第19話 37.忘れられたい 38.黄色い悪魔

時間を少し遡る。

洋上では光が痛いほど降ってくる。

ジオらにはそこが懐かしくもあった。

岸に向かって進めば進むほどこの島独特の暗雲が立ち込めていた。

同じ航路を辿って一隻の船が弾丸のように突き抜けていく。

ジオたちは洋上のど真ん中でその一隻に振り切られた。

「我が島、Dr.island号」と船には刻印されていた。

「ドクターの船だ」

時間がすべて止まった気がした。

洋上の同一空域を警戒していたブルームーン、マルコム・ショーのステレス浮遊体が一斉にマルコム・ショーに警笛を鳴らした。

グリーンのベレー帽の部隊に伝えられ、参謀の緑髪のショコラッテイエが憤る。

大佐のナターシャはそれを抑えるのに必死だ。

だが付近を航行中の船籍はすべて感染対象に含まれ、感染を経ると味方という認識もなくなっていた。

ジオの船は遭遇しただけで事なきを得た。

「あの船の周りだけ」

何かを感じ取っていた脱国した不審船がやたら騒いでいる。


その弾丸のような船には指導者の影の男「手力男」もいた。

この手力男は勿論、異名だ。

本名は千代田重森(ちよだ しげもり)、50歳。

長身で痩せ型の目鼻立ちのスッキリとした日本人男性だ。

スマートで知性的で物腰の柔らかい男だが、いざとなると何処からそんな力が湧いてくるのか判らない。

そんな底知れないものが彼の魅力となっていた。

だが今の彼はただ、指導者に忠誠心の厚い野獣でしかない。

彼の見つめる先に過去の栄光などない。

自己崩壊を繰り返してきた彼は破壊者となることで自分の闇を振り払おうとしていた。

だがその闇は決して振り払えるものではなかった。



カラフルな物は大体が善であり、ダークな物は大体が悪。

しかし、通常は決まりなどない。

黄色い悪魔もいるのだから。

今は洋上にいる特定された国の旗を翳した不審船に目を向けるべきだ。

ジオたちもドクターを追うのは諦めていた。

「あれがそういう物なら、船の周りには何らかの地雷がある」

ノーマークの判断はいつになく適切だった。

不審船の脱国者とはここにいないジーンやスピを含む7人とも言語が変わる。

それに対応できるのは、やはりここでもノーマークの変身能力でしかない。

ノーマークの本質、正体はビルギッタ・エレーン、彼女の存在は最大の切り札として活かされる。

脱国者から情報を聞き出したいときは脱国者の一人(なるべく女性)を救い出し、ジオの船に乗せ、変身によって言語を学び、不審船に溶け込む。

すると何で騒いでいたのかよく分かる。

食材にレトルト食品のルーを入れるようなもの。

ご馳走はすぐ出来る。

「情報よ」

ノーマークは、千代田重森の名を口にする。

「船長よね?ロンから聞いたわ」

ジオは何も答えなかったが笑いもしなかった。

「彼は黒よ。ああなる前は知らないけど」

「そう」

「不審船と深い関わりがあるようね」

ジオは急に駆け出し海に飛び込んだ。

ジオの身体能力は既に昔の超人的なジオに戻っていた。

彼女は沖にいる魚たちの群れに倣い、シャチやイルカに運ばれ、指導者、いえドクターの船に猛スピードで姿を現すがそこはもはや蛻の殻、いたのは影の男「手力男」ただ一人。

影の男「手力男」は一瞬笑ったが、驚いた様子はなかった。


その間も上空でこの戦況を紅茶でも飲みながらじっと見つめるブルームーン(マルコム・ショー)。

ジオは彼の中に深い悲しみを見ると共に彼のしてくれた優しさを思い出していた。

奇しくもドクターのせいで同じような経験を経たジオは決して自分を忘れてはいなけないと手力男でも影の男でもない、千代田船長を目の前の男に重ねていたが……

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