでレクターの方を見るが、レクターは俺の右腕をジッと見つめている。


「それ………


 俺はとっさに右腕を見ると、そこには星屑の鎧と言う名前の俺の魔導『りゅう欠片かけら』が作り出す鎧の籠手部分だけが存在していた。

 俺の魔導は魔導機まどうきなどと違い、身体に収納されているようなもので、本来は俺の手でコントロールされている。

 俺は竜の欠片を使用していない、その上で籠手が現れたのはたった一つしかない。

 俺が今握っている壊れた腕輪が『異能いのう』と呼ばれる超常的な力で完成されているという証明で、その『異能』をという事だ。


「この腕輪ってさ………魔導?」

「ならいいがな。俺には魔導じゃなくて………」


 その先の言葉を吐く出すことが出来なかったのは、しなかったのではなくレクターの人一倍の間抜けずらが俺の目に移ってしまったからだ。


「あれ………ソラってコンテナを開けた? 今」

「はぁ? 開けるわけ………ないだろ」


 そう、このコンテナ以外に空けていない。

 一つのコンテナの蓋が勝手に右側にスライドしていき、コトンという鈍い音と共に下に落ちた。

 俺とレクターの額に嫌な汗が流れ始め、背中にはヒリヒリした嫌な感覚が襲い掛かってくる。

 脳裏にはすぐにでもこの場所から逃げろと告げている。


 ヴァンパイアが棺から起き上がるように、上半身だけが起き上がりヴァンパイアでは見られない様な………それこそ生き物では考えられ無いような首の動き方。

 首が五十度後ろにまわりこみ、どす黒い全くの淀みすら感じない、生きた気力すら感じさせない目が俺達を捕らえた。


 脳裏にやばい。

 そんな言葉がよぎると同時に、俺達は戦闘準備を整えていた。

 それが功を奏したのだろう。

 俺とレクターの前の目にその人間の巨体が襲い掛かってきた瞬間に、本当にそう思えた。



 体は捻って右拳の下を掻い潜り、レクターは身をかがませて巨体の後ろへと回り込んだ。

 髭すらない綺麗な顔立ちなのに、体つきはどこぞのレスラーを感じさせるほど大きく、特に特徴の無いスーツが人間性を低下させているように思える。


 俺は掻い潜った状態で片刃直剣『緑星剣』の刃とは逆部分で思いっきり腹に叩き込む。

 めり込んでいるのではと思わせるほど食い込んでいくが男の顔だけが俺の方をきっちり捉え、俺の顔面目掛けて右拳が叩き込まれようとしている。


「危な!!」


 緑星剣で攻撃を受け止め、一瞬の隙で背後に回り込もうと細かく動き回るが、俺の動きを完全に掴んだのか、星屑の鎧のマントを強くつかんでコンテナの横っ腹目掛けて投げつけてくる。

 左手が俺の顔目掛けて飛んでくるが、それをレクターが男の巨体の右顔面目掛けて蹴りを叩き込む。


「へ? 全く効果ない?」

「手加減しない方が良いだろう! 全力で気絶させろ!」


 俺の右横に男の拳が叩き込まれ、俺はそのまま立ち上がり剣で峰の部分で男の腹に三連撃を叩き込み、レクターは打撃三連撃を頭部を中心に決めていく。

 しかし、それでもまるで手ごたえを感じさせない見の動かし方で体を動かす。

 男の体が空を舞い拳を俺の方へと向けながら、右足をレクターの方へと叩き込もうとする。


「嘘!? そんな体の使い方ある!?」

「人間じゃない! この体の動かし方は人間の神経では無理だ! レクター! 殺せ!」

「え!? 俺今ナックルじゃないから殺傷能力無いよ!?」

「今の俺の武器なら殺せるが、あいつ俺の方に攻撃を集中させている。多分俺が武器を持っているからだ。明確な武器を持っていないお前なら殺せるはずだ。方法は任せる!」


 俺はあの男が俺の方へとうまく引きつけ、右拳のストレートパンチを上手く掻い潜り、左足からくる蹴り上げ攻撃を上手く掻い潜り、剣による打撃攻撃を二連撃叩き込みながら、男の体をレクターの方へと向けようとする。


「レクター! 今だ!」

「ガイノス流武術! 芯貫とっかん!」


 レクターの右拳がピンポイントで心臓の部分に五回連続で叩き込まれる。

 男の体が完全に止まり、心臓が止まりながら苦しむそぶりも見せないが、男はゆっくりと右拳を上に上げ自分の左胸に叩きつける。


(心臓を自分の力で動かしたのか!? でも、今なら!)

「ガイノス流槍術! 突貫!!」


 俺は相手の左胸を後ろから緑星剣を貫かせる。

 血が大量に出る瞬間を想像するが、血の一滴すら流れ出ない状態に俺は死んでいないのかとすら思える。

 男は首だけを九十度真後ろに向けて俺の方へと睨みつける。


「これでも死なないのか!?」


「ソラ! 首を切れ! それ以外で殺す手段はない!」


 父さん事アベル・ウルベクトの声が聞えてきたが、俺はその声を確かめないまま剣を左胸から引き抜こうとするが、男の左手が俺の緑星剣を強く握りしめる。

 すると、レクターが男の体に飛びつき、首の骨を思いっ切り折って見せる。


 男の体が地面に突っ伏し、俺とレクターはほぼ同時に格納庫出入口で立ち尽くしている父さんの姿をまっすぐにとらえた。


「全く、お前達は大きな音をさせていると思ったら、人工人間と戦っているとはな?」

「人造人間?」

「人工人間だ。人造人間は人間を改造した存在だが、人工人間は遺伝子の段階で人間に似せて作られる生き物だ。こいつは人工人間だろうな。人間に似ているが、血が出ないだろ? それが証拠でもある」


 人工人間という聞きなれない言葉、そして目の前に転がる男の死体。

 異能で完成されている腕輪。

 何かが水面下で動き始めているような、そんな気がしてしまった。

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