第18話 35.始まりの終わり 36.世界の果て
スピはへムルの小さな手指をギュッと握ったまま動けなかった。
周りがどれだけ自分より不幸に苛まれてもこの子だけは命に代えても守り抜くつもりでいた。
「……あんた誰よ?」
「ジーン見えない?」
スピが答える。まるであてずっぽうのようにジーンには聞こえていた。
「スピ、あんた、いえ、あいつよ」
スピは答えない。
「あいつよ…ドクタァー!あんたは誰なのよぉ!?」
「グロリアを…ジオ姉だけかと」
「スピ、あんたまで、へムル!スピから離れて」
「もう、駄目だよ」
へムルが情けない顔をして暗く淀んだ空を見上げた。
そう、静かに感染は始まっていた。
ドクターの力は増大している。
島にたどり着いても岸から先に一歩も近づかなかったのはジオの超絶的センシス、野生の勘が働いたためだった。
とても辛い決断だった。
へムルはスピの手を振り解き、ジーンと共にこの化け物と戦おうと必死に構えたが、
「へムル、諦めるんだな!その程度のあんたがドクターに太刀打ち出来る訳がない」
スピは不気味に笑う。
「……命が惜しければ、」
スピの声が途切れる。
壊れたカセットデッキみたいに何かを巻き込んだみたいに音がしない。
「命が惜しければ…」
フワッとスピの体が宙を舞う。
布キレのようにドクターの目の前に意識を乗っ取られたスピが立ちはだかる。
スピの顔が急に強張る。
ジーンに囁いた。
「あたしには… …頼んだわ」
ジーンの顔に感情はなかった。
手加減しない冷酷な目をしていた。
最初からスピを犠牲にすることに何の躊躇いもなかった。
そう、すべては自分の復讐のため。
力の限りスピの首根っこに掴みかかり、体を押し倒し、背後のドクターにぶつけた。
スピの肉体はドクターに溶け入り、奴に飲み込まれる。
(だめだこんなこと)(だめだこんなこと)(だめだこんなこと)
へムルが勇気を振り絞る。
ジーンの飛ばした複数箇所に点在するナイフがフワッと浮き上がりドクターの周りを取り囲んだ……
だが刺せない。
へムルの心が怒りの頂点に達するがへムルの中でスピのことをたくさん思い出していた。
出会ってまだ一日も一緒にいなかったのに。
「こんなことをしても何も始まらない。これじゃ始まりの終わりだよ」
へムルの脱力で浮き上がったナイフが力を失い、地面に落ちかけようとした、その時、風が吹いた。
そしてそのときある男が現れた。
「0か100だ。今のは0だ。だがそれでいい。0には所在がない」
風は渦を巻き、少しずつドクターを(ナイフの影響ではなく)斬りつけていく。
砂を一撮み、攫おうとするも指先から逃げていく。
「どういうことだ?」
ドクターは惑う。
「私が知っている未来とは違うぞ!私が知っている未来では…」
衣が剥がれ、全身を覆う醜い人面痣が露わになる。
「未来は未知数で誰にも予測不可能なモノだろ?ドクター」
「お前の名は覚えているぞ。あのときの、」
「どうでもいいことだ。もうじき0になるのだからな。その前に、スピの魂と体は返して貰うぞ。あんたが嫌と言ってもな」
「ふふふ…あの煩い小娘か?」
ドクターの手足が少しずつ、時空の鋭利な風に侵食されていく。
「……だがこれで私が終わる訳では決してない。これは一部に過ぎない。決して0にはならな・あ・い」
「そんな姿になっても口の減らない奴だな」
とうとう顔が崩壊し口が聞けなくなった。
ジーンが気付く。
「あんたは都築夏生だろ?船にいたのを覚えている。ジオが心配しているから顔を見せてやりな」
「殆どの掟を破ってきたが最後の掟は、ジオにも関わることになる」
スピは完全に時空に消え去ったドクターの衣の切れ端を見つめ、どうして自分を解き放ったのか?何故殺さなかったかを考えていた。
「どうしてあたし生きて戻れたの?」
ジーンに聞く。
「さあね」
そこにロンとタップが駆けつけ、スピは同じ質問をする。
「あんたピーピー泣いて、煩かったからでしょ?」
と、ロンは突き放すも、タップは、
「あんたのペインキラーって痛みを和らげるものよね?今まで多くの痛みを治してきたあんたを取り込んだら、その痛みとドクターは戦わなければいけなかったのよ。ドクターにはあんたの痛みは治せないから」
スピが半分ふにゃとした顔でポカンとしてた。
「あ、だめだ。こりゃ、タップ早くこのおたんこなす連れて帰ろう」
「……誰がおたんこなすだって!」
「わ、聞いてた?逃げろ!」
世界の果てにある太陽の街は既に原形をとどめていなかった。
今ある世界の果てには、超最新式の高層ビルが一本建っていて中は無人で、人型の清掃ロボットが不思議なルーティンでモリモリ働いていた。
誰もいないのに最高レベルのセキュリティが厳重に目を光らせている。誰もいないのに。
だからこの頃埃がよく目立つ。
少し寂しくもある。
すぐ隣は廃墟の巨大アパート群。
猫が数十匹、ここ暫くウン10年人を見てないからぜんぜん人に懐かない。
「あんな場所がこんなところに…」
へムルはジーンを案内しながら、ジーンが本当に信頼できるか気を揉んでいた。
「グロリアって人、死んだの?」
「生きていても嫌なことばかりよ。彼女もきっと死んで清々してる」
「酷いよ。スピさんなら、そんなこと絶対言わない」
「そうよ。正解、言うもんか。……スピと来たかったんだったらお生憎様」
「そんなことないよ。あんな泣き虫」
「さすがね」
「え、」
「あれよ」
「うん」
「あんな断崖絶壁の上に、間近で見ると壮大ね。お宝も足を組んで寛いでいそうだわ」
「表現は、面白い」
「気に入った?」
「ぜんぜん」
と、首を振る。
「彼女たちは今頃、何処かの海を旅してるわ。へムルも一緒に行きたかったんじゃない?」
「羨ましいんですか?一緒に行きたかったのは、ジーンさん、あなたですよ」
「バカ言わないで。嫌われ者にはこういう孤島で腐りかけの財宝握ってね」
「ジーンさん…」
「愚かで間抜けな女の墓って呼ばれ、呪われ、祟られ、寂しくあるものよ」
「ジーンさん!僕がもう少し大人だったら」
と、つい、声を張ってしまうへムル。
「バカね」
ジーンの顔はへムルには見えなかった。
ツンと前をひたすら前を歩くジーン。
泣いているのか笑っているのかそれとも怒っていたのか?
それより青空がただただ眩かった。
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